第13話 僕、弟と妹、ほしかったんだ【ノエル視点】
僕の名前は、ノエル・ヴァレンシュタイン。
ヴァレンシュタイン侯爵家の次男で、十五歳。
父上と母上には、僕と同い年の息子がもう一人いる――双子の兄のルーカスだ。
兄上は父上によく似ているんだ。
顔の作りもそうだけど、何よりその性格が。
無口、無愛想、そして生真面目——何を考えているのか、顔を見てもほとんど分からない。
十五年間ずっと一緒に暮らしている僕でさえそう思うのだから、今日初めて出会う人間からすれば、かなり近寄りがたい冷徹な人物に見えているに違いない。
ちなみに僕の容姿は母上に似たらしい。
自分で言うのも気恥ずかしいが、少なくとも兄上よりは愛想もよく、話しやすいはずだった。
そんな、いつもの静かで堅苦しい我が家に、一週間前突然四人の子どもたちがやって来た。
アイザワ・ヒヨリ。
ヨウタ。ソウタ。ミウ。
この世界では聞いたこともない、どこか響きの違う名前を持つ四人の姉弟。
父上が領内の森で保護したらしい。
特に一番上のヒヨリは全身に酷い怪我を負っており、この一週間というもの、ずっと客室で療養を続けていた。
そして今日——ようやく僕たちは、そのヒヨリとリビングで正式に顔を合わせる事になったのだ。
一悶着ある自己紹介が終わり、初対面でいきなり『運命の人だ』と宣言した兄上のぶっ飛んだ言動を見て腹を抱えて笑った後――。
「……」
僕はふと視線を横へと滑らせ、三人の子どもたちを観察した。
ヨウタとソウタ。この二人は五歳の双子らしい。
双子、それは僕と兄上と同じだ。
二人がきょとんとした顔で揃って首を傾げている姿を見ていると、血の繋がりなんてないはずなのになぜだか妙な親近感が湧いてくる。
そして、一番小さなミウは、まだ二歳。
さっきからずっと、ベッドから起きてきたヒヨリの服の裾をぎゅっと掴み、ぴったりとくっついて離れない。
小さい、うん、本当に、驚くほど小さい。
頭の上でふわふわと揺れる黒い髪に、お菓子のように柔らかそうな丸い頬がある。
あと、ガラス玉のようにくりくりとした大きな目。
……なんだこれ、めちゃくちゃ可愛いな。
僕たちは双子として生まれたから当然だが下に弟も妹もいない。
兄上がいる毎日に不満なんて事はなかったし、家族として心から尊敬している。
だけど、小さな子ども特有のあの無防備さや、無条件に守ってあげたくなるような愛らしさを目の当たりにすると、心のどこかで――弟や妹という存在に密かな憧れを抱いていた事に気づかされるんだ。
「……」
あまりにもじっと見つめすぎてしまったのだろうか——ふと、ミウのクリッとした丸い目が僕と重なった。
お互い見つめ合った後、にこっ、と、ミウの顔に花が咲いたような無邪気な笑顔が浮かんだ。
……可愛すぎる。いや、心の準備ができていない。
その直後だった。
ミウはヒヨリの温もりからそっと離れ、小さな足をヨチヨチと動かし始めた。
とてとて、と愛らしい足音を立てながらまっすぐこちらへ歩いてくる。
「ミウ?」
後ろからヒヨリが心配そうに声をかけてみるが、ミウの好奇心はもう止まらないらしい。
そのまま僕の足元までやって来ると、ぴたっと立ち止まっていき、首を限界まで上に曲げてじっと見上げてきた。
「どうしたの?」
たまらなくなり、僕は慌ててその場で膝を折り、彼女と目線を合わせた。
「僕に何か――」
「のえー!」
「…………は?」
今、この子はなんと呼んだ?
「のえー!」
応えるように、ミウはふっくらとした両手を僕の方へまっすぐ伸ばしてきて――あ、これはいけない。耐性がゼロだった。
「っっっ……!!」
あまりの破壊力に、僕の脳内で何かが盛大にショートした。
「ノエル?」
少し離れた場所から、母上の不思議そうな声が聞こえてくる。
だが、今の僕に周囲の音など一切耳に入らなかった。
「か……かきゃ……可愛い……っ!」
反射的に、僕は彼女の小さな身体をそっと抱き上げた。
「きゃっ!」
「あぁぁ……可愛い、尊い……っ!」
なんだこれ、信じられないほど軽い。
ふんわりと柔らかくて、大切に扱わなければすぐに壊れてしまいそうなほど小さい。
「もう一回!」
「のえー!」
「っ……!」
ダメだ、これは精神によくない、可愛さで心臓がもたない。
「僕、もうここで人生のピークを迎えてしまったかもしれない……」
「何を真剣な顔で物騒なことを言っているんだ、お前は」
ソファの方から、父上の呆れ返った声が飛んできた。
「だって可愛すぎるだろ、この子は……っ!」
「きゃきゃっ!」
抱き上げられたのがよほど嬉しかったのか、ミウは僕の首に小さな手を回してケラケラと楽しそうに声を上げて笑った。
「笑った……今の見た!?」
「そりゃ、あんな至近距離で変な顔をされては笑うしかないだろう」
「兄上! 見てくれよ! ミウが僕を見て笑ったんだぞ!」
「……見れば分かる……非常に満足そうな顔をしているな、お前もミウも」
「『のえー』って呼んでくれたんだぞ!」
「……十分に聞こえていた」
「可愛すぎないか!?」
「……」
言葉を失ったように、兄上がじっとミウの顔を凝視する。
「……可愛いな」
「だろ!?」
自慢げに鼻を鳴らしながら、僕はさらにミウを優しく抱き締めた。
「のえー!」
「ああ、もう一回その可愛い声で呼んでくれ!」
「のえー!」
「もうダメだ、無理すぎる。可愛すぎるから、今日からうちの末っ子にしよう」
「おい、勝手に他所の家の子を我が物顔にするな」
父上の低く引き締まった声が飛んでくる。
「だって父上!」
「そもそもだな、ノエル……さっき、兄のルーカスが初対面で奇妙なことを口走った時、散々お前は笑っていただろうが」
「……っ」
父上はやれやれといったふうにこめかみを押さえた。
その指摘に、僕の動きがぴたりと止まった。
おそるおそる兄上のほうを盗み見ると、無愛想な顔をした兄上も、ちょうどこちらを冷ややかに見返していた。
「俺と、何が違うというんだ」
「全然違うよ! 一緒にしないでくれ!」
「どこがだ。やっていることは大差ないように見えるが」
「違う違う! 僕は純粋に、お兄ちゃんとして、妹のように可愛がっているんだ!」
「俺だって、ヒヨリを大切に守りたいという気持ちに偽りはない」
「兄上の場合は、あきらかに初対面で『妻にする』みたいな感じに宣言してたでしょ! ゴールが違うんだよゴールが!」
「…………将来的な話だ」
「ほら認めた! やっぱりあわよくばを狙ってるじゃないか!」
「どっちもどっちのバカ息子だな……」
見かねた父上は、両手で顔を覆って深く頭を抱え込んでしまった。
その隣で、母上は上品に口元へ手を添え、まるで我が子たちの演劇でも楽しむかのように優しく微笑んでいる。
当事者であるはずのヒヨリはといえば。
「ふふっ……」
弟妹たちのそばで、堪えきれなくなったように小さく吹き出し、楽しそうに微笑んでいた。
その鈴を転がしたような可愛らしい笑い声を聞いた瞬間――あ、と僕は気づいた。
さっきまで僕を堂々と論破しようとしていた兄上が、急にぴたりと口を閉ざしたのだ。
ちらりと横を見れば、あんなに無表情だった兄上の耳たぶが、みるみるうちに赤く染め上げられている。
またからかってやろうかと思わず口角が上がりかけたが、腕の中で再び小さな手がぽふぽふと僕の服を引っ張った。
「のえー!」
「はいはい、ノエルお兄ちゃんだよー」
「きゃきゃっ!」
今は兄上を茶化している場合じゃない。
僕は腕の中で無邪気に笑うミウの柔らかい頭を、そっと撫で下ろした。
こうして間近で触れ合ってみると、改めて思ってしまった。
もし自分に、こんな風に無条件で慕ってくれる弟や妹がいたら――毎日の生活はどんなに賑やかで、どんなに温かいものになるのだろうか。
「……なんか、いいなぁ」
「……ん?」
意識しないうちに、口から小さな本音がポロリと零れ落ちていた。
近くにいたヨウタが、不思議そうにきょとんとした顔で首を傾げる。
「いや、なんでもない。ただ、弟とか妹っていいなって思ってさ」
「?」
「僕、ずっと兄上と二人兄弟みたいなものだったからさ……こういうの、ちょっと憧れてたんだよ」
少し照れくさそうに笑うと、ヨウタとソウタの双子は顔を見合わせ、それから何処か誇らしげに胸を張った。
当のミウはそんな大人の事情など露知らず、ただ「のえー!」と満足そうに僕の服をギュッと握りしめていたのだった。
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