第33話: 言葉は心をつなぐ橋である
――放課後。
「じゃあ……また文化祭について話し合いを始めたいんだけど……」
紫が恐る恐る美空ちゃんと陽葵ちゃんを交互に見つめ、様子を確認しながら切り出した。
二人の間に、少しの沈黙が落ちる。
やがて、陽葵ちゃんがゆっくりと口を開いた。
「この前は……少し言い過ぎた。でも、文化祭についてちゃんと全員で話し合いたい。だから…」
言いかけた陽葵ちゃんを遮るように、美空ちゃんが頭を下げた。
「ごめんなさい。 私も自分中心になりすぎてた……。
初心者でも簡単に歌えるようにっていろいろ考えて提案したけど、確かにそれじゃ他の部活から見たら見劣りしちゃうかもしれない。ある程度のチャレンジは必要だったと思う。」
美空ちゃんは一度言葉を切り、私と萌を見つめた。
「それから……加藤さん、五十嵐さん、ごめんなさい。避けるような形になっちゃって。西野さんの言う通り、ふたりのこと避けてた。中学のとき初心者とトラブルになったことがあって……接し方が分からなくなってて、自分のことしか考えてなかった。」
「そんなことないよ! 気にしてない!」
「うん、全然大丈夫だよ!」
私と萌は口々に声を張った。
「絶対に悔いのない文化祭にしたいから、しっかり話し合いたい」
陽葵ちゃんが全員を見渡して、改めて言った。
紫がホッとしたように息を吐き、司会として進行を再開する。
「よし! じゃあ今日は話し合いだけに時間を使おう。
やる曲の方向性とか、できれば曲目まで決まればいいよね。今のところ出てるのは『みんなで盛り上がれる明るい曲』でまとめるか、それとも『完成度を求めて合唱曲とか得意な曲』でまとめるかだけど……一番いいのは、どっちもできることだよね…」
「でも問題なのは、明るい曲と落ち着いた曲をどうやってプログラムに組み込むかだよね? 明るい曲をやってたのに、いきなりバラードみたいな曲を歌い始めてもお客さんのテンション下がっちゃいそうだし」
桜ちゃん考え込みながら言う。
「曲を歌う前に、一曲ずつ司会を入れてみるとか?」
望ちゃんが提案するけれど、紫は
「うーん、それじゃあ流れがいちいち止まっちゃって微妙かも」と悩ましげだ。
今までにないくらい、全員から活発に意見が飛び交う。
「私、黒板書こうか?」
私も何か力になりたくてチョークを手に取り、みんなの意見を黒板に書き留めていく。
アイデアを巡らせていた時、私はふと、朝練で聞いた小林くんのピアノ演奏と会話を思い出していた。
≪上手い下手だけじゃなくて、観客が好きな曲とか知ってる曲に合致すること≫
「……メドレーにする?」
ぽつりとつぶやいた声が、教室に響いた。
「え? ごめん茜、なんて言った?」
紫に振り返られ、私は慌てて手振りを交えた。
「あ、いやごめん! 私、音楽の知識がないから実際できるか分からないんだけど……」
黒板にチョークを走らせながら、言葉を続ける。
「例えば、明るい曲をまとめてメドレーにしちゃうとか。
テーマは……『あなたの背中を押す応援歌メドレー』とか!
秋の時期なら受験生の子たちも来てくれるかもしれないし、明るい曲を一気にメドレーで歌い上げたら盛り上がると思うの。サビだけ繋げたりして。で、メドレーが終わったら司会が間に入って、その後に私たちが得意なバラードを一曲しっかり聴かせる。これなら完成度の高さもアピールできて印象に残るんじゃないかな……って」
「…それ、めっちゃいいかも。」
陽葵ちゃんがパッと目を輝かせて声を上げた。
「でも、楽譜はどうする? メドレーって結構大変だと思うけど……」
美空ちゃんが心配そうに呟く。すると、樺音がいつもの抜けた声で言った。
「多分できるんじゃない? ネットなら大体の楽譜売ってるし。J-POPならソプラノ、アルト、男性パートの3部合唱が多いから、男性パートを転調させてメゾのパートにしちゃうとか。うちらの人数だと全部を3部合唱にすると声が周りの音でかき消されちゃうかもだから、基本はソプラノとアルトの2部合唱にして、サビだけ3部にするとか。うまくやれば聴きごたえ出せると思う。」
「おお……っ!」
全員から感嘆の声が上がる。
「方向性はそれでいいんじゃない?あとは曲だけど……最近の曲ならやっぱり、髪男とかMrs. RED APPLEとか……あとSeaとか!」
陽葵ちゃんが身を乗り出す。
「誰それ、Seaって?」
桜ちゃんが首をかしげると、陽葵ちゃんが熱弁を振るった。
「最近出てきた正体不明の女子高生シンガー! 作詞作曲全部自分でやってるらしくて、ネットにあげた曲がバズって音楽チャート急上昇中なの!」
(あ、私も知ってる……!)
黒板に書きながら思い出していた。動画サイトのおすすめに突如出てきた、仮面をつけて歌う女の子。ミステリアスな雰囲気で、噂では私達と同い年とも言われている。ファンの間では、シーちゃんの愛称で呼ばれている。
「私も聴いたことある。でもSeaの曲ってラップとか入ってるから、ちょっと難しいかもね」
望ちゃんがつぶやくと、紫が提案を重ねた。
「サビだけ歌うのもアリだし、少し前の平成アイドルソングなら歌いやすい楽譜がいっぱいあると思う! 年代をバラバラにするのも面白いかもね」
紫がパパンと手を叩いてまとめる。
「じゃあ方向性は『明るい曲メドレー』と『完成度を求める決め曲1〜2曲』。
曲目は明日までにそれぞれやりたい曲を挙げてきてもらって、学指揮チームでまとめるのはどう? 現状は美空ちゃんだけだけど、ひとりじゃ大変だし……」
紫が言いかけると、美空ちゃんが陽葵ちゃんと樺音を見つめた。
「ふたりとも……一緒に手伝ってもらってもいい?」
少しの間のあと、樺音が「いーよ〜」と軽いノリで返した。
一方、陽葵ちゃんは戸惑ったように目を丸くする。
「いやいやいや! 私、学指揮の経験なんてないんだけど!?」
「私、最近流行ってる曲とか疎いから……そういうの任せたいの。お願い。」
美空ちゃんが頭を下げると、陽葵ちゃんはうーんと少し考えてから覚悟を決めた。
「……わかった。やってみる。」
「よし! じゃあ明日の部活までにやりたい曲をまとめて3人に提出! 3人が選曲してる間に、うちらはプログラムの進行とか衣装の役割分担を進めよう。」
紫のまとめで、驚くほどスムーズに話がまとまっていく。
すると、陽葵ちゃんが口を開いた。
「ねえ……なんか全員さ、『〜ちゃん』付けとか『〜さん』付け呼び、やめない? もう同じ1年生だし。私も苗字呼びやめるから、全員呼び捨てでいいでしょ」
「あ、じゃあ私も!」
「私も呼び捨てがいい!」
みんな次々に声を上げる。
「よし! じゃあ文化祭に向けて、全員で頑張ろう!」
紫の掛け声に、みんな笑顔で頷いた。
ついに1年生全員で動き出した――そんな気がした。




