第3話: 人は出会うべくして出会う
「ごめん、ちょっとトイレ行ってきてもいい?」
部活動見学をひと通り終えた後、私は二人に声をかけた。
すると、緑がニヤリと笑って声をかけてきた。
「茜、『トイレの妖精さん』には気をつけてね」
「……何、その妖精さんって」
思わず足を止めて尋ねると、緑は楽しそうに声を潜める。
「なんか、この階のトイレから出てきた新入生を捕まえて、どこかへ連れ去っちゃう妖精さんがいるらしいよ。……まあ、噂だけどね」
「何それ」
噂話に笑いながら、私はトイレへと向かった。
手を洗って外に出ようとした――その瞬間。
いきなり、声が響いた。
「お姉さん! 歌は好きですかっ!!!」
「あっ、ひえっ……!」
心臓が跳ね上がって、変な声が出た。
驚いて視線を下げると、そこには身長145センチくらいだろうか。
年齢不詳の小柄な少女が、目をキラキラさせて私を見上げていた。
「歌……あ、はい。好き、です。」
「よし、確保! 行こう!」
「えっ、ちょっと!?」
返事をする間もなく腕を掴まれ、グイグイと引っ張られる。
待って、嘘でしょ。これ、さっき緑が言ってた「妖精さん」じゃない!?
助けを求めようと、遠くにいる緑たちの方へ視線を送る。
すると緑と葵は、親指を立て、サムズアップを送ってきた。
(……グッドラックじゃないわ! 助けてよ!)
完全に捕まった。そう諦めかけたとき、前方からおっとりとした声が響いた。
「杏奈、勝手に連れ回しちゃダメでしょ」
声の主は、柔らかな雰囲気の女子生徒だった。
彼女は「ごめんね」と私に優しく声をかけた。
「だから、本人の許可なく連れてきちゃダメって言ったでしょ?」
「でも……」
杏奈という「妖精さん」は、不満げに頬を膨らませている。
おっとりした方の彼女は、改めて私に向き直ると、廊下の先にある教室を指さした。
「あのね、もしよかったらでいいんだけど……『合唱部』の見学、どうかな?」
指し示された場所には、『音楽室』と書かれていた。
さっきの軽音部の騒ぎから、てっきり音楽室なんてこの学校にはないのかと思い込んでいた。
「お菓子も食べられます! 飴ちゃんもあげます!」
杏奈も便乗して声を張り上げる。
勧誘……いや、ちょっと待って。もしかしてこの二人、先輩?
杏奈先輩はその身長と性格のせいで、どうしても中学生に見えてしまうけれど。
「自己紹介もせずごめんね。私は紬。高校2年生だよ」
紬先輩がふわりと微笑む。 緑たちはもう来ない。
けれど、ここまで一生懸命に誘われると、無下にするのも可哀想になってきた。
「あの……見るくらいなら」
「ありがとう!!!!」
言い終わる前に、杏奈先輩がずんずん進んで、私の手を引いて音楽室の中へ連れて行く。 重い防音扉を開けると、そこには並べられたパイプ椅子。 その前には、20名ほどの生徒が並んでいた。
(……あ、ここが合唱部)
パイプ椅子に座っているのは、おそらく私と同じ1年生の見学者だろう。 けれど、さっきの軽音部の熱狂に比べれば、その数はかなり、まばらだった。




