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その正体  作者: 烏屋鳥丸
43/44

40 その正体

ブラッドリーの襲撃から2ヶ月が経った。

破壊された街の修繕作業等も目処がつき、街はいつも通りの日常をゆっくりと取り戻しつつあった。

変わったこともあれば変わらないこともある。

あれからノエルはアダムに王座を返した。


「王なんて、やっぱり俺には荷が重かったよ。」


そう言った彼は、どこか寂しげな表情をしていた。

アダムは再び王になり、ノエルはNo.2の座に落ち着いた。

死んだはずの王が生きていたことは、世間を賑わせた。

アダムは包み隠さず国民へ、自分は不死の存在だと発表した。

同時に隠されたNo.6の座は悪魔のラウムだとも世間に公表した。

悪魔がこの国に、しかもトップ7にいることに国民は大層驚いた。

物珍しさに浮き立つ声、批判的な声。色々な声があった。

しかし、先日のブラッドリーの襲撃の際の功労者だと伝えると、肯定的な意見が目立った。

ジャックとラウムの関係は公表していない。

二人が主従関係にあることは徹底的に秘密にされた。

しかし、二人が恋人同士であることは周知の事実となった。

当然だ。2人は人目も憚らず、いつも寄り添って過ごしていた。

リリーはあれから長かった前髪を切り、堂々と顔を晒すようになった。


「私はリリー・スターローン。天才魔術士ジャック・スターローンの妹よ。」


胸を張ってそう語る彼女は、以前の大人しそうでオドオドとした印象を払拭させた。

今も変わらずNo.7として自慢の射撃の腕と判断力の高さでこの国に貢献している。

ジャックは相変わらず気まぐれで、真面目に仕事をこなしていたかと思えば、魔術ギルドに入り浸ったり、適度にサボったりと自由に過ごしている。

そんな彼にも思うことはあったらしく、あの一件以降、後輩の魔術士の育成に力を入れているらしい。

3人は仲良く一緒に暮らしている。


エレナは相変わらずこの国で医者をしながらアンジェラの研究を続けている。

アダムは全てが落ち着いた後、自ら自分のこの体質についての研究をエレナに依頼した。

エレナは驚いた様子だったが、二つ返事で了承した。

以前地下の研究所で行われていたような非人道的な実験はしないという約束で、今は定期的にエレナの元で検診と言う名目でエレナの研究に力を貸している。

というのも、アダムは単純に自分のこと体質について知りたかったのが一つ。

もう一つは、やはり子供達の将来を案じてのことだった。

あれからしばらくしてアダムはソフィアと再婚を果たした。

今はソフィアと子供達と共に暮らしている。

親バカという贔屓目を抜きにしても、とても可愛らしい子供達だとアダムは思う。

けれど、二人は不死の人間から生まれた子供。

それがどのような運命を辿ることになるのかという不安は拭いきれない。

ある時エレナに頼まれて二人の毛髪を彼女に提供した。

髪の毛で何がわかるのかとアダムは首を傾げたが、エレナは当然のように「全部わかるわよ。毛髪も立派な身体の一部分だもの。」と呆れたように答えた。

次に検診でエレナに会った時、彼女は心底つまらなそうな顔をして言った。

「二人はびっくりするほどただの人間よ。貴方の人間の部分しか受け継いでいないわ。神の遺伝子なんて1ミリも混じってない。」

エレナは例の地下の研究所でアダムにモニターを見せながら詳しく説明してくれたが、アダムにその内容はさっぱりわからなかった。

ただ一つわかったのは、ハリーとルナはただの人間だということだけ。

それだけで充分だ。アダムはその事実に安堵した。

念の為、定期的に子供達もアダムと共にエレナの検診を受けるという形で話は落ち着いた。


焔の葬儀は国を上げて大々的に行われた。

焔と交流のあった自分達や戦士達はもちろん、たくさんの国民が参列した。

冷たくなった焔の遺体を前に涙を見せる国民達を見て、焔がどれだけ国民達に慕われていたか身を持って知った。

確かに焔は面倒見がよく、おおらかで、穏やかで、誰からも尊敬され、頼りにされるような男だったと思う。

だからこそ、彼の裏の顔は今でも信じられない。

焔は自分の忠義を貫き、アンジェラを守ってその命を散らせた。

誇り高い戦士の早すぎる死だったとアダムは思う。


ノエルはあの一件以降、しばらく自宅へ引きこもった。

あんなことがあったのだから塞ぎ込んでも不思議ではない。

彼にも心の整理をつける時間が必要だろうと、アダムは無理にあれこれ聞かずにそっとしておいた。

しかし、彼の本来の生真面目さからか、一ヶ月もすればノエルは仕事に復帰した。

復帰してきたノエルは以前と変わらず穏やかで要領よく真面目に仕事をこなし、以前と同じように昼と夕方に王の執務室へと訪れた。

しかし、ノエルはアンジェラとの接触を徹底的に拒んだ。

彼女関連の仕事は入れないでくれ、そう言った彼の気持ちを尊重してアンジェラの護衛等彼女に関する仕事は全て他の者に任せた。

ノエルが彼女のことをどう思っているのかは知らない。

アダムからも聞かないし、彼も語ろうとしないからだ。

ある時、執務室の大窓から城の庭で公務を努める彼女の姿が見えた。

その時の彼の顔は、なんともいえない表情をしていた。

彼は長い時間ただ黙って彼女を見つめていた。

ノエルにかかった魅了は、あの日解かれた。

それは自分が指示したことであるし、彼女も納得してノエルの魅了を解いた。

ただ一人、ノエルの気持ちを置き去りにして。


「彼女に何か思うことが?」


「いや…。何もないよ。」


そう言って、ノエルは目を伏せた。

彼女のことについて、彼は何も語らない。

語りたくないのかもしれないし、彼自身、気持ちの整理がまだついていないのかもしれない。

アダムは何も言わず、いつか彼が語ってくれるのを待った。

ノエルが仕事に復帰してすぐの頃だった。

ただ一度だけ、彼は小さく零した。

「俺は悪い夢を見ていたんだ。」

そう呟いたノエルは、どこか遠い目をしていた。


この日、アダムはたまたま仕事を早く終えることができた。

最近はノエルのアドバイス通りに書類を選別することで、以前よりも格段に業務の効率化を図れた。

アダムが1日かかってなんとか終える仕事を、ノエルは持ち前の要領の良さからかたった半日で済ませてしまっていたという。

そんな彼にアドバイスを求め、彼のように半日で済ませることはできないが、アダムでもなんとか夕方までにはこなせるようになった。

まだ日が沈むまでには時間がある。

早く家に帰って子供達と過ごすのもいいが、この日は別のことをしようと決めていた。

執務室のクローゼットにしまってある黒いジャケットに着替えて街へ出る。

通りの花屋で小さな花束を買って向かったのは、焔の墓だった。

焔が亡くなってすぐの頃は、毎日この墓にたくさんの人々が訪れ、色とりどりの花が供えられた。

しかし人の記憶は残酷だ。

2ヶ月もすればめっきり人足が遠ざかり、墓の周りはすっかり寂しいものになっていた。

丘の上の海を見渡せる高台。そこに焔の墓はあった。

その墓の前には先客がいた。

風に靡く金の綺麗な髪、白いワンピース。

小柄な身体を折りたたむように膝を立てて座っていた彼女は、こちらの足音に気付くと顔を上げた。


「…アンジェラ。君も来ていたのか。」


彼女は何も答えずに、視線を墓に移す。

その墓の前には、小さな白い花が1輪手向けられていた。


「惜しい人を亡くしたな。」


アダムは自身が用意した花を供え、墓の前で手を合わせる。

その様子をアンジェラはただ黙って横目で見ていた。

アダムにとって焔は、幼い頃から剣の稽古をつけてくれたり、日常生活面でもよく面倒を見てくれて、良い師であり、尊敬する男であった。

例えそれが偽りの姿であったとしても、感謝してもしきれない。

自分が夢を叶え王の座を掴んだのは、紛れもなく焔の助力があったからだ。

もしあの時、ブラッドリーの襲撃がなければ、焔は何も変わらない毎日を過ごせたはずだ。

もし自分たちがもっと早く駆けつけていれば、焔の命は守られたかもしれない。

そんな今更どうしようもないことを考えてしまう。

本当に惜しい人を亡くしたと、心から思う。


「君にとって、焔さんはどういう人だったんだ?」


彼女は一度だけアダムに視線を向け、そしてすぐに逸らした。

長い沈黙の後、彼女はポツリポツリと口を開いた。


「…いい男だったわ。強くて。逞しくて。でも凄く優しくて。たくさんたくさん…私のことを愛してくれた。いつもボロボロになって私のことを守ってくれた…。死にかけたことなんて、一度や二度なんかじゃない。死んでもいいって…私のためなら何だってできる、って…。そう言って…いつも私に笑いかけてくれたの…。」


彼女の瞳から、ホロリと一粒涙が溢れた。

そして、堪えていたものが溢れ出すように、次々と彼女の頬を濡らした。

アダムはなんだか意外な気持ちでその涙を眺めた。

彼女はただ都合良く相手を利用するために魅了の能力を使っていたのではないのか。

魅了をかけられた側は否応なしに彼女を愛してしまうけれど、彼女は違うのではないか。

この涙は、まるでーーー。


「…焔さんのこと、愛していたんだな。」


「…そうよ。私は焔を愛してた。」


「でも、彼も君の魅了にかかっていたのだろう?」


「…最初はね。焔の魅了はとっくに解けてたわ。彼はそれをわかってて、ずっと私に騙されたフリをしてくれていたの。…優しい人、だったのよ。」


涙を隠すように、アンジェラは膝に顔を埋める。


「焔がいなくなったら、私はひとりぼっち。誰も私を愛してはくれない。」


グスッ、と鼻を啜る音が聞こえた。


「…寂しい。一人は、怖い…。」


アダムは思った。

自分は、何か重大な勘違いをしていたのではないか。

彼女は書物で書かれていた恐ろしい滅びの魔女なんかじゃない。

ただ不死であるだけの、か弱い普通の女性なのではないか。

好きな男のために涙を流し、孤独に怯えるただの女。

小さな背中を震わせて涙を隠すその姿は、あまりにも弱々しく見えた。

きっと、彼女も被害者なのだ。

傲慢な人間の手によって作り出された不死の能力を持つ人造人間。

彼女が望まなくても、世界は彼女を巡って争い続ける。

その度に彼女は大切なものを無くしてきたのだろう。

ずっとぼやけていた彼女の正体を、アダムは今理解した。

彼女の正体は、望まない不死の能力を持って生み出されただけの、ただの寂しがりな女だ。


「…そうだな。一人は寂しいな。でも、だからと言って魅了で相手の心を捻じ曲げてはいけない。そうだろう?」


「わかってるわ。…でも好きだったの。ジャックもノエルも。本当に愛していたのよ。好きだから、振り向いてほしかった。ズルいってわかってても、私は魅了で振り向かせることしかできないもの。」


「わからないな。君には焔さんがいただろう。どうして2人を操る必要があったんだ?」


「…寂しかった。ずっと誰かに愛されてないと不安でしょうがない。偽りの愛でも、私には必要だった。たくさんたくさん愛されたかった。みんなに愛されていたかった。生きていてもいいよ、って言ってほしかったの。私みたいな化物、この能力がないと誰からも愛されないもの。」


「強欲だな。」


「そうよ、私は欲張りなの。…貴方にはわからないでしょうね。ちゃんと愛してくれる人もいて、可愛い子供もいて、友達もいて、実力で王になった貴方には。貴方は私とは違う。…私には何もない。何もないの。」


そう語る彼女の背中は一層小さく見えた。


「2人には悪い事をしたとは思ってるわ。ジャックを寝取るような真似をして、ラウムは一生私を許さないでしょうね。ジャックもきっと私のことを恨んでる。ノエルも…。彼の気持ちに気づいてて私はそれを利用した。もう私の顔なんて、見たくもないでしょうね。」


「どういうことだ?君がノエルに魅了をかけたのは10年前だろう?」


「何言ってるの?私がノエルに魅了をかけたのは貴方が死ぬ少し前よ。」


「そんなわけ…。」


そんなわけない、その言葉をアダムは飲み込んだ。


「…そうか。」


あの長く淡くいじらしい片思いは、操られていたものではなく、ノエルの本来の気持ちだったのだ。

彼は操られる前から、ずっとアンジェラに恋をしていた。

その彼の初恋は思わぬ形で成就し、無残にも崩れ去った。

なんて残酷な話だろう。


「ノエルは可愛かったわ。本当に私のことが好きで好きでたまらないって顔でいつも見つめてくるの。そんなノエルが私は大好きだった。…もし私が魅了をかけなければ、彼と普通の恋ができたのかしら。」


そこにもういるはずのない焔に語りかけるように、アンジェラは遠い目をした。


「…きっと無理よね。こんな化物、誰からも愛されない。」


そう言ってアンジェラはもう一度鼻を啜った。




それからまたしばらく経って、季節はすっかり冬になっていた。

通りの建物や木々たちは真っ白な雪化粧を纏い、乾燥した冷たい空気が頬を掠める。

この日、アダムとノエルとジャックは久しぶりに3人

で酒を酌み交わしていた。

いつもの路地裏の隠れ家のバーのVIPルーム。

3人の行きつけの店だ。以前はよく焔も一緒に酒を煽ったっけ。


「俺はまだ操られているんだ。」


グラスを傾けたノエルは小さく呟いた。

ノエルは普段このバーに来ても自分からは進んで飲酒をしない。

いつも酒を飲むアダムとジャックを横目にジュースを飲むことの方が多かった。

彼が飲酒をするのは、たいていジャックがノエルを煽り、それに流される形で、ということが多かった。

しかし、この日は違った。

ノエルは珍しく自発的に酒を注文した。

普段飲酒をしないノエルは酒の銘柄には詳しくない。

「適当に、なんか強いの。」とオーダーすれば、高級ウイスキーのボトルがカウンターに並んだ。


「あれからもう2ヶ月だろ。彼女の魅了はとっくに解けているはずだ。そうだろう?ジャック。」


「ええ。俺の時も引きずったのは1ヶ月程でしたから。2ヶ月も経てば完全にアンジェラのことなんてどうでもよくなってるでしょう。」


「じゃあ、どうしてこんなにアンジェラさんのことばっかり考えるんだ。毎日毎日毎日…。彼女のことで頭がいっぱいなんだ…。これで操られてないって言えるか?」


ドン、と大きな音を立ててノエルはグラスをカウンターに置く。

43度のウイスキーは既に空になっていた。

あの事件の後から彼の気持ちを聞くのは初めてだ。

ノエルは眉間にシワを寄せ、悲痛な面持ちで語る。


「俺はまだ操られている。そうじゃないと、この気持ちに説明がつかない。」


「それは…君の気持ちなんじゃないのか。」


「…わかんねえよ。もう全部よくわからない。もう恋なんてしたくない。あんな苦しい思い、もう嫌だ。」


「そんなこと言って。毎日毎日彼女のこと遠くから見てるの知ってるんですからね。」


「あれは…違う。ただ、視界に入るから見てしまうだけだ。ホントは顔も見たくない。見たくないんだ、本当に…。」


「またお前は…。ほら、もっと飲め飲め。素直になりんしゃい。どうせお前、こんな時しか弱音吐けねえんですから。しゃーなしで聞いてやりますよ。」


頭を抱えるノエルのグラスに、ジャックはウイスキーを注ぐ。

彼は飲ませるのが上手い。そして、酔わせるのも上手だ。

ノエルは注がれたウイスキーを一気飲みした後、その大きな手で顔を覆って絞り出すように言葉を紡いだ。


「ほんとは好きだよ。好きで好きでたまらない。でもこの気持ちが本当に俺の気持ちかどうかなんて、もうわからねえんだ。まだ操られているのかもって思うと怖くてたまらない。」


「君は本当に恋愛に対して臆病だな。」


「俺はアダムみたいに積極的にはなれない。」


「俺は何度も何度もソフィアにフラレてるぜ。離婚してから6年くらいか…。長かったな。」


「…でも再婚したじゃん。」


「諦めなかったからな。俺は自分の好きなものは譲りたくないんだ。」


「アダムは自分の気持ちに正直ですからねえ。」


「ジャックだって、あの人といい感じじゃん。いっつも2人でいるし。」


「ラウムが過保護なだけですよ。今日も付いてくるってうるさかったんですけど、さすがに留守番してもらいました。アイツ、俺に変な虫がつかないように必死なんですよ。」


ジャックに会ったときから感じていた違和感。

彼は普段とは違う女物の香水の匂いを漂わせていた。


「その香水の匂いは彼女か。」


「そ。ラウムなりのマーキングですよ。出掛けに呼び止められて、行ってらっしゃいのキスでもしてくれるのかと思ったら、頭から香水ぶち撒けられました。こんなことしなくても俺は浮気なんてしねえのに。アイツ、意外と可愛いところあるでしょう?」


ふふ、とジャックは笑った。

ジャックとラウムの関係は良好だ。

客観的に見て、少しラウムがジャックに執着しすぎているように見えたが、彼にはそれがちょうどいいらしい。


「お前も自分の気持ちに正直になってみたらどうですか。」


「無理だよ。怖い。アンジェラさんが俺に魅了をかけたのは俺のことを操りたかったからだ。本当は俺のことなんて…。」


そう言って、ノエルは口を閉ざす。

焔の墓の前で聞いた話を今ここでしてしまおうか、とアダムは悩んだ。

しかし、それでは意味がない。


「告白したらどうだ。直接彼女から君のことをどう思ってるか聞いたほうが、君もスッキリするんじゃないのか?」


「無理だよ、そんなのできない。」


「じゃあ一生そうやってウジウジ悩むのか?君が動かなければ何も変わらないぞ。また10年、いや20年、30年、この先もずっと彼女のことを遠くから見つめるだけで終わってしまうぞ。そうしてるうちに彼女に恋人ができるかもしれない。またあんな侵略があって彼女を奪われるかもしれない。その後になって君は後悔しないのか?」


「アダム、そのへんで。」


畳み掛けるように言葉を紡ぐアダムをジャックが宥めるように制する。


「みんなお前のことを心配してるんですよ。別に好きだから告白しなきゃいけないっていう決まりがあるわけじゃないです。想いを告げないのも選択の一つだと思いますよ。ちゃんとその気持ちを胸に秘められるなら、ね。でも、お前は違うんでしょう?気持ちが溢れそうになってて、でも確かめる勇気もない。違いますか?」


「…違わない。」


「ならどうします?その気持ち、抑えておけないんでしょう?」


諭すようにジャックは声を掛ける。

妹がいるからなのか、彼の本来の気質なのか、彼は昔から意外と面倒見がいい。


「それでも俺には無理だよ。怖い。怖いんだ。それに、もうそんなきっかけもないし。」


「きっかけ…か。」


こうして堂々巡りの未練がましい何の進展もない話をノエルは続けた。

アンジェラのことが今でも好きだと彼は言う。

でも二言目には怖い、勇気がない、無理だとネガティブな言葉を並べた。

そうしているうちに彼の瞼は重くなり、ついにはカウンターに突っ伏して眠ってしまった。

スヤスヤと寝息を立てる彼を眺め、ジャックは席を立った。


「じゃあ俺はそろそろおいとましますね。あんま遅くなるとラウムが怒るので。」


「おい、君がノエルを飲ませたんだろう。最後まで責任持って一緒に連れて帰ってくれ。」


「嫌ですよ、酔っぱらいの男の相手なんて。俺力仕事は全然ですもん。」


ジャックはひらひらと手を振り背を向ける。

数歩歩いたところで「あ」と思い出したように声を上げて振り返った。


「知ってます?外国ではこの時期に好きな人にチョコを贈るイベントがあるんですよ。」


「チョコ?」


「『きっかけ』作ってやったらどうですか、王様。」



ジャックはニヤリと笑ってバーを後にした。 





@kakakakarashuya


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