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その正体  作者: 烏屋鳥丸
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38 鬼神 迦具土

焔は、昔から自分の命を顧みない無茶な戦い方をする男だった。

無鉄砲、無計画、考えなし。

そんな言葉がよく似合う男だった。

医者であり、治癒術士である自分への信頼があるからではない。

文字通り、彼は自分の命を何とも思っていないのだ。

そのことに対して、エレナは幾度となく焔を諭した。

それに対して焔は、いつも必ず同じことを言った。

これは、二人がまだ20代だった頃の会話。


「貴方、テロメアって知ってる?」


「なんだい、それ。」


「染色体の末端にあるのがテロメア。ヒトは毎日細胞分裂を繰り返し、新しい細胞が作られ続ける。その度に、ゆっくりとこのテロメアが短くなっていくの。ある程度の短さになれば染色体は不安定になり、細胞は死んでいく。」


「どういうことだい?」


よくわからないという顔で焔は首を傾げる。


「簡単に言うと、細胞の寿命よ。命の回数券とも呼ばれているわ。」


「命の回数券…。」


「治癒術は万能の力じゃない。その人本来が持つ自然治癒能力を高めて傷を治しているだけ。治癒術を受ければ受けるほど細胞分裂は早くなり、テロメアは短くなっていくの。」


「つまり?」


「治癒術は一瞬の再生と引き換えに、寿命を削っているということよ。」


「なんだい、そんなことかい。別に僕は命なんて惜しくはないよ。ただ、彼女を守れればそれでいい。彼女のためなら、喜んでこの命を差し出すさ。」


「貴方って本当に頭が悪いわね。」


「そりゃ学者様と比べればそうだろうさ。でも僕の本領は知能じゃない。武力だ。それに馬鹿でも大切なものくらいわかる。僕の命よりよっぽどアンジェラの方が大切だよ。」


焔はアンジェラの魅了にかかっていた。

それは本人も知っているし、了承もしていた。

けれど、端から見ても異常だった。

それはアンジェラの魅了の能力がそうさせるのか、はたまた焔という人間の本来持つ歪んだ愛情なのかはわからない。

気が狂ったように焔はアンジェラを愛していた。

文字通り、命を投げ捨ててもいい程に彼女に心酔していた。

彼女のためなら腕の1本、脚の1本、平気で差し出すような戦い方をする男だった。

彼の身体はいつも傷だらけだった。

折れたことのない骨なんてなかった。

治癒術士である自分がいるという驕りもあっただろう。

それでも、彼の己を顧みない戦い方は異常だった。

エレナは戦闘の最中は治癒術で焔の負傷を治したが、戦闘後は医療での自然治癒を促した。

そのことに焔は文句を言ったが、エレナは頑なに治癒術を使わなかった。

馬鹿な戦い方をした自分を恨みなさい、といつも言い聞かせた。


愛だとか恋だとか。この男にそんな感情はない。

それはこの男だって同じだろう。

ただ、長く共に居すぎて、情が移ってしまっただけ。

この男のことは馬鹿だと思うし、愚かだと思う。

ヒトの生命は儚い。

何度もアンジェラを巡る戦争を経験し、たくさんの人が死んだ。

この国で医者をやってきて、亡くなる人間も数え切れないくらい見た。

人間が死ぬのは自然の摂理。それが当たり前のことだ。

それでも、情がある。

いつか死ぬとはわかっていても、それが今だとは思いたくなかった。

この男に、死んでほしくないと思ってしまった。


ボロボロの身体で口から血を吐き、横たわる焔。

心臓は貫かれ、おびただしい量の出血をしていた。

おまけにテロメアの限界を迎えたのか、治癒術は効かない。

最後のチャンスという言葉に、焔は静かに頷いた。

その口に、錠剤を1つ含ませる。

焔は力ない身体で、その錠剤を噛み砕いた。


「ぐっ…ぅう…っ!」


焔が唸り声を上げる。

その身体はゆっくりと傷口を修復する。

アンジェラの血液から作られた薬。

その作用は一度きりの致命傷からの復活と、それに加え新たな能力に目覚めるというもの。

傷口を修復ながら焔の身体は刻まれたシワを伸ばし、加齢で乾燥したるんだ肌はピンと張り、グレイカラーだった頭髪は漆黒へと色を変えた。


「…やっぱり凄いな、彼女の力は。」


瞳を開いた焔は、三十年前程の容姿に遡っていた。

焔に発現した能力、それは若返りの能力だった。


「身体が軽いよ。今ならなんでもできそうな気がする。」


焔はゆっくりと立ち上がると、自身の身体を確認するようにトントンと跳ねてみせる。

懐かしい姿だ。二十代半ば程だろうか。

この頃の焔はケンカっ早くて誰彼構わずに突っかかっていた。

エレナから見れば、生意気で馬鹿で単純な男だった。


「言っておくけど、もう貴方に治癒術は使えないわ。本当にこれが最後のチャンスよ。次はない。よく考えて戦って。」


「わかっているさ。」


焔は相手を見据える。


「必ず彼女を守る。そのためのこの命だ。」


剣を取り、盾を手に構える。

相手の吸血鬼は先ほどのダメージに苦しんでいるのだろう。

頭を押さえ、ふらつく足でこちらを睨みつけた。


「あの女…厄介だな。あの女から殺してしまおうか。」


吸血鬼の男はターゲットをエレナに変える。

目に追えないほどの速さで詰め寄り、長い爪をエレナに向かって振り降ろす。


「くっ…!」


しかし、それを焔の盾が阻んだ。


「君の相手は僕だよ。彼女に手出しはさせない。」


「焔…。」


「人間風情が、舐めた真似を…!」


男は阻まれた爪を再び振り降ろす。

その時、ふいに銃声が響いた。

けたたましい音とともに吸血鬼の男の右手が吹き飛ぶ。


「…ベルくんか。いいタイミングだ。」


「くそっ!スナイパーか!どこだ!?」


男は弾丸が撃たれた方角を睨む。

すかさずその方向に駆け出そうとしたところ、別の方角から新たな弾丸が放たれる。


「何…っ!?」


今度は男の左足が吹き飛んだ。


「僕の教育の賜物かな。いい判断だね、ベルくん。スナイパーは居場所を知られたら終わりだ。せいぜい駆け回って場を乱してもらおうか。」


男は右手と左足から煙のようなものが噴き出し、その損傷を修復する。

先ほどのエレナの攻撃とは違い、やはり外からの損傷には強いようだ。

吸血鬼の驚異の回復力。

それでも、彼の足を止めるには充分だった。

焔も負けじと剣で応戦する。


「くっ…!卑怯な…!」


「そうだよ!人間とはずる賢い生き物なんだ!守りたいもののためなら、どんな手段も厭わないのさ!」


厄介なのは、そのスピードだ。

自由に動かれないよう、焔は執拗に足を狙う。

焔の剣とベルの銃に翻弄される吸血鬼。

損傷の修復にはそれほど時間はかからない。

けれど、その少しの時間だけ彼は無防備になる。

その隙をついて、さらに攻める。

勝てる。勝機はこちらにある。

焔はそう確信した。


脚の腱を切り、腹を裂く。

その間に肩が吹き飛び、頭に風穴が空いた。

耐えきれず、男は地面に膝を付く。

その首さえ落とせばーーー。

焔は男の首に目掛けて剣を振り上げた。


「この程度で、私が倒せるとでも?」


男が顔を上げる。

赤い目がギラリと光ったかと思うと、背中に鈍い痛みが走った。

一瞬だった。頭で理解できないほどの刹那。

男を中心に、辺りのものは男の魔術によって全て吹き飛ばされた。


「うう…。」


崩れた城壁の向こうで、小さな身体を地面に投げ出したベルが唸り声をあげる。

視線だけを動かして辺りを見れば、エレナは遠くの方で気を失っていた。


「これだから人間は嫌いなんだ。弱いくせに。寄ってたかって強いフリをして…。下等な種族はそれらしく私達に支配されていればいいものを…!」


男は倒れた焔の身体を蹴り上げる。

驚くほど簡単に焔の身体は宙に浮いた。

そのまま重力に従い地面へと叩きつけられる。


「ぐ…うっ!」


男は怒りに任せて焔の身体を何度も何度も踏みつけた。

背骨がミシミシと嫌な音を立てる。

色々な内蔵が潰れるのを感じた。

あちこちの骨が折れているのを自覚した。

どこもかしこも痛くてたまらない。

折れた骨が熱を持つ。潰れた内蔵が痙攣する。

どこかから出血し逆流したのか、焔は口から血を吐いた。

己の吐いた血液でむせて息が苦しい。

全身に力が入らない。

指一本すら動かせない。


とても敵わない。

あと少し、もしかしたら、なんて希望は無残に打ち捨てられた。

最後のチャンスは不意になった。

ああ、自分は好きな女1人すら守れないで死ぬのか。

そう思うと、情けなくてたまらなかった。

自分は今ここで死ぬ。

それは間違いない事実だった。

彼女を守ることのできなかった男の、情けない死だ。


「もうやめて!」


不意に、愛しい彼女の声が響く。

必死に視線だけを動かせば、アンジェラがこちらに向かって駆けてくるところだった。


「アンジェラ…!」


アンジェラの姿を見た男は、先ほどまでと打って変わってパッと明るい表情を見せる。


「やっぱりここにいたんだね。久しぶりだね。300年ぶりくらいかな。会えて嬉しいよ。ああ、君は変わらないね。今も昔も変わらず美しい。迎えに来たよ。また一緒に暮らそう。君を幸せにできるのは私だけだ。君もそう思うだろう?」


「…ブラッドリー。もうこの国で暴れるのはやめて。…一緒に…行くから…。もうやめて…。」


「本当かい?嬉しいな。私も君を無理矢理連れ去るような真似はしたくなかったんだ。」


目を細めて微笑む姿は、恋する男の顔だった。

対照的にアンジェラは暗い表情を見せる。


「焔…。エレナ…。ベル…。」


ゆっくりと倒れた3人に視線を移す。


「ごめんなさい…。また…私のせいで…。」


目を伏せた彼女の瞳には、涙が滲んでいた。


「悲しむことはないよ、アンジェラ。別れは出会いの始まりさ。君は弱い人間たちと別れて、高貴な私と共に行くんだ。大丈夫。私は君にそんな顔なんてさせないよ。」


ブラッドリーと呼ばれた男は、愛おしそうにアンジェラの髪を梳く。


「最後に…別れの時間をちょうだい。」


「いいよ。でも僕は気の長い方じゃない。せいぜい手短に頼むよ。」


アンジェラはゆっくりと焔に歩み寄る。

傷だらけの身体、変な方向へ曲がった脚、おびただしい出血。

アンジェラは焔がもう長くはないことを悟って、顔を歪めた。


「焔…。」


「アン…ジェラ…。奴の言うこと…なんて…聞く必要は…ない…。逃げるんだ…。」


「もういいの。もういいのよ、焔…。」


彼女の優しい手が焔の頬に添えられる。

少しずつ奪われていくその体温に、彼女は涙を零した。


「ああ…そんな顔を…しないでくれ…。僕…なんかのために…涙なんて…流さないでくれ…。」


「私、焔といれて幸せだった…。ずっと守ってくれてありがとう。できれば…もっと一緒にいたかった…。」


彼女の温かい涙がポロポロと焔の顔へ注がれる。

焔は最後の力を振り絞って、彼女の手を握った。


「ふふ…。嬉しいことを…言ってくれるね…。でも…もう僕はダメだ…。君に会えて…僕は幸せだったよ…。」


「そんなこと言わないで…。」


「最後に1つだけ…僕の望みを聞いてくれるかい…?」


「聞くわ。なんでも言って。」


「僕のことを…忘れてくれ…。」


「え…?」


彼女は困惑の表情を浮かべる。


「君は…僕のことを忘れて…幸せになるんだ…。」


「嫌よ!一生忘れさせないって、焔の死を背負って生き続けるって、そんな呪いをかけるって、焔…言ったじゃない…。」


「あれは嘘だよ…。僕は…死んでまで…君の足枷にはなりたくはない…。」


「足枷なんかじゃない!焔と過ごした日々は…私にとって大切なものなのよ…!」


「ふふ…。君の人生は長い。僕が死んでもまだまだ続いていく。だから、僕なんかに囚われちゃダメなんだ…。この先も、きっと君はまた誰かと恋に落ちる。そして、ずっと笑っていてくれ。君の笑顔が…僕は大好きだったよ…。」


焔は目を伏せ、今までの人生を思い返した。

彼女に出会えて、幸せだった。

彼女と恋に落ちて、幸せだった。

彼女のために生きて、幸せだった。

最後に彼女に会えて、幸せだった。

彼女を守って死ぬことに、後悔はない。

彼女のための人生だったと誇りを持って言えるだろう。

ああ、でも、他の男のものになるのはやっぱり少し悔しいな、と焔は思う。

彼女には口が裂けても言ってやらないけれど。

自分は今ここで過去の男になる。

彼女を愛しているからこそ、彼女のこの先が明るいものであってほしいと願った。

この人生に、悔いなどない。


「ありがとう…アン…ジェラ…。」


「焔…。」


最後に感謝の言葉を述べて、焔は事切れた。

何も語らなくなった焔を前に、彼女は嗚咽を漏らして泣いた。

冷たくなっていく焔の体温。

燃えるような情熱的な愛を貫いた男の死だった。


「別れは終わったかな?じゃあ行こう、アンジェラ。」


余韻に浸る暇もなく、ブラッドリーはアンジェラの手を引く。

アンジェラは亡くなった焔から目が離せないままでいた。

その様子が気に入らないようで、ブラッドリーは強引にアンジェラの腕を掴んで引き寄せる。


「…面白くないね。君は誰のものなのか教えてあげよう。」


そして彼女の細い首筋に牙を立てる。

彼はアンジェラを愛しているのではない。

自身を強化する作用のあるアンジェラの血液を欲してやまないだけ。

白い肌に鋭い牙がゆっくりと沈む。

ああ、私はこの男の食事として幽閉されるのか。

アンジェラは絶望に目を伏せた。


「その手を離せ!」


その時、よく知った声が響いた。

視線を上げると、愚直な程に自分を愛してくれた男が目に映った。


「…ノエル?」


「アイツが親玉か。散々俺の国を荒らしてくれやがって。」


死んだはずの王は憤りを見せる。


「アダム君…。」


「だーかーらー、お前はもう王じゃねえって言ってるでしょうが。いつまで王様気分なんですかねえ。」


「いいじゃない、別に。この国では1番強いものが王になる。アイツをブチのめした人が次の王ってことで。決まりね。」


かつて愛した男は呆れたような顔を見せる。

その男にぴったりと寄り添い、2人の仲を見せつけるような女。


「ジャック…。ラウム…。」


4人はブラッドリーを見据える。


「どうして…皆がここに…?」


さも当たり前のような顔でかつての王は言う。


「どうして?馬鹿なことを聞くな。この国は俺達のものだ。俺達の国を俺達が守って何が悪い。」






@kakakakarashuya


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