34 対峙
人々の叫び声が聞こえる方へと向かうと、そこは地獄絵図だった。
無数の人々が倒れ、その身は無残に切り裂かれ身体のいたるところから出血していた。
逃げ惑う人の悲鳴、子供の泣き声、据えた血の匂い。
その血溜まりの中で小さな子供の女の子が高笑いをしていた。
「あはははっ、人間ってほんとによわーい!」
桃色の髪を高い位置で2つに結び、血のような深紅の瞳をした少女。
身の丈の倍程の大鎌を振り回し、無邪気な笑みを浮かべる。
純粋で可憐な子供の容姿で、逃げ惑う人々に容赦なく牙を剥く。
「あれが…吸血鬼ですか…。」
その少女は、逃げ遅れ、蹲り泣いている子供に手を伸ばす。
「おい、その手を離せ!」
アダムが吠えると深紅の瞳は4人を捕らえた。
「なぁにー?正義のヒーローごっこ?人間ごときがこの私に指図しないでくれる?」
いたずらに笑う少女に、躊躇いもなくリリーは引き金を引く。
銃弾はその少女の肩を貫き、子供を捕らえていた手がだらりと落ちた。
すかさずアダムが飛び出し、その子供を抱えて少女から引き離す。
「怪我はないか?ここは危険だ、向こうへ行っててくれ。」
そう子供に声をかけ、安全な場所への避難を呼びかける。
あまりの恐怖に涙を浮かべた子供は、震えた足で街の奥へと駆けていった。
「痛いんだけど?」
吸血鬼の少女は撃たれた腕を押さえてギロリとこちらを睨む。
再生の途中だろうか、撃たれた腕からはジュウと煙のようなものが出ていた。
ラウムの情報によれば敵は3人。
けれど、ここには少女一人しかいない。
どこかに隠れて隙を伺っているのか、アダムは周りを見渡す。
どこだ。どこに隠れている。
そんなアダムの考えを察したようにラウムが口を開く。
「敵は別れて単独行動を取っているわ。一人は東の街道、もう一人は城の方へ向かったみたい。」
「アダム。ここは俺達に任せてください。お前は東の街道へ。俺達もこっちを片付けたらすぐ向かいます!」
「しかし…!」
躊躇う様子を見せたアダムだったが、ジャックの力強い瞳を見てアダムは頷く。
「わかった!後で落ち合おう!」
そう言って、アダムは駆け出す。
その背中を見送り、ジャックは大きな溜息をついた。
「相手は女か…。やりにくいですね。俺、女を嬲る趣味はねえんですけど。」
どうしたものかとジャックは少女を見つめ、首を捻る。
その少女はジャックと視線が合うと、まるで新しいオモチャを見つけた子供のように目を輝かせた。
「おにーさん、結構いい男じゃない。気に入ったわ。私のコレクションに加えてあげる。」
「はあ?生憎俺はガキに興味はねえです。」
「そんなこと言っちゃって〜。人間の男はオリビアみたいにちっちゃくて可愛い女の子が好きなんでしょ?そこの性格悪そうなババアより、そこの根暗そうなブスより、私の方が絶対可愛いわ。おにーさんもそう思うよね?ね?」
その言葉に、ラウムとリリーはムスッとした表情を見せた。
「あの女…気に入らないわね。絶対泣かせてやるんだから。」
「…お姉ちゃん、私も同じ気持ちよ。謝っても絶対許さない。」
「2人とも落ち着いてください。変なところで女の争い始めんでくださいよ…。」
煽りに乗ってバチバチと火花を散らす二人を窘めるようにジャックは呟く。
「ジャック。貴方、変な女に好かれすぎよ。次浮気したら、絶対許さないんだから。」
「ええ…。完全に俺とばっちりじゃねぇですか…。」
すっかり火のついた二人に、ジャックは一際大きな溜息を吐いた。
ーーーーーー
突然の戦火。
焔は真っ先に城へと駆け出した。
平和なこの国が戦場になるとしたら、理由は一つしかない。
アンジェラだ。敵はアンジェラを狙っている。
いつかこういう日が来た時のために、国外へ逃げるためのルートは複数確保している。
敵にアンジェラの居場所がバレる前に彼女を逃さなくては。
事態は一刻を争う。
焔は脇目も振らず全速力で走った。
早く。彼女の元へ駆けつけなければ。
城の大きな門を潜ろうとしたところで、見慣れない男に声をかけられた。
「やあカグツチ。アンジェラはどこだい?」
振り返ると、耽美を絵に描いたような美しい顔の男が立っていた。
焔は剣を抜き、盾を構えてすぐに臨戦態勢を取る。
「…ここに彼女はいないよ。君は何者だい?」
「嘘をつかないでほしいな。じゃあそんなに息を切らして、どこに行こうとしていたのかな?…アンジェラのところ以外にないよね。私も彼女に用があるんだ。案内してくれるかい?」
「ここに彼女はいないと言っているだろう。」
「あくまでしらを切るつもりか。じゃあこうしよう。大人しく彼女の元へと案内してくれるなら、この国には手を出さない。でも、それを断るなら容赦はしない。この国は朝を待たずに滅んでしまうよ。下賤な人間風情がこの私に敵うとでも?」
男は真っ赤な瞳を細めて不敵に笑う。
赤い瞳、作り物のような美しい容姿。
焔は察した。相手は人間ではない。吸血鬼だと。
ーーーーーー
ノエルが戦火の知らせを聞いたのは、アンジェラの部屋で添い寝をしている時だった。
突然けたたましいノックの音が響き、焦った戦士の声が扉越しに聞こえた。
「王様!大変です!」
「どうした?」
「街が何者かに襲われています!相手は無差別に国民を殺して回っていて…死者は数知れず!見張りの兵もほとんどやられました!我々では対処しきれません!このままでは、この国が大変なことになります!」
「わかった、すぐいく。」
隣で寄り添う彼女は、怯えたような表情を浮かべていた。
「…ノエル。」
「大丈夫、俺が守るから。」
彼女を落ち着かせるように、ぎゅっと抱きしめる。
恐怖からだろうか。彼女の心臓の音はいつもより早いリズムを打っていた。
「ノエル…死なないで。」
「ちゃんと帰ってくる。だから、アンジェラさんはここに隠れていて。」
ノエルはアンジェラを置いて部屋を出た。
すぐに伝達係の戦士を通じてトップ7の召集をかけた。
けれど、誰一人として連絡が取れるものはいなかった。
この非常時に一体何をやっているんだ。
あんなにアンジェラに執着していたはずの焔やエレナと連絡がつかないことに、ノエルは爪を噛んだ。
情報の要となるレイヴンとも連絡が取れない。
当然だ。彼女はジャックやベルと行動を共にしているはずだ。
焔の言うことを鵜呑みにするなら、彼らはこの国を、アンジェラを裏切った。
レイヴンがいない今、情報は錯綜した。
北の街が火の海だ、西の街が破壊された、東で化け物が出現した、南で少女が人を殺している。
どれも曖昧な情報だった。
伝達係の戦士は誰もが青い顔をして、恐怖に顔を引き攣らせ、あやふやなことばかりを口走る。
そのことにノエルは苛立った。
作戦の要は情報だ。
情報無くして作戦は立てられない。
しかし、呑気に正確な情報をただ待っているだけにはいかなかった。
今この国では確実に何かが起きている。
ノエルは取り敢えず急ごしらえの部隊を編成し、城の外へ出た。
向かった先は、1番被害の報告が多かった東の街道。
そこには、かつての面影が全くない酷く凄惨な光景が広がっていた。
街道は真っ赤に染まり、道の端には数え切れないくらいの遺体が転がっていた。
戦士の制服を着ているものもあれば、一般市民のものもある。老人や、幼い子供のものも。
酷い匂いに、吐き気をこらえる。
目眩がしそうな光景に耐え、視線を上げるとその道の中央に小さな少年がいた。
その少年はもう動かなくなった女性の遺体の首筋に牙を立てる。
「お前、何者だ。」
ノエルはその少年に剣を向ける。
少年はノエルの声に驚き、後退った。
「あ…ごめんなさい…僕…お腹が…すいちゃって…。」
真っ赤な目。露草色の髪。人間のものとは思えない鋭い牙。
「僕、代謝が悪くて…飲んでも飲んでも…すぐお腹がすくんです…。だから…ちょっと血を分けてもらおうと思ったんですけど…みんな…死んじゃった…。人間って、こんなに弱いんですね…。優しくしたつもり…なのに…。全部全部…僕が殺した…。…ふふ。」
大人しそうな態度とは裏腹に、支離滅裂なことを口走る少年。
その口の周りは、血液で真っ赤に汚れていた。
「そうだ…アンジェラさんを知りませんか…?僕、アンジェラさんを探しに来たんです…。」
「…何が目的だ。」
「だから…アンジェラさんを探しているんです。」
「彼女に会ってどうするつもりだ。」
「わかりません…。ブラッドリー様の命令だから…。多分…連れて帰るんだと思います…。連れて帰って…ご飯にするんだと思います…。」
「ご飯…?」
「あ…僕たちは吸血鬼で…人間の血を飲まないと生きてはいけないんですけど…。アンジェラさんの血は特別なんです…。僕たち吸血鬼にとって…アンジェラさんの血はご馳走で…。すごく…すごく美味しくて…!力がみなぎるんです!アンジェラさんの血があれば…!僕たちは最強になれる…!強くなれるんです…!」
興奮しているのか、早口に捲し立てる少年。
その異様さに呑まれそうになりながらも、ノエルは吠えた。
「ふざけるな!そんな奴らに彼女を渡せるか!」
「あれ?ダメでした?…じゃあ仕方ないですね…。」
残念そうな顔をした少年は背中に手を回す。
背に装備していた斧を両手に持ち、少年は深紅の瞳を細めた。
「力付くで手に入れます。」
少年はノエルに向かって右手を振り降ろした。
「ぐっ…!」
ノエルは二本の剣でその攻撃を受け止める。
一撃が重い。
一つ抑えるたけでも精一杯なのに、敵は両手に斧を持っている。
こんな小さな身体のどこにそんな力があるのか。
左手の斧がノエルを狙って振り降ろされる。
ダメだ、両手が塞がっていては受け止めきれない。
ノエルは素早く後退り、その攻撃を避けた。
受け止めていた腕がジンジンと痺れる。
対して少年は涼しい顔で斧を振り降ろす。
圧倒的な力の差。
「うっ…。」
ふいに、女性の呻き声がした。
道の端の遺体の中に、まだ息がある者がいたのだ。
「おや。まだ生きてたんですか…。おかしいな…ちゃんと殺したはずなのに…。」
少年は標的をその女性に変える。
ゆっくりと女性に近付き、斧を振り降ろす。
「やめろ!」
ノエルは女性を庇い、その斧を再び二本の剣で受け止める。
しかし、先ほどよりも力が強い。
押されている。受け止めきれない。やられてしまう。
そう思った瞬間、聞き慣れたよく通る声が響いた。
「下がっていろ!」
フードを被った男が、少年とノエルの間に割り込む。
その男は少年の攻撃を受け止め、大人の身の丈程ある大剣で左手の斧を振り払った。
重たい音がして、斧が床に落ちる。
「僕の斧を振り払うなんて…何者だ。」
「何者でもないさ。今の俺はただの亡霊だ。」
はらり、とフードが落ちて、その男の顔が顕わになる。
その男は、ノエルのかつての親友の姿をしていた。
「アダム…?」
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