23 刻印
それから彼女との奇妙な関係は続いた。
毎日夕暮れ時に公園で待ち合わせて硬いベンチに座り他愛のない話をする。
そして、彼女はたまにジャックの家を訪れ、添い寝をしてくれた。
色っぽい事は一切なかった。
彼女に触れたいという欲はあったが、拒まれるのが怖かった。
せっかく築いてきた関係を壊したくはなかった。
ジャックは彼女の反応を見ようと、試すような意味深な軽口を叩き、いつも彼女に一蹴されていた。
添い寝までして脈はないのかと思うが、彼女の真意を聞く勇気はなかった。
お情けで差し出される手を大事に握り、眠りに落ちる。
不思議と彼女の傍は落ち着いた。
彼女の隣で眠る夜は、悪夢を見ずに済んだ。
ジャックはもう引き返せないほどに彼女に惹かれていた。
同時に、アンジェラへの感情がだんだん薄れていっていることに気付き始めていた。
もう、いいか。後ろ髪を引く想いに、そんな諦めがつき始めていた。
「ね、これ外してもらえません?自分じゃ外せないんですよ。」
何度目かの添い寝の時、ジャックは首に揺れるチョーカーを弄びながら言った。
二人はベッドに腰掛け、いつものように眠る前の他愛のない話をしていた時だった。
「なんで自分で外せないものつけてるのよ。」
呆れたような顔をしつつ、彼女はジャックの後ろに回り、チョーカーを外した。
自分を縛っていた重たい枷は、彼女の手によって驚くほど簡単にこの身を離れた。
久しぶりに首回りがスッキリした。
同時に、気持ちの整理もついた。
「…ありがとうございます。これが、最後の未練だったんですよね。でも、もう俺には必要ないです。」
外されたチョーカーを手に取りまじまじと見つめる。
長い間着けていたせいで、ところどころ傷や擦れが目立ちボロボロになっていた。
重いと思っていた首輪も、外してしまえばただのアクセサリーに過ぎなかった。
こんなものを自分は大事にしていたのか。
「前の彼女に貰ったものなの?」
「いえ。自分が好きで着けてただけですよ。首輪があれば捨てられないかなと思って。」
「首輪って…。犬じゃあるまいし。」
「犬ですよ。俺は彼女の犬でした。浮気されようが、雑に扱われようが、彼女の顔を見たら尻尾振って喜ぶ馬鹿な犬でしたよ。」
「そう…。こんなにボロボロになるまで着けていたのね。大切なものだったんでしょう?」
「いいんです。どうせもう叶わないし。…自分の気持ちもよくわからなくなってきちゃったんで。」
なんだか酷く冷めた気持ちでジャックはチョーカーをゴミ箱に放り投げる。
コントロールに自信はなかったが、見事命中し、音を立ててチョーカーはゴミ箱へと捨てられた。
もう二度と自分がそれを着けることはない。
「…私も見せてあげようか。」
「え?」
彼女はシャツのボタンを一つずつゆっくりと外していく。
布が擦れる音と共に、彼女の白い肌がチラチラと見え隠れする。
「ちょっ、何してるんです。」
「いいから。」
彼女は半分程ボタンを外したところで背を向けた。
そして、ゆっくりとシャツを下ろす。
彼女の右肩には、刻印のような印があった。
どこかで見たことのあるような印。
でも、それが何なのかは思い出せなかった。
「タトゥー?」
「私が彼のものである証よ。」
「へえ…。」
「引いた?」
「いえ…。ただ、こんなものつけて…よっぽど独占欲の強い男だったんですね。」
「そうね。でも彼は他の女を選んだわ。私のことなんか忘れて、その女に夢中になって私を捨てたわ。」
「最低ですね。ぶん殴ってやりたい。」
ジャックの言葉を聞いて、彼女は可笑しそうにクスクスと笑った。
「そうね。ぶん殴ってやりたいわね。」
「何が可笑しいんです?」
「ふふっ、秘密。」
彼女は笑って人差し指を立てる。
そして再びシャツを着直した。
「その人のこと、まだ好きなんですか。」
「ええ、好きよ。今でも待ってるの。」
「帰ってくる保証もないのに?」
「それでもいい。それでもいいの。私が好きで待ってるだけだから。」
「…ふぅん。アンタも叶わない恋、してるんですね。」
彼女は窓越しに月を眺めて想いに耽る。
ズルいな。こんないい女にそんな顔させるなんて。
自分なら、絶対に彼女にそんな思いさせないのに。
「ね、俺にしません?俺一途だし結構尽くすタイプですよ?」
「私、回りくどいのは好きじゃないの。そういう言葉は、もっとちゃんと聞きたいのよね。」
彼女の人差し指がジャックの唇に添えられる。
そしてゆっくりと確かめるように唇を滑った。
なぞられた唇がゾクゾクと痺れる。
挑発的な彼女の瞳にジャックは覚悟を決めた。
「…好きだ。アンタが好き。ね、俺のものになってよ。」
拒まれることが怖くて隠していた言葉。
彼女に促されるように自然と口から溢れた。
しかし、彼女はうーんと首を捻った。
「うーん、そうじゃないのよねえ。」
「…言わせたくせに。」
「残念。私を落とすにはまだ足りないわ。」
いたずらな笑みで彼女はジャックの額を小突く。
割と本気だったのに。彼女には相手にもされない。
どうしたら彼女は自分の方を向いてくれるのか。
「嘘でいいです。1回だけでいいから…愛してるって言ってもらえません?」
「嫌よ。私は嘘でそんなこと言いたくないわ。」
「…そうですか。アンタ、やっぱりいい女だね。優しい人だ。」
彼女との距離は付かず離れず。
今日も彼女の手を大事に握りしめて眠る。
この日はジャックより先に彼女が眠りに落ちた。
彼女の寝顔をこっそりと覗く。
眠っていても、彼女は美しかった。
艶っぽい色の唇から規則正しい呼吸が漏れる。
キス、したいな。そうジャックは思った。
彼女の唇に顔を近付けてみる。吐息の触れる距離。
あとほんの少しで彼女の唇に触れられる距離。
このまま唇を奪ってやろうか。
そう思うも、ジャックは寸前で踏み止まった。
「…俺、もっとアンタに触れたいし、キスしたいと思ってますよ。アンタのこと、この手でめちゃくちゃにしてやりたい。…でも、出来ないんです。臆病な男だからさ。アンタの許しがないと指一本触れられねぇの。…こんな情けない男は嫌いですか?」
呟いた言葉は夜の闇に溶けて消えた。
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