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その正体  作者: 烏屋鳥丸
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22 強さと弱さ


人を殺した。

不思議と命を奪ったことへの後悔や恐怖はなかった。

照準を合わせて引き金を引く。ただ、それだけ。

魔物を倒すのと何ら変わりはない。

もっと言えば、的を狙って撃つだけの射撃練習と変わらない。

王を殺して平気な顔をしている自分を見て、焔は満足そうに笑った。


「君は強い子だ。お兄さんと違って、ね。自信を持っていい。君は誇り高き戦士だよ。」


焔には幼い頃から人殺しの術を一通り教えられた。

人間の急所や、どこを攻撃すれば身動きが取れなくなるか、どこを撃てば一瞬で死ぬのかという殺しの単純な技術。

どれだけ血を流したら人間は死ぬか、けして死ぬことはないが苦痛が長く続く場所、意識を飛ばすことなく痛めつける拷問の技術。

そして、相手を油断させるための人心掌握術。

上2つは難なく習得できたと思う。

最後の一つはまだ手探りだ。


「君はその幼い容姿を活かした方が良い。みんな好きだろう?守ってあげたくなるような可愛らしくてか弱い女の子。」


焔はそう言うが、可愛らしくてか弱い女の子なんてイマイチピンとこない。

どうしたらいいかわからずに、色々試してみてはいるが、アンジェラには笑われるし、エレナからは不評だ。


「子供じゃないんだから、もう少し自分の年齢を考えなさい。」


と厳しい意見を言われる。

さすがに『死にそうな小鳥と心優しい私』というストーリーは後からエレナにネチネチと文句を言われた。

焔には「相手がノエルくんでよかったね」と笑いを堪えながら言われた。

私は焔の言うような可愛らしくてか弱い女の子ではない。

むしろ、どこか冷めてて斜に構えてる方だと思う。

平気で人も殺したし、目的のためならなんだってやる。

そういう教育を受けてきた。

純粋ではいられなかった。

だってこの世界はあまりにも残酷だ。

戦わなければ大切なものは守れない。

私はたくさん奪われてきたんだ。

母も、兄も、友達も。

私が弱かったから奪われた。

もう二度とあんな思いしたくはない。

だから今日も銃を手に持ち戦うのだ。

大事なものを、守るために。


私の大切なもの。

それは兄。

心を病み、記憶を無くした今は話すこともできない。

けれど、いつかきっと思い出してくれると信じている。

兄のためだと思えば、手を汚すことなんてなんともなかった。


もう一つの大切なもの。

それはスノウ。

作られた姉妹関係だとしても、私はスノウのことを実の姉のように思っている。

スノウも私に良くしてくれるし、姉妹のような、友達のようないい関係が築けていると思う。

本当の姉になってくれないかな、とすら思ってしまうくらいにスノウのことが大好きだった。


そのスノウは最近帰りが遅い。

No.6の仕事かと思ったが、そうじゃないらしい。

表向きの仕事、新聞社の仕事が忙しいのだと言う。

そう言う割には、鏡を見つめて身だしなみを整える姿は、どこか楽しそうに見えた。

 

「スノウ、なんか最近機嫌いいね。」


「そう?別にいつも通りだと思うけど。」


「いつもよりメイクに時間かけてる。彼氏でもできた?」


「…秘密。」


人差し指を立てて首を傾げる。

よく見る仕草だ。スノウの癖なのだろう。

か弱くて可愛い仕草というのはこういうことを言うのだろうか。

今度私も真似してみようかな、とベルは思った。

  

「今日は職場に泊まるわ。ちょっと仕事が建て込んでいてね。食事は一人で済ませてくれる?」


「いいけど。…彼氏ができたのなら紹介してよ。スノウの彼氏、気になるし。」


「だから、彼氏じゃないってば。」


「本当?」


「ほんとほんと。」


スノウは可笑しそうに笑いながら口紅を片付ける。

白い肌に明るい発色がよく似合う。


「じゃあ行ってくるから。一人でもちゃんとご飯食べなきゃダメよ。」


そう言って家を出たスノウの後ろ姿は、なんだかいつもより輝いて見えた。




ーーーーー



街のはずれの小さな家。

その家の玄関先には子供のものと思われる小さな傘が2つ立て掛けられていた。

その隣にはシャベルやバケツなどといった子供の遊び道具と思われるものが積まれている。

ノエルは何度か訪れたことのあるこの家のドアをノックした。

少しの沈黙の後、バタバタと複数の足音と共に見知った女性が扉を開ける。


「ノエルさん。どうしたの?急に。」


癖のある赤毛にあどけなさが残る大きな瞳。

彼女はソフィア。

かつての親友、アダムの元妻にあたる人物だった。


「ソフィア。急に来てごめん。少しだけ、話できる?」


「いいけど、ちょっと今は騒がしいかも…」


言い終わらないうちに、小さな怪獣たちが顔を覗かせた。


「ママー!誰か来たの〜?」


「あーっ!ノエルだ〜!」


アダムによく似た金の瞳とソフィアによく似た赤毛。

よく似た顔の男女の双子。

彼らはアダムとソフィアの子供だった。


「ルナもハリーもこんばんは。」


アダムによく似て物怖じしない性格の双子は、こんばんは!と元気な挨拶でノエルを迎える。

小さな怪獣たちはノエルの後ろをキョロキョロと見渡した。


「パパは?」


「パパ来てないの?」


俺よりノエルに懐いてるとアダムは言うが、彼らはアダムのいないところではアダムのことばかりを気にする。

ノエルは小声でソフィアに耳打ちした。


「ルナとハリーにアダムのことは?」


「言ってない。」


「そっか。」


子供たちに向き直り、しゃがんで目線を合わせる。

落ち着きなくあっちこっちをキョロキョロとしていた視線は、父親がいないとわかるとがっかりしたように伏せられた。


「ごめんな。パパはお仕事でこれないんだ。代わりにほら。お菓子買ってきたから2人で食べな。」


ノエルが菓子を差し出すと、子供たちの目が輝いた。

機嫌を取り戻した子供たちは、ノエルの手を引き家の中へと招く。

とても落ち着いて話せるような状況ではなかった。

子供たちに遊んでと強請られ、少しくらいならいいかと了承したものの、先に音を上げたのはノエルだった。

だっこをせがまれ、おんぶをせがまれ、挙句の果てに狭い室内での鬼ごっこ。

子供の体力の底なしだ。鍛えているはずの自分ですらヘトヘトだ。

ちょっと休憩、とソファに腰を落ち着かせると、子供達も並んで向かいのソファに座る。

しばらくすると、さっきの騒がしさが嘘のように静かな寝息が聞こえてきた。


「ごめんなさい、子供達が騒がしくって。」


そう言いながら、ソフィアはココアをノエルに差し出す。


「いや、元気そうでなによりだよ。こっちこそ急に来てごめんな。」


「それで、話って?」


ソファで眠る子供達にブランケットをかけて、ソフィアも子供達の横に腰掛ける。

ノエルが今日ここに来た理由は一つだけ。

アダムとの約束を果たすためだった。


「…アダムから『俺が死んだらソフィアと子供たちのことを頼む』って言われてるんだ。何かあれば遠慮なく俺に言ってほしい。」


今は亡き、かつての夫の名前に、ソフィアは目を伏せる。


「…ホントにアダムは死んだんだよね。」


「…ああ。」


「病気なんて、一番アダムとは程遠い死に方だよね。アイツ、風邪もひいたことないのに。」


「…そうだな。」


「ねえ、ホントにアダムは死んだの?」


「…ああ。死んだよ。」


「ノエルさんは最後を見届けた?どんな死に方だったの?」


「それは…。」


「安らかに逝けた?」


「ああ。眠るように逝ったよ。」


ノエルは無意識に前髪を触った。

アダムが生きていたら嘘だと見破られてしまうな。


「そう。ならいいや。この子たちが大きくなった姿を見せられないのは残念だけど…。仕方ないよね…。」


沈んだ顔のまま、ソフィアは隣で眠るルナとハリーの頭を撫でた。


「ホントはね、会うたびアダムからやり直そうって言われてたの。」


ソフィアは膝の上でぎゅっと拳を握り、絞り出すような声で語りだす。


「でもね、私は毎回断ってたのよ。子供たちのこともあるし…。一度上手くいかなかった関係だもの。やり直したところで、まだ同じことになるに決まってるわ。」 


ほろりと、涙が頬を伝う。


「こんなことなら、素直に『はい』って言っておけばよかった…。もう一度アイツの手を取ってあげればよかった…。心の何処かで驕ってたのよ。アイツには私しかいないって。何度断っても絶対私のところに来るって。…もう会えないのよね。もう、アダムはいないのよね…。」


止まらない涙にソフィアは顔を覆う。


「アダムが不器用な人だってことは知ってた。アイツには夢があって。大切なものもたくさんあって…。私はいつもアイツの一番にはなれない。…でも、それを知ってて好きになったのは私。そんなアダムが…私は好きだったの。別れても…ずっとずっと、アダムが好きだった…。」


ソフィアは肩を震わせて泣き崩れる。


「なんでこんなことになっちゃったの…。もっと素直になっていればよかった…。アダムにちゃんと好きって…言えばよかった…。」


ノエルは何も言わずにソフィアの声に耳を傾けた。

言葉が見つからなかった。

何を言っても、きっと慰めにもならないだろう。

亡き親友を想い涙する彼女に、ノエルはただ黙っていることしかできなかった。


少し羨ましくもあった。

アダムはいいな。

ソフィアはアダムのために泣いてくれる。

アンジェラはどうだろうか。

彼女はもし自分が死んだら、涙を見せるのだろうか。

そうだったらいいな、と思う反面、きっと彼女はすぐに他の男のところへ行くのだろうと安易に想像できた。

夢にまで見た彼女との恋。

それは、気が狂うほどに愛おしくて苦しい恋だった。

彼女といると幸せで満ち溢れた。

同時にチラつく他の男の影に、酷い嫉妬と独占欲を覚えた。

これが自分の望んだことなのか。

ノエルにはもうわからなくなっていた。


ソフィアはしばらく泣き続けた後、涙を拭った。


「ごめんなさい。こんな恥ずかしいところ見せちゃって。」


涙で腫れた赤い目で弱々しく笑う。

その姿は痛々しくも見えた。


「アイツの代わりに俺が守るよ。ソフィアも、子供たちも、この国も。」


「ふふっ、ノエルさんカッコいいね。私もノエルさんみたいな人を好きになってたら幸せになれたのかな。」


「やめてくれよ。アダムに怒られる。」


「アダムは怒らないわよ。拗ねるかもしれないけどね。」


「そんな奴じゃないだろ。」


「そう思うでしょ?でも、私の前では結構甘えたなのよ、アイツ。」


「それだけソフィアを信頼してるってことだろ。」


「そう、なのかな。…そうだったらいいな。」


亡きアダムを想いながら、二人は冷めたココアを飲んだ。








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