第42話 昂るもの ガダン
「」は日本語、『』はそれ以外の言語での会話を表しています。
基本的に護以外はみんな、日本語を喋ってはくれません。
『おら、どうした? もっと見せてみろよ!』
日の出が近づき青さが増す空の下、大型魔動車の駅では虹槍騎士団副団長のヒュートとアウストゥーツの側近ガダンによる一進一退の攻防が繰り広げられていた。
自身と同じ丈の黒い槍を自在に操るガダン。それをブーツの脛や踵で受け止めると、そこを軸に攻撃に転ずるヒュート。ヴァイリオは自分では遠く及ばない次元の戦いを思い知らされるが、ラーゼアの見ているものは違った。
『おかしいっす……』
『ラーゼア?』
黒い槍に関してはとことん調べた。恋人の命を奪った相手を特定するために。自分の記憶を忘れないよう紙にもまとめた。だからこそラーゼアは疑問に思った。
『……攻撃を受け止めてもあの刃が出てこないっす』
『アディージェがやられたアレか?』
『ピオリアに刺さってたのを抜いた時もそうだったっす。形は全く一緒なのに、アウストゥーツの持ってたのと何が違うっすか……』
『確認しようにも、我らが加われば逆に足手纏いだ』
ラーゼアが必死に答えを考えている間、ヴァイリオは2人の怪我人を気にしつつ、駅自体にも意識を広げていた。
大型魔動車の重要性はどの国においても変わらない。それが失われるだけで多くの物資や魔道具に必要なネイストレンの流通が一気に止まるからである。そのため、駅には必ず国の警備隊が24時間待機している。
しかし、レッダを追って駅に入った時も警備隊は見なかった。今も、動くはずのない時間に大型魔動車が出発したというのに誰1人出てこない。
(すでに懐柔されているのか)
助けはこない。それどころか、自分たちを捕まえに現れる可能性すらある。レッダの友人はすぐにでも治療をしなければ命に関わる。レッダ自身も放っておける状態ではない。状況を変える手立てがヴァイリオには浮かばなかった。
『いつまでその姿でやるつもりなんだ?』
『それはお互い様だろうに』
『なら、先にいかせてもらうぜ!』
活性によってガダンの全身の細胞に魔力が注ぎ込まれる。通常ならば、それによって身体能力が強化されるだけ。しかし、ガダンの体から本来肉眼では見えないはずの魔力が溢れ出し、彼の皮膚の上に強固な鱗を、腰から太い尾を形成していく。
ヒュートたちはそれを本能解放と呼ぶ。活性を極めたものだけが習得するその力は、細胞の中に眠る先祖の姿を呼び覚まし、身体を変化させる。
魔力の溢れが止まりガダンがゆっくり吸い込んだ息を止めると、黒い槍先が一気にヒュートまでの距離を詰める。ラーゼアの目では捉えきれないほど素早い強烈な突きを、ヒュートはブーツの靴底で受け止める。フットブロックとでもいうべき、脚力に優れたリウクオウ独特の防御術。しかし、勢いを殺しきれず軸足は石畳を削り後退を余儀なくされる。
変身直後の慣らし前ではあるが、ガダンは手加減などしていない。相手が強いと判断すれば、常に全力で。それが彼のモットー。そんな彼の一撃を受け止められる強者が目の前にいる。ガダンの心は喜びに満ちていた。
『これだよ、これ。たまんねえぜ!』
強化された身体に慣れ、ガダンの力がさらに強まる。ヒュートの身体はどんどん後退させられ、ラーゼアたちから遠ざかっていく。
(これだけ距離が離れれば……)
ヒュートは元いた場所から10メートル近く離れたところで、軸足に力を込めて体を止める。全ては、大怪我を負ったレッダの友人をヴァイリオたちに救助させるため。十分離れたのを確認すると、今も力が拮抗している踵を支点にして槍を飛び越えた。
『さっきよりも手数は多いんだぜ!』
槍を避けたはずなのに、巨大な塊がヒュートの真横に迫る。本能解放によって現れたガダンの尾。硬い鱗に覆われた強靭な筋肉の鞭が。
『そのようだな』
空中で逃げ場のないヒュートをなぎ払おうとする太い尾の一撃は、彼の回し蹴りに阻まれ不発に終わる。尾の太さは筋肉の量。その力は槍による渾身の一撃にも負けない。それを簡単に防がれ、ガダンは不気味な笑みを見せる。
そんな彼の真後ろに降り立ったヒュートは、間髪いれず長い脚を飛ばす。槍の突きと錯覚する鋭い一撃は、黒い槍で受け止めたガダンを勢いよく突き飛ばした。
『勝手にクリ二オムかと思ってたが、コルニイスだったとはな!』
ヒュートら鳥類から進化した人類のリウクオウは、さらにいくつかの種族に分類することができる。虹槍騎士団の団長であるイエリリーア・モーテのように本能解放で飛行能力を発現するのがクリニオム。それに対しヒュートは、飛行能力を持たない代わりに走ることに特化したコルニイス。その脚力は、鋼鉄すらも打ち砕くといわれている。
服の上からでもはっきりわかるほど肥大した大腿部、首筋に見える短い羽毛はヒュートがすでに本能解放を発動していることを表していた。
『期待外れで申し訳ないな』
『んなわけあるか。逆だよ、逆!』
力強い踏み込みで石畳を割り体を止めると、再び構えたガダンの槍先に向けられる。距離は十分にある。しかしヒュートには、心臓を狙ってくる軌道が何通りも見えてくる。それだけガダンに隙がない。どう避けようとも、どう攻めようとも自分が刺されるヴィジョンが浮かぶ。そう思わせるほど、彼の槍の攻撃は重かった。
『オスゲア最速と言われるコルニイス……その中で虹槍騎士団に選ばれるほど強いやつを相手にできるんだ。こんなに興奮するのはアウスドネスとやり合った時以来だぜ』
『アウスドネスと戦ったのか?』
『当たり前だ。これでも元剛鱗衆だせ? ありゃあ、マジで最高だった。時間が無くて引き分けに終わっちまったが』
互いに一歩も動かない。この隙に近づいて援護を。そう思ったラーゼアだったが、近づいてはいけないという危機感が彼の体を縛っていた。
相対する二人の頭の中では、相手の動きに合わせた何十通りというシミュレーションが繰り返し行われていた。それが周囲の空気をひりつかせ、近づこうとする者を阻んでいる。
『強い奴と戦って、自分がどれだけ強くなったかわかった時、最っ高に気持ちいいだろ?』
『仲間を裏切るようなことをしてまで、実力を確かめたいとは思わないがな』
『そんなんじゃ、大事なチャンスを逃すだろうがよ!』
最適解を先に導き出したのはガダンだった。彼の強烈な横薙ぎがヒュートに襲いかかる。攻撃を受け止めたブーツは悲鳴をあげ、ヒュートは軸足の踏ん張りをすぐに解いた。バットで撃たれたボールのように、ラーゼアたちからさらに遠くへと飛ばされる。
(これ以上離されるわけには)
ガダンを中心に、ヒュートとラーゼアたちは真逆の配置となってしまった。もしガダンがラーゼアたちに攻撃を仕掛けたら、いくら脚力に優れたコルニイスだとしても助けに行くのが難しくなる。今がそのギリギリの距離。
『マジでわからねえんだよ。自分のやりたいことを我慢して、国に尽くすってやつが、剛鱗衆に入れば少しはわかるかと思ったけどよ。俺のことを理解できたのは、アウスドネスだけだったぜ』
『貴様、戦狂いか』
『そんなんじゃねえよ。美味いもんがあるなら食べてえし、いい女がいれば抱きてえ。俺はただ、自分のやりたいことに素直なだけだっての』
ラーゼアとヴァイリオは眼中にないと言わんばかりに、ガダンの熱い視線がヒュートに向かって注がれる。無邪気な子供のようにも見えるそれに、ヒュートはとまどう。これまで犯罪者と戦うことは何度もあったが、ガダンのような相手は出会ったことがない。
ほんの一瞬生まれたわずかな隙。話しながらも頭の中でずっと戦い続けていたガダンが、それを逃すわけがなかった。
『さあ、始めようぜ。本気の戦いをよ!』
より一層張り詰めた空気がヒュートの警戒レベルを引き上げていく。全方位に意識を向け、どこからの攻撃にも対応できるよう拡張探知を小刻みに展開した。しかし、とまどいは出遅れにつながり相手の先手を許すこととなった。
『そんなに警戒しなくても大丈夫だぜ。これは攻撃じゃなくて、勝負の下準備ってやつだからよ』
ガダンの足元から現れた無色の小さな波が、一瞬にして周囲の石畳に広がっていく。何らかの魔法であると察したヒュートは、すぐに波の外側へ離れようとする。しかし、当たった手応えを感じない不気味な壁が彼の行手を阻んだ。壁は水面のように波打ち、外の世界を歪ませている。
『俺を倒さない限り、ここからは出れねえ。これはそういう魔法だ』
ヒュートの体を身震いさせる殺気。溢れ出る強者の気配。ヒュートは逃げることを止め、口が裂けるような笑みを浮かべるガダンに対し、再び構えた。
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『眠るな。意識を保て』
二人が離れたことで、ヴァイリオはようやくレッダの友人の手当てを始めた。ラーゼアの時のように槍は腹部を貫通しているが、斜めに入ったことで傷は背中を走る太い血管を避けていた。それでも、臓器の損傷によって出血量は多い。
(ヒュート氏からこれを受け取っておいてよかった)
ポーチから取り出した小瓶の液体を傷口に垂らし、一緒に取り出した数枚の紙に魔力を込め慎重に傷口を覆っていく。液体は北オスゲア大陸で手術などに使われる特殊な止血剤、紙は患部を密閉するために使うオスゲア独自の魔道具である。メヒー・クオルがラーゼアを治療した時のようにはいかないが、医師に引き渡すまでの時間稼ぎはできる。
『しっかりしろよ、ザット!』
腕の痛みを忘れてレッダは友人に声をかけ続ける。出血が落ち着いたからか、はたまた親友の声が届いたからか、友人はうっすらと目を開けた。顔面は蒼白で、呼吸も浅い。止血はできても流れた血は多い。ザットと呼ばれた友人の意識は朦朧としていた。
『レッダ……俺……』
『大丈夫だ。すぐに手当てしてやる。一緒に村に帰るんだ』
『大型魔動車が来るようになれば……レッダの母ちゃん助かるって思って……』
『ザット、お前……』
『どうして……どうして俺……レッダのことを……どうして……どうしてどうしてどうしてどうしてどうして』
力の入らない両手で頭を押さえながら、レッダの友人は何度も同じ言葉を繰り返す。助けたかったはずの親友が裏切り者だと言われて、庇ってやるどころか狩りに使う道具で傷つけようとしてしまった。体を動かしていたのは自分だというのに、なぜそうしたのかがわからない。しかし、彼は裏切り者だからという意識がどこからともなく現れる。自分の頭の中だというのに、誰か他人がいるかのような気持ち悪さが友人の意識を狂わせていた。
あまりの不気味な光景に、ヴァイリオとレッダは愕然とする。声をかけることすら躊躇ってしまうほどに。
『遅れて申し訳ありません!』
そんな二人の元へ息を切らせながら現れたのは護だった。すぐに戦いに参加できるよう呼吸を整えていく。すると、彼の鼻腔は港で出会った商人からしたあの香りを捉えた。そして、目の前には今も『どうして』と繰り返し呟く青年。
自分たちのいた世界の人間が、今回の件に関わっているのではないか。護が抱いたそんな疑念はさらに強くなっていった。
アウストゥーツとは違ったぶっ壊れ方をしている側近のガダンさん。果たして、ヒュートは彼を打ち負かすことができるのか?
そして、1話ぶりに戻ってきた護さんの疑念は、果たして真実となるか、それともただの勘違いか。
そういえば、ヴァイリオさんが特徴的な話し方では無くなってしまいましたが、冷静でないとあの口調にはならないのです。つまり、彼はかなり焦っています。別の言い方をすれば、普段は意図的にあの喋り方をしているということ。アレがかっこいいと思ってるんですよ、彼w




