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UNSUNG  作者: 二宮シン
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道の途中

 夏の日差しが照りつける大地を、今日も昨日もただ進んできた。外の世界を見られると騒いでいたニオも、一週間街にも入らずウロウロしているだけでは退屈なようで、文句を言い出した。

「バベルの教会の信徒が集まるジッグラトをさ、長い事生きているけど見たことがないから街に入ろうよ」

「世間知らずのようだから教えてやるが、街に入るには通行税を支払わなきゃならねぇんだよ。文無しの俺たちじゃ追い出されちまう」

 なら稼ごうよと言いだしたが、片腕でなにが出来るのだと逆に聞いてやった。

「あの場面にいたし、族長様から聞いたから知っているんだけど、魔王の力とやらがあるんだろう? 傭兵とか護衛とか、なんなら荷物運びでもやればいいじゃないか」

「仮にお前が金を支払う側だとして、三十路手前の片腕の男を雇うか? 普通ならそこらへんの若者を雇うだろ」

「ボクからすれば、君も若者だけどね」

 しかし困ったねと、ニオはようやく状況を理解したようだ。腕を組んで考え込んでいるが、答えは期待できそうにない。

 仕方ないのでまた歩き出そうとしたが、ニオは足を止めて肩から下げていた鞄を開けると、小さなハーモニカを取り出した。

「演奏するなら、せめて観客がいる所でやってくれ」

 それならいくぶんかは稼げるかもしれないと思ったが、ニオがハーモニカを吹くと、小さい割には頭によく響く音色だった。

「たぶん、これで大丈夫かな」

「なにがだ?」

「お金だよ。と言っても、宝石の類だけどね。今アインヘルムから持ってきてくれるように頼んだから、ここで少し待とう」

 いったいなにをしたのか皆目見当もつかなかったが、しばらく日差しから隠れるために木陰で座っていたら、空に一点の黒い丸が浮かんだ。よく見ると真っ黒なカラスか鷲かと思ったが、いざ舞い降りると袋を首にさげたシムルグのパイクだった。

「手間をかけたさせたね、パイク」

「次期族長候補からの命令とあらば、万難を排してでも駆けつけるぜ」

 そしてニオは、パイクが持って来た袋を受け取ると包みを開いた。横から覗きこむと、目を疑った。そこには煌めくエメラルドなどの宝石が詰まっていたからだ。

「お前、どうして? いや、まずどうやってここに呼んだ? どこからこんな宝石を集めた?」

 困惑しながら問い詰めると、ハーモニカの音色に合わせてパイクに言葉を伝えられるという。そしてパイクはそれを聞き取り、ニオの元へ届けに来た。

「まるで魔法だな……」

 それでも金策はできた。後はこいつをどうにかして売るだけだ。


 あの後、街から出てきた行商人におよそエメラルドにしては法外に安い値段で売りつけてやると、小さなユウオという街へ入ることができた。ニオはすぐにでも見物に行きたいと言ったが、まずは日が落ちる前に持っている宝石を金に換える必要がある。エメラルドは早く街の中へ入りたかったから安くしたが、街の中に居る宝石商には相応の値段で買ってもらう。そこら辺のことをニオとついてきたパイクに説明してやると、人間とは面倒くさい生き物だと嫌な顔をされた。

「その人間と共存を果たしているのがエルフだろうが。一部には奴隷商みてぇなやつもいるが」

「関係ないね、ボクが世界や人間をどう思おうとも勝手だろう?」

「攻めたてるつもりはねぇが、とりあえずここで少し待ってろ」

 宝石の入った袋をぶら下げて宝石商の扉を開けると、俺のような小汚い男は場違いなようで、店員を含めて嫌な目で見られる。どうにも居心地が悪いので早々に売り払って出て行くためにカウンターに袋を乗せると、ため息交じりだが一応は接客してくれるようだ。

 どうせたいしたものはないのだろうと高をくくっていた店員は袋を開くと一度目を離し、血相を変えて再び目にした。

「どこで、こんな……」

「あえて言うなら、好奇心のおかげってやつだ」

 盗んだのかとも口走りそうになっていた店員にニンマリと笑って買ってもらおうかと肘をついて要求すると、慌てふためいて袋の中に散らばる宝石たち一つ一つ光を通して値踏みし始めた。それが進むにつれて相応の客だと理解したのか、終盤店員は縮こまり、自身なさげに買い取り額を提示した。

「安い、もっとあげろ」

 冷や汗をかいてこれ以上はと取り乱している店員に、ならば別の店に行くと出て行くそぶりを見せたら、元の提示額より金貨五枚分高くなった。


「キッチリ半分だ」

 宝石商から受け取った金貨二十枚をニオと二人で分けると、元はボクの物だとニオは言うが、ニオが宝石を持っていては金に換える手段を思いつかないということで納得させ、ようやく大金を手にした。これだけあれば、慎ましく暮らせばしばらくはもつ。

「俺は行くところがある。お前はその金で観光でもしていろ」

 言われるまでもないとニオはパイクを連れてユウオの雑踏に消えていく。さて、久しぶりに運を天に任せるとしようか。

 訪れたのは、小さい街ながら繁盛している賭場だった。金貨を手のひらほどの袋に詰めて扉を開けると、真っ先にルーレットへと足を運ぶ。赤か黒か、それとも零に賭けるか。今の俺が持つ金貨なら、分の悪い賭けで負けても気にはならない。早速金貨一枚を賭けてルーレットに挑むも、惜しくも外した。それでも気にはならないほどの金貨があるので賭けていくと、ある一線を越えてから頭が熱くなり、気が付くと金貨はあと一枚になっていた。

「……零に、この金貨を賭ける」

 赤でも黒でもない、零と記された所に入れば失った分は取り戻せる。奇跡を信じて賭けてみるも、先ほどまでの金持ち生活が夢に感じられるほどにボロ負けした。

 項垂れて賭場を後にすると、丁度ニオと合流した。死んだ魚みたいな目だと言われたのでこれまでのいきさつを話してやると、馬鹿じゃないかとパイクも含めて口にした。

「人間、スリルに憧れるもんなんだよ」

「負け惜しみにしか聞こえないね」

 返す言葉もなく、金もないのでニオについていくと、ジッグラトに向かう途中だったようだ。バベルの教会の信徒ではないが、目にはしておいて損はないだろう。おとなしくついていくと、潰れた王城のような茶色い建物に紫色のローブを着た信徒たちが集まっている。

 別にそのローブを着ていなくても入ることはできるので、ジッグラトの中へ信徒たちをかき分けて入ると、広い円状の内部には特にこれといって銅像やら祭壇があるわけでもなく、奥の椅子に腰かける紫色のローブに身を包んだ統率者と呼ばれている男がいるだけだった。

 統率者は信徒たちに微笑みながら教えとやらを伝授しているが、生憎と神様の出てくる話は信用しない主義だ。ニオも同じようで、案外退屈だと口にしてジッグラトを後にした。


 その日の晩はニオが残していた金貨を崩して銀貨とし、ベッドの二つある部屋を借りることができた。晩飯もすませたのでベッドに横になっていると、ニオが隠し持っていた弓を点検しながら問いかけてきた。

「君の旅の目的はなんなんだい?」

 言われ、すこし考える。エルメラについて説明したところで同情されるだけかとも思ったが、ニオは俺に恩がある。それを生かせるかはわからないが、魔王城でのいきさつをエルメラにやられたのではなく普通の悪魔と戦って傷を負っていたと説明した。この旅で追っているのもその悪魔だとも。エルメラについては、恩が生かせるとわかれば教えよう。

「その後わけあって長く眠りについていたから、奴がどこに行ってなにをしているのかわからない。紫色の翼を持った悪魔だが、お前に心当たりはないか?」

 聞いてみるも、記憶にはないようだ。しかし、似たような悪魔をアインヘルムに保管されている蔵書の中で見たことがあるらしい。うろ覚えらしく確かなことはわからないと言うが、今はどんなに小さな情報でも集めておきたい。

「その悪魔について、アインヘルムに戻って調べてくれないか」

 身を乗り出してそう言うが、ニオはせっかくアインヘルムの外へ出られたのにと愚痴を零している。

「奴隷商から救ってやったのは誰だ?」

 その言葉には抗えないのか、恨めしい視線を向けると、仕方ないから調べてあげるよと口約束だが決定した。

「どんなに離れていてもパイクなら君の位置も調べられるから、しばらくは手紙でのやり取りになりそうだね」

 万能な鳥だとニオの肩に止まっているパイクに視線を送ると、仕方ねぇから手伝ってやるよと翼を広げた。

 エルメラについて調べられるかもしれない。そんな淡い期待を抱いて眠りにつこうかとベッドに横になったら、夜の街から悲鳴が聞こえた。続けざまに聞こえてくる助けを求める声や絶叫を耳にして、眠っている場合ではないと飛び起きて、剣を手に宿を駆け下りてユウオの街へ出た。なにが起こったのかはしらないが、一部の人間たちが目を真っ赤に染めて、殺戮の限りを尽くしている。

「なにがどうなっているのかはわからないけれど、身を守る手段は用意しなきゃね」

 ニオは弓と矢筒を手にして、迫ってくる赤目の住人達の足を狙撃した。俺もわけのわからない状況に困惑しながらも、赤目たちを剣の腹で叩いて気絶させていく。

 いったい、なにが起こった。そう頭を悩ませていると、正気を保っている住民が緊急時の避難場所となっているジッグラトへ逃げろと叫んだ。

 とにかく邪魔する赤目を気絶させてジッグラトに立てこもると、一息ついて辺りを見る。目を赤くしていない住民たちが怪我を負いながらもジッグラトに座り込んでいる。入り口も鉄格子でしめられ、ひとまず危機は去った――はずだった。

「みなさんごきげんよう」

 統率者が笑顔で椅子から立ち上がると、俺たちを含む、逃げてきた三十名ほどのエルフやドワーフを目にしている。

「いけませんね、レッドアイにならない方々は」

 なんのことだがわからなかったが、統率者は指をパチンと鳴らし、入り口の鉄格子をあけた。突然の事態に、住民たちは赤目に襲われている。

「なにをした!」

 襲い来る赤目たちの相手をしながら統率者に問いかけると、理想郷への邪魔者を殺しているのだと答えた。

「人間を赤目として操り、赤目にならない者を消去していく。そして我々は、赤目に染まった理想郷を創るのだ」

「なにが理想郷だ! だがわかったぞ、てめぇが黒幕だな!」

 頭を潰せば戦は終わる。シスイ師匠から学んだ軍法を掲げて赤目たちを無力化させていく。途中でニオが後ろは任せてと叫んだので、統率者を守るような赤目たちを蹴り飛ばして道を開くと、統率者は顔を青くしていた。

「片腕の人間が、なぜここまで……」

「うるせぇ! とっととこの馬鹿騒ぎを止めろ! 止めないってんなら、まだ力の入れ具合が加減出来ねぇから覚悟してもらうぜ?」

 椅子から転げ落ちて後ろへ後ろへと下がっていくが、壁に突き当たり、逃げ場所を失った。

「わ、私たちは理想郷を創るのだ! 教主エルメラ様の名のもとに!」

 考えるより早く手が出た。なにを聞くのかもなにをするのかも決めていないというのに、俺は統率者の首根っこを片腕で掴んで引きずり上げた。

「てめぇ……てめぇ今、なんて言った!」

 背後からは今も悲鳴が聞こえる。統率者も失禁するほどに恐怖している。それでも確かめねばならない。みんなの仇を知っているのかを。

「今口にしたのは誰だって聞いてんだ!」

 統率者は震える唇を開いて歯をガチガチとぶつけながらも、エルメラ様だと言った。

「どこだ! あのクソ野郎はどこにいる!」

「わ、私は知らない! エルメラ様はその翼で世界中を巡っておられるから、見当もつかない!」

「なら、教主とかいったエルメラは、ジッグラトと赤目の病に関わっているのか」

「それは……赤目の病は我ら統率者に分け与えられた力で、エルメラ様はその塊を手にしておられる。理想郷を創るために、その力を使っているのだ」

 ここまで喋ったのだから許してくれと懇願する統率者に、赤目になった者たちを治す方法を聞いた。しかし、統率者が死ねばおさまると口を滑らせていた。

「正義の鉄槌ってやつだ、恨むなよ」

 待てと血相を変えている統率者へ剣を振り下ろすと、赤目たちはその場に倒れた。

 しかし糸口を見つけた。ジッグラトと赤目の先にエルメラがいるのであれば、徹底的に調べ上げてから殺してやる。だから今日から、俺は本当の復讐者になることを誓った


 騒然としたユウオの街並みで、ニオに復讐のことを告げると悲しそうな顔を浮かべたが、恩を返すために力になってくれるという。まずはアインヘルムに戻るそうで、わかったことがあったらパイクに手紙を運ばせることになった。

「夜明けだな」

 正体不明の赤目が暴れ、エルメラへの道が見えた一晩が過ぎると、東の空から日が登ってくる。

「夜明けと旅立ちはセットだ。俺はこのままジッグラトを潰して、情報を集める。そっちも頼んだぞ」

 任せてとニオは口にして、金貨を一枚投げ渡してきた。

「たくさんあれば、またギャンブルでなくすだろうからね。それだけあれば最低限の生活はおくれるはずだから、元気でね」

「そういうことだ。死ぬなよな」

 そう簡単に人間は死なない。俺はそれだけを残してユウオを出ていった。とにかくジッグラトを探して、エルメラを見つけ出す。それが生き残った俺に課せられた使命だ。

「首を洗って待っていやがれ」

 天に剣を付き伸ばして言うと、一人旅が再開した。エルメラを殺すまでの、血に塗れた道を――。


 ――まだ、道の途中じゃないか。


 月明かりが差し込む簡素な部屋で、俺はベッドで眠っていたらしい。最後の記憶はシルバから馬で逃げる途中に落馬したことだが、どうやら生き残ったようだ。

「あと一歩だ」

 頭痛を伴って、頭の中に魔王の声が木霊する。まだ族長が施した魔法の様な力で心の牢獄の中に居るようだが、それも左腕を何度か使えば破られるだろう。

 それにしてもここはどこだろうか。痛む体を起こして窓の外を見ると、サンストに戻ってきていたようだ。

 魔王との取引、エルフを助けたこと、族長とやらに魔王を封じてもらったこと。そのすべてを走馬灯のように夢に見たので、よく寝た気がしない。

 それでも、再び人間として立ち上がることができた。まだ魔王は出て来られないのだ。

 俺はいつの間にか巻かれていた左腕の包帯を強く縛ると、あと何回使えるのかと思案した。エルメラにとどめを刺す時に一分でも使えれば片が付きそうではあるが、万が一乗っ取られては、晴れて魔王の復活となる。それに、エルメラが今度はどこに消えたのかも問題だ。

「問題だらけだが、またしばらくは片腕でやるしかないか」

 ひとり呟くと、体を伸ばして関節が小刻みよく音を立てる。そうして暗い部屋の中、月明かりを頼りに剣を探すが、見つかったのは魔王の力に耐え切れず折れた大剣だった。

 まずは、アルマが作った以上の剣を用意する必要がある。それでも今は夜なので、もう一度眠ることにした。出来ることなら悪夢を見ないようにと願いながら。


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