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UNSUNG  作者: 二宮シン
2/16

金か命か

「第一部」

 川沿いで人通りが多い道を、フラフラとしながら歩く。簡潔に今の状況を表すなら、金がなく、なにかしらの店に売れる代物もなく、当然暖かい家なんてないというところだろうか。背中に括り付けてある大剣も安物なので一銭にもならない。土方なり護衛なりの仕事にありつければいいのだが、片腕では門前払いだ。

きっと子供の頃は大人になったら定職について結婚して生きていくのだろうなと思っていたのだろうが、現状は一文無しで二十七歳の独身者だから、子供の頃の俺に合わせる顔がない。

とはいえニオと別れてから十日、いくつかの街を回ってジックラトを潰してきたが、その間に酒場で行われた賭けの分け前も底を付き、もう二日はろくに食べてない。木の実やら山菜で空腹は誤魔化しているが、焼いた牛肉と小麦のパンが恋しくてしょうがない。もう味気ないうえに腹の足しにもならない食い物は飽きたのだ。

しかし、このまま道を進んでいけば、旅人に聞いた限りでは市壁のないクレサという街だという。広大すぎる領地故に市壁はないが、騎士たちが不法侵入を防ぐべく見張っているだろう。

街へ入れたとしても仕事があるかわからないが、人の集まるところには金がめぐっているものだ。だからとにかくクレサへ入らなければならないのだが、今は通行税すら持っていない。

「疲れた……」

 色々と追い込まれたので、一旦道を外れて川を眺めながら岩に腰かけた。釣道具があれば魚が食えるのだが、そんなものはない。もう何度目かわからないため息を付いてぼうっと川の流れを見ていると、かつての友、メネスと幼馴染のルンのことを自然と思い出していた。三人で同じ農業が盛んな村に生まれ、歳も同じだったのでヤンチャしたものだ。俺たち三人は、このまま大人になって農業に携わると誰もが思っていた。

 しかし俺たちは偶然村に立ち寄ったアルムストの首都であるサンストの騎士と出会い、シスイと名乗った騎士は俺たちの村を気に入ってくれた。そして子供心の憧れで騎士になりたいと三人の意見が一致して、その騎士が週に三回ほど遊びに来てくれたので、稽古をつけてもらっていた。

月日は流れ、十七歳の時に三人で村を出て騎士団に入った。三人でボロボロの家を借りて、年頃のルンが着替えたりするためにカーテンを用意したりして、共に剣の腕を磨いていった。

 そんな俺たちのあいだにも大きな変化があった。二十歳を超えたあたりで、前々から意識し合っていたメネスとルンが結婚したのだ。あの頃は平和で、俺も友人代表として賞賛の言葉をおくったものだ。だが、メネスはもう……。

「辛気臭くなっちまったな」

 誰に言うでもなくぼやくと立ち上がった。じっとしていてもなにも変わらないのだから。

 しかしどうしたものか。このままでは街を前にして飢え死にだ。それだけはごめんなので道行く人々に視線を移すと、行商人の一団が列を成している。全部で五台ある荷馬車には見張りはついていなく、馬を操る御者が五名いるだけだ。ここはひとつ、やるしかないかと荷馬車の最後尾の後をつけた。そして人の目が向いていないことを確認すると、荷馬車に飛び乗った。御者は荷馬車が少し揺れた程度にしか感じていないだろうから、積み荷にあったクマの毛皮に身を隠してそのまま進んでもらうことにした。

 しばらくするとクレサに着いたのか、行商人が通行税を支払い、積み荷も確認されたが、運よくクマの毛皮を引っぺがされることはなかった。

 適当な距離を進むと音を立てずに荷馬車を下りて、一旦目についた裏路地へと身を隠す。ホッと一息つくと、行商人たちはこちらに気付くことなく馬を進ませている。とりあえず、街には入れた。後はなんでもいいから仕事を見つけて金を稼がなくてはならない。復讐するにもなにをするにも金はどうしてもついてまわるのだ。

「金持ちはどこにでもいるもんだな」

 視界の先にそびえ立つクレサを仕切る王城を見て、そうぼやいた。金のあるところにはあるのだと落胆し、文無しでも稼げる仕事を探そうと反対側の道へ裏路地を出たとき、偶然目についた。

「ここにもあったか」

 金のことだけ考えていて気が付かなかったが、視線の先に建造中のジッグラトを見つけた。真っ先に破壊しに行こうかとも思ったが、まだ一般人もいるだろうし、ジッグラトそのものがバベルの教会と呼ばれるアルムスト中で広がっている宗教の教会のような場所なので、この前のように向こうから仕掛けてこずにこっちから行った場合は、めでたく犯罪者の仲間入りだ。あれは赤目の病が広まったゴタゴタで殺しているから罪に問われていないのだ。それに罪のない人は斬れない。

 などとジッグラトの方を見ていると、道を出た少し先でなにやら揉めていた。厄介事に首を突っ込みたくないと見て見ぬふりをしようとしたが、どうやらひったくりにあったようで、金銀で着飾った、見るからに金持ちのおばさんが誰か助けてと喚いている。どうするか考えていると、ちょっとしたひらめきが頭を走った。善は急げとも言うので、駆け寄って声をかける。

「あんた、金持ちだよな」

 膝を付いて喚いているおばさんは、ヒステリックな声をあげた。落ち着けとなだめて改めて金持ちかと聞くと、おばさんは石畳を叩いて声を大にした。

「それがなんだっていうのですか!」

 怒りに震えているおばさんを再びなだめると、交渉に入った。

「あのひったくりを捕まえたらいくらくれる?」

まだ視界の先に見えるボロボロの風体の男を指差して問いただすと、貧乏人が浅ましい、私のためにとっとと捕まえろと命令してくるが、金を払わないのなら追いかけないと言ってやった。

「決断を急げよ。逃げられちまうぜ?」

 またしても貧乏人がと悪態をついたが、それじゃあなと去ろうとしたら、裾を掴んで取り戻したら金貨の一枚でもくれてやると約束してくれた。

「約束忘れんじゃねぇぞ、忘れてたら鞄の中身頂くからな!」

 フラフラの体に気合を入れて遠くを見ると、ひったくりは大通りを進んでいる。幸い触らぬ神にたたりなしといった具合で、人々は道を開けていた。

「逃がすかよ! てめぇは今夜の晩飯だ!」

 走って追いつくが、俺に気付くと思いのほかすばしっこくなった。屋台を足場に屋根の上に登り、逃がしてなるものかと同じように屋根に上ると、屋台は崩れてその下から這い出てきた苦情が聞こえてきた。

「金が入ったらなんか買ってやるよ!」

 ふざけるなと顔を真っ赤にしている鉱山の鉱石を売る商人は待てと叫ぶが、今は金が先だ。

 そのまま屋根を走って、街を流れる川沿いへ下りたひったくりは、流れる川に浮かぶ船に飛び乗ると、並んでいる船沿いに飛んで逃げていく。そろそろ腹が減って限界なのだが、金貨を使ってありったけの食い物を食べると思いなおし、気合を入れ直して追いかけた。途中の船からも罵声を浴びるが、ここまで来ると構っていられない。とにかくそのまま追い続けると、ひったくりは大通りから角を曲がり、薄暗い一帯へとたどり着いた。行き止まりらしき家屋の並ぶ一角までいくと、剣を抜いた。

「追い詰めたぞ、とっとと鞄を寄越せ」

 そう言って剣を向けてやると、ひったくりの男はボロボロの風体だったが、ニヤリと笑った。そして男が指を鳴らすと、あたりのボロイ家屋から似たような風体の男たちが出てくる。

「へ、へへへ……ヒーロー気取りか? なら選択を間違えたな」

 醜悪な笑みを浮かべながら煌びやかな鞄を抱え込むと、あたりを十人ほどが取り囲む。手にはクワやシャベルなど、農具の類を武器として構えている。

「あんたに恨みはねぇがよぉ、俺たちも生きていくためにはこうするしかないんだ。当然あんたの持ち物も奪わせてもらうぜ」

「生憎と、持ってるのはこの剣くらいだぜ」

 しかしよく見れば、囲んでいる男たちもひったくりの男も、みんな骨と皮しかないほどに痩せている。

「俺が言えたもんじゃねぇが、五体満足なら働き口くらいあるだろうが。仕事しろ仕事」

 ジッグラトの建設も、完成すれば殺しに行くが立派な仕事だ。それにクレサは広すぎるから市壁を設けていないので、農地や鉱山、それに森もあるのだ。農作業と炭鉱夫と伐採した木々の運び手など、パッと思いつくだけでこれだけある。しかし、男たちの顔に影が差した。

「今の王になってから税金が上がったんだよ……働いても働いても、その金のほとんどは王家とそこに繋がっている金持ちどもに流れちまう。だから奪うしかねぇんだよ!」

 どこも世知がないな、なんて同情しつつも、こちらだって金がない。十対一でも勝てる自信はあるが時間がかかる。その隙に逃げられたら追うのは困難だ。

「本丸から狙わせてもらう」

 飛び上がって囲いを出ると、鞄を持った男に手を伸ばすが間一髪で逃げられた。囲んでいた男たちも人間離れした跳躍力に驚きながらも俺を掴んで離さない。

「悪く思うなよ!」

 剣を仕舞うと拳で軽く殴って気絶させていくが、貧乏人の根性か、すぐに立ち上がって足に引っ付いてくる。いい加減鬱陶しいと思いながらも、ふとメネスだったらどうするか、なんてことが頭をよぎった。きっと正義と平等を愛していたメネスなら、同じ状況だとしたら逃がしていただろう。だが俺にはそんなヒーロー気取りなんてできない。夢の中で後は任せたと言われたが、金を使って飯を食って生きなければ、なにを任せられたのか知らないが、それを達成することはできない。

「すまねぇな」

 少し本気を出して蹴り飛ばすと、三人が遠くへ転がっていく。残りはそれを見て勝てないと悟ってか引っ込んでいった。あとは鞄を持った奴を捕まえるだけだ。


 後を追って大通りに出ると、丁度この通りをまっすぐ行ったところの角を曲がるのが見えた。もう仲間もいないだろうからとっとと捕まえて金持ちのおばさんのところに戻るか、なんて考えていたら、やけに大通りが賑わっている。大道芸人かなにかかとチラッと見ると、そこには火刑台に人間の女と男のドワーフ、それからまだ十代であろう娘が縛り付けられていた。

「この三人には、赤目の容疑がかかっている! その証拠に、この三人は目が血のように赤く、理由もなく突然この街に入ってきた! 赤目の病を撒き散らすためだ! よって、騎士エドワード・アーガルムの名において、ここに火刑により赤目の病を感染者もろとも焼き尽くすことを宣言する!」

 殺せ、焼き殺せと野次を飛ばす人々とこの事態に対し、冗談だろと悪態をつきたくなる。まだ公になっていないが赤目の病はジッグラトの統率者が広めているものであって、まだ建造途中のこの街では赤目になどならない。それに、あれは発病すればすぐに暴れ出す病気だ。今も火刑台で助けてくれと泣きながら懇願しているドワーフと人間の大人二人と、目を瞑っている白い髪を長く伸ばした少女にはその症状は見られない。

「あとは任せたよ」

 メネスの声が頭に響く。正義を成せと囁いてくる。だがここでひったくりを逃がしたら……。

 躊躇していると、大人から順に火がつけられた。悲鳴というより絶叫をあげて燃えていくドワーフと人間を見て、次は何の罪もない少女だとわかると、舌打ちをうって人ごみをかき分けていった。

「待ちやがれ!」

 たいまつの火が少女の火刑台に点火される直前のところで前に出ることができた。松明を持つ騎士もエドワードと名乗った騎士も困惑しているが、俺の赤い右目を見て即座に指をさした。

「あの片腕に包帯を巻いている男も赤目の病に侵されている! さては、仲間を助けにきたか! そんなことは、我が使える国王エーベル様に誓っ」

「台詞がなげぇんだよ! それに悪魔の子だって赤目だろうが!」

 実際には悪魔の子は深紅の瞳と呼ばれているし、俺の右目も同じはずだ。それすら判別できないのか。

 とにかく鞘に納めたままの大剣を投げつけると見事に頭に当たり、エドワードとやらは気絶した。しかし、この事態から周囲に控えていた騎士たちが集まってくる。

「チッ……おい小娘! 逃げるからじっとしてろよ!」

「助けて、くれるの?」

「ああそうだよ! おかげで犯罪者の仲間入りで晩飯も逃がしちまったがな!」

 剣を拾って火刑台から少女を下ろすと抱きかかえ、人ごみを飛び越えて裏路地へと逃げる。とはいっても地理に詳しくないので、行き当たりばったりだ。

「あっち」

 頭の中に不思議と響く静かで抑揚のない声で、少女は指を指した。

「あっちには、森があるから隠れられるの」

「そりゃどうも!」

 正しい事をしたのに追われる身となった理不尽さにため息を漏らしつつ、森があるという方へと抱いたまま駆け抜けた。


 真っ白な髪の少女が指差す方へとひたすらに逃げていくと、言われたとおり森が見えてきた。王城を取り囲むように広がる森は深く、市壁がないので外の世界と繋がっている。しばらく適当に逃げていくと、追手は見失ったようだ。それに一度隠れてしまえば簡単には見つからないだろう。

「ここまでくれば大丈夫だな」

 クレサの領地ギリギリのところで抱きかかえていた少女をおろすと、腹の虫が大きく鳴った。つい膝を付いてしまうと、少女は着ている白く青い刺繍の入ったワンピースのポケットからなにかを取り出した。

「これ」

「なに?」

 腹を抱えて座り込んだ俺に、少女は豆をいくつか真っ白な手のひらに乗せている。

「食えってのか?」

「お腹、すいているんでしょ」

 抑揚はないが混じりっ気のない透き通る声で差し出してきた緑色の豆を受け取ると、まずは臭いを嗅いだ。食えないこともなさそうなので貰った三粒をいっぺんに口の中へ放り込むと、甘い風味が広がった。腹の足しにはならないが、甘いものなど久しぶりだ。

「私の生まれ故郷で栽培している、きっと珍しい豆。どう?」

「美味かったよ、ありがとな。それで、てめぇの名は?」

 助けた以上一蓮托生とまではいかなくても、せめてクレサから逃がしてやらなくてはならない。見つかれば火刑台に戻されるのだから。

 少女は赤い瞳に俺を映して、小さいピンク色の唇を開いた。

「アルマ・マックダフ、それが私の名前。おじいちゃんがつけてくれた大切な名前」

「おじいちゃん? ふつう、名前ってのは親がつけるんじゃねぇのか?」

「私のおじいちゃんはドワーフの中でも偉い人で、お父さんとお母さんが名前を貰いに行ったの」

「爺さんがドワーフってことは、お前はハーフかクォーターのドワーフってわけか。しかし見たところ、まだ二十歳にもなっていないだろ。なぜ一人でこんなところまで来た」

 ドワーフの割にはずんぐりむっくりした体格ではなく華奢で細長いからだの少女は、またも抑揚のない声で呟いた。

「一人じゃ、なかった」

 聞いて少しして理解した。あの時火刑台に縛り付けられていたのは誰と誰だ。

「悪いことを聞いちまったな……もう少し俺が早く駆けつければ救えたのによ」

 それでも少女は首を振った。そして感情の感じられない目でポツリポツリと言葉を紡ぎ始めた。

「どんな固い鉄もいずれ壊れるように、命ある者はいずれ必ず死ぬの。お父さんとお母さんが焼かれて死んでしまったのは、死ぬ順番が来てしまっただけ。そうして私の世界が少し静かになってしまっただけだから、気にしない」

 ガキの強がりかとも思ったが、どうにもそういう感じではない。若くして人生を達観しているような、あるいは世捨て人のような口ぶりだからだ。それにただの子供では、両親が死ねば悲しむか怒るに決まっている。俺だって、友が死んで心の底から怒りと悲しみに苛まれたのだから。

「強いんだな、お前は」

 過去に足を引っ張られないことほど難しいものはない。この子には俺が持てなかった力があるのかもしれない。

「俺はリージルだ。とある理由で旅をしている」

「旅……」

 そう呟いた少女――アルマは俺を見上げるように顔を向けた。

「旅って、どこに行くの?」

 見上げながら純粋な眼差しで問いかけてくるアルマへ、とある悪魔を探しているとだけ答えた。

「じゃあ、戦うの? 剣を振るうの?」

「そうじゃなきゃ剣を持っていないっての」

 アルマはそれを聞くとしばらく考え込み、また見上げてきた。

「剣、見せてくれる?」

 仮にもドワーフの子だが細い腕で持てるかと渡してやるが、軽々と手にして、叩いたり振ったりしてから、難しい顔をした。

「こんな鈍じゃ、満足に戦えない。それにもうすぐ折れてしまいそう」

 やけに詳しいんだなと剣を受け取り、そんなに鈍かと剣を見ていると、少女はまたも見上げて口を開く。

「その旅に、まだ十六歳だけどついて行ってもいい?」

 突然の願い事は先ほどまでの感情の籠っていない声音ではなく、まるでプレゼントをもらうのを知って、それを待っているような期待を含む声音だ。だが、俺の進む道に子供をつきあわせるわけにはいかない。別に人殺しをするからだとか、戦いが続くからとかではなく、養う金がないからだ。そのあたりを上手く伝えると、アルマは大丈夫と口にする。

「エルフやドワーフは一週間水だけでも生きていけるの。それに、私ならあなたの役に立てる」

「ガキが一人で何をするっていうんだよ」

 それは、とアルマが口を開いた瞬間、近くで女の悲鳴が聞こえた。

「また厄介事か、厄日だな……仕方ねぇ、とりあえず話は後だ。ついてこいよ」


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