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UNSUNG  作者: 二宮シン
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冬の旅

「第三部」

 眠っていたのは騎士団の詰め所だったらしく、話によれば一日中眠りつづけていたという。シルバから大の大人二人と小柄な少女一人を乗せた馬は疲労困憊といった様子で、お疲れ様と声をかけておいた。

「それで、色々と説明してもらおうじゃない」

 とっとと騎士団の詰め所から逃げればよかったと思いながら、ルンとシスイに知っていることを話す羽目になった。すでにクレサから知らされているレッドアイやジッグラトについては省略して、エルメラの裏切りから魔王との取引、それからニオについて説明すると、ルンは執務室の机を殴りつけた。衝撃で山になっていた書類はバラバラに散乱し、俺へも怒りの視線を向けてくる。

「なんで黙っていたの!」

 怒って当然だ。だが俺はその怒りを抱かせたくなかった。

「俺はこの前の戦いからわかるように、魔王の力でエルメラを追い詰められる。だがいくら凄腕でも、ただの人間では奴に勝てないからだよ」

 ルンも頭では理解しているはずだ。エルメラは百の騎士を殺したデュラハンを従えるほどの力を持っている。それに空も飛べるとなれば、ルンでは勝てない。それでも、行き場のない怒りは拳となって部屋の壁を再び叩き、どうにか落ち着こうとしている。

「奴は俺が殺す。魔王の力を短時間だけ使えば、仕留めることもできるはずだからな」

 だから俺に任せろと、ルンをなだめる。怒りは収まらないようだが、深呼吸して部屋を出て行った。

「一人にさせてやれ」

 シスイの言葉に頷いて、この先どうするかと話し合うこととなった。

「サタナキアと呼ばれていた悪魔――エルメラを殺せば片が付くというのは、ほんとうなのじゃな?」

 赤目の病を操る統率者から教主と崇められているのだ。殺せば落ち着くだろう。それに、赤目の病をばら撒く塊を持っているとも聞いた。クレサでは黒水晶の力でエーベルをレッドアイにしていたので、黒水晶を砕いて、エルメラを亡き者にすればきっと赤目の病も落ち着くはずだ。

 そのあたりを伝え終わると、シスイは椅子に深く腰掛けて考え込んでいる。魔王討伐の際に集められた精鋭すべてを殺すほどの強敵に立ち向かえるのは現状俺だけだが、黒水晶が邪魔をする。それに長時間左腕を使えば魔王に体を乗っ取られる。大隊を動かして捜索に向かわせれば、赤目の病が発生した時に対応しきれなくなる。未だ真相の掴めない赤目の病にしばらく二人で黙考していたが、答えは出てこない。

 しかし、ここは三階だというのに部屋の窓をコツコツと叩く音が聞こえ、何事かと見やれば、シムルグのパイクが首に手紙を括り付けて開けてくれと喚いていた。

「悪魔の一種のようじゃな……なぜここに来た?」

「ちょっとした腐れ縁って奴ですよ」

 窓を開けてやると、冬空を飛んできたからか震えている。部屋に置かれている暖炉を見つけるとそこまで飛んでいき温まると、俺を見た。

「ニオが大発見だとか言って、こっちに直接向かっているぜ。ある程度纏められたのはこの手紙に書かれているがよ」

 見せてくれと首に括り付けてある手紙を見やると、その内容に目を疑った。

「誰からの手紙かは知らんが、なにがかかれておったのじゃ?」

 エルメラへは届かないが、一つの大きな問題を解消できるとシスイに手紙を渡した。それを読むうちに、まさかと顎鬚に手をやっている。

「赤目の病が発病する者としない者……その区別がつくようになったとはの」

 手紙には、興奮して急いで書いたのか、赤目の病について記されていた。なんでも、過去の文献によれば純血の人間にのみ赤目の病は発病するとのことだった。それさえわかれば、純血の人間はエルメラを討伐するまで遠くの街に避難させ、大隊を動かすこともできる。

「ん?」

 赤目の病についてばかり目にしていたので見落としていたが、追記としてなにやら不穏な一文が書かれている。

「アルムストの領地、ナーム川のほとりにある廃塔周辺に山のような濃霧が発生……」

 シスイにその場所を確認すると、そこには廃塔というより新しい街を作ろうと天高く立派な監視用の塔を建てたが、街をつくる計画が破棄され、造られたまま放置されていた塔しかないという。それでもすぐに真偽を確かめるべく新たに編成されたルンを隊長に持つ一個小隊を送ることになった。しかし、聞く限りではアインヘルムに近い。

とはいえ、赤目の病に関しては頭を悩ませているようだ。

「確かに、これが真実ならば対応策はいくらでも出てくるじゃろう。じゃが、ワシでも見たことも会ったこともない者の話を信じるのには限度がある。勘違いや嘘で大隊を動かして、サンストを危険にさらすわけにはいかんのじゃ」

 その意見にはもっともだ。だから、今も暖炉で暖まっているパイクにニオはどこだと聞こうとしたら、もうそこまで来ているよと言った。

 その言葉通り、騎士たちが困りますなどと口にしながらもこちらの部屋へ歩いてくる足音が聞こえた。

「大発見を直接伝えたくてね、無礼を承知でまかり通らせてもらったよ」

 冬だというのに緑と白のポットパンツと白いハイソックス、そして緑色のケープを羽織ったニオが執務室の扉を開けた。

「ふむ、そなたがこの手紙の送り主かの」

「その通り。アインヘルムの文献を徹底的に調べたら出てきたのさ。過去にサタナキアが赤目の病を使った際に記録された発病者のリストには純血の人間しかいなくてね。そこでためしにジッグラトのある街で赤目の病が発病した時に観察したけれど、間違いなく純血の人間だけだったよ」

 当然その街の統率者は殺したよと自慢げに語るニオをしり目に、シスイはもう一度考え込むと、ニオの長い耳を目にしてハイエルフかと口にした。

「女性に聞くのは憚られるのじゃが、どれだけの歳月を生きてきたのじゃ?」

 千年だよ、ニオがそう答えると、赤目の病に関する情報を信じようとも思ったようだが、一つ矛盾があると言った。

「リージルも純血の人間のはずじゃ。それでも発病していないのは、どういうわけじゃ?」

 自分のことながら考えていなかったが、ニオは俺の左腕について話していいのかと耳打ちして確認すると、まさに魔王の左腕と右目が発病を抑えていると断言した。

「族長様曰く、どうやら人間のみを襲うために作られた病のようでね。なんでそうしたのかは知らないけれど、おかげでエルフやドワーフ、それに悪魔の血が混じった人は発病しなくてね。リージルは体の一部が魔王の物だから感染しないのさ」

 ここまで事実が並べられると、とうとうシスイも折れたのか大隊を組織してエルメラを追うこととなった。俺もそこに志願しようとしたが、アルマから止められているとシスイは言う。

「最高傑作の剣でも魔王の力とやらには耐えきれなかった。これからエルメラと戦うのであれば魔王の力を使う機会もあるじゃろうと、アルマが言うのじゃよ」

「確かにその通りですが、だからどうしろと?」

 またアルマに作ってもらうのか? だが、それでは同じことの繰り返しだ。なにをするのだとシスイを見やれば、アルマが住んでいた里に戻って剣を打ってもらえとのことだった。

「これからの作戦では、お前は主戦力になるじゃろうからの。最高級品を超えた剣を作ってもらえ」

 釈然としないが、言われたことはもっともと言える。仕方ないので一礼して部屋を出ると、ニオは久しぶりとパイクを肩に乗せて微笑んだ。

「貴重な情報ありがとよ。また引きつづき調べてくれ」

 それが俺たちの約束だったのだが、ニオはアルマの名を出してドワーフかと聞いてきた。

「ハーフだかクォーターだか知らねぇが、エルダードワーフの孫娘だとさ」

 それを聞くと、ニオはパイクにアインヘルムへ戻るように指示を出して、ついてくると言いだした。

「いや、お前が調べてくれねぇと色々と困るんだが」

「調べるために、ついていくのさ」

 なに? と聞き返すと、アインヘルムの書類の類は全て調べきったという。そして調べている内に、ドワーフたちが受け継いでいる書物に、黒水晶についての文献があるとわかったらしい。

「所持者を自動的に守り、所持者の意思で様々な用途を得る黒水晶には困っているのだろう? アルマとかいうドワーフを孫に持つエルダードワーフが持っている書物を解読すれば、破壊できるかもしれないと族長様が教えてくれたのさ」

 もし本当に破壊出来たら、エルメラを守るものはなくなる。そうすれば片腕でも勝てるかもしれない。降って沸いた突破策に期待を寄せつつ、旅への動向を許可した。


「あ、起きたんだ」

 騎士団の詰め所に居なかったアルマを探してこの前の鍛冶場に行くと、またしても最高級品を何本も作り上げている。今度はタダで渡すわけではなく、鍛冶場の使用料を払い武器屋へ売るそうだが、俺の傍らにいるニオを見て首を傾げた。

「愛人?」

 思わず噴き出した俺と、ケラケラと笑うニオ。まったく年の割には口にする言葉がどこか歪んでいるアルマに呆れつつ、旅に同行するハイエルフのニオだと説明した。

「華奢なエルフに扱える剣は作れないよ」

「力自慢のドワーフにはない指先の器用さで弓と矢を使って戦うから別にいいよ」

 一昔前まではエルフとドワーフはいがみ合っていた。最近では少なくなったようだが、五百年生きている爺さんに育てられたアルマと千年生きているニオでは、まだ溝があるのだろう。なんて考えていたら、特別性の矢なら作れるだとか、細かい作業なら手伝えるだとか、あっという間に打ち解けていた。いがみ合うよりはいいかと割り切って、アルマに里へ向かうことが決定したと告げた。

「おじいちゃんの頭は固いけど、リージルの力とハイエルフが来てくれるなら早くすむかも」

 そうして武器屋に最高級品を売り払うとたっぷりと路銀が用意できた。しかし、アルマもニオも、俺には銅貨一枚だって渡さなかった。

「ギャンブル中毒には、お金あげない」

「奇遇だね、ボクも同じ意見だ」

 お互い、俺の浪費癖――ギャンブル好きには嫌気が指しているようで、金の管理は女どもが行うこととなった。なんともなさけない。


 アインヘルムが山にあったように、アルマの故郷フルバルンは切り立った崖に面しているという。だから馬車では行けず、徒歩での旅となる。本格的に冬の気候となったので防寒具をありったけ買ってリュックに詰め、食い物もこの季節ならではの塩漬けの肉と魚だ。一応一本売らずにとっておいた最高級品を背中に括り付けると、朝早くからフルバルンへと歩き始めた。話によれば三日も歩けばつくそうなので、女二人が体調を崩さないようにだけ気を付けることにした。


 サンストを出て二日目の夕暮れ。明日の昼までにはフルバルンに着くとアルマは言うが、女二人は寒さで震えている。雪も降ってきたので早々に野宿をしようと提案したが、絶対にこんな寒い中、野宿なんてできないと声を荒げられた。

 昨日は絶えられたじゃないかと言うが、それで冬の旅というものを思い知ったらしい。

仕方がないので道沿いを進みながら街か村を探していると、見渡す限りの農場を持った家屋を見つけ、旅の者であまりの寒さに耐えきれないと説明した。ついでにニオから受け取った銀貨を数枚渡してやると、部屋は用意できないが暖かい飯と馬小屋、それから熱した石を三人分用意してくれた。

「風と雪がないだけでこんなに違うとはね……」

 熱した石を厚い布袋に入れて抱えるように丸くなりながらニオはそう言うが、その格好で冬の旅についてくる方がおかしいのだ。

「だって、外の世界には里にない艶やかな服がいっぱいあってさ、お金もあるから気に入ったのを買っちゃったんだよ」

「自業自得って奴だな。まあ、世間知らずならしょうがない」

 そう言って、家屋の旦那から買い取った温めた蜂蜜酒をくれてやった。

「気前がいいね」

「お前のおかげで赤目の病について詳しく知れたからな。その礼だ」

 湯気が立ち上る蜂蜜酒を味わっているニオを見てか、アルマも毛布を被りながら無言で何かないのかと見つめてくる。

「お前には温かい蜂蜜入りのミルクだ。寝る前に飲むとよく眠れるらしい」

 この農場に蜂の巣があって助かった。ありがたく蜂蜜入りのミルクをすするアルマとニオを見やりながら、左腕に目をやる。

 なんとなく、わかる。次かその次に左腕の力を使えば、魔王は心の牢獄を破壊して俺の体を乗っ取ると。その時が来ないのが一番なのだが、エルメラを相手にするのであれば考えておかねばならない。そういう意味では、片腕でも戦いになる黒水晶の破壊は最優先事項ともいえる。剣を打ってもらうのをついでとしてもいいくらいに重要だ。

「……いっそのこと、切り落としてしまったらどうだい」

 左腕を見ていることに気付いてか、ニオが蜂蜜酒を口にしながらポツリと呟く。

「サンストの医療技術なら、切り落とした後、止血して包帯を巻いて、今まで通りの片腕での生活がおくれるじゃないか」

「私も、そう思う」

 アルマも賛同した考えだが、俺は首を振った。

「この左腕と、右目。この二つからは魔王の魔力とやらが体の中に流れ込んできている。だから人間離れした力も持てるし、寒かろうが腹が減ろうが、そう簡単には死なない。それに、切り落として力がなくなっちまったら、エルメラの野郎に復讐ができねぇ」

 言うと、二人とも黙ってしまった。しばらくは静寂が俺たちを包んでいたが、ニオが口を切った。

「今やエルメラはアルムスト――ひいては他の帝国の共通の敵だ。復讐したいのはわかるけど、君以上の数という一方的な力で、エルメラはいつか倒される。エルメラさえ死ねば、それでいいんじゃないのかい?」

 正論だ。合理的だ。確実性もある。だが、根本的な問題を間違えている。

「俺が殺さなきゃダメなんだよ。そうじゃなきゃ、死んでいった奴らに合わせる顔がねぇし、なにより腹の虫がおさまらねぇ」

 自分勝手で、独りよがりで、つまらないこだわりだ。だが、それこそが俺の戦う真実なのだ。

「それに、死んでもどうせ地獄行きだろうからな。それはエルメラも同じだろうから、道連れにしてでも殺してやるつもりだ」

 どうしても、復讐のことを考えると口調が荒くなる。殺すなんて言葉ほど安っぽいものはないというのに。それでも、俺の復讐劇は殺しによって幕を閉じる。

 そんな俺を見てか、隣に座っていたアルマが赤いロングコートの裾を握った。

「助けてくれたお礼、まだしてない。だから死ぬなんて言わないで」

 震えているのは、寒さからだろうか、それとも――。

「人間、そう簡単には死なねぇよ」

 この復讐を始めて何度目の台詞だろう。強がりのつもりで言っていたが、いつのまにか本当に死なないかもしれなくなった。たとえそれが、魔王にこの体を乗っ取られた場合でも。

「ならさ、復讐が終わったらどうするんだい?」

 ニオがふと口にすると、つい黙ってしまう。俺はレッドアイを数えきれないほど殺してきたし、統率者も殺した。結果的に世界やそこに生きる人々にとっていい方向に進んだとしても、人の命を奪ったことにかわりはない。それに加えて、罰してくれる制度も決まりもないときた。なら、死んでやるのが正しいのかもしれない。

「終わったら、か……」

 それでも、やっぱり生きていたいなと、寒さに震える二人を見て思った。春が来れば色とりどりの花が咲いて、夏が来れば水浴びが気持ち良くて、秋が来れば果物が美味しくて、冬が来ればこうして寒さに耐える。いわゆる人間らしい生活を、おくってもいいかもしれない。働き口は騎士に復帰して、片腕と片目が魔王の物でも、受け入れてくれる嫁さんを見つけて結婚して、子供ができて、いつか老いて死ぬ。当たり前だけれども、いつの間にか遠くに行ってしまった大切な人間らしさに、心が寂寥感で寒くなった。

「考えるのは苦手だ。先に寝させてもらう」

 適当に引っ張り出した毛布を被って横になると、二人のお休みという声が耳に残った。

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