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UNSUNG  作者: 二宮シン
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片腕は血に塗れて舞う

つまらないでもいいので何か感想をください。

あいつは、青空を鳩が飛んでいる下で詩集を読んでいるのがよく似合っていたよ。まるで平和そのものが一枚の絵になっているようにすら見えるほどに。


「プロローグ」

 ――ここは、どこだ。

 ただ真っ白な空間の中に黄色いルドベキアの花弁が宙を舞っている。見渡せば周りにはルドベキアの花言葉である正義に恥じない騎士たちが百人笑っていて、俺の隣にはガキの頃から一緒に剣術の修業をしてきたメネストレット・ブラッドルフが微笑んでいた。

 みんな笑っているが、どこか寂しげな笑みを浮かべている。どうしたのだと問いかけようとしたら、みんなが白い空間に溶けるように消え始めた。メネストレット――メネスと呼ぶ俺の親友も、消えかかっている。それでも最後にふくよかな声で「あとは任せたよ」と言い残して消滅した。

 その言葉を最後に、突然世界が鮮血の赤で染まった。宙を舞っていたルドベキアも白いシロツメクサに変わっていく。シロツメクサの花言葉は――。

ああ、思い出してきた。俺たちは魔界と呼ばれるところから現れた魔王を倒して、世界の平和を守った勇者だった。深紅の瞳と体に黒と紫の鱗が生えた魔王を倒して喜びに浸っていたのだ。

だが、そこで「奴」の紫紺の瞳が俺たちをとらえ、騎士たちを斬り殺しながら、紫色の翼を広げた。

 気が付けば、俺も地に付していた。ただ仲間の絶叫と血しぶきがあがる中、倒れたまま奴の紫紺の瞳を睨み付け、同様に睨み付けられた。

奴は存分に仲間を殺すと、同じく地に付した魔王が手にしていた紫色の水晶を手にして――。


 悪夢に苛まれて最悪な寝起きだった。朝から気分が落ち込みながらも、置きあがって体を伸ばすと、一つため息をついた。季節は冬に差し掛かっており、日も登りきっていない早朝では、吐いたため息も白くなり消えていく。今見ていた夢のようで嫌になってくるが、おかげで目が覚めた。

 ここは広すぎてどこからどこまでが領地なのかわからい大帝国アルムストの治めるニベルという街の近辺、鉱山街であるニベルから流れてくる不純物を含んだお世辞にも綺麗とは言えない川のほとりで野宿をしていた。金がないのも理由の一つだが、とある理由でどんなに寒くても病気にもならないし大して寒くも感じないので野宿生活を続けているが、それでも野宿では疲れがとれない。この一月のあいだに様々な街を巡ってきたが、その際の通行税で宿にも泊まれない。こうなってくると、やはりベッドが恋しい。

しかし、今見ていた夢のせいで朝から胸がモヤモヤとしている。どうしたものかと考えていたら、雨まで降り始めてもう一度ため息を付くと、左腕の肘から下に巻いてある包帯が解けかかっていることに気が付いた。右腕と口を使って丁寧に頑丈に巻き直すと、そろそろ交換した方がいいなと、包帯に着いた赤いシミを見て思った。

そうして、俺は立ちあがると安物の大剣を背中に括り付け、ニベルへと歩を進めた。向かうべき道に立ちふさがる壁をバラバラにしてやるために。


 その日の夜、見上げるような市壁に囲まれたニベルの検問でなけなしの金を払い街へ入ると、小雨が降る空の下を傘も差さずに歩いていた。炭鉱の埃や砂が混じった汚い雨を鬱陶しく思いながら、ふと視界の端に赤い揺らめく影が目に入った。わけあって深紅の右目が疼いてそれを知らせてくれて、奴らにもう見つかったのかと頭を掻きながら、夜の闇にまぎれる垂直に潰れた王城のような建物――ジッグラトを睨み付けてから、賑わっている酒場のドアを開ける。

ずぶ濡れとはいわないが小汚い客が来たなと、露骨に嫌な視線を向けてくる店主を無視して酒を飲んで騒いでいる炭鉱夫の方ではなく、カウンターに腰かける。となりには俺のようにボロイ黒いロングコートではなく、上質な布地で織られた白いフードを深く被った緑髪の女がやっと来たかと俺の方を見た。ついでに、その女の肩に止まっていた少し大きいカラスのような鳥も俺を見る。

「女を待たせるとはダメな男だね」

 中性的な声で白いフードをとった女は、緑色の髪を後ろで結んでおり、その瞳も緑色のニオ・フィクナーという「エルフ」の一人だ。しかしニオはエルフの中でも珍しい純血のエルフ――ハイエルフだった。人間の何倍も長生きし、見た目も十代後半から二十代前半で止まる。昔はエルフを奴隷としていたらしいが、今では違う。共存を果たしているのだ。それは肩に止まっているシムルグという悪魔もそうだ。

 この世界にはエルフと交わる人も、ドワーフと交わる人も、悪魔とだって交わる人がいる。今の人間社会は、様々な種族のハーフやクォーターが混じってできているのだ。

 そんな一人であるニオは手をあげて店主に葡萄酒を二つ頼むと、片方を差し出してきた。

「半年ぶりだけれど、どうせお金もないんだろう? 一杯奢るよ」

 何十日ぶりの酒だろうか。通行税と賭け事の負けのせいで無一文に近かったのでこれはありがたい。ジョッキを合わせて乾杯すると、半分は一気に飲み干した。

「柄じゃねぇが礼だけは言っておく」

 そしてまた飲もうとすると、肩に乗っているシムルグのパイクが俺の肩へと飛び移った。

「俺のおかげでニオと話せてるんだぜ? 俺にも礼の一つは言えよな」

「うるせぇぞ、おしゃべりカラス」

「てめぇ! 俺がニオからの手紙を届けてやったってのに、またカラス呼ばわりか? シムルグ様、パイク様と少しは感謝しやがれ!」

 オウムのように決まった言葉しか話せないのではなく、しっかりと人間の言葉を理解し発するパイクは、俺とニオの間で手紙を出す際に飛んで届けてくれている。どうやら悪魔特有の能力で位置がわかるそうだ。おしゃべりでなければ気にしないのにといつも思うのだが、悪魔に説得など不可能だろう。

「それで、奴らについて調べてくれたのか?」

 真剣な面持ちで話題を変えると、ニオも酒を一口飲んでなにから話した方がいいかと思案している。しかし急がなければならない。先ほど感じた視線は間違いなく奴らのものなのだから。急かそうと声をかけようとしたら、酔っ払った炭鉱父たちが下品な笑いを浮かべて近寄ってきた。

「エルフの嬢ちゃんよぉ、そんな陰気な野郎の相手してないでこっちに来いよ」

 銀髪で青と赤のオッドアイなのだが、こいつらには陰気に見えるらしい。ニオはあくまで丁重に断ろうとしていたが、ぞろぞろと炭鉱父が集まってくる。

「こんなシケタ街にはババアしかいなくてよぉ。ちょっと遊ぼうぜ」

 できるだけ穏便に済ませたいので黙っていたが、華奢なニオの手を無理やり取られたあたりから、出番かと立ち上がる。

「ほどほどにぶちのめしてやりな」

 パイクが肩から飛び立ってカウンターに座ると、ニオの手を取っていた男の肩を叩き、振り向いたら真っ先に顔面をぶん殴った。見事に命中した拳により気絶した男は並んでいる机と椅子へと吹っ飛ばされ、それを見ていた他の炭鉱父たちは酒のせいもあってか怒りを瞳に宿し、三人ほどの屈強な男が立ちふさがった。

「殴ってきたんなら、わかるよなぁ。そっちが先に手を出したんだぜ? 正当防衛って奴だ」

「手を出したのはそこに転がっている男で、正当防衛は俺がてめぇらに殴りかからない限り有効にはならねぇぞ」

 グダグダうるせぇと唾液を吐きながら、屈強な男たちは指を鳴らして太い腕に血管が浮かび上がる。周囲にいた客は喧嘩が始まるぞとはやしたて、いつの間にか賭けまではじまっていた。しかし左腕に包帯を巻いている俺のオッズはとてつもなく高いが、勝算もないので誰も賭けようとしない。これでは賭け事にならないとはやしたてている連中が口にすると、ニオが金貨を一枚カウンターに投げた。

「ボクは片腕の男――リージル・シティブソンに賭けるよ」

 一枚で一月は遊んで暮らせる金貨を見て驚いている連中に正気かと聞かれているが、分の悪い賭けほどもうかるものだと、どこ吹く風だ。

「剣はいらねぇな、来いよ酔っ払い」

 大剣を投げ捨てると、舐めるのもいい加減にしろと一人が殴りかかってきた。勢い任せの突進には足をかけて転ばせると、倒れて床に顔がぶつかった瞬間、その髪を掴んでもう一度床に叩きつける。残る二人は狼狽していたが、前後に挟むように回り込むと、前と後ろから怒声と共に向かってきた。頭が多少は回るのだなと距離を見てから、先に前にいた男へ瞬時に踏み込んでみぞおちを殴ると、唾液を吐き出してその場に倒れた。

「このやろう!」

残った背後の一人が酒の入った瓶を手にして振り下ろしてきたが、咄嗟に包帯のしてある左腕で受け止めた。瓶は砕け散り、カウンターとして一発深く殴る。

「怪我してるんじゃねぇのかよ……」

「事情があってな」

 倒れた男たちを周囲にいるニオとパイク以外は夢でも見ているような瞳で見ている。気にもせず大剣を拾いなおして背中に括り付けると、ニオが微笑んで男たちに賭けられた掛け金を頂いていた。

「へへ、やったね、大儲けだ」

賭けられた銀貨や銀貨を数えていると、分け前としていくらか貰った

 肩を落としている酔っ払いたちを無視してカウンターに座りなおすと、ニオが包帯を巻いている左腕を見ている。 

「もう片腕での生活にも戦いにも慣れたようだね」

「半年もあればな」

 常人離れした身体能力は左腕と右目のおかげなのだ。ニオはそこらへんについて詳しく知っている数少ない仲間だ。

 その後は騒然としていた酒場で、先ほどの掛け金を使って酒以外にも料理をありったけ注文すると、犬のようにがっついた。野宿では味わえない調味料もたくさんかけて、とにかく急いで腹をいっぱいにすると、保留していた本題に移ろうとした。

 しかし、時間をかけすぎてしまったようだ。突然酒場にいる数人が頭を抱えてうずくまった。大丈夫かと近寄っていったハーフエルフは、突然振り向いた両目が真っ赤に染まった男に襲われた。似たような現象はそこら中で始まり、赤い目となった人間たちはニベルの街の中で見境なしに暴れ出した。

「釣りはいらねぇ」

 カウンターの後ろに隠れたドワーフの店主に銀貨を数枚投げつけると、剣を引き抜いて酒場を出る。

「この前調べてと言われたことだけれど、ボクの集めた情報では、あの赤い目になった人たちは大昔にレッドアイと呼ばれていたそうだよ」

 ニオは隠し持っていた弓と矢筒を取り出して、店の外で向かってくる赤目――レッドアイの頭を射抜いた。

「大昔にも、それこそ千年生きているボクが生まれる前にも同じ現象は起きていて、最近、首都の方では赤目の病と呼ぶようにしたらしいよ。あと知ってるとは思うけれど、発病したら治療法はなし。一度ああなったら理性を失って目が真っ赤になって、獣のように暴れはじめる。でもジッグラトの統率者を倒せば、あらかた消滅する。これが、この前調べてといった連中の真実の一片だよ」

 千年生きてきたニオでも掴んだ情報は少ない。一片だとしてもわからないことが多すぎるのだ。どうして発病するのか、どうして赤目になるのか。そして「奴」に繋がっているのかわからないことがまだ多すぎるが、今は目の前のことに集中すべきだ。

「とっととジッグラトに行って終わらせるぞ、ここを潰せば丁度十個目だ」

「ボクの専門は前衛での戦いじゃないからね、ジッグラトの入り口を守っているよ」

「そういうことだ、存分に暴れてきな」

 ニオとパイクに背中を押されて、結局は一人かと肩を下ろすが、やらなければならない。この馬鹿騒ぎを広めないためにジックラトに行かなければならないのだ。発病したレッドアイたちを躊躇なく斬り殺してニベルを進むと、ジッグラトにたどり着く。外には見張りがいないので、外はニオに任せてそのまま入ると、突然背後の入り口が鉄格子で閉じられた。代わりにちょうど反対から紫色のローブに身を包んだ男が見下すような口ぶりで声をかけてくる。

「待っていましたよ、連続殺人鬼」

 円状に作られたコロッセオのような内部にはレッドアイたちがひしめいており、その最奥に肘をついた紫色のローブを着た男が余裕の笑みで座っている。

「先ほどあなたが酒場に入るところを部下のレッドアイが見ていましてね。そのせいですか? 来るのが遅かったのは。おかげでこの街のレッドアイたちを集める時間と、もう一つ仕掛けを用意する時間ができましたから」

 と、男が指を鳴らすとレッドアイたちが一斉に飛び掛かってくる。

「二つ作戦があるんですよ。片腕でもあなたならレッドアイに勝てる。でも疲弊したら、こちらの奥の手を使ってあなたを殺します」

「ご親切にどうも」

 片腕で剣を振り回して次々に寄ってくるレッドアイを斬り殺していると、あっというまに屍の山ができた。男は依然として余裕の表情だが、どこか影が差している

「一つだけ聞いてもいいでしょうか、どうして私たちを殺すのですか?」

 言葉と同時に立っていた床にひびが入り、なにか巨大な影が這い出てきた。咄嗟に背後に飛んでみると、悪魔の一種である一つ目のサイクロプスが真っ赤な瞳でこちらを見据える。家屋の二階程度の大きさはあるかという巨体で、青いはち切れんばかりの筋肉が露出している。悪魔の中でも自然災害と同列に恐れられる化け物だ。

「捕えるのに苦労しましたよ。きっとあなたが殺しにやってくるからと、一月前に震えてね」

 冷や汗を流しながら笑っている男は、質問を続けながら俺を殺せと命令している。理屈はわからないが、ジックラトを任されているレッドアイではない統率者は、レッドアイや悪魔を操れるようだ。

 ためしに飛び上がって剣を突き立てるが、ガチガチの筋肉に防がれて斬撃が届かない。そして剛腕で振り放された。

「厄介な相手だ」

 統率者の命令通りにジッグラトの内部で暴れ回るサイクロプスの攻撃を避けながら、どこか弱点はないかと探す。体を斬りつけても、こんな鈍ではかすり傷すら負わせられない。だからといって距離を取っては、ジッグラトを破壊して外へと出てしまうかもしれない。つまりはここで、最速かつ一撃で殺すまでいかなくても、動きを封じる必要がある。

「なら、足だな」

 振り下ろされた剛腕による煙に紛れて背後に回ると、右足の関節部に剣を突き刺した。流石に関節部は脆かったのか、鈍でも貫く事はでき、サイクロプスは片膝を付く。痛みのあまり震えているようなサイクロプスは暴れるのではなく、俺を敵として認識したのか、真っ赤な瞳で俺を睨みつけると、何度も何度もこぶしを振り下ろしてくる。だが、片膝のせいで動くことはできない。

 いったん距離を取って次に狙う場所を探すと、最初からそこを狙っておけばよかったと思うところがあった。

 もう一度接近し、サイクロプスが振り落としたこぶしを階段代わりに登っていき、その赤く巨大な目玉に剣を突き刺した。激痛のあまり咆哮をあげて暴れ回るサイクロプスにくっ付いたまま剣を更に奥へと押し込むと、その巨体は地響きと共に力なく倒れた。

 おそらく返り血で真っ赤に染まったのであろう俺の姿を見て、男は椅子に座ったまま、表情を恐怖に染めていく。

「だから……だからなんで、なんで殺すんですか!」

 一歩一歩と血がしたたり落ちながら近寄っていくと、男は泣き出して喚いている。

「この半年でジッグラトの統率者を何人も殺して! いつ私の番が来るのかと怯えていたんですよ!」

「知ったことかよ」

 剣を強く振るって血を弾き飛ばすと、男の顔に何滴かついた。

「私たちは、新しい世界を作るんです! あの方の力と我々が合わされば……」

「あの方とは誰だ」

 もう剣の間合いに入ったところで、誰だと問う。剣先で頬に傷を作りながら。

「誰だと聞いている」

「そ、それは、教主エルメラ様がっ」

 その名が出たとき、首を跳ねた。それこそが俺の戦う理由なのだから。


 鉄格子を力ずくで壊して外に出ると、遺体の腐臭が辺りを漂っている。それでも統率者を殺したからか、レッドアイたちは意識を失った……いや、死に絶えた。

「お疲れ様」

 返り血一つないニオだが、半径二メートル以上には矢で射抜かれたレッドアイたちが何人も倒れている。

「疲れちゃいねぇよ」

「それにしては血まみれじゃねぇか」

 ニオとパイクにどんな戦いをしたのか教えてやると、若干距離をおかれた。それでも、また一つジッグラトを潰した。気が付けば、もう夜明けだ。そこで一息ついてニオに問いかける。

「確かなんだよな、ジッグラトとエルメラが関わっているってのは」

 夜明けの日差しに目を細くしながら、手紙で知ったことを確認する。

「過去の文献にあった紫色の羽を生やした悪魔――サタナキアと記されていたけれど、君が見た外見的な特徴と、サタナキアも過去に赤目の病を使いこなしていたから、間違いないと思うよ」

 そうか、とそれだけ返すと、まずは水を浴びに行くことにした。

「ねぇ、リージル」

 剣を背中に括り付けていたら、ふとニオが呼び止めた。軽口を飛ばして余裕ぶっている顔つきではなく、悲しいとも虚しいとも取れる表情で口を切った。

「ボクたちエルフやドワーフは、純血でも混血でも長く生きられる。でも君のような純血の人間は、生きたって百歳前後だ。だから……」

 その先を言いにくそうにしているのは顔を見ればわかる。パイクも悪魔なりに気を使っているのか、口を挟まない。

「だから、復讐を辞めろというのか」

 ニオは無言でうなずいた。そうして少し戸惑った後、諭すように話しだした。

「短い命なんだから、もっと未来へ……明日へ生きるべきだよ。過去は過去なんだから……もうどうやっても、誰も戻らないんだから」

 そのためにも力を貸してくれるという。ニオが俺に持っている借りはそれだけ多いらしいからだろうか。しかし、それは一つ間違っている。

「短いからこそだ。短いから、とっととケリをつけなくちゃならねぇんだよ」

「……そんなに、憎いのかい?」

 ああそうだ、そうだとも。俺がここにこうして生きている理由は、「奴」への憎しみの感情があるからだ。

「エルメラ・グリーディ……一年前に俺たち魔王討伐隊に紛れ込んでいた紫色の翼を持った悪魔。奴は虫の息だった魔王の力を奪い、口封じのために俺たち全員を殺した……奇跡的に生き残ったのは、俺だけだ。だから、俺は仲間の分まで奴へ報復を――復讐をする。そうじゃなきゃ、お前の言う未来へも、明日へも進むことはできない」

「……復讐ほど、報われないものはないのにね」

「報われなくて結構だよ。俺は死んでも奴を殺す。ジッグラトの大元に奴がいるというのなら、どこにいるのかわからねぇからジッグラトをいくつも潰して、奴からこっちへ来てもらう。例えそれが、血に塗れた修羅の道だろうとな」

 説得はできないね。ニオはそう呟くと、はにかんだ。

「それじゃ、またボクはジックラトと赤目の病、それからエルメラについて調べるよ」

「やはり、あの時の礼はすんでないのか」

 ニオはそう言われ空を見上げると、笑顔で答えた。君はエルフの英雄だと。

「それじゃあなリージル。簡単に死ぬんじゃねぇぞ?」

「人間ってのはそう簡単には死なねぇよ。とっとと行け」

 その言葉を合図にまずは水を浴びにいって、新しい包帯を探した。もう赤いシミなど、どうでもいいほどに真っ赤に染まったので、レッドアイに襲撃されたのであろう無人の雑貨屋をあさって手にすると、街を去っていった。赤目の病を止めることと、復讐を果たすこと。それが同じ道の先にあるのなら、進んで見せよう。道の果てまで。


 この先も読んでくれると嬉しいです。

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