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13. 探偵失格

□◆□◆

13



「綿世ッ! 嬢ちゃんになんてことしてやがんだこの外道がッ!」


 そう怒号を上げたのは権蔵である。彼は部屋に入るなり、舞花に馬乗りになっている綿世へとせんていばさみを振る。

 これには綿世も慌てて飛び避けた。


「鮎川さんっ、大丈夫ですか!?」


 そう言って舞花を引き起こしたのは晴夏だった。


「は……りゅかさん? なぜここに……?」


 まだろれつが回らない舞花に、晴夏はぎこちなく微笑む。


「帰ろうとしていたところに陽子さんが来て教えてくれたんです。鮎川さんが綿世さんの部屋に一人で入って行ってしまったって。嫌な予感がするから様子を見てきてほしいって頼まれたんですけど……。まさか、こんなことをするなんて……」


 晴夏が厳しい視線を送った先には、権蔵をなだめようとしている綿世がいる。


「権蔵っ、そんな物騒なものしまえって! 危ないだろ!?」


 綿世は怒りを剥き出しにしている権蔵に気圧されていた。両手を前に出し、必死に武器である剪定鋏を下ろすよう訴えていた。

 しかし権蔵は剪定鋏を綿世へと突き出す。


「うるせえッ! 二度と悪さが出来ねえように、こいつでお前の竿を切り落としてやらあ!」


 それを想像してしまったのか、綿世は顔を青くして股間を押さえた。


「な、何言ってんだ! こんなの冗談に決まってるだろ! 冗談だよ、冗談ッ! 本当にするわけないだろ!」


「ああ!? 嬢ちゃんの着物を乱しておいて、今さら何言ってやがるッ!」


 その一言に舞花は自分の格好に気付き、慌てて着物の乱れを直す。

 徐々に体が動くようになってきたようだ。


「今日という今日は許さねえぞ……腕の一本は覚悟しやがれッ!」


「そんな覚悟するわけねえだろっ!」


 じりじりと近づいて来る権蔵に、綿世は机の上にある灰皿を投げつけて部屋を飛び出していく。


「ぐぅぅ……ま、待ちやがれッ!」


 灰皿が当たってしまった権蔵だが、手で血が滲む額を押さえて綿世を追いかけていった。


 綿世と権蔵が去ってすぐ、木島がドアの縁から覗き込むように顔を出した。


「鮎川様……大丈夫でございますか?」


「……木島さん」


 顔色悪い木島に、舞花は大丈夫だと言うように笑ってみせた。

 木島は恩人である。権蔵と晴夏を呼んでくれなければ、今頃どうなっていたことか……。

 そんな舞花の想いを知ってか、木島はホッとした表情を見せる。そしてその後、困ったように口ごもった。


「あの……こんな時にですが、その……鮎川様にお電話が入っていまして……」


「私に電話が?」


「はい。警察の向嶋様からなのですが……。もしご気分が優れないようでしたら、明日にしてもらえるようお伝えしますけれど……」


 心配する木島の前で舞花は立ち上がる。

 フラつく体を支えようとした晴夏。舞花はなんとか踏ん張り、晴夏にお礼を言って歩き出す。

 一瞬強張った表情をした舞花。今は男性に触れられるのが怖いのだろう。


「ご心配ありがとうございます。でも、大丈夫ですから」


 廊下に出た舞花は木島にぎこちない笑顔を見せる。

 向嶋からの電話ならば出ないわけのはいかない。きっと何かしらの情報を掴んだに違いないのだ。


「……さようでございますか。では、ご案内いたします」


 木島は足取りはおぼつかない舞花を気遣いながら電話のあるエントランスへと案内した。






 舞花が黒電話に立てかけてある受話器を取ると、木島は気を使ったのか一礼してその場を離れる。

 晴夏に会いに行ったのか、もしくは外から聞こえる権蔵の怒鳴り声、その様子を見に行ったのかもしれない。


「……もしもし、克己さん?」


<お、舞花か? やっと来たのか。遅かったじゃないか>


 少し不満そうな向嶋の声。

 こっちの事情も知らないで……という苛立ちはあるものの、舞花はその声に安堵を覚える。


「まあ……いろいろあってね」


<いろいろってなんだ?>


 安堵したのも束の間、舞花の表情が固まる。

 綿世とのことを知られてしまっては、心配されるどころか受話器が壊れるほどの声で怒鳴られるのは目に見えている。


「今は頭が働いてないからまた今度ね。それより、何か用?」


 嘘はついていないが、誤魔化したいという気持ちからぶっきらぼうな言い方になってしまう。


<何か用とはご挨拶だな。昼間言った時雨の件がわかったから連絡してやったっていうのに>


「昼間の……というと、血を見るのが怖いんじゃないかっていうあれのこと?」


 口を尖らせているのは目に浮かぶが、向嶋の言葉に舞花は受話器を持ち直す。

 そして周りを見回して誰もいないことを確認した。


<そう、そのこと。結論から言うとな、俺の読みは当たってたぞ>


「どういうこと?」


<今から七年前になるらしいんだが、時雨の親父さんが事故死したらしいんだ>


「事故死? 時雨さんのお父さんは亡くなっているの?」


<当時、時雨の親父さんは三栗谷が持っている建設会社で働いていたようなんだがな、現場への視察に行っていた時に足場が崩れて転落死したそうだ。しかもだ、その時は十六才の時雨も一緒だったそうで、自分の親父が亡くなるのを見ちまったらしくてな……>


「そんなことが……」


 口ごもる向嶋に舞花も同じ反応を返す。

 二人とも思い浮かべているのは、妹を亡くし、その殺人容疑をかけられているにもかかわらず気丈に振舞う時雨の姿。


<落ちたのが尖った資材の上だったらしくてな。かなり無残だったらしい。それ以来、時雨は血を見るたびに体調を崩していたそうだ。今日見た状態でも心配にはなったが、以前はもっと酷かったらしいぞ>


「どうりで、誰も時雨さんのお父さんの話をしないわけね」


<まあ、今回の事件とは関係ないしな。でも、これで時雨犯人説は消えたな。血を見るたびに倒れる男が、美琴さんの胸にナイフを刺せるはずはないし>


「それは、美琴さんに毒を飲ませたのとナイフを突き立てた人物が同じ人だったら――っていう話でしょ?」


<まさか、犯人は二人いるってことか? 時雨が美琴さんを毒殺して、その後に別の人物が美琴さんを刺したって……。やっぱり時雨が美琴さん殺害の犯人だってことなのか?>


「どうだろ。私は時雨さんは犯人ではないって思っているけど」


<どっちだよ。妙な話を言い出したのは舞花だぞ>


「だ・か・ら、今は頭が働いてないんだってば。とりあえず、情報ありがと。それと克己さん、明日も陀鬼の町に行きたいから、お迎えよろしくね。んじゃ、おやすみ~」


<は? 俺は舞花のお抱え運転手じゃないんだ――>


 向嶋の言葉を遮って、舞花は受話器を戻した。

 もう権蔵の怒鳴り声は聞こえない。すると、急に屋敷のなかの静けさが怖くなった。

 また綿世が現れたら……。あのいやらしく高揚した顔を思い出してしまった舞花は、逃げるようにこの場を離れて行った。





 部屋に戻った舞花が最初にした事は部屋の鍵を閉めることであった。

 今はほどいた髪先を指にからめながら、ベッドの上で今日得ることが出来た情報を整理している。


「――時雨さんの心理的アリバイは成立したといってもよさそう。ということは、美琴さんの死は私の見立て通りの可能性が高くなったんだけど……。でも、そうなのだとしたら……なぜあの人が?」


 舞花は向嶋からの情報で、時雨は美琴殺害には関与していないことを確信した。

そして関与した人間が絞られたことで、舞花の頭のなかにはある人が最有力候補として浮かんでいる。


「あの言葉の意味を考えれば、事件に関わっているのは間違いないんだけど……」


 その人物は今にして思えば興味深いひと言を残している。その時にはそれほど気にはならなかった言葉だが、こうして美琴の死に関与した最有力候補としてみれば決して無視することは出来ない。

 しかし、その人物が関与したという決め手がない。それに対し、舞花は深いため息を吐く。


「まだ情報不足で真相には程遠いわね。明日には重康さんにも話を訊かなきゃいけないし……」


 話を訊くという言葉に反応したのか、舞花の意思に関係なく体がガタガタと震えだした。


「あはは……。これは、武者震いじゃないわね……」


 視界が歪みだしたことに気付き、舞花はベッドの上で膝を抱える。

 話を訊きに行ったから綿世に暴行されそうになった。間一髪のところで権蔵たちに救われたが、もし誰も来てくれなかったら……。

 そんな考えが頭をよぎり、心と体がさらに震えだす。


「まいったな~……。お父さん、私……探偵失格だよ……」


 膝に顔を埋めて声を押し殺す。

 それでも漏れる嗚咽――。

 この夜舞花は、窓にあたる雨音よりも小さな声で、気を失うまで泣き続けた。



□◆□◆

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