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緊縛魔法からはじまる恋なんてない。  作者: 志野まつこ
第2章 魔王の自業自得こじらせライフ
23/23

10、投げたり、流されたり。 

 甘くてあけすけな瞳に陥落した数日後、毎夜繰り広げられる「どうする?」的ないたたまれなくて、実に気まずい攻防に耐えきれなくなったらしい真尾田が、二つのベッドをくっつけるという暴挙に出た。


 ちょっ!!

 それはちょっと待て欲しい!


 そこまでは!

 まだそこまでは心の準備が出来てないんだよ!

 交際期間ゼロみたいなもんだったしさ!


 そしてその時初めて判明した、真尾田の作った細いベッドと、私が使っていたベッドの高さも長さも同じだったという、恐ろしい事実。

 はじめからくっつける気だったのかと、ぶっちゃけひいた。


「同居するんだから、いずれはそういう事だと思うだろうが……」

「セイさん、てめぇ、全く反省してなかったんじゃねーか!」

 いつだったか聞いたのと似たようなセリフに激昂したのは言うまでもない。


「気が早くないですかね!」

 なんかもう少し待ってもらえませんかね、なんとなく!

「ってなんでこんな重い材料使ったの!?」

 ちっくしょう、重くて一人じゃ離せないぃぃぃ!

 小さいベッドなのに異常に重量があった。


「そりゃ軋んでうるさいよりは丈夫な方が」

「それ以上の説明はいい!」

 ああ、もう真尾田さんよ、ニヤニヤ笑いするでもなくどこまでも素ですよね。

 なぜ、きょとん、みたいな顔なのよ。

 変に天然だから肝心な所でアンタは押しきれないんだよ。 


 一人でじたばたベッドを動かそうとしていたら、「おはようございまーす」とピーター君が返事も待たず扉を開けた。

 うん、いつもの事だけどさ。

 一応、我が家は新婚という認識なんじゃないの?

 いきなり開けちゃうんだ、怖いなキミ。

 でも今はそんな事を言ってる場合じゃない。


「ピーター君、ベッド移動するの手伝って!」

 必死で懇願したら「え、いいですけど、僕、何のお力にもなれませんよ?」って━━ちっくしょうううぅ!

 えぇ、えぇ、手出し無用ですよ。

 腕やら何やら折れるでしょうからさ。


 最終的に、「こっちの方が部屋が広く使えるだろうが」とあまり説得力のない結論で押し切られた。

 くっつけたところで以前の過失からどうせ真尾田が強引に迫るとか出来なくて、結局「今晩はどうするよ?」的な無言の攻防戦が繰り広げられるのは目に見えてるのに。


「アヤさん。セイさん的にはそういう素直じゃないのがいいのかもしれませんけど、いい加減ウダウダするのやめたらどうですか。同居出来るんならなんの問題もないって事でしょ? 二晩お預けに耐える男なんてそうそういないですよ。リサさん風に言うなら『マジ勇者』です」


 ピーター君からの言葉は相変わらず弱々しくて、おどおどしてたけど、ぐうの音も出ないほど核心をついていたとは思う。

 でも絶句したのは従業員のとんだ裏切りにあったからだ。


 軽くショックを受けていたら、真尾田に「まあいきなりだったし、こいつも心の準備とかする暇もなかったし」とかなぜかフォローされた。

 相変わらず妙なところでいい奴だな、と思わせてくるけど「二日お預け」ってお前ピーター君に言ったのか。言ったんだな。


 ベッドを移動する気力を失った私の様子に安心したように寝室を出て行く真尾田。

「同じベッドで寝られるだけでも全然違う」

 ぼそりと言うのが聞こえた。

 ああ、もう。

 なんて事を言うんだこの男は。

 咄嗟に立ちあがって追いかけた。


「待って、セイさん! 忘れ物!」


 寝室を出て数歩で玄関ドア、って間取りだけど間に合った。まだ外には出てない。

 心なしか赤面している顔を見られたくないらしく、少しだけ不機嫌そうな表情で振り返ったその唇を奪ってやった。

 まあ、ほんの一瞬、かるーく、だけどさ。


「新婚さんのお約束ってやつ? いってらっしゃい」

 ベタすぎるけどね。

 失礼なほど愕然とした真尾田に勝ち誇った気分で言ってやれば、両手で両二の腕をがっとつかまれる。

 あまりに真剣な表情で、「何か気に障ったのか」と怯えた瞬間、前髪の上から額にキスされた。


 こ、これは。

 確かにこっぱずかしいわ。


 そんな中。

「はーい、先行ってますねー」

 私達の横を、飄々とピーター君が通過して行く。

 

 ああ、そういやいたんだわ。

 二人して一瞬固まったけど、真尾田の方が復活は早かった。


「帰った時と、寝る時も」


 一瞬何を言われたか分からず首を傾げかけたが、真意に気付いてはっとする。

 そ、それはちょっとバカップル過ぎませんかね!


「……か、考えとく」

「ん。行ってくる」

 動揺しながらも即答してなるものかと苦し紛れに答えたら、満足そうに目を細めた真尾田にもう一度目もとにキスされた。

 ヤバい、これはまさしく絵にかいたような新婚さんの風景だわ。


 今朝の「行ってらっしゃいのちゅー」は真尾田が突然乙女心をくすぐってくるもんだから、口惜しくてちょっとした出来心でやっちゃった結果だったんだけど。

 さて、どうしたものか。


 それにしてもあの童顔アラサー。

 接する時間が長いだけに目だけで感情が読めるようになってきた。

 いつも通りの気弱そうな、怯え顔だったけど横を歩いて行った時のあの目。

 完全にニヤニヤしていやがった。


 弱虫顔のピーター君に言われっぱなしの、笑われっぱなしなのも腹が立つ。

 なんて自分に言い訳しながら、「おかえりのちゅー」はさすがに出来なかったものの、寝る前になって「じゃあ、まあとりあえず、出来る時はしてみようか」なんてつい新婚みたいな事を、というか完全に新婚なわけだけども、提案したのも相当痛々しいワケで。


 ちなみにここでの就寝時間は早い。

 当然テレビとかそれに代わる娯楽はないし、飲むと怪我人続出だから結婚式くらいじゃないと飲酒はしない。

 我が家は夫婦で肉体労働で稼ぐもんだから、今は内職もしてないし。

 そんなワケで夜はする事がないんだよ。

 晩ご飯食べてちょっとまったり休憩したら寝ちゃうんだよ。

 その代わり朝は早めの「早寝早起き」という超健康生活。多分20時か、せいぜい21時には寝てると思う。


 そんな状況で、寝る前の「おやすみのキス」とやらがキスだけにとどまるワケがなく。

 そりゃアッサリ食われもするという話で。

 思えば最中は終始、すべてにおいて優しくて甘かったりするもんだから「もういいや」、と投げちゃったり流されちゃったりするわけで。


 でもってそれが意外と嫌でもないんだら、もうホントどうしようもない。

 そりゃそうだ。

 本音の所はもう「流されてる」とかじゃないんだから。


 だから、いまだにその辺りを地味に気にしてる真尾田に言ってやるべきなんだろうけど、もとはと言えば犯罪まがいの行為が原因なんだよなとふと思い出したりもして、それを言い出せなかった。

 まぁ、正直なところ単に恥ずかしいくて言えなかっただけなんだけど。


 冷静に見たら「働き者で愛妻家の旦那さん」だった真尾田に本音を言わないまま、今まで散々拒否しておきながら、いざとなると普通に応じちゃってる自分勝手さにさすがに良心が痛んで、その場、というか最中のノリと勢いと、ちょっとしたサービス精神で耳元で「意地張っててごめん」的な事を言っちゃったもんだから、なんかもう大変だった。

 さすがにそろそろ不憫が過ぎるので、今夜あたりちゃんと言おうとは思ってる。

 うん、頑張る。


 魔王に陥落しちゃう女神の話って、エロゲーとかになるんじゃね? とか思うけど、結果的にそうなったんだから仕方ない。 

 


 ふた月ほど経って理沙ちゃん達から届いた手紙には、うどん屋を開業したとの報告があった。

 やはりイタリアンよりも儲けやすくて、客の回転率がいいうどん屋さんになったのか。

 小悪魔ちゃんと、実にナチュラルに神様を演じた紳士の年の差カップルのうどん屋さん。

 きっと繁盛してるだろな。

 『なんとかやって行けそうです』という街に、いつか新婚旅行代わりに行ってみたいと思う。





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