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第1話 茨姫にフラれた俺は、茨姫に似た人と——

棘に刺されるのが分かっていても手を伸ばし、傷ついた心を癒やすために甘い毒のような優しさに溺れる。

テンプレ通りの愚行を繰り返す浅ましさに、いまさらながら反吐が出る。


その日、俺の恋は実に鮮やかに、木っ端微塵に打ち砕かれた。

1年間、ひたすらに片思いを募らせていた“茨姫(いばらひめ)”——朝凪澪(あさなぎみお)に——



————————



放課後の無人の教室。

残照が机の天板を琥珀色に染め、窓の向こうでは桜の花びらが、未練がましいく舞っている。

そんな、いかにもな空気が漂う真ん中で、俺は彼女と向かい合っていた。


神様が気まぐれに最高傑作をデザインしたような、均整の取れたプロポーション。

グレーのブレザーと胸元の真っ赤なリボン。

長い黒髪のポニーテールが微かに揺れ、丁寧に切り揃えられた前髪が縁取る、人離れした美しい顔立ち。

黄昏の光がその横顔をそっと掠めると、両目の下に刻まれたふたつの泣きぼくろが、まるで誰かの涙の跡みたいに淡く浮かびあがった。


彼女の瞳に宿るのは何者さえも拒絶する、刺さるような悲しげな眼差し。

誰もが魅了される容姿。それと正反対の、触れれば切れるような棘々しい空気感。

そんな彼女をクラスの連中はこう呼んだ――茨姫、と。


「俺っ、朝凪のことが好きだ……だから俺と付き合ってくれないか?」

「…………っ」

「朝凪……?」


「……………(おおとり)くん、あなたのその気持ちは嬉しいわ。でも、私はそれには答えられない。ごめんなさい」

「…………そっか」


「……そういう感情向けられるのは…………正直、迷惑なのよ……」

「…………っ」


「……他に要件はない?ないなら私、帰らせてもらうわ」

「…………」


「……じゃあね……鳳くん……」

「……ああ、じゃあな……朝凪……」——



————————



「はぁぁぁぁ……思ったよりキツイなこれ……」


夜の公園に、質量を持った溜息が重く沈む。

街灯の淡い光に照らされた夜桜の下、俺はベンチに深く腰を下ろし、いっそ頭を掻きむしって絶叫したい衝動を必死に抑え込んでいた。


茨姫こと朝凪澪にフラレてまだ数時間。

本来なら、一晩中布団にくるまって、のたうち回る権利くらいはあるはずだ。

が、フラレようが絶望しようが、非情なバイトのシフトは行使されるわけで……。


俺はいつものように学校帰りにバイト先のカフェへ向かい、いつものように機械的にカップを磨き、これまたいつものように賄いのラップサンドとココアをもらい……そして、いつもの公園でいつもの彼女を待っていた。


そんな傷心中の俺は鳳湊人(おおとりみなと)

田舎から都会の進学校【私立開明(かいめい)高校】に進学し、身の程もわきまえずにキラキラした青春を夢見た結果、無事爆発霧散した、冴えない高校2年のモブ野郎だ。


人生で初めての告白、からの即失恋。

そのダメージは想像を絶するもので、なるほど失恋した人間が自暴自棄になるというお約束展開も、今の俺なら嫌というほど理解できてしまう。


俺は食べ終えたラップサンドの包み紙と飲み終えたココアのカップを自嘲気味にゴミ箱へ投げ入れると、ベンチの上でもう一度、人生の終わりのような溜息を漏らした。


そんな時——


「よっ!み〜なと!」

「うおっ!?」


急に背後からかけられた声と、肩を叩く感触。

不意を突かれた俺は、情けない悲鳴を上げながら、半分睨むみたいに振り返る。

そこには、()()()()()が立っていた。


「なにぃ〜?そんなに驚いちゃって?……うわっ……なに、その辛気臭い顔っ……だるっ……」

「おい(しずく)っ!そりゃ急に驚かされたらこうなるだろ!?」

「ぷぷぷっwwダッサぁww」


ラフなパーカーに身を包み、長い黒髪を春の夜風になびかせながら、どこか演技っぽく笑ってみせた彼女は——(しずく)


半年くらい前、ひょんなことでこの公園で出会って以来、なぜか仲良くなって、俺の恋愛相談役という過酷な役を引き受けてくれた奇特な女の子。


雫がいなければ、俺はあの茨姫を相手に、一年間もアプローチし続けるメンタルを保てなかっただろう。

朝凪の刺々しい態度に心が折れそうになるたび、俺のHPを回復させてくれたのが彼女だった。


今回の告白だって、彼女に背中を押されたからこそ決意できたのだ。

その結果が歴史的大惨敗だったと報告するのは、なかなかに胃が痛い。


「はぁ〜おかしっwwごめんごめんっ……」


ひとしきり笑った後、雫は俺の背後からベンチの正面に回り込み、悪びれもせずに俺の横に腰を下ろしてそんな事を言う。


「雫……おまえなぁ……」


街灯に照らされた彼女の横顔を盗み見ると、その可愛さについ文句を言いそびれてしまう。

艶やかな黒髪に密やかに差し込まれたブルーのインナーカラー。それが春の闇夜に溶け込み、彼女の奔放な魅力を引き立てている。


なにより、雫は……驚くほど、茨姫こと朝凪澪に似ているから余計だ。

朝凪からあの棘をすべて抜き去り、代わりに愛嬌と人懐っこさを極限まで詰め込めばきっと雫になる。それくらいそっくりな二人。


「それで……ねぇ湊人、どうだったの?結果はっ?」

「結果……」


雫はニヤニヤしながら俺の腕を肘で小突いて、残酷な問いを投げてくる。

気まずさに言葉を濁した俺に、彼女はわざとらしく唇を尖らせてみせた。


「なによぉ〜、勿体ぶって……好きな人に告ったんでしょ?!あんなにアドバイスしてあげたんだから、結果くらい聞かせてくれたっていいじゃん!」

「……それは、そうなんだけど……」


背中を押してくれた彼女に、失敗の報告という名の泥を塗るような気がして、どうにも言いにくい。

だが、雫は俺の沈黙の深さを瞬時に察し、さっきまでの軽薄なトーンを嘘みたいに消して声を落とした。


「湊人……?マジでどしたの?なんか今日の湊人、変だよ?」

「…………」


沈黙が二人を包み、散りかけの桜から花びらが二人の間にはらりと落ちた。

俺は一度弱々しく息を吐き出すと、こわばった口を無理やり動かして声を絞り出す。


「それがさ、雫……俺、振られちゃったんだよ……」

「………………えっ……」


小さく声を落とした雫。

視線だけで彼女の方を見ると、目を丸くして、まるで時間が止まったみたいに固まっている。

よほどびっくりしたんだろう。

それくらい彼女からしても、俺と朝凪の関係は進展しそうな予感がしていたんだろう。


「えっ、湊人……嘘でしょ?それ冗談だよね……?」

「いや……冗談ならこんな言い方しないだろ?マジだよ……」

「…………ホントに……フラれちゃったの?」

「ああ……こっぴどくな……そういう感情向けられるのは迷惑だってさ……」


言い終えた瞬間、不思議と少しだけ胸の奥が軽くなった。

痛みは消えない。でも、誰かに言葉として渡しただけで現実を受け入れられた気がして……。

どうやら『どしたん話聞こか?』の効果は本物らしい。


「でも、こうやって雫に話したら少し楽になったよ。ありがと。なんかごめんな、あんなに色々相談に乗ってもらって、アドバイスも沢山してもらったのに、こんな結果になっちゃって……」


自嘲気味に笑う俺の横で雫はおもむろに目を伏せ、なぜか沈黙の檻に閉じこもってしまった。

いつもなら『どんまい!しゃあなしだよっ!次行こっ!』とか言って笑い飛ばしてくれるはずの彼女から、今まで見たこともないような、不穏で熱い温度が漏れ出している。


「……雫……?」

「………………」


少しの動揺を抱えながら、彼女の名前を呼んでみるも反応はない。


——雫?どうしたんだ一体?


そんな俺の困惑を置き去りに、彼女の微かな呟きが、夜の闇に落ちた。




——……か……なんで……………………………(わかんないのよ)…——




「雫?どうした?なにか言ったか?」

「…………湊人っ…………」

「……ん……?」


掠れて聞き取れない声に、俺が思わず彼女へ顔を寄せたその刹那——

頬に熱を持った雫の手のひらが触れ、彼女の方へ向けて顔がクイッと固定された。


「……っ?!」


驚いて目を見開いた俺の視界を、悲しげで、それでいて熱を帯びた雫の美貌が支配する。

その表情は、昼間に見た朝凪の拒絶の顔と残酷なほど重なり――


目尻に滲む涙。噛みしめられた柔らかな口元。

逃げる暇も考える暇さえもなく、俺の視界はすべて次第に彼女の熱量で塗りつぶされていく。


春の夜の冷気が一瞬だけ消え、代わりに雫の甘い温度が口元に広がった。

唇に走る柔らかな感触。熱く、重い吐息。

時間の感覚は溶け去り、俺の思考は白へと帰ってゆく。


この日、俺は好きな人に振られ、好きな人に似た人と初めてのキスをした——



数ある作品の中からお読みいただきありがとうございます!

皆様が抱えたであろう小さなモヤモヤは7話以降〜10話あたりで次第に晴れてゆくかと。

あえて謎から始まるラブコメですが、是非そこまではお付き合いただけると恐悦至極です!


【作者から不躾ながらお願いです】


少しでも、「面白い!」「続きが気になる!」「更新しろ!援してる!」

と思っていただけましたら、

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なにとぞ、皆様のお力添えを賜りたく存じます。


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