第4話:氷上の旋律
「雑魚♪ 雑魚、群れてかかってくるなんて、あたしの演算リソースの無駄遣いよ!」
氷壁を埋め尽くすスノー・バグの包囲網。
絶体絶命の危機を、フラウロスは「支配」という名のリペアで跳ね除けます。
敵を味方に書き換え、最強の『フラウロス親衛隊』を結成!
立ちはだかる氷の巨神スノー・タイタンを、絆と論理の咆哮でわからせてあげるわ!!
カタルシス全開、フラウロス編初の本格バトル、ここに決着!!
「――ちょっとぉ! 雑魚♪ 雑魚、プログラムの奴隷共♪ あたしの安眠を妨害した罪、その薄っぺらいマザーボードに刻み込んであげなきゃいけないみたいねッ!!」
あたしは、垂直の氷壁に四肢を深く食い込ませた論理獣の制御席で、狂ったように点滅するアラートの海を鼻で笑った。
外部モニターが捉えているのは、数え切れないほどの蒼い光。氷壁の亀裂から、あるいは雪に偽装されたハッチから、ワラワラと這い出してきた旧世界の自律防衛ドローン『スノー・バグ』の群れ。
六角形のクリスタルめいたボディに、超高周波のカッターを備えた六本の脚。それが数百、数千という単位で、あたしたちを「排除すべきエラー」として認識し、包囲網を狭めてきている。
――キィィィィィィィィィィィン!!
耳を劈くような金属音が反響し、先頭のスノー・バグたちが氷壁を滑るような猛スピードで突っ込んできた。
「排除」、「排除」、「排除」――。
あたしの脳内に直接流れ込んでくる、彼らのざぁこな論理。感情も、意志も、創意工夫もありゃしない。ただ数千年前の古い命令セットに従って、目の前の動くものを切り刻もうとするだけの、救いようのない機械の操り人形。
「フラウロスちゃん! 来るよ!! これ、囲まれちゃったら……っ!!」
「うるさいわね、この低スペック開拓員!! あんたはバイクの姿勢制御だけに集中しなさいよ! 雑魚♪ 雑魚、エルのパニック障害♪ あたしが『デリート』されるなんて、一兆回演算したってあり得ない結果なんだからッ!!」
あたしは不敵な笑みを浮かべ、キーボードの上に指を躍らせた。
指先が空を切るたびに、論理獣の全スピーカーから、物理的な衝撃波を伴わない「沈黙の波」が放たれる。
「いい? 壊すだけなんて、誰にでもできる低レベルな作業なのよ。……あたしのやり方は、もっとスマートで、もっと傲慢なの。……あんたたちのそのざぁこな計算資源、全部あたしが有効活用してあげるわ!!」
あたしは論理獣の神経系を介して、スノー・バグたちが共有する近距離通信プロトコルへと強引に割り込んだ。
旧世界のセキュリティ? ざぁこ♪ ざぁこ、ガバガバな暗号化♪
あたしの前では、どんな防壁も鍵のかかっていない日記帳と同じよ。
あたしは一瞬で彼らのコマンド権限を奪い取り、最優先命令を『排除』から『帰順』へと書き換える(リペアする)ウイルス音波を叩き込んだ。
――ピ、ピピピ……ガガッ!!
空中で、あたしを切り刻もうとしていた数十体のスノー・バグが、糸の切れた人形みたいに同時に静止した。
彼らの蒼いセンサーが激しく点滅し、あたしの論理と、彼らの古い命令が内部で激しく衝突し、回路を焼き焦がしていく。
「ほら、わからせてあげるわ。あんたたちの本当の『主』が誰なのか……そのざぁこな回路に、分不相応な快感と一緒に焼き付けてあげる!!」
あたしは、さらに深く、ドロドロとした情熱的な支配コードを流し込んだ。
無理やりこじ開けられ、あたしの音で中をかき回される快感。
機械である彼らにそんな感覚があるはずもないけれど、あたしの演算脳は、彼らが屈服していくプロセスを最高に「わからせ」ている実感として処理していた。
「……よし。……はい、リペア(洗脳)完了♪ 雑魚♪ 雑魚、あたしの可愛い手駒共♪ ほら、ご主人様の顔をよく見て、その身を挺してあたしを守りなさいよね!」
一斉に、スノー・バグたちのセンサーが蒼から、あたしの瞳と同じ黄金色――いや、あたしの不遜さを象徴するような『毒々しいピンク色』へと塗り替えられた。
彼らはあたしへの殺意を捨て、今度は論理獣の周囲を旋回し、後続の仲間たちを拒絶するための「鉄の盾」として動き始めた。
「すごい……っ! フラウロスちゃん、あの子たちが、みんな味方になったの!?」
エルが工房室の窓から身を乗り出して、目を丸くしている。
「当たり前でしょ。あたしを誰だと思ってるの? 世界のバグを笑い飛ばす、天才フラウロス様よ。……さあ、エル! ぐずぐずしてないで、あんたのその器用な指先で、壊れかかった子たちのハードウェアを調整しなさい! ソフトウェアはあたしが支配したけど、関節の油切れまではハックできないんだからね!!」
「了解っ! おまかせあれ!!」
エルは偵察バイクをソリから切り離し、ワイヤー一本で氷壁にぶら下がりながら、機能停止寸前のスノー・バグたちを次々と手繰り寄せ始めた。
彼女の指先が、目にも止まらぬ速さでドローンの姿勢制御ジャイロを叩き、フラウロスの論理獣と完全に同期させるべく物理的なリペアを施していく。
垂直の氷壁。
死を運んできたはずの機械の群れが、今やあたしたちを空へと押し上げるための「黒い雲」となって渦巻いていた。
「ふふん……。いいわね、この景色。……ざぁこ♪ ざぁこな旧世界の遺物共。……あんたたちは、あたしに利用されるために、数千年もここで眠ってたってわけね。……光栄に思いなさいよ!」
あたしは高笑いしながら、論理獣の出力を最大に引き上げた。
数百体の『フラウロス親衛隊』を引き連れて、垂直の壁を駆け上がる。
もう、重力なんて怖くない。
あたしたちの邪魔をする「壁」は、すべてあたしの「階段」に変えてやるんだから。
けれど。
あたしたちが氷壁の中層を突破し、雲海の上へと突き抜けたその瞬間。
――……ゴ、ゴゴゴ……ズズゥゥゥゥゥゥンッ!!
山全体が、恐怖に震えるように激しく鳴動した。
あたしのソナーが、計測不能なほどの「巨大な質量」の接近を告げる。
「……へぇ。……やっと出てきたわね。……この氷壁の主、……雑魚の親玉のお出ましってわけ?」
あたしは不敵に笑い、キーボードを力強く叩いた。
氷壁そのものが内側から爆ぜ、数千トンの氷の飛沫が舞い上がる。
そこから姿を現したのは、あたしの論理獣が赤ん坊に見えるほど巨大な、氷と鋼鉄の魔神だった。
「――っ!? 雑魚♪ 雑魚、画面占有率オーバーの敗北者♪ デカければ勝てると思ってるなんて、旧世界の設計思想はどこまで低スペックなのかしらね!!」
あたしはモニターを覆い尽くすほどの巨体――氷壁を内側から突き破って現れた超大型重機型防衛機『スノー・タイタン』を睨みつけ、震える指をキーボードに叩きつけた。
全長十メートル、いや、十五メートルはある。全身をアイアン・クリフの万年雪と同じ硬度の特殊合金で覆い、その背中からは数本の巨大なクレーンアームが、あたしたちを叩き潰そうと凶悪に蠢いている。
「フラウロスちゃん! これ、勝てるの!? 山が動いてるみたいだよ!!」
「勝てるかじゃないわよ、勝つの!! 雑魚♪ 雑魚、エルの見積もりエラー♪ ……いい、エル! さっきリペア(洗脳)したあの子たちを、あたしの演算に同期させなさい!! 捨て駒になんてしないわ。あの子たちは今、あたしの『指先』になったんだからッ!!」
あたしは叫び、スノー・バグたちの制御権(権限)を極限まで開放した。
あたしがハックした数百体のドローンたちが、あたしの思考速度と完全にリンクして、論理獣の周囲を高速で旋回し始める。
それはもはや個別の機械ではない。あたしの意志で形状を変え、機能を書き換える、鋼鉄の「雲」だ。
「――全機、防御フォーメーション! 雑魚タイタンの攻撃ベクトルを全パケット、遮断なさいッ!!」
――ズガァァァァァァァァァァンッ!!!!!
スノー・タイタンの巨大な鋼鉄の拳が、垂直の氷壁を粉砕しながらあたしたちに迫る。
けれど、衝突の直前。あたしの操るスノー・バグたちが、空中で互いの脚を連結させ、巨大な「六角形の盾」を構築した。
一匹一匹は雑魚でも、数百体が一点に振動周波数を集中させれば、そこには物理法則を無視した「絶対防御の壁」がリペア(生成)される。
「……はぁ、……はぁ。……どうよ。……当たらないわよ? 雑魚♪」
衝撃波で工房室が激しく揺れ、あたしの視界に火花が散る。
けれど、スノー・バグたちは一機も欠けることなく、あたしの盾として機能し続けていた。あたしの「音」が彼らの関節を繋ぎ、エルの「物理調整」が彼らの姿勢を支えている。
「すごい……っ! 本当に、みんなで戦ってるみたい……!!」
「感心してる暇があったら、あたしの死角をカバーしなさいよ! 雑魚! 雑魚、エルの慢心モード♪ ……右から来る第ニ波、あんたのバイクで誘導して! あたしがその隙に、このデカブツの関節をハックしてあげるから!!」
「了解! やってやるんだから!!」
エルが偵察バイクのエンジンを全開にし、氷壁を垂直に駆け上がる。
スノー・タイタンのセンサーが、高速で動き回るエルのバイクに気を取られたその瞬間。
あたしはスノー・バグたちの半分を「槍」の形に再構成させ、ボスの膝関節へと射出した。
「はい、浸食開始♪ 雑魚♪ 雑魚、ガバガバな外部インターフェース♪ あんたの堅牢な装甲の内側、あたしの可愛い子たちが隅々までリペア(分解)してあげるわ!!」
スノー・バグたちがタイタンの装甲の隙間に潜り込み、内部回路に直接あたしのウイルス音波を流し込む。
巨神が苦しげに咆哮を上げ、冷気ブレスを撒き散らした。
「……っ!? 冷気放射……っ。雑魚♪ 雑魚、環境負荷の高い熱源放射♪ ……全機、排熱回廊を形成! あたしとエルを……絶対に凍らせるんじゃないわよッ!!」
スノー・バグたちが今度はあたしたちを包み込むように球体状に展開し、自らのボディを高速振動させることで熱を発生させ、凍結レーザーの直撃を中和していく。
守り、攻め、そして支える。
あたしの指先一つで、戦場のすべてが書き換えられていく。
「見てなさいよ、シド。あんたが一人で立ち向かって、そして敗れたこの『絶望』……。あたしたちは、こんなにも『雑魚』を集めて、あんたの想像もしなかった方法で攻略してあげるんだから!!」
あたしの瞳が、黄金色の輝きを増していく。
論理獣の全出力が、スノー・バグたちを介してスノー・タイタンの深部へと流し込まれる。
けれど、スノー・タイタンも伊達に数千年この地を護っていたわけじゃなかった。
巨神の背中から、さらに巨大な『対消滅音波砲』がせり出してくる。
アイアン・クリフの地盤そのものを崩壊させるほどの、破滅の旋律。
「……へぇ。……最後の一掻きってわけ? 雑魚の分際で、最高の『絶唱』を聴かせてくれるじゃない。」
あたしは、自分でも驚くほど落ち着いた動作で、キーボードの最終キーに指を置いた。
「エル、あたしに掴まって!! ……次の一撃で、この『雑魚』を完全リペアしてあげるわよッ!!」
氷壁全体が、終わりを告げる光に包まれる。
あたしたちの、そして「フラウロス親衛隊」の、全生命を賭けたハッキングが、今、最大出力で放たれようとしていた。
「――ッ、全機同期!! 雑魚♪ 雑魚、あたしの演算速度に置いていかれる旧世界の遺物共♪ 泣いても喚いても、あんたたちのソースコードはもうあたしの掌の上なのよッ!!」
あたしは、視界を埋め尽くすほどの閃光を放つスノー・タイタンの『対消滅音波砲』を真っ向から睨みつけ、制御席のレバーを限界まで押し込んだ。
アイアン・クリフの重力さえもが悲鳴を上げ、周囲の氷壁が猛烈な振動で粉々に砕け散っていく。巨神が放とうとしているのは、物質の結合そのものを無効化する「死の旋律」。
「フラウロスちゃん、あんなの食らったら、私たちだけじゃなくて氷山ごと消えちゃうよ!!」
「だから言ってるでしょ! 一人で戦ってるんじゃないってば!! 雑魚♪ 雑魚、エルのパニック・パケット♪ ……いい? あたしたちの『親衛隊』を信じなさいよ!!」
あたしは論理獣の全出力を、周囲を旋回する数百体のスノー・バグたちへと転送した。
彼らはあたしの意志を受け取り、瞬時にフォーメーションを書き換える。それは巨大な「逆位相発生器」。ボスの放つ破滅の音波を、真っ向から打ち消すための鋼鉄のアンサンブルだ。
――キィィィィィィィィィィィン!!!!!
激突。
スノー・タイタンから放たれた白銀の衝撃波と、あたしの操るスノー・バグ軍団が放つ桃色の共鳴波が、氷壁の中空で正面衝突した。
空気が、空間が、因果が捻じれ、火花を散らす。
スノー・バグたちは、自らのボディにボスの莫大なエネルギーを直接受け止め、過負荷で回路を焼き焦がしながらも、一歩も退かずに「あたしの盾」であり続けた。
「……っ、ぐ……ぅぅっ!! あたしの……、あたしの可愛い子たちを……傷つけるなんて……。……雑魚! 雑魚、無粋なパワープレイ!! ……もう許さないわよ。……わからせてあげる。……この世界を支配する『本当の論理』を!!」
あたしは、自分自身の魂を削り出すように、論理獣の最後のリミッターを解除した。
「――最大出力、共鳴解体ッ!! 雑魚共!! あんたたちの力を、あたしに貸しなさい!!」
スノー・バグたちが、導線となった。
あたしの放つ一撃をボスの心臓部へ確実に届けるため、彼らは自分たちの体を連結させ、螺旋状の「音の槍」を形成する。
一匹一匹は弱い雑魚かもしれない。
でも、あたしが束ねれば、それは神をも屠る絶唱へと昇華される。
――ドォォォォォォォォォォォォン!!!!!
あたしの放った衝撃波が、スノー・バグたちのリレーを経て、スノー・タイタンの装甲の「隙間」へと叩き込まれた。
ボスの巨大なボディが、内側から激しく脈動し、蒼い光が全身の亀裂から噴き出す。
「はい、デリート完了♪ 雑魚♪ 雑魚、図体デカいだけの敗北者♪ ……あんたのその歪んだ回路、あたしが全部綺麗にリペア(消去)してあげたわよ!!」
次の瞬間、スノー・タイタンは爆発することなく、まるで雪解けのように、静かに、そして美しく分子レベルで崩壊していった。
巨大な質量が、一瞬にして数億のダイヤモンドダストへと変わり、アイアン・クリフの夜空を彩る幻想的な光の帯となる。
「……やった、……の?」
エルが、呆然と、けれど感極まったように空を見上げた。
「……ふん。……当たり前でしょ。……雑魚♪ 雑魚、エルの勝利確信ラグ♪ ……あたしを、……誰だと思って……っ。」
あたしは言いかけて、そのまま前のめりに倒れ込みそうになった。
演算脳が限界を越え、魔力が一滴も残っていない。
けれど、あたしの周りには、戦い抜いた数十体のスノー・バグたちが、誇らしげに羽音を鳴らしながら浮遊していた。彼らのセンサーは、今もピンク色に輝き、あたしたちを主として認めている。
「……フラウロスちゃん! 大丈夫!? 無理しすぎだよ!」
「……うるさいわね……。……お礼くらい……、言いなさいよ……。……雑魚……、スノー・バグ共……。……あんたたち……、……零点九点……くらいは……、……評価してあげるわよ……。」
あたしはエルの肩に頭を預け、乱れた息を整えた。
ふと見上げれば、スノー・タイタンが消えた後の氷壁の頂上には、見たこともないような『蒼き静寂』が広がっていた。
雲海を眼下に、星空が手の届く場所にある。
メイも、アスタロトも、まだ見たことのない、この世で最も「ざぁこ」で「最高」な絶景。
「……見てよ、エル。……あたしたちが、……この壁を……攻略したのよ。……ざぁこ。……ざぁこ、シド。……あんたが諦めた未来に、……あたしたちは……辿り着いたわ……。」
あたしは、ポケットの中で冷え切ったメイのココアを一口啜った。
冷めてる。最高にざぁこな温度。
でも、その甘さだけは、勝利のご褒美としてあたしの五臓六腑に染み渡った。
アイアン・クリフを征した、名コンビと、その可愛い手駒たち。
けれど、あたしたちの冒険は、まだこの氷の頂から始まったばかりなのだ。
ご愛読ありがとうございました!
第4話「氷上の旋律」。フラウロスちゃんの圧倒的な強者感と、エルのサポートが光る神回でしたね。
敵を自分の「ナノマシン」のように操り、ボスの攻撃を完璧に遮断するシーンは、まさに天才ハッカーの真骨頂。
メイへのツンデレを挟みつつも、自分たちの力で「絶景」を勝ち取った彼女たちの成長に、目頭が熱くなります。
次回、第5話「星の欠片」。
氷壁を越えた先で見つけた、旧世界の秘密。
そしてついに、フラウロスは『賢者の石』の真実に触れることに――!?
フラウロス編、いよいよ核心へハックを開始します!




