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【梱包】スキルが万能すぎて、異世界で困ることは何もありません。〜時間の止まった箱から取り出す伝説の剣と、ほかほか炊き立ての白飯〜  作者: マランパチ
第三幕:技術屋メイの物語

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第90話:虚無の鴉、サーバー室の死闘

 潜入した移動要塞の最深部、静寂に包まれたサーバー室。そこは世界の禁忌が眠る情報の海でした。

 しかし、彼女たちを待ち受けていたのは、冷徹なる幹部ボティスと、過去のデータを捕食して未来を予見する怪物「論理獣」。

 逃げ場のない密室で、メイは身近にある「ガラクタ」を手に取ります。職人の機転と仲間の絆。計算不可能な「今」を武器に、最強の守護者へと挑みます!

 移動要塞『アイアン・フィスト』の深部、中央サーバー室。

 分厚い鉛の自動扉が無音でスライドし、メイたちはその「聖域」へと足を踏み入れた。

 そこは、先ほどまでの機関区の喧騒が嘘のように静まり返った、蒼白い光に満ちた空間だった。天井まで届く巨大なサーバー・ラックが整然と並び、データ処理に伴う冷却ファンの低く一定な駆動音だけが、耳鳴りのように響いている。床は帯電防止の特殊合金で覆われ、歩くたびに微かな金属音が反響した。

 「……ここが、組織の心臓。世界中のあらゆる『暗い歴史』が集まる場所だ」

 アスタロトが、黒く塗られた大剣を低く構えたまま呟く。彼女の鋭い視線は、無数のケーブルが這い回る通路の死角を一つずつ潰していた。かつて自分も守護者として立っていたはずの場所。だが、今の彼女にとってここは、あるじであるメイが真実を手に入れるために切り拓くべき、敵の陣地に過ぎない。

 「――あったわ。中央の第一ターミナルよ。ざぁこ整備士、さっさとアークのラインを繋ぎなさい。あたしがここから、ゼロの情報を逆探知するわ」

 フラウロスが、工房車から持ち出した携帯端末を最寄りのアクセス・ポートに乱暴に叩きつけた。彼女の瞳は既にデバイスの光と同期し、膨大な情報の激流を泳ぎ始めている。

 メイは、フラウロスに促されるようにコンソールへと駆け寄り、グローブをはめた指先でホログラム・キーボードを叩いた。

 「……ゼロさん。今、そこへ行くための道を探すからね」

 メイがドングルを接続した瞬間、モニターには、砂の下で聞いたあの「ゼロ」の音声パルスが視覚化された。波形は不自然に歪み、このサーバーの特定のセクターへと深く潜り込んでいる。それはまるで、何者かが意図的に情報の鍵をこの要塞の深淵に隠したかのようだった。

 「解析開始。……十パーセント、二十パーセント……。ちょっと、何これ? 暗号化の深度が異常よ。まるで、……このデータ自体が、意志を持って逃げ回っているみたい……」

 フラウロスの額に、微かな汗が滲む。天才である彼女をもってしても、この要塞の深部に隠された「ゼロの真実」は、一筋縄ではいかない代物だった。

 その時。

 サーバー室の全てのモニターが、一瞬で不気味な血の色――深紅に染まった。

 

 ガコンッ……!!

 

 重厚な油圧の音が響き、メイたちが通ってきた唯一の扉が物理的にロックされる。非常用の赤色灯が回転し、影が奇怪に伸び縮みする中で、天井のメンテナンス・ハッチが音もなく開いた。

 「……歓迎するぞ。かつての『鴉』。そして、分不相応な夢を見る修理屋の娘よ」

 

 上空から降り立ったのは、漆黒のコートを纏った一人の男だった。

 クロノス・シンジゲート幹部、ボティス。

 その顔立ちは彫刻のように整っているが、瞳には一切の感情が宿っていない。彼は左手に持った小型の戦術端末を操作しながら、冷徹な視線でメイたちを見下ろした。

 

 「ボティス……。貴様がこの要塞の指揮を執っていたか」

 アスタロトの声が、怒りを含んで低くなる。

 

 「アスタロト、君の離反は計算外のノイズだったが、こうして自ら『再起動』のために戻ってくるとはな。……だが、論理に感情を混ぜた時点で、君の武力は既に死んでいる。……この場所で、君たちが手に入れるのは真実ではない。……永久の沈黙だ」

 サーバー室の空気は、精密な演算チップを守るために徹底的に管理されていた。湿度は極限まで抑えられ、肺に吸い込む空気は喉を刺すように乾いている。数百、数千という冷却ファンの排気が生み出す微振動が、床の合金プレートを通じてメイの足の裏に、まるで巨大な生き物の脈動のように伝わってきた。


 「……アスタロト、君という個体は実に興味深い欠陥品だ」

ボティスは手元の端末を眺め、表情一つ変えずに言葉を続けた。

 「クロノスにおける君の記録は、第1028戦闘セクターでの『停止』を最後に途絶えている。本来なら廃棄処分、あるいは初期化されるべき機体が、なぜこうして整備士の娘の隣で、生物のごとき殺気を放っているのか……。論理的には、君の存在そのものがこの要塞における『重大なシステムエラー』なのだよ」

彼は冷酷な瞳でアスタロトの銀色の鎧を、まるでゴミを見るかのような視線で舐めるように追った。

 「その錆びた忠誠心に何の意味がある? その娘が死ねば、君は再びただの鉄屑に戻る。それが演算が導き出す唯一の結末だ」

アスタロトの返答はなかった。ただ、彼女の握る大剣の柄が、ミシリと音を立てて軋んだ。


 ボティスが指を鳴らした瞬間、中央の巨大なホログラム・プロジェクターが爆発的な輝きを放った。

 投影されたのは、三次元の映像ではない。サーバー内のデータを物理的な質量へと変換した、組織の最終兵器。

 

 論理獣**「ボティス」**。

 

 それは、巨大な蛇と獅子、そして無数の電子回路が融合したような醜悪な姿をしていた。その体表面は常にノイズのように揺らめき、周囲のサーバー・ラックから絶えずデータを吸い上げて、その巨体を膨張させていく。

 「……うわっ、何これ!? サーバーの中身が、……生き物みたいになってる!!」

 メイはアークの操縦桿を握り直すが、ここは狭いサーバー室だ。アークの巨体では、俊敏な論理獣の動きに翻弄されるのは目に見えていた。

 「論理獣『ボティス』は、過去の記録を捕食し、未来の行動を先読みする。君たちが次に何を考え、どのボルトを締めようとするか、そのすべては既に『解決済み』の数式に過ぎない」

 幹部ボティスが淡々と告げる。

 

 論理獣が咆哮を上げた。その音は獣の叫びではなく、数千のデータ・クラッシュが重なったような、耳を劈く不協和音だった。

 

 「……アスタロト、フラウロス、逃げ場はないよ! ……ここで、……この『バグ』を直さなきゃ、私たちは一歩も先へ進めない!!」

 メイは、恐怖で震えそうな足を地面に踏みしめた。

 目の前には、最強の戦術家と、未来を予見する怪物。

 だが、メイの周りには、世界中のどんなデータベースにも載っていない「ガラクタの山」――すなわち、知恵と勇気の源であるサーバー機材が、無数に並んでいた。


 「――未来を先読みする? 笑わせないでよ、ざぁこ幹部!! あんたの論理獣が食べてるのはただの既成事実ログでしょ! 私たちの『今』は、あんたの数式になんて収まらないんだから!!」

 フラウロスの通信が赤く染まったサーバー室に響き渡る。論理獣「ボティス」が、その巨大な電子の爪を振り下ろした。金属の床が激しく火花を散らし、メイの鼻先数センチを巨大なノイズの塊が通り過ぎる。

 アスタロトがその一撃を大剣の腹で受け流すが、論理獣の身体はデータの集合体だ。斬っても斬っても、周囲のサーバー・ラックから新しい情報(質量)を吸い上げ、瞬時に傷口を塞いでしまう。

 「無駄だ、アスタロト。その剣は物理を斬るもの。情報の海を泳ぐボティスを殺すことはできない。……そして修理屋、君の小さな工具で何ができる? この空間のすべては、私の支配下にある」

 幹部ボティスが戦術端末をスワイプすると、天井の自動防衛レーザーがメイの足元を正確に狙い撃ち始めた。

 「……フラウロス! 端末の権限、一部でいいからこっちに回して!!」

 メイはアークのコクピットから身を乗り出し、壁面に設置された黄色いシリンダー――**「産業用二酸化炭素消火器」**へ視線を走らせた。

 「――了解よ! 三秒だけ防壁をこじ開けてあげるわ。好きに暴れなさい、ざぁこ整備士!!」

 フラウロスの指が踊り、要塞の防災システムに一瞬の隙が生まれた。

 「今だ!!」

 メイはアークのサブアームを操作し、壁から引き剥がした三本の消火器を、論理獣の足元へと叩きつけた。さらに、整備用のマルチツールから高周波パルスを放ち、消火器のバルブを「強制全開」にする。

 プシュゥゥゥゥゥゥゥッ!!

 

 凄まじい勢いで放出された白い霧が、サーバー室を瞬時に埋め尽くした。超低温の二酸化炭素は、論理獣が持つ光学センサーを狂わせるだけでなく、周囲の精密機器の「温度」を急激に奪っていく。

 「……視覚を奪ったところで何になる。論理獣は空間の熱源分布を――」

 「それはどうかな!!」

 メイは霧の中を迷わず走り、隣のサーバー・ラックの固定ボルトを次々と外していく。

 「アスタロト、右の列を倒して!!」

 「承知!!」

 アスタロトの剛剣が一閃し、支えを失った巨大なサーバー・ラックがドミノ倒しのように崩れ落ちた。メイはその中から、まだ通電したままの重いPC本体を力任せに引っこ抜く。

 ボティスが放つ追尾レーザーが霧を切り裂いて迫るが、メイは手にしたPCの筐体を「盾」として掲げた。

 ジジッ、ボッ!!

 レーザーの熱線がPCの外殻を灼くが、内部の重金属プレートがそのエネルギーを拡散させる。メイは走りながら、焼け焦げたPCを次のレーザーの軌道上へと次々に放り投げ、遮蔽物を作り出した。

 「サーバー室にあるのはデータだけじゃない! 鉄も、鉛も、フロンガスも、全部私にとっては『直せる』し、『使える』道具なんだから!!」

 メイはさらに、床下のハッチをバールでこじ開けた。そこには、数万個のCPUを冷やすための液体窒素冷却ダクトが走っている。

 「フラウロス、冷却ファンの回転を逆転させて!! 最大出力で!!」

 「――地獄の冷気をお見舞いしてあげるわ!!」

 フラウロスが内部システムをオーバーライドした瞬間、ダクトから漏れ出した超低温の冷気が、ファンによってボティスがいる指揮壇へと一気に吹き上げられた。

 「……っ、何だと……!?」

 常に冷静だったボティスの表情が、初めて凍りつく。極度の低温は、彼の戦術端末の演算チップを物理的にフリーズさせ、論理獣への命令プロトコルに致命的な「遅延」を発生させた。

 「論理獣が未来を予見できるのは、システムが正常に動いてる時だけだよ! 回路が凍りつけば、未来も過去も関係ない。……今、ここで止まるだけだ!!」

 霧と冷気が渦巻く中、論理獣「ボティス」の身体がノイズを激しく撒き散らし、その動きを止める。

 メイは霧を切り裂いてアークのコクピットへ戻ると、最大出力に設定したプラズマ・トーチを右腕に展開した。

 「アスタロト、トドメは任せたよ!!」

 「……任された。我が主の路を塞ぐ不浄なる知性よ、……霧と共に消えるがいい」

 アスタロトの身体が、弾かれたように加速した。彼女の大剣が、冷却ガスで脆くなった論理獣の中核セクターに向かって、真っ直ぐに突き出された。


 「――断罪する。」

 アスタロトの放った一撃は、もはや剣筋さえ見えないほどの神速だった。冷却ガスによって極限まで脆くなっていた論理獣の中核――巨大なクリスタル状の演算コアに、大剣の切っ先が深々と突き立てられる。

 

 パキィィィィィィィン……ッ!!

 

 サーバー室に、悲鳴のような破砕音が響き渡った。

 データの捕食者であった「ボティス」の巨体が、末端から凄まじい勢いでノイズへと分解されていく。それは未来を予見する知性の崩壊であり、組織が積み上げてきた冷徹な論理の瓦解でもあった。

 

 「……演算不能エラー……だと……。私の構築した戦術解が、これほどまで無残に……」

 指揮壇のボティスは、霜の降りた端末を震える指で叩き、信じられないものを見るかのようにメイたちを凝視した。彼の背後では、制御を失ったメインサーバーが過負荷によって次々と火花を上げ、オレンジ色の炎がラックを舐め始めている。

 「ボティス、あんたの負けよ。ざぁこ。……あんたの論理は完璧だったかもしれないけど、この整備士の『泥臭い機転』までは計算に入れてなかったみたいね!」

 フラウロスが、勝利を確信したように端末のエンターキーを強く叩き込んだ。

 「――抜いたわよ!! ゼロのパルス発信源、暗号化解除完了。……座標、データ、すべてバックアップしたわ。……逃げるわよ、メイ!!」

 「了解!! ――アスタロト、戻って!!」

 メイが叫ぶと同時に、アスタロトは爆発する論理獣の残骸からバックステップで離脱し、アークの外部デッキへと鮮やかに着地した。

 

 「……メイ、指示を。この要塞、長くは持ちません」

 「出口はこっち!! ……アスタロト、その壁を斬って!!」

 メイが指差したのは、サーバー室の厚い側壁だ。扉はロックされているが、先ほどの液体窒素で構造的に脆弱になっている箇所を、メイの目は正確に射抜いていた。

 

 「承知……ッ!!」

 アスタロトの大剣が横一文字に閃き、凍りついた装甲板がガラスのように砕け散った。その先にあるのは、要塞の外部へと通じる緊急排気ダクトだ。

 「ボティスさん!! 真実が地獄にあるって言うなら、私はそこに行って確かめるよ!! あんたたちの作った『解決済みの未来』なんて、私が全部リペアしてやるんだから!!」

 メイは指揮壇に残された幹部へそう言い放つと、アークの出力を最大まで引き上げた。

 ズドォォォォォォォォン!!

 

 アークは崩落する壁を突き破り、要塞の内部から外の砂漠へと、弾丸のように飛び出した。

 背後では、中央サーバー室の誘爆が続き、移動要塞『アイアン・フィスト』の巨体が激しく揺れている。内部ネットワークをフラウロスにズタズタにされた要塞は、もはやメイたちを追撃する余裕さえ失っていた。

 数分後。

 砂嵐が止み、静寂を取り戻し始めた荒野で、メイはアークを止めた。

 ハッチを開け、外の空気を深く吸い込む。オイルと焼けた電子部品の臭いが、紺色のグローブに染み付いていたが、その手には今、世界の核心へと繋がる「情報の断片」が確かに握られていた。

 「……やった……。やったよ、おじいちゃん……」

 メイは、端末に表示された新しい座標を見つめた。

 そこは、ゼロが待つと言った、あの「禁忌の円環」。

 

 「……メイ。データの解析が終わったわ。……覚悟しなさいよ。次の場所、本当にただの『火遊び』じゃ済まないわよ。ざぁこ整備士」

 工房車から降りてきたフラウロスが、疲労の色を見せつつも、どこか誇らしげに笑った。

 

 「……ふむ。因果の糸が、一本の太い綱となったな。メイ、お前が掴み取ったのは、数百年放置された世界の『不備』だ。……さあ、直してこい。その手でな」

 フェネクスがアークの肩で羽を休め、黄金の瞳で遥か彼方の空を見据えた。

 アスタロトは静かに剣を鞘に納め、メイの隣に立った。

 「……主。地獄への地図は手に入りました。……準備を整え次第、出発しましょう」

 「うん。……行こう。ゼロさんに会いに行こう!!」

 要塞からの奪還を成し遂げた少女たちは、ついに「地獄への切符」を手に入れた。

 ご愛読ありがとうございました!

 消火器にPC、冷却ダクト。サーバー室にあるもの全てを「修理」し、そして「武器」に変えたメイの機転が、ついに鉄の論理を打ち破りました。

 奪い取ったのは、数百年越しの呼び声の正体へと繋がる、地獄の地図。

 次回、第91話「解析、そして地獄への階梯」。

 奪取した膨大なデータの中から浮かび上がる、ゼロと世界の真実。いよいよ物語は、最も熱く、最も過酷な領域へと足を踏み入れます。お楽しみに!

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