第41話:鉄の樹海、腹ペコの漂流者
第41話をお読みいただき、ありがとうございます。
ヴィネという巨大な脅威を退けた三人を待っていたのは、まさかの「食料難」でした。
過去の因縁も、父の秘密も、お腹が空いては語れません。
ハイテクを封じられたアークと、気配を読めないアスタロト、そして知恵を振り絞るメイ。
泥臭くも活気溢れる「自給自足のサバイバル」が始まります。
アイアン・ルーツ島で出会う奇妙な住人、ネジマキ族との交流を通して、メイたちは少しずつ「自分たちだけの旅」の形を見つけていきます。
「……アーク、……本当に……何も、ないの……?」
メイの声は、もはや絞り出すような掠れ声だった。
ゴールデン・レガシーの操縦席に深く沈み込んだ彼女の視界には、無慈悲なまでに「空」であることを示す、食料庫のモニターが映し出されている。
マグネ・プリズンでの激闘、そしてヴィネとの死闘を乗り越えた代償は、あまりにも大きかった。緊急回避の連続で予備燃料は底をつき、何より過酷だったのは、機体への衝撃で保存食のパックがことごとく破損し、使い物にならなくなったことだ。
『……肯定。……食料残量、ゼロ。……飲料水、残り1.2リットル。……エネルギー残量、3パーセント。……このままでは、私の思考回路を維持するための電力を確保するのも困難になる。』
アークのカメラアイが、いつになく力なく点滅する。彼自身もまた、限界に近いのだ。
そんな絶望的な沈黙の機内を、盛大な「音」が切り裂いた。
「ぐうぅぅぅぅ……」
音の主であるアスタロトは、テラス席の入り口に寄りかかりながら、忌々しげに自分の腹を抑えた。
「……くっ、不甲斐ない。……一国の騎士として、腹の虫すら御せぬとは……。だがメイ、認めざるを得ない。……空腹というのは、いかなる強敵よりも、私の剣を鈍らせるようだ。」
「……分かってるわよ。私も、もう胃袋が背中にくっつきそうなんだから……。」
メイは重い腕を動かし、スロットルを静かに前に倒した。
機体は霧の海を漂う木の葉のように頼りなかったが、アークが最後の電力を振り絞って検知した「陸地」の反応だけが、今の彼女たちの希望だった。
「……見えた!」
霧のカーテンが左右に分かれた瞬間、メイの眼が、暗緑色の巨大な影を捉えた。
それは島だった。しかし、彼女たちがこれまで見てきた島とは、どこか様子が違っている。
海岸線に近づくにつれ、波の音が「ザザーン」ではなく、「カシャン、カシャン」という、金属が擦れるような乾いた響きへと変わっていく。
「……何、あの森……。光り方がおかしくない?」
眼前に広がる森は、緑というよりは、黒ずんだ「銅」や、錆びた「鉄」の色をしていた。風が吹くたびに、葉と葉がぶつかり合い、不気味な鐘のような音を鳴らしている。
着陸の衝撃を抑える燃料すら惜しいメイは、砂浜に機体を滑らせるようにして停泊させた。
砂浜に降り立った瞬間、三人を迎えたのは、鼻をつくような「油」と「鉄」の匂いだった。
「……ここが、アイアン・ルーツ。……フェネクス様が言っていた場所とは違うかもしれないけど、今は贅沢言ってられないわね。」
メイがアークを振り返るが、アークは砂浜に足を埋めたまま、じっと動かなかった。
『……メイ、注意しろ。……この島は、全域にわたって強力な磁場が渦巻いている。……私のセンサーが……ノイズに、飲み込まれる。』
アークのメインモニターが、激しく走査線を走らせ、やがて「NO SIGNAL」の文字を映し出した。
「アーク!? 嘘でしょ、貴方のレーダーが効かないの?」
『……肯定。……視覚センサーのみは維持できるが、広域スキャンも、敵体検知も不可能だ。……ここでの私は、ただの『大きな鉄の塊』に過ぎない。……申し訳ない、メイ。……ここからは、お前の判断が、私の演算に勝る……。』
アークの苦渋に満ちた言葉に、メイはゴクリと唾を飲み込んだ。
絶対的なナビゲーターであったアークが、目隠しをされた。それは、メイたちが「自分たちの生身の五感」だけを頼りに、この鉄の樹海へ踏み込まなければならないことを意味していた。
「……アスタロト、行きましょう。アークを動かすための燃料と、私たちのためのメシ。……何が何でも、見つけてやるんだから。」
メイは、アークから預かった小さなサバイバルナイフを腰に差し、アスタロトは新剣を握り締めた。
鉄の葉がカミソリのように鋭い森の中へ、二人は慎重に足を踏み入れた。
森の内部は、外から見た以上に過酷だった。
地面からは鉄の杭のような根が飛び出し、空を見上げれば、金属の蔦が蜘蛛の巣のように張り巡らされている。
「……メイ、止まれ。……右だ。」
アスタロトが低く警告する。
彼女が指差した先には、カチャ……カチャ……という、ゼンマイを巻くような規則的な音が響いていた。
「……何かが、来る。」
現れたのは、小さな影だった。
身長は1メートルほど。
全身が磨き抜かれた真鍮でできており、その背中には巨大な「ネジ巻き」が突き刺さっている。顔には目のようなレンズが二つ並び、口元には歯車が露出していた。
その異形の生命体は、メイたちを見ると、驚いたようにレンズをカチカチと収縮させた。
「……おや、おやおや? お客さん? 珍しい、とっても珍しい! 磁石じゃないのに、歩いてる!」
その声は、金属板を叩いたような高い響きだったが、驚くほど友好的だった。
ネジを巻くような音をさせながら、その小さな金属生命体は、メイの足元までトテトテと近づいてきた。
「……貴方は、誰?」
メイが恐る恐る尋ねると、彼は胸の歯車を誇らしげに回転させた。
「僕はネジマキ族の『ゼンマイ』! アイアン・ルーツの住人だよ! 君たち、お腹空いてるの? センサーがそう言ってるよ!」
「……ええ、死ぬほど。……もし、私たちが食べられるものがあるなら、分けてほしいの。」
メイが切実に訴えると、ゼンマイは「任せて!」と言わんばかりに、カシャンと音を立ててポーズを決めた。
「客人にはご馳走、それがネジマキ族の掟! さあさあ、村へ行こう! 最高の燃料を用意してあげるよ!」
燃料。
その言葉に、アスタロトは微かに嫌な予感を覚えたが、鳴り止まない腹の虫に屈し、ゼンマイの後を追うことにした。
ネジマキ族の村は、巨大な鉄の樹のうろを利用して作られた、まるで時計の内部のような場所だった。
村の住人たちは皆、ゼンマイと同じように体の一部がネジや歯車でできており、メイたちを見ると珍しそうに集まってきた。
「さあ、お食事の時間だよ!」
ゼンマイが威勢よく叫ぶと、村の女(と思わしき、少し小柄な金属人)たちが、大きなトレイを運んできた。
メイとアスタロトは、期待に胸を膨らませてトレイの上を覗き込んだ。
そこに並んでいたのは、琥珀色の透明な「精製オイル」が入ったジョッキ。
炭火でこんがりと焼かれた、真っ赤な「硫化鉄の塊」。
そして、色とりどりの「ボルトとナット」が添えられた、謎のペーストだった。
「……さあ、召し上がれ! 最高級の潤滑油と、今朝採れたての新鮮な鉄分だよ!」
「……」
メイとアスタロトは、顔を見合わせた。
アスタロトが、おずおずと「赤鉄鉱のチップス」を指先でつまみ上げ、コツコツと自分の歯に当ててみる。
当然、火花が出るだけで、噛めるはずもなかった。
「……すまない、ゼンマイ殿。」
アスタロトが、極限の空腹で遠のきそうな意識を繋ぎ止めながら、絞り出すように言った。
「……我々の体は……その……少々、貧弱にできていてな。……その素晴らしい『食事』を摂取すると、内部構造が破壊されてしまうのだ。」
「ええええええ!? 食べられないの!? こんなに美味しいのに!?」
ゼンマイは信じられないといった様子で、自分の口にボルトを放り込み、ガリガリと豪快に咀嚼してみせた。
「……無理、絶対に無理。……ねえ、ゼンマイ。……もっと、こう……柔らかくて、甘くて、噛めるもの……。植物の『実』とか、そういうのはないの?」
メイの切実な問いに、ゼンマイはレンズを点滅させながら、うーんと唸った。
「実はあるよ。……でも、そんなのを食べるのは、この島の『湿地』に住む、野蛮な生物たちだけだよ?」
メイの眼に、光が宿った。
たとえ野蛮な生物の餌だとしても、今の彼女たちにとっては「宝石」よりも価値がある。
「その湿地、教えて。……自分たちで、探しに行くわ。」
***
「……オイル、か。」
砂浜に膝を突き、機能停止に近い状態で待機していたアークが、メイの持ってきたジョッキをカメラアイで見つめた。
ネジマキ族から「お裾分け」してもらった、琥珀色の精製オイル。それは人間にとっては致死毒に近い劇物だが、金属の体を持つ者にとっては、文字通りの命の水である。
『……メイ。……私の内部循環システムは、本来であれば専用の「高純度エーテル・フルード」を必要とする。……だが、背に腹は代えられない。……成分を分析。……不純物含有量、4パーセント。……許容範囲内だ。……私のエネルギー・コンバーターなら、これを動力に変換できる。』
アークは巨大な指で、メイが差し出した小さなジョッキを慎重に受け取った。まるで壊れ物を扱うような手つきで、彼はその液体を給油口へと流し込む。
ゴクリ、と重厚な機械音がアークの胸部から響いた。
『……っ、……ふぅ。……潤滑効率、20パーセント改善。……内部熱源、再点火。……メイ、感謝する。……思考の霧が、少しだけ晴れた。』
「よかった……! アークだけでも動けるようになれば、心強いわ。」
メイは少しだけ安心したように微笑んだ。だが、その直後。
「ぐぅぅぅぅぅ……」
今度はメイの腹が、これまでにない抗議の声を上げた。
アークの腹は満たせても、自分たちの腹は空っぽのままだ。隣で岩に腰掛けていたアスタロトは、もはや喋る気力さえ失っているのか、遠くの「鉄錆の湿地」をじっと見つめている。
「……行きましょう、アスタロト。……アーク、貴方はここで動かずに、少しでもエネルギーを蓄えていて。……私たちは『ゼンマイ』が言っていた湿地へ行って、食べられるものを探してくる。」
『……メイ、待て。……先ほども言った通り、この島の磁場は私のセンサーを完全に無効化する。……その中へ生身で入るのは、あまりに危険だ。』
「分かってる。だから、これを作るのよ。」
メイは、アークの足元に転がっていた機体の外装の端切れ(ヴィネ戦で剥がれ落ちた防磁装甲の一部)と、ネジマキ族から貰った細い針金、そして自分の髪を縛っていたピンを手に取った。
「アーク、貴方の磁気回路の破片を少しだけ貸して。……方位磁石を作るの。この島の強力な磁場に惑わされない、特別なやつを。」
メイは砂浜に座り込み、慣れた手つきで工作を始めた。
かつて父から教わった、極限状態でのサバイバル技術。電子機器が死んだ世界で、最後に頼りになるのは物理的な法則だけだ。防磁素材の筒の中に、アークの微弱な磁気を帯びた針を浮かべる。
島の磁気は「北」を指すのではなく、最も磁力の強い「島の中心」を指して狂ってしまう。だが、メイが作ったのは「中心を避け、特定の磁力線の流れを読み取る」簡易的な誘導計だった。
「……できた。……アーク、これを見て。針が震えているのは、磁場がぶつかり合っている証拠。……これがあれば、少なくとも帰り道は分かるわ。」
『……素晴らしい。……メイ、お前の工学的直感は、私の演算を凌駕しつつあるな。……誇りに思う。』
アークの言葉を背に、メイとアスタロトは再び森の奥へと足を踏み入れた。
目指すは「鉄錆の湿地」。
足を進めるごとに、地面は乾いた砂から、粘り気のある茶褐色の泥へと変わっていく。それは土ではなく、長い年月をかけて蓄積した鉄の錆が水と混ざり合った、この島特有のヘドロだった。
「……メイ。……足音が響かなくなった。……警戒しろ。」
アスタロトが、折れた剣の柄を握り直す。
磁場のせいで、アスタロトの誇る「気配察知」も狂いが生じている。今頼れるのは、泥を跳ね上げる微かな音と、空気の揺れだけだ。
やがて、二人の前に異様な光景が広がった。
一面に広がる、赤茶色の湿原。そこには、金属の木々とは異なり、辛うじて「有機物」としての形を保った巨大なゼンマイ状の植物が群生していた。
その植物の先端には、赤く熟した、瑞々しい(ように見える)果実がいくつも実っている。
「……あった! ……あれ、食べられるんじゃない!?」
メイが駆け寄ろうとした瞬間、アスタロトがその腕を強く掴んだ。
「……待て。……何か、いる。」
湿泥の中から、ヌルリと巨大な影が立ち上がった。
それは、体長5メートルを超える、巨大な「ワニ」のような原生生物だった。だが、その体表は鱗ではなく、分厚い鉄板のような皮膚で覆われている。
磁性の森に適応した、鉄喰いの猛獣。
その猛獣は、果実を狙う不法侵入者――メイとアスタロトを、冷酷な黄色い瞳で睨み据えた。
「……アスタロト、戦える?」
メイが震える声で尋ねる。
「……はは、……冗談を言うな。……胃袋は空だが……その分、体は軽い。……メイ、後ろに下がっていろ。」
アスタロトが一歩前へ出る。
だが、その膝がガクりと折れた。空腹は、想像以上に彼女の体力を奪っていたのだ。
対する猛獣は、金属の牙を剥き出しにし、大地を揺らすような足取りで突進してきた。
「……っ、アスタロト! これを使って!」
メイは咄嗟に、ポケットに入れていた「ネジマキ族のオイルの予備」が入った小さなボトルを投げつけた。
「えっ? オイルをどうするの!?」
「いいから、それを剣に塗って! 摩擦を消すのよ!」
アスタロトは反射的にボトルを空中で砕き、その中身を折れた剣の刀身に浴びせた。
ヌルリと光るオイル。
猛獣の鉄の皮膚は、生半可な打撃では弾かれる。だが、超低摩擦のオイルを纏った刃なら――。
「……面白い。……いくぞ、鉄の獣!!」
空腹の騎士と、鉄の猛獣。
泥飛沫が舞い上がる中、命を賭けた「晩飯」のための戦いが幕を開けた。
「ガアァァァァァッ!!!」
鉄の皮膚を持つ猛獣が、その巨体に似合わぬ速度で泥を蹴り上げた。
突進の風圧だけで、メイは後ろに吹き飛ばされそうになる。磁場の影響で、アスタロトの「間合いを測る感覚」は完全に狂わされていた。いつもなら容易く躱せるはずの牙が、鼻先数センチを掠めていく。
「……くっ、……重い。……体が、思うように動かん……!」
アスタロトは着地の衝撃で泥に足を取られ、膝をついた。空腹による貧血が、彼女の視界を白く染める。だが、彼女が握る折れた剣の刀身には、今、メイが授けた「ネジマキ族のオイル」が不気味に輝いていた。
「アスタロト、正面からぶつかっちゃダメ! その子の皮膚は磁化されてる。剣を『滑らせる』のよ!」
メイの叫びが、湿原に響く。
猛獣が再び、短い脚を力強く駆動させて跳躍した。狙いはアスタロトの首筋。
「……滑らせる、か。……承知した!」
アスタロトは目を閉じ、狂った気配察知を捨てた。代わりに、肌にまとわりつく空気の「重さ」と、オイルが刀身を伝う「流動」に全神経を集中させる。
猛獣の顎が、アスタロトの目前に迫った瞬間。
彼女は新剣を振るうのではなく、ただ「置いた」。
ギィィィィィィィン!!!!!
火花が散る。猛獣の強固な鉄の鱗が、アスタロトの剣と激突した。
本来ならそこで剣が弾かれ、アスタロトは噛み砕かれていたはずだ。しかし、刀身に塗られた「超低摩擦オイル」が、猛獣の突進エネルギーを完全にいなした。
刃は鱗の隙間を氷の上を滑るように滑走し、猛獣自身の勢いを利用して、その分厚い皮膚の深部へと滑り込んだ。
「……はぁぁぁっ!」
アスタロトが残った力を振り絞り、剣を真横に薙ぐ。
オイルによって摩擦抵抗を失った刃は、抵抗なく猛獣の脇腹を裂き、内側の柔らかな組織を切り裂いた。
「……ギャァァッ!?」
猛獣は絶叫し、そのまま勢い余って背後の鉄の樹に激突した。
致命傷。
巨獣は泥の中に沈み、二度と動かなくなった。
「……はぁ、……はぁ、……やった、のか……?」
アスタロトは剣を杖代わりに、その場にへたり込んだ。全身が鉛のように重い。
「アスタロト! 大丈夫!?」
メイが駆け寄り、彼女の肩を支える。
「……ああ。……情けないな、これほどの一撃で、もう指一本動かせん。……だが、メイ。……獲物は、手に入れたぞ。」
二人は、猛獣が守っていたゼンマイ状の植物を見上げた。
メイは震える手で、赤く熟した果実をもぎ取る。
表面は少し硬いが、ナイフで切り込みを入れると、中から驚くほど瑞々しい香りが溢れ出した。
「……食べて……いいのかな。」
「毒味は私がしよう。……と言いたいが、今は二人同時に死なぬことを祈るしかないな。」
二人は顔を見合わせ、同時に果実にかじりついた。
「……っ!? ……甘い!」
メイの瞳が大きく開いた。
それは、桃とベリーを混ぜ合わせたような、濃厚な甘みと適度な酸味を持っていた。空っぽの胃袋に、栄養が染み渡っていくのが分かる。
「おいしい……! アスタロト、これ、食べられるよ!」
「……ああ、……不覚にも、涙が出そうだ。」
アスタロトも、柄にもなく頬を赤く染めて果実を頬張った。
極限の空腹から救われた瞬間、二人の間に、これまでの殺伐とした戦いにはなかった「冒険者」としての温かな連帯感が生まれた。
二人はアークへのお土産も含め、持てる限りの果実を袋に詰め込み、メイ自作の磁気方位計を頼りに森を引き返した。
浜辺に戻ると、オイルで少し元気を取り戻したアークが、心配そうにレンズを動かしていた。
「アーク、見て! 食べられたわ!」
メイが果実を掲げると、アークはホッとしたように排熱ファンを回した。
『……重畳だ、メイ。……私のエネルギー効率も、そのオイルのおかげで15パーセントまで回復した。……これで、数日は戦える。』
だが、その安堵の時間は長くは続かなかった。
村の方角から、カチャン、カチャンと慌ただしい音が響いてくる。
見れば、ボロボロに傷ついた「ゼンマイ」が、必死の形相でこちらへ走ってくるではないか。
「客人! 大変だ、大変なんだよ!」
ゼンマイの真鍮の体はあちこちが凹み、背中のネジも今にも止まりそうだった。
「……どうしたの、ゼンマイ!?」
「……出たんだ……! 地下の深いところから……あいつらが! 村のプラントが占領されちゃった! このままだと、僕たちの命の『水』が止まっちゃうよ!」
ゼンマイが指差した先。
島の中心部にある巨大な塔のような施設から、不気味な黒い煙が上がり始めていた。
メイはアスタロトと視線を交わした。
腹は満たされた。アークの力も少し戻った。
ならば、自分たちを歓迎してくれたこの奇妙な住人たちを、放っておく理由はない。
「……アスタロト、行きましょう。……ご馳走の、お返しをしなきゃ。」
「ああ。……今度は空腹の言い訳は通用しないからな。……アーク、全開でいけるか?」
『……了解。……磁場干渉を無視し、全プロセッサを戦闘モードへ移行。……アイアン・ルーツ、救出作戦を開始する。』
黄金の機体が、再び力強く大地を踏み締めた。
エドワードの地図にはない、彼女たち自身の意志による「人助け」という名の冒険が、今、本格的に幕を開けようとしていた。
第41話、いかがでしたでしょうか。
「空腹」という最強の敵に打ち勝ち、最高のディナー(果実)を手に入れたメイとアスタロト。
泥にまみれ、油を浴びて戦う彼女たちの姿は、これまでの重い宿命を背負った戦いとはまた違う、晴れやかな力強さに満ちていました。
しかし、ネジマキ族を襲う新たな危機。島の生命線であるプラントが、未知の原生生物によって占拠されてしまいます。
次回、第42話「失われた水源と、錆びた村」。
深刻な水不足により、ネジマキ族の子供たちが「錆び」に侵されていく惨状。
メイたちは彼らを救うため、原生生物が巣食う「鉄のプラント迷宮」へと突入します。
三人の連携が試される、奪還作戦の開始です。
どうぞ、次回の更新もご期待ください!




