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【梱包】スキルが万能すぎて、異世界で困ることは何もありません。〜時間の止まった箱から取り出す伝説の剣と、ほかほか炊き立ての白飯〜  作者: マランパチ
第二幕:機械人形アークの物語

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第40話:空虚な指揮者、粒子に溶ける

第40話をお読みいただき、ありがとうございます。

沈黙の巨艦内でついに再会した宿敵、ヴィネ。

しかし、そこにいたのはかつての余裕を湛えた指揮者ではありませんでした。

四次元の奔流に飲み込まれ、崩壊を始めた艦の中で、ヴィネは何を求め、何を語るのか。

狂気と矜持が火花を散らす、因縁の決着回。

一人の悪役が貫く「最期の美学」を、どうぞその目で見届けてください。

 調理場の重い扉が、軋んだ音を立てて完全に開かれた。

 そこから現れた影に、メイは反射的に息を呑み、アスタロトは迷いなく新剣を正眼に構えた。

 「……あはっ、やっと来た。……遅いよ、二人とも。待ちくたびれて、僕……少しだけ『溶けちゃった』じゃないか。」

 そこにいたのは、ヴィネだった。

 だが、その姿はメイたちの記憶にある「軽薄な士官」のそれとは、あまりにもかけ離れていた。

 着崩された軍服はあちこちが裂け、その隙間から見える肌には、血管に沿って鮮やかな「青い粒子」が結晶のように噴き出している。右腕の肘から先は、すでに肉体の輪郭を失いかけており、青い光の粒が霧のように漂いながら、辛うじて指の形を繋ぎ止めていた。

 「……ヴィネ、貴様……その体、何が起きた。」

 アスタロトの声には、敵意と共に、隠しきれない戦慄が混じっていた。

 「何って……君たちが開けた『扉』のせいだよ。あはは! まさか、あんなに綺麗なものが中から飛び出してくるなんて思わないじゃないか。僕はただ、出口で君たちを驚かせて、その首を綺麗に並べてあげようと待っていただけなのに。」

 ヴィネは、残った左手で自分の顔を撫でた。指が触れた場所から、皮膚がデジタルノイズのようにパラパラと剥がれ落ち、そこから青い光が漏れ出す。

 「扉が開いた瞬間、この艦隊は『奔流』に飲み込まれた。……叫ぶ暇もなかったよ。僕の自慢の部下たちも、戦艦も、音楽も……全部あの青い粒に触れた瞬間に、サラサラの砂になって消えちゃった。……あーあ、せっかくの傑作フィナーレが台無しだ。」

 ヴィネは、虚ろな瞳をメイに向けた。その瞳の奥には、以前のような無邪気な狂気だけでなく、絶望を通り越した「恍惚」が宿っていた。

 「でもね……。この粒子に触れているうちに、分かっちゃったんだ。……これこそが、僕がずっと探していた『究極の断面』なんだって。……見てよ、メイちゃん。僕の体、内側から少しずつ、最高に細かくバラバラにされてるんだ。……こんなに美しくて、痛い体験……僕一人で独占するのは、もったいないよね?」

 ヴィネが、輪郭のぼやけた右腕をゆっくりと振り上げた。

 その瞬間、彼の指先から放たれたのは、これまでの「魔素のワイヤー」ではなかった。

 青い光そのものを束ねた、極細の、そして三次元の理を無視した「次元の糸」だ。

 「……っ、アスタロト、避けて!!」

 メイの『眼』が、その糸が通過する軌道上の空間が、ガラスが割れるようにひび割れるのを捉えた。

 

 キィィィィィィィン!!!!!

 

 アスタロトが間一髪で新剣を突き出し、その糸を弾き飛ばす。だが、衝突の瞬間に上がったのは金属音ではなく、空間そのものが削られるような不快な高周波音だった。

 「……っ!? ……なんて密度だ。……剣が、削り取られたというのか!」

 アスタロトが驚愕の声を上げた。碧珊瑚のエネルギーを纏わせたはずの新剣の側面が、糸に触れただけで、数ミリほどえぐり取られていた。

 「あははは! 素晴らしい! 碧の剣士の武器を削るなんて、僕、今までの人生で一番いい仕事をしてるよ!」

 ヴィネは、足を引きずりながら一歩、また一歩と距離を詰めてくる。

 彼が踏み出した床のタイルは、その足裏から伝わる青い粒子によって瞬時に分解され、底なしの暗闇へと消えていく。ヴィネが歩く跡には、この世界の物質が完全に消滅した「空白」が刻まれていった。

 「……ヴィネ、もうやめて! 貴方の体はもう……!」

 「やめる? どうして? ……これからだよ、メイちゃん。……君たちが、この僕をここまで追い込んだんだ。……だったら、最後まで付き合ってよ。……僕の最後の指揮タクトを、特等席で聴かせてあげる。」

 ヴィネの背後から、無数の青い糸が翼のように広がり、狭い食堂を埋め尽くした。

 それは、死にゆく者が放つ、最後にして最悪の輝き。

 

 「さあ……お披露目会の続きだ! 踊ろうよ、バラバラになるまで!!」

 

 狂った指揮者の叫びと共に、青い死の網がメイたちを全方位から包み込もうと襲いかかった。

 「あはははは! 逃げて、逃げて! そのステップ、もっと速く! もっと必死に!」

 ヴィネの哄笑が、消滅しつつある食堂内に反響した。

 彼の指先から放たれる青い糸は、もはや物理的な法則を完全に無視していた。壁を通り抜け、床を透過し、ただ「メイたちの生命」という標的だけを正確に追尾してくる。

 「……っ、メイ、私の背後にいろ! 一瞬でも離れるな!」

 アスタロトは、碧珊瑚の新剣を限界まで加速させ、空間を切り刻む青い糸を叩き落とし続けていた。だが、防戦一方だ。一撃防ぐたびに、彼女の愛剣からは火花ではなく、存在の破片が「砂」となって零れ落ちていく。

 「……ヴィネ、貴方……本当に、それでいいの!?」

 メイはアスタロトの肩越しに、ボロボロに崩れていくヴィネの姿を叫ぶように見つめた。

 「貴方の部下たちも、艦隊も……みんなあの青い粒子の奔流に飲み込まれて、消えちゃったんでしょ? 待ち伏せして、私たちを殺そうとした結果がこれなんて……そんなの、あまりに……!」

 ヴィネの動きが、一瞬だけ止まった。

 剥き出しになった頬の骨から青い粒子が溢れ出し、彼は歪んだ笑みをさらに深く刻んだ。

 「……同情? あはは! メイちゃん、君は本当に優しいねぇ。……そうだよ、その通り。僕は出口で君たちを待ち伏せして、一番『美味しいところ』だけを奪い取るつもりだった。……でも、出てきたのはお宝なんかじゃなかった。……この世の何よりも理不尽で、冷たくて、美しい……『終わり』そのものだったんだ。」

 ヴィネは、自らの消失しつつある右胸を強く叩いた。

 「一瞬だったよ。……僕がタクトを振り下ろすより速く、後ろにいた駆逐艦が『概念』ごと消えた。……悲鳴も、爆発音もなかった。……ただ、昨日まで一緒にいた部下たちが、音もなく青い砂になって、風に流されていったんだ。……ねえ、これ以上に『美しい絶望』が、この世にあると思うかい?」

 彼の声は、もはや喉を介したものではなかった。

 体内に侵入した四次元の粒子が、彼の思考を直接、空気の振動へと変換している。

 「その時、僕は思ったんだ。……ああ、僕が求めていた『究極の断面』は、ここにあったんだって。……だから僕は、逃げるのをやめた。……この艦を捨てて、自分だけ助かる道も捨てた。……この力に飲み込まれ、内側からバラバラにされながら、君たちが来るのをずっと……ずっと待っていたんだよ!」

 ヴィネの背中から、さらに数十本の青い糸が噴き出した。

 それはもはや攻撃というより、彼自身の「命の流出」そのものだった。

 「君たちのせいで、僕は最高の楽団(艦隊)を失った! ……だったら、その代わりを君たちに務めてもらわなきゃ。……さあ、僕の肉体が完全に消えてなくなる前に、最高の『終止符ピリオド』を打たせてくれよ!!」

 ズバッ!! ズババババッ!!!

 

 青い糸の猛攻が、さらにその速度を増す。

 アスタロトの服の袖が掠め取られ、その下の白い肌が、青い粒子に触れて赤く腫れ上がる。

 「……っ、この野郎……! 狂いすぎていて、理屈が通じない!」

 アスタロトは痛みを堪え、一気に踏み込んだ。

 守り続けては、いずれ削り殺される。

 彼女は新剣を大きく振りかぶり、ヴィネの懐へと潜り込んだ。

 「……終わりだ、ヴィネ! その狂気、私が断ち切ってやる!」

 アスタロトの剣が、ヴィネの剥き出しの胸元へと突き立てられる。

 だが、その瞬間。

 ヴィネは避けるどころか、自らその剣先を迎え入れるようにして、一歩前に進み出た。

 「……あはっ。……熱いね、アスタロトちゃん。」

 

 剣は、ヴィネの体を貫いた。

 しかし、そこから流れたのは赤い血ではなかった。

 傷口から溢れ出したのは、暴力的なまでの密度を持った「青い粒子の奔流」だった。

 アスタロトの剣が、ヴィネの体内を通る瞬間に、ドロドロとした溶岩のように変形し、崩壊を始める。

 「……っ!? 貴様、わざと……!」

 「ねえ、知ってる? ……人間が一番『綺麗』に見えるのは……自分のすべてが崩れ去る、まさにその瞬間なんだよ。」

 ヴィネは、血の通わない青い指先で、アスタロトの剣の鍔を優しく掴んだ。

 彼の体は、今や光り輝く繭のように青く発光し、艦内の磁場を極限まで掻き乱していた。

 

 「メイちゃん、アスタロトちゃん。……最高の演奏会だったよ。……でも、もう客席も、ステージも、持たないみたいだ。」

 

 ヴィネの足元から、食堂の床が砂となって崩れ落ち、暗い海面が顔を出した。

 艦全体が、断末魔のような軋み声を上げ始める。

 

 ヴィネという一人の人間が、四次元の力に耐えうる「器」としての限界を、完全な意味で超えようとしていた。

 「……はは、あはははは! 見てよ、この景色を! どんな名画も、この『消滅』の美しさには敵わない!」

 ヴィネの体は、もはや人間の形を留めていなかった。

 アスタロトの剣をその身に受けたまま、彼は恍惚とした表情で天井を仰いだ。彼の背中からは、数千、数万という青い粒子が翼のように噴き出し、食堂の壁を、テーブルを、そして自分たちを囲んでいた鉄の空間を、次々と無機質な「砂」へと変えていく。

 「……っ、メイ! 離れろ! この男、自分を爆薬にして艦ごと心中する気だ!」

 アスタロトは侵食され始めた愛剣を咥え、メイの腰を抱き寄せて後退した。

 アスタロトが立っていた場所は、一秒後には虚空へと消えていた。ヴィネを中心に、世界の解体が加速していく。

 「心中? そんな湿っぽい言葉で片付けないでよ、アスタロトちゃん!」

 ヴィネは、崩れ落ちる床の上で、踊るように両手を広げた。

 「僕はただ、最高のフィナーレを指揮しているだけさ! 君たちが開けたあの素晴らしい『扉』の向こう側……そこへ行くための、これはチケットなんだよ。……ああ、視界が真っ青だ。……あの日、海獣をバラバラにした時より、ずっと……ずっと細かくて、気持ちいい……!」

 ヴィネの軍服が砂となって霧散し、彼の胸から、あのマグネ・プリズンの底で見た「人型の澱み」と同じ青い輝きが露わになる。

 彼は、もはや三次元の生物としての機能を失っていた。肺がないのに声が響き、心臓がないのに熱を放っている。彼は四次元の汚染を自らの意志で加速させ、自らを媒介にして、この巨艦そのものを「向こう側」へ引きずり込もうとしていたのだ。

 「……ヴィネ……。」

 メイは、恐怖を越えた何かを感じていた。

 待ち伏せという姑息な手段で自分たちを殺そうとした敵。部下を見捨て、自分の美学のためだけにすべてを破壊する狂人。

 けれど、消えていく彼の瞳にあるのは、一片の迷いもない「純粋な狂気」だった。

 彼は最後まで、誰の命令でもなく、自らの好奇心と矜持のために死を踊っている。

 「……さよなら、メイちゃん。……君のおじいちゃんの地図、続きは『あっち』で僕が描いておくよ。……あはは! もし来ることがあったら、見せてあげるからね!!」

 その瞬間、ヴィネの体が眩い閃光を放った。

 爆発ではない。

 あまりにも高密度なエネルギーが一点に収束し、周囲の物質をすべて「存在しないもの」として上書きしていく、静かな消滅。

 

 「逃げるぞ、メイ!! アーク、収容しろ!!」

 アスタロトの叫びと同時に、二人は崩落する舷側から、冷たい海へと身を投げた。

 

 ドォォォォォォン……。

 

 水中を、重く、鈍い振動が駆け抜ける。

 海面に浮上した二人が見たのは、霧の海に聳え立っていたはずの巨大な旗艦「レクイエム」が、中ほどから「青い光の渦」に飲み込まれ、デジタルノイズのように削り取られていく光景だった。

 

 霧の奥から、黄金の光を放ちながらアークが突進してくる。

 『……メイ、アスタロト! 捕まれ!!』

 アークの巨大な掌が海面を掬い上げ、二人を強引に機体上部へと引き上げた。

 

 「アーク、全速力で離れて! あの光に触れたら消されるわ!」

 メイの指示を待つまでもなく、アークはゴールデン・レガシーの推進剤を全開にした。

 背後では、ヴィネの艦が最期の断末魔を上げていた。

 鉄の軋む音さえも青い粒子に変換され、波紋一つ残さず、巨大な戦艦のすべてが霧の中へと消えていった。

 ……静寂。

 

 数分後。

 熱を帯びたアークの肩の上で、メイたちは消滅した海域を振り返った。

 そこには、もう何もない。

 ヴィネという一人の天才的な狂人も、彼が率いた無敵の艦隊も、彼が鳴らしていた不協和音のクラシックも。

 すべては「四次元」という圧倒的な暴力の前に、塵となって消え去った。

 「……終わったのね。」

 メイは、震える手で自分の頬を拭った。血ではない。霧の雫と、自分でも理由の分からない涙だった。

 「あいつ……最期まで、自分のことしか考えてなかったわね。……でも、あんなに嬉しそうに消えていくなんて、思わなかった。」

 「……ああ。……救いようのない男だったが、あの執念だけは本物だったな。」

 アスタロトは、刀身の欠けた新剣を見つめ、静かに鞘に収めた。

 「ヴィネは死んだ。……だが、奴が最後に残した『四次元の汚染』は、この世界に着実に浸食を始めている。……メイ、休んでいる暇はないぞ。」

 『……了解。……周囲の磁場、安定を確認。……敵艦隊の全滅を確定。……進路、ミスト・アンカー深部、次の目的地へと修正する。』

 アークのカメラアイが、再び霧の奥へと向けられた。

 ヴィネの消滅によって開かれた海路。

 その先には、さらなる未知の領域が広がっている。

 

 「行こう、アーク、アスタロト。……ヴィネが見たっていう、あの青い世界のその先へ。」

 

 黄金の機体は、霧の海を割りながら、力強く前進を開始した。

 背後に残されたのは、ただ深く、冷たい灰色の霧だけだった。

第40話、いかがでしたでしょうか。

圧倒的な力を前にしてなお、自らの好奇心と美学を捨てなかったヴィネ。

彼との戦いは、メイたちに「敵を倒した達成感」以上に、高次元の力がもたらす「世界の不条理」を深く刻み込むこととなりました。

次回、第41話。

ヴィネの消滅によって開かれた航路の先、霧の奥に眠る「呪われた聖域」へと足を踏み入れます。

次回の更新もご期待ください!

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