プロローグ
プロローグ
「ねえ、知ってる?10年前に行方不明になった男子生徒の噂!」
図書室の大テーブル。俺の斜向かいに席を陣取っていた女子グループの一人がそんな話題を口にした。
「なにそれ?怪談?」
「うちの生徒が行方不明ってこと?」
「七不思議とかそういう感じ?」
周りの女子たちは放り込まれた話の種にわかりやすく飛び付いて、次々と質問を浴びせだす。一躍時の人、ここが話題の中心地って感じになったその子は、ちょっと声色を暗めにして語り出した。
校舎の裏手、雑木林に面した壁に存在しない部屋の扉が現れるだとか。
決まった時間、決まった人数でそこに行くと部屋の中に引き込まれるだとか。
引き込まれたらもう戻って来れないだとか。
女子たちは周りの様子そっちのけでいかにもな怪談ばなしに花を咲かせだす。っと分かりますか皆さん。話題の種に質問という水を浴びせて、賑やか青春空間という花が咲きましたー。分かりますかこの見事な比喩表現。まあそんなのどうでもよくて。
ここは図書室。俺本読んでるんだけどな...と弱めに視線を送ってみたが、もちろん反応は無かった。
この手の女子の厄介なところは、教職員とも仲良しなもんで、ある程度のオイタは見逃してもらえちゃうところだ。
しかも今この図書室にいるのは女子グループの他に俺だけ。俺がはっきりと彼女たちに拒否反応を示さない限り、カウンターに座ってる図書室管理の用務員さんも注意はしに来ないだろう。控えめな性格があだになったか。
(まあ、いーか)
俺は再度手元の文字列に目を落とす。今日の放課後のお供は純文学。作者の芸術的な観念に基づいた読者に媚びない心境小説で〜と、引用は程々にな。
別に熱意を持って読書に取り組んでいるわけじゃなし。騒いでくれたって全然かまわない。
むしろ適度な雑音がある方が好ましいくらいだ。俺は試験勉強中も音楽聴くし、飯時もテレビつけるし、人と話してる時もスマホいじる。最後のは良くないね。
文章に集中する時間と戯言を巡らせる時間を繰り返していたらもう下校時刻だった。
俺は教科書もなにも入ってないスクールバッグを肩にかけると、一時間強を共にした文庫本を棚に戻す。
ちなみにあの女子グループは俺が席を立つ20分くらい前に図書室を出て行った。
(やっぱりさざなみ立てずにやり過ごすのが一番だ)
あの時俺が注意したところで彼女たちが静かになったかはわからないし、ともすれば言い争いになっただろう。俺だって嫌な顔されたくないし、無駄に疲れることはしたくない。これでいいんだ。
少しうつらうつらしてる用務員さんに無言で会釈をして俺は図書室を出る。
と、
(あれ?)
校舎の雰囲気がなにかおかしい。下校時刻に廊下の電気が消えてるのも、足音が響くくらい静まり返ってるのもいつも通りだ。けれど何かが。
昇降口のある別棟に続く渡り廊下を歩きながら、じんわりと襟の辺りに汗が浮かぶのを感じた。この地域、この季節特有の湿気は立っているだけで嫌な汗を掻かせる。いや、そうじゃないだろ。
頭の中にあったのは先程の女子グループの会話。行方不明になった男子生徒。存在しない部屋の扉。
(おいおい、マジか?)
自分で自分の思考にちょっと引いた。他人の話なんていつも半分も聞いてないくせに。
確かめてみたい、なんて。
下駄箱で革靴を取り上げると俺は回れ右して来た道を戻る。件の校舎裏へは昇降口から出てぐるっと回るより、直通の非常口を使う方がずっと早い。教職員が残ってるこの時間なら施錠されてないはずだから多分大丈夫だ。
着々と段取りを始めている自分にますます驚きながら、俺は少しの高揚感に足を浮かせていた。
もし本当に扉があったら?入るか?やめるか?
好奇心はとても多くの人を惹きつける云々言っていたのは、確か先週読んだ外国の詩人だったか。一度読んだ本の内容はほぼ忘れるどころかタイトルだってろくに覚えないのにこんな時に思い出すとは。
非常口のネオンを視界に捉えると、早足になるのを自覚した。緊張と興奮が混ぜこぜになり、歩く勢いのまま扉を開ける。その先に広がっていたのは...
「ちょっと、なんでこんなとこ集合なの?」
目の前にいたのは一人の女子生徒。先程たまたまテーブルを同じくした子ではなく、もっと近しい存在。見知った顔のクラスメイトだった。
「さあ?てかなんで集まったんだっけか」
彼女の問いかけにまったく応えていない声の方を見やるとそこにまた一人の男子生徒。お互い無遠慮な声量のまま言葉を交わし合っている。
そして気づいたが、この校舎裏嫌に騒がしい。下校時刻を過ぎ、残っているのは教職員か片付けを終えた運動部ぐらいだろう敷地内にあって、普段通りの教室内の喧騒があった。というかクラス全員いる?
思い思いに話し込むクラスメイトの会話から断片的に情報を抜き取ると、どうやら何か催しがあって、そのための打ち合わせでみんなここに呼ばれたようだ。へえ、なにそれ聞いてない。
と、この時点で俺の気持ちはかなり冷め切ってしまって、先程のまだ見ぬ世界へ胸躍らす少年心は何処へやら。9割くらいは帰りの電車のダイヤを思い出す方に頭を使っていた。萎えるの早すぎな。
まったく、いつもとちょっと違う自分を演出してみてもいいことないな。現実はどうにも世知辛い。
俺は革靴に履き替えるとノラメントの床から雑草茂る地面へ足を下ろす。落ち枝を踏んでパキリと音がした。
別に帰ろうと思えば帰れたんだろうけど、クラスの話し合い?の場に顔出しした上、目の前にいた女子とはがっつり目があってしまったのでとりあえず残ることにした。
どうやら本当にクラス全員が揃っているようだ。普段は遅くまで練習してる熱心な運動部の連中も放課後はすぐ駅前を練り歩いてるクラスの中心グループもみんないる。
昇降口では西日がきつかったが、校舎の構造上、ここは日があまり差し込まなくなっている。すぐそこが雑木林になっているので、車のライトや日常光が入ってくることもない。今は人で賑わっているのでそこまで気にならないが、やけに暗暗とした雰囲気のある場所だ。
(誰が呼び出したんだ?こんなところに来たがるなんて相当奇特な奴だな)
そもそも呼ばれてない上に、自分に一番ぶっ刺さる嫌味を胸の中だけでつぶやいていると、クラスメイトの会話の節目が変わった。
「なんかここに扉あんだけど」
その言葉だけで。ぎゅっと、心臓を締め付けられる感覚。焦った時特有のアレ。
今日だけで何回浮き沈みするんだよ俺。肝が小さいな。もっと植物の心のような人生を...
ただ今の言葉に引っ張られたのは俺だけではないようで、クラスメイトの大半がその扉の前に集まった。
倉庫?なんの?ここ来たの初めてだからわかんない。ほんとに前にはなかったの?
口々に疑問やら感想やらを吐き合うクラスメイトの中にあって、俺が図書室で聞いたあの怪談にまつわる話をする者はひとりもいなかった。
おいおい、これは俺が語り部になるパターンか?そんな事したら普段喋んないくせにこの手の話題で急にしゃしゃり出てくるアタマイタメの奴じゃないか。学園ホラーでは定番だけど。
でもまあ、そこは人生において2番目に脊髄反射で生きてる時期と言われる高校生。俺が何を言わずとも不審な扉を前にとりあえず開けてみるという選択が出るのに時間はかからなかった。ちなみに1番目は小学生だ。なんなんだろうね、あの子供特有の根拠のない全能感。
鍵はかかっていなかったが相当重い扉のようで、開門係を引き受けた男子はギャーギャー言いながらかなり悪戦苦闘していた。仕方ねーなと、クラスの力自慢数人が加わってようやく扉が動く。
ぎぎい。材質と経年を感じさせる鈍い音が響いて、ようやく中がお目見えになる。
扉の向こうは見るからに倉庫って感じで特別なものは何もなかった。仰々しいデザインの箱とかそのまた奥に扉とかそんなのは無し。もちろん開けた瞬間に何かが飛び出してくるなんてことも無かった。
こりゃあつかまされたかな。なんて思いながら中に入ると、クラスメイトも色々物色しながら
なんもねー。ただの倉庫じゃん。苦労した筋肉が無駄に... とかなんとか言っている。
部屋の中はクラス全員が入っても余裕があるほどのスペースだったが、電灯もなく快適というわけでもなかった。
じゃあボチボチ戻りますか。てか帰りますか?と踵を返して部屋の外へ向かおうとしたところで、はた、と気が付いた。
あれ全員?全員中に入ってる?
確かに先程は扉の前にクラスの大半が集結したが、興味なさげにスマホいじってる奴もいれば、扉そっちのけで談笑してる奴らもいた。なのに今は。
流石にここで急に扉が閉まるなんてことはなかったが、この小さな異常が不気味なことには変わりない。さっさっと出ちまおう。
「これでさいごだ」
「は?」
ぐるん!
縦に視界が回転した。遊園地のドッキリハウスみたいな、連続で逆上がりを成功させた時みたいな視覚の急展開。おおよそ普通の人間はこういうとき固まってしまって何もできない。
俺は声の主を探すことも、ましてクラスメイトを気にかけることも出来なかった。
ただどういうわけか。先週読んだ詩人の言葉の続きだけを思い出していた。
好奇心はとても多くの人を惹きつけるが、
往々にして多くの後悔の元となる。
初投稿です。ボチボチ小出しにしていけたらなと思ってます。気になった方は感想いただけると嬉しいです。




