カクヨム自主企画:現代ドラマの短編
俺は読み専だ。
そして膨大なカクヨムの世界で、好みの小説を読みたい欲もある。
うってつけの機能がここにはあった。
自主企画だ。
これは作者が自分の作品を他ユーザーが自主企画したものに参加できる、素敵な機能らしい。
使ってみてわかったことがある。
作者はあんまり企画内容に目を通さない。片っ端から企画内容に関係なく参加する人がいる。もちろん、内容を読んだ上で参加してくれる人のほうが多いのは確かではあるのだが……。
今回の自主企画の参加者は五人だった。
『現代ドラマの短編』
読み合いや評価の強制はお控えください。
ジャンルが「現代ドラマ」であること。
短編作品(一万字まで)の作品であること。
一人、何作でもOKです。
こんなに幅を持たせているのに、なぜか終了間近でも集まらなかった。
明らかに少なすぎる。もっとこう、二桁は行くと思っていたのだが、まあいい。
『紙で指を切ること。そんな些細な出来事から始まる恋愛小説。――雨宮ゆか
小指の先/雨宮ゆか』
『僕は知らない街で迷子になった。そこで出会った子どもと巡る不思議な街の出来事――遠野歩夢
道に迷う/遠野歩夢』
『手が滑った――。それが夫の怒りを買った。――久世直人
割れた皿/久世直人』
『私は普通の生活には戻れない。あの人のために。――帰山ゆき
戻れない/帰山ゆき』
『俺はただの素人小説家だ。いつものようにカクヨムに投稿したはずなのに。――佐藤
どこ/佐藤』
どれも「現代ドラマ」に設定してあり、文字数も募集要項どおりだ。
なんてない本棚が完成し、俺は参加順に読んでいく。
『小指の先』は恋の始まりを書いた小説だった。
紙で切った小指の描写が妙に生々しい作品だ。
俺は無記名でレビューと応援ボタンを送る。
いい作品だった。短いながらも彼女が惹かれる過程が丁寧に散りばめられていた。
『道に迷う』は現代ファンタジーでも良さそうな内容だった。
でも、もしかするとどこかに存在しているかもしれないと、勘違いしそうになった。
レビューと応援ボタンを押し、俺は読後感に耽る。
少し読みたかったジャンルとは違うものの、俺はあの崩れた街に取り残された子どもにピーター・パンを重ねた。
『割れた皿』は夫が怒った理由について、俺は同意せざるを得なかった。
先祖代々の皿を割った主人公には、説明はしなかったのかと思ってしまったが、激昂する理由付けにはなっていた。
レビューと応援ボタンを機械的に押し、スマホを置いてコーヒーに口をつける。
……そういえば、もう午後二時半か。
時間? なにか引っかかるものがあった。読んだ小説はみな、十五時(午後三時)か午前三時が妙に印象的だった。
「気のせいだよな」
そうつぶやくと、水屋の食器がカチャリと鳴った。
『戻れない』は午前三時に目覚めた主人公が、死者との対話を通じて普通の生活から戻れなくなる小説だった。
食器棚から皿が鳴る音、小指の先に痣ができる描写がゾクリとした。
……レビューと応援を押すのを忘れていた。
は? 三時に小指? 食器はさすがに偶然だよな。
ちょっと怖い小説を読んで、ビビっているだけだ。時計を見ると、午後二時四十八分。まさか、まさかな。ははは、考えすぎだよ。
しかし、背中の汗が止まらない。
最後の作品を読むのが怖いような、でも確かめたい気持ちが勝ってしまった。
『どこ』は…………。
一体、なんだっていうんだ。俺は現代ドラマを求めていたはずなのに。
なんで、俺がこの小説の主人公なんだよ。
おかしいだろ。今までの行動が逐一書かれているんだ。
誰だよ、佐藤って。俺は、佐藤だった? 違う、俺は斉藤であって、電話じゃ間違われはするが、佐藤じゃない!
ああ、もう。これも佐藤とやらが書いているんだろう? それじゃあ、十分後、どうなるっていうんだ?
時刻は午後二時五十分。
なにが起きてもいいように、スマホと財布を持っていく。
火災保険証? 賃貸契約書? それは玄関の、トートバッグの中だ。
そうだ、今のうちにトイレに行っておこう。もしかしたら地震が来るかもしれない。
用を足したら午後三時五分前になっていた。
ああ、そうだ! モバイルバッテリーに、懐中電灯……はないからスマホで代用しよう。
服は? トレーナーでいいのか? いいよな、うん、大丈夫。
三分前。
俺は『どこ』の内容を反芻していた。
地震が起きて、水屋の食器が飛んできて小指を切る。夜中に死んだじいちゃんが枕元に立って、避難所を変えるよう言われる。そしてそこで道に迷って、そこで事切れてしまうのだ。
……そうか、あの五作品は。
空気を震わす地響き。窓が小刻みに鳴っている。数秒後、横から殴られたように揺れた。まばたきする間もなく、今度は上下に叩きつけられた。そして、家具が部屋の中で暴れまわっている。今は外に出る時じゃない。
タンスが倒れてくる前に、キッチンに移動すると、水屋が跳ね、皿が飛び出してきた。蚤の市で買った金魚の皿だ。地面に割れたそれは俺の足の小指を切ってしまった。……しまった、靴下をはいておくべきだった。
今はそれどころじゃない。
激しい縦揺れが横揺れに変わり、ぐわりと大きく部屋を揺らした。
その日の夜。避難所で、俺は一息ついた。
と、いつものようにカクヨムを開く。
自主企画には相変わらず五作品しか表示されていない。
あの『どこ』という作品も表示されている。
なんとなく、おれはそれをもう一度読み始めた。
でも、読んだ小説の内容が違っていた。
地震も起こらない。皿で小指を切ることも。避難所での生活も。なにもかもが違っていた。
五作品、すべてがそうだった。
『小指の先』は赤い糸の話になっているし、キャッチコピーも変わっていた。
『道に迷う』もただ、男が道に迷うさまを描写する話に。
『割れた皿』は夫のDVの話をしているだけ。夫の心理描写がなくなっていた。
『戻れない』も死者の話ではなく、不倫する女の話に変わっている。
「どういうことだよ……」
「ちょっと、消灯なんだから喋るのはやめてくれない?」
俺はおばさんに叱られてしまう。
あの時読んだ五つの話はなんだったんだ。
避難所生活も終わり、家の片付けをしている最中も、あの作品たちが頭から離れなかった。
「今なら自主企画は終わっているけど、履歴を読めるはず」
右上のアカウント名をタップし、おすすめレビューを押す。そこにはあの作品たちはどこにもなかった。応援履歴にも、閲覧履歴にも。
「は? なん、で」
せっかく塞がった足の小指が痛む。見るとアメーバのような痣がみるみる広がっていき――。
「次のニュースです。十三日午後三時に発生した大阪南部を震源とする地震で、死者数が三十人を超えました。この地震の影響で行方不明だった斉藤晃さんが自宅マンションで、押しつぶされているところを発見。警察は地震から逃げ遅れたものとみています」




