第一話 始まりの石
穏やかで豊かな森の奥深く。
木漏れ日が優しく、鳥のさえずりが響いている。
木々の間を吹き抜ける風は心地よく――
突然だった。
足元から黒いモヤが広がり、景色が一変する。
空は黒く染まり、大地がひび割れ、木々は次々と枯れていく。
ぬくもりは消え、風さえも止んだ。
『……助けて。』
苦しそうな声が、どこからか聞こえた気がした。
その声を探す――。
◇
「ふあぁ……」
ぼんやりした頭のまま、大きなあくびをした。
なんだか不思議な夢を見てたような……?
そんなことを考えながら、ふと時計を見る。
「……え!? もうこんな時間!?」
もう夢のことなんて考えている余裕はない。
急いで洗面所へ向かう途中、テーブルの上に用意されていた食パンをトースターへ放り込む。
お父さんもお母さんも、朝は実家のパン屋の支度で忙しい。
「いっけなーい! 遅刻遅刻ー!」
まだ半焼けのパンをくわえたまま家を飛び出した。
私、小麦野かほ!
千穀中学二年生!
昨日、大事な準備をしてて、見事に寝坊しちゃった。
「急げ急げー!」
街へと続く下り坂を全力で駆け下りた。
商店街に入ると、店先に商品を並べる人たちの姿が見える。
あ、あのイチゴおいしそう。
ついそんな余計なことを考えてしまう。
駅に着くと、ちょうど電車がホームへ滑り込んできた。
「間に合ったー!」
ぽつぽつと改札から出てくる人の中から、一人の見慣れた女の子が私を見つけて小さく手を振った。
甘木みのり。
私の親友だ。
「おはよー!」
「おはよう。」
みのりは私の顔を見るなり、首をかしげた。
「……また寝坊したの?」
さすが親友。
すべてお見通しだとでもいうように、ちょっとした変化もすぐ見抜いてくる。
「えへへ、ばれた?」
「うん。」
「……口。」
「え?」
「ジャムついてるよ。」
「えっ!?」
今日の変化って、そんなにわかりやすいものだったんだ。
……ちょっと恥ずかしい。
みのりはハンカチを取り出して、私の口元を優しく拭いてくれた。
「あ、ありがとう!」
「走りながら食べるから。」
「だって時間なかったんだもん。」
「もう……」
困ったように笑うみのりを見て、私もつられて笑った。
二人で話しながら歩いているうちに、学校へ着いた。
そして、いつも通り午前の授業は過ぎていった。
◇
昼休み。
校庭の大きな木の下。
ここは私たちのお気に入りの場所だ。
カバンの中をそっと探る。
……よし、ちゃんとある。
寝坊した理由。
昨日の夜中、納得いくまで何度も作り直した。
「みのり。」
「?」
「手、出して!」
みのりは首をかしげながら両手を差し出した。
その手のひらに、小さな包みを乗せる。
「誕生日おめでとう!」
包みを開くと、中から赤い石のチャームが姿を現した。
「あ……これ……」
「……かわいい。」
手のひらの中をじっと見つめ、頬を緩めている。
私は胸元から、自分の黄色い石のチャームを取り出して、
「ほら! これも、新しく作ったんだ!」
みのりは、ハッとした。
「前の、落としたもんね。」
「そうなの! せっかく綺麗にできたのに!」
このチャームは、近所の滝で拾った石を使って作ったものだ。
あの辺りには、不思議なくらい綺麗な石が落ちてることがあって、「アクセサリーにしたらかわいいかも!」って思って作ってみた。
「……大切にするね。」
そう言って、チャームをそっと握りしめた。
本当に喜んでくれているのが伝わってきて、思わず笑顔になる。
――このときの私は、まだ知らなかった。
このチャームがきっかけで、私たちの日常が大きく変わることになるなんて。




