04 終わりにする……
04 終わりにする……
(こんなものか……所詮、わたくしはあの人たちの家族ではなかったのね)
悲しいのか、それとも悔しいのか、目から涙が溢れ出したが、激しい雨がすぐにそれを押し流してくれた。
しばらくして、アリスはふらふらと歩き出した。どこへ向かっているのか自分でも分からなかったが、ただ足を動かした。胸に渦巻く激しい怒りと空腹だけが、アリスの身体を突き動かす原動力だった。
(もう、何もかも、すべてうんざりだわ)
アリスの頭の中は、その一言だけで満たされていた。
そこへ、一台の馬車が通りかかった。ひどい悪天候のため、慎重に馬を進めている。
馭者台の男が馬車を止め、中にいる主人に声をかけた。
「旦那様、人が歩いています。いや……人らしきものでしょうか。若い娘のようですが」
「何だって?」
低い声がして馬車の窓が開いたが、「いや、この雨じゃ窓からは見えませんよ」という馭者の言葉に、主人が応じる。
「止めてくれ」
馭者が少しためらうような声を漏らした直後、馬車の扉が開き、一人の男が外へと降り立った。
「いきなり近づくとおびえるとデイビスは言ったが……たしかにそうだな」
男はふらつく娘にゆっくりと近づくと、穏やかに話しかけた。
「お嬢さん。こんな嵐の中で、一体どうしたのですか?」
娘――アリスはちらりと男を見たが、応じる様子もなく、また歩き出そうとした。
「この雨じゃ聞こえないか?」
男は出来るだけ人の好さそうな笑みを浮かべようとしたが、雨が酷すぎて難しかった。
「お嬢さん、ひとまず馬車へ……お嬢さん!」
男が重ねて声をかけた瞬間、アリスの身体がぐらりと傾いた。男は慌ててその身体を抱きとめると、馬車の中に向かって叫んだ。
「手伝え! びしょ濡れで冷たい……それにな、かなりの美人だぞ」
「おや。これは思わぬ拾い物をしましたね」
雨はさらに激しさを増し、アリスを乗せた馬車を包み込んでいった。
一方その頃、メイナード侯爵家の馬車の中。
「お姉様がいないと、広々と乗れて本当に快適だわ」
バーバラが満足そうに呟くと、侯爵が咎めた。
「やめなさい、バーバラ。そういう品のない口の利き方はよくない」
「でも、お姉様だって王室の大きな馬車のほうが、楽で良かったんじゃないかしら?」
「そうだな。あちらの馬車のほうが豪華で大きいしな」
兄の言葉に、侯爵は少し不機嫌そうな声を出す。
「そんなに大差はない」
「それではアリスは、少し遅れて王宮の馬車で帰ってくるのでしょうね。いつも通り、夕食は向こうで済ませてくるでしょうし」
夫人が気楽に言うと、侯爵は不満げに鼻を鳴らした。
「まったく、まだ婚約の段階だというのに、夕食まで毎日一緒とはな。姉上(王妃)にも呆れる。一体どれだけアリスを気に入っているんだ。あれはうちの娘だぞ」
同時刻、王室の馬車の中。
「今日も本当に楽しかったわ」
満足げに微笑む王妃に、国王も「そうだな」と応じた。
「あの仲間で集まると、いつまで経っても学生時代に戻ったように居心地が良いものだ」
すると、王太子エドワードが少し寂しそうに口を開いた。
「アリスは侯爵家の馬車で戻ってしまったのですね。少し残念です。もう少し話をしたかったのですが」
「これだからエドワードは。そうやってアリスに甘い顔ばかり見せていると、あの娘、どんどん付け上がりますよ」
メアリー王女のトゲのある言葉に、エドワードが眉をひそめる。
「もう、うるさいな、姉上。早く嫁ぎ先へ行ってください」
「言われなくても、すぐに行きますよ」
メアリーは来月、嫁ぎ先であるメニリーフ王国へと発つことになっていた。正式な結婚式は来年だが、諸々の準備のために早めに向かう予定なのだ。メアリーはまだ本人には伝えていないが、アリスを自分の侍女代わりに連れて行くつもりでいた。(本人に言うと付け上がるから)という理由で黙っているが、実務能力の高いアリスがいれば何かと便利で助かるし、何より「アリスのためのお勉強」をさせてあげるのだから、感謝されて当然だと本気で信じ込んでいた。
翌朝、王宮はいつもより静かで、朝食の時間が少し遅めに設定されていた。ピクニックの翌日はいつもこうだ。
国王は一応執務室に顔を出したものの、大した書類もないのを確認すると、昼前には私室に戻り、午後は丸々休養に充てた。
宰相も遅めの時間に登城した。執務机の上の書類が極端に少ないのを見て、「これなら明日で良いな」と判断し、やはり昼前には帰宅した。
騎士団長にいたっては、最初から有給を取って休んでいた。団員たちは、厳しい団長が不在なのをいいことに、いつもよりのびのびと、しかし妙に気合の入った訓練を行っていた。
メイナード侯爵家でもいつも通りの朝食が準備されたが、食堂に現れたのは兄だけだった。
昼食も、各自が適当に済ませた。
そして夕食時、侯爵の希望でアリスの好物である「りんごソースのポークソテー」と「レモンパイ」がテーブルに並べられた。しかし、待てど暮らせど、アリスがその席につくことはなかった。
その頃、お城の備品を管理する部門から、スペーダ公爵家に向けて一通の使いが出されていた。内容は「ピクニックの備品を早急に片付けに来るように」という催促だった。
使いを出したのは、その部門に異動してきたばかりの新任の部長だった。
いつもならアリスが裏で完璧に処理し、公爵家に恥をかかせないよう手配していた実務だ。そんな事情を知る由もない新部長からの催促に、スペーダ公爵夫人は激怒し、使いの者を烈火のごとく怒鳴りつけて追い返した。
王国を支えていた静かな歯車が、確実に狂い始めていた。
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