01 またわたしが…….
01 またわたしが……
来週、年に一度のピクニックが開催される。毎年持ち回りで準備を行うのだが、今年の主催はスペーダ公爵家だ。
だが、
「わかったわ。お忙しいのよね。お手伝いするわ、任せてちょうだい。大丈夫よ」
と、王妃殿下が安請け合いしている声が聞こえてきた。
(毎年そうやっていい顔をして、結局わたくしに丸投げするくせに)
アリスはそれを聞きながら、冷ややかに思った。
「わたくし、アリスは実の娘だと思ってますの。エドワードの後にあの娘が生まれた時、運命を感じましたもの。本当に、エドワードと一緒に育てたつもりですわ。アリスの妹のバーバラを二人で可愛がる姿なんて、天使を見ているようでしたわ」
慈愛に満ちた王妃の声を聞きながら、アリスは、ピクニックに出席という仕事がいきなり降ってきたことによる予定変更をどう処理するか、頭の中のスケジュール帳をめくって検討していた。
王室と限られた招待客が年に一度、近くの湖に出かけてバーベキューをしながら親睦を深める行事――それを彼らは「ピクニック」と呼ぶ。子どもはもちろん、大人たちも心から楽しみにしている行事だ。
そもそもは、災害時に備えた「炊き出し」の訓練」として始まったものだった。
かつてどこかで災害が起きた際、すぐに駆けつけた王族自らが食事を作り、民を励ましたことがあった。それ以来、王室の求心力は跳ね上がり、感激した民の手によって復興も急速に進んだのだ。だからこそ、もしまた同じような事態が起きたときに慌てず戸惑わないよう、備えとして始めた訓練だった。しかし、平和な時代が続くなかでいつしかその目的は忘れ去られ、ただの楽しいレジャーへと変質していった。
郊外の湖へ、災害時にふさわしい軽装で出かけ、大釜で汁物を調理する。それを食べ、語らい、遊ぶ時間は、着飾って臨む夜会よりもずっと刺激的で楽しかった。
だが、アリスにとっては子供の時から、ただ疲れて寂しい思いをするだけの行事だった。
最初のピクニックでは、妹・バーバラの乳母車をずっと押し続けさせられた。車輪が止まると泣き出すため、アリスは何も食べず、水すら飲めず、ひたすら歩き回った。
他の子供たちが楽しそうに遊び、両親も他の大人たちと酒食にふけるのを遠くから見つめながら、アリスはただ乳母車を押し続けた。
大人たちは、アリスがそうやって「妹と遊んでいる」のだと思い込んでいたのだ。
確かに、バーバラが生まれた時、アリスは嬉しくて跳ね回った。だが、運悪くバーバラについた子守の質が悪かった。赤ん坊の扱いに慣れておらず、それでいて要領だけはいい女だったのだ。
「本当にバーバラ様はアリス様がお好きなんですね。アリス様が抱くとすぐに泣き止みますもの」
そう言って子守はバーバラをアリスに押し付け、自分は楽をしていた。
あいにく、周囲の大人たちも、まだ幼かったアリス自身も、その異常さに気づかなかった。
そしてピクニックが終わった後、アリスは極度の疲労と水分不足で体調を崩し、しばらく寝込むことになった。
翌年のピクニックこそは遊ぶぞとアリスは張り切っていたが、やはりバーバラがアリスから離れようとしなかった。
「お母様、バーバラをお願いします。わたくしはみんなと遊んできます」
そう言ってアリスがバーバラを置いていこうとしても、バーバラが激しく泣き喚いてアリスの後を追いたがるため、結局しばらくすると、大人たちの手によってバーバラはアリスの元へと連れてこられた。
そのせいで、ピクニック最大の目玉である大きなブランコに、アリスは一度も乗れなかった。そのブランコはピクニックのために特別に設置されるもので、アリスの両親も子供の頃に楽しみにしていたものだった。
せっかくのバーベキューも、アリスはバーバラの世話に追われてまともに口にできなかったが、はたからは「仲睦まじく食事をする微笑ましい姉妹」に見え、大人たちは満足げに見守るだけだった。
この年も、アリスは帰宅後に同じように寝込んだ。
さらにバーバラが五、六歳になった頃、友達とじゃれ合っていて湖に落ちてしまった際、「ちゃんと見ていなかったからだ」とアリスだけが激しく叱責された。
アリスは理不尽な罰を受け、家に戻ってから自室に閉じ込められた。
アリスはメイナード侯爵家の長男チャールズに続く、長女として生まれた。父のウィリアムは現王妃の一歳下の弟であり、王妃の実家として宮廷で熱心に力を尽くしている。
母のポーレットはダイナ公爵家の出身で、現王妃の学友だった。
その学年は、国王、王妃のステラ、ウィリアム、ポーレット、そして現在の宰相や騎士団長が名を連ねる、いわゆる「伝説の学年」であった。
彼らはピクニックで再会すると、瞬時に学生時代へと戻ってしまう。家族と過ごすことよりも、かつての仲間たちと思い出を語り合うことを最優先にしていた。
アリスが従兄弟であるエドワードと婚約したのは、彼が王太子に指名された年、彼が十三歳の時だった。
そして、その時からアリスはピクニックを「欠席」することになった。
婚約と欠席。その奇妙な関係の理由はこうだ。
湖までは馬車で片道二時間。たった二時間の距離とはいえ、有事の際に王宮に責任者が不在となるのは危機管理上まずい、とされていた。ピクニックの本来の趣旨は「災害への備え」なのだから、誰か一人は全権を持った責任者として王宮に居残らねばならない。それまでは、前国王夫妻が臨時に全権を預かり、留守番役を務めていた。
だが、エドワードが王太子になった年、前王妃が亡くなり、ついで前国王も後を追うように崩御した。
これにより、ピクニックの留守番役がいなくなってしまった。
本来であれば、現国王か王妃のどちらかが留守番をするのが筋である。だが、彼らはピクニックでの楽しい語らいの時間を手放したくなかった。それはアリスの両親も、宰相も、騎士団長も同じだった。
では、少し早いが王太子エドワードか、その姉のメアリー王女に留守番を……となるところだが、国王夫妻は我が子にそんな「可哀想な思い」をさせたくなかった。
そこで白羽の矢が立ったのが、アリスだった。
「しっかり者で頼りになるアリスに任せておけば安心だ」と大人たちは口を揃えたが、その本音は違った。
――アリスなら、我慢してくれる。
彼らの安心の正体は、ただそれだけのことだった。
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