未熟者
まだまだ修行が足りない。反省しなくてはならない。
大昔の戦士達もそうだったのだろうか……。
いや、少しおかしいとは思っていたのだ。女性用の露出度の高い鎧に機能性はほぼ皆無だというところに――。しかし、今日その謎がやっと解けた。露わになった胸元やボディーのきわどいラインが敵の戦意を奪い、戦いを優位にさせてきたのだ。
……中身が中年のおっさんでも胸が大きな女性用の鎧を着ているだけで、一命を取り止めることがあるのかもしれない。顔を見られた途端にトドメをさせられること疑いないが……。
どんな敵であれ、騎士として微睡まされてはならない――。勇者は我々の敵、天敵なのだ。勇者がいくら可愛い鎧を身に付けていたとはいえ、魔王様の命を狙うのであれば容赦なく切り付けなければならない。
可愛い鎧に傷が付くのは、芸術作品に傷をつけるように気ぐるしいが……致し方無い。私は四天王、宵闇のデュラハン。――私の軽率な行動は魔王軍の士気に影響を与えてしまうのだ――!
「海のバカヤロー!」
一つ石を拾い上げると、誰もいない海へと投げた。外はすっかり暗くなり、一番星が光って見えた。
んん?
……もし、海にいるマグロもお腹が一杯でイワシを食べなければ、イワシはどうなるというのだ。どんどん増えるのではないだろうか。さらにはイワシも小さなプランクトンを食べないなら、プランクトンもどんどん増える。
海の幸がどんどん増えるが、みんなお腹一杯ならそれを食べたりはしない。魚はどんどん増え続け、やがて海は魚だらけになり、海水浴も魚の中を泳ぐことになり、波も魚の波になる……。クロールの息継ぎの時に、口や鼻にイワシが飛び込んでくる。
いや、そんなに魚が増え続ければ、海水中に溶け込んでいる酸素もどんどんなくなり、酸欠になり沢山の魚が死ぬことになる。そうすれば……。
海がナンプラーや魚醤になってしまう~……。
泳ぎたくないぞ……病みつきになりそうな臭いがプンプンしそうで……。まあ、全身鎧の私には縁のないことだがな……。全身鎧の上に海パンを穿くなんて……きつそうで嫌だ。
――否!
死んだ魚を分解する微生物もお腹が一杯なら、発酵は進まない! 死んでも腐らない――! ナンプラーにならない!
すべての生き物を満腹にし続けると、争いやイライラがどうのこうのという問題では収まらない――。取り返しがつかない生態系異常を招いてしまうぞ。
やはり、急いで魔王様を止めなくては――。
それから虹色の井戸を探し、魔王城まで帰るのにさらに数時間が経っていた。
「はあ、はあ、はあ、はあ、魔王様……。禁呪文でお腹いっぱいにしないでください」
魔王城に辿り着くと、階段を一段飛ばしで駆け上がり、急いで玉座の間へ向かったのだが……。玉座に座ってポテチをボリボリ食べている姿を見て……なんだろう。少し笑えてしまった。
……だよね。やっぱり。うふふ。うふふ。
「お腹が一杯なのはいいが、それがずっと続くとやっぱりしんどいから、途中で止めたのだ」
それで中途半端にお腹が空いて、玉座でポテチ……なのでしょう。
それでいいのです魔王様。――世界は空腹を求めているのです。
「……ちなみに、それはいつ頃のことでしょうか」
「卿が玉座の間を出てすぐだ」
出てすぐって……。
無駄骨って、どこの骨なのだろうか……。こんどスケルトン達に聞いてみよう。見せてもらおう。
「だが、満腹感は直ぐには消えたりはしない。それで、どうだったのだ。予の禁呪文の効果はあったのか」
ポテチ食べた後の指をペロペロ舐めてローブの袖口で拭くのはやめて頂きたい……。ダメダメ勇者とかぶって見えるから――。
「……一定の効果はあると思います。ただ、人や魔族の制限を超えて生き物全てを満腹にすると、予期せぬ異変が起こる恐れがありますゆえ、使用する場合は魔王様お一人限定で使用するべきかと」
ただお腹が空いたから一杯にしてみただけなのだろう……ことの発端は。ならば、魔王様がおかしな禁呪文を使う前に、玉座の横にポテチやお菓子を置いておけば良かった――。私が浅はかだった……。
まだまだ未熟だ……。
「というか、お腹がすいたら一声かけて頂ければ、いつでも魔コンビニでお菓子くらいは買ってまいります」
「そうか。……デュラハンよ」
「なんでしょう」
早速お菓子を買いに行けと言われれば断りたいぞ。時間外労働だ。もう夜中になる時間だ。夜食を食べ過ぎれば太ってしまわれる。
「今回の予の禁呪文は失敗した。満腹が続くと、まるでフォアグラにされるガチョウの気持ちが少し分かった」
「お察しいたします」
フォアグラ……美味しいけれど、食べ過ぎると胸やけいたします。でも、ガチョウはそれ以上に胸やけしています。
「空腹さえなくなれば、食糧難で飢餓に苦しむ魔族や人々を救うことができるのだ」
――! 飢餓に苦しむ魔族や人々?
「普段から当たり前のように食事をし、当たり前のように満腹に苦しむが、その一方では今でも飢餓に苦しみ、食べたくても食べられない者達もいるのだ」
「……」
たしかに魔王城周辺は食料も医療も潤っているが……南の大地や人間共の近くの魔族たちは、食料に困っている。人間界ではさらに激しい貧富の格差がある。
「そのことだけは忘れてはならん。我らはその者達を飢餓から救う――持続可能な方法――を考えていかなくてはならぬのだ」
――持続可能な方法!
魔王様のお考えはやはり私などより遥かに崇高だ。とてもとても敵わない。
「御意! 持続可能で生態系にも影響を与えない……最善の方法が必要なのでございますね」
「ゲップ!」
「……」
いや、そこでゲップしないでください魔王様。説得力が一気になくなりますから――。
魔王城内の自室に帰ると、ベッドへ前のめりで倒れ込む。……もう0時を回っている。
グー。
ああ……腹が減って目が回るぞ……。
私は魔法が使えないが、同時に殆どの魔法が効かない……。私だけが満腹になっていなかったなんて言える訳もなく、はみごみたいで……ちょっと寂しかった……。
もし、魔王様の無限の魔力で世界中の飢餓を救えたとしても……魔王様がいなくなった時、どうなるのだ……。
永遠にあると信じていたものが奪われた時、世界はどう変わるのだ……。
……。
深い眠りに誘われるのだが……まだ眠るわけにはいかない。シャワーを浴びて風呂の掃除をしなくてはならない――。
重い身体を無理やり引き起こすと、洗車ブラシと石鹸とシャンプーを青色のプラスチック製タライに入れて自室を出た。
……シャンプーは必要ないのだが……。
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ちなみに、次のお話に続く予定です。お楽しみに!!