逃避行
-IX-
追っ手から見つからないよう人里を離れて進むエジムードに連れられて、ホノカは旅をしました。
もともとこの世界のことはよくわからないホノカには、どこからどこに向かっているやらわかりません。
寝泊まりをするところも洞穴でした。
「こんなものばかりで、すまない」
夜もエジムードが狩ってきた、よくわからない獣の肉を焼いて食べます。
騎士エジムードはホノカに対し紳士に振る舞い大事に扱い、誘拐したとはいえ身を拘束したりはしませんでした。
「あなたにこんな生活をさせてしまって」
「そんなに気にしなくていいのに。あのプーなんとかって王様から助けてくれたのはわかってるから……感謝しています」
「私は主君殺しの騎士だ。だがもう少しで信頼に足る友人のところに着く。トルマオという男だ」
エジムードは【中央の国】の地方領主トルマオの館にホノカを連れていきました。
トルマオはエジムードの頼みを聞き、こころよくホノカを秘密裏に預かることを引き受けました。
エジムードはしばらく山のなかに身を隠すつもりでしたが、そんな目論見はうまくいきませんでした。トルマオの奥方が二人のことを通報してしまったからです。
お城からやってきた兵士たちにトルマオの館は取り囲まれます。
「ここにいるのはわかっておるぞ!」
「ロジェーム将軍。現れたのが話のわかる人でよかった。あなたにならホノカも任せられそうだ」
「騎士エジムード……そなたほどの男が」
エジムードは観念して投降しようとしました。自分は捕まれば大罪人として殺されるのはわかっていました。ですがそれよりもホノカの身の安全のことを彼は考えていました。
館を囲む兵士たちの長がプータックのような男であれば、エジムードは決死の覚悟で斬り込んでホノカを逃がそうとしたでしょう。
しかしロジェーム将軍は高潔な人物です。
だからこそ、エジムードは安心して捕まることができるのでした。
ですが、エジムードがまさに剣を捨てようとしたとき館の中でものすごい轟音が響いたかと思うと火の手が上がりました。
「なにごとだ……ホノカ!」
エジムードは駆けつけます。
燃え上がる室内の隅で震えるようにうずくまるホノカを発見したエジムードは、火事場の混乱に乗じてその場からホノカを連れて立ち去りました。
「どうやら逃げられたようだな」
ほっとしたエジムードでしたが、ホノカから何があったのかを聞いて驚きました。
信じられると思ったトルマオがホノカを襲ったというのです。そして抵抗しようとしたホノカの手から魔法の爆発が巻き起こり館が火事になったのだと。
「賢者様は私にはユートのような魔法の力はないっておっしゃっていたのに」
「賢きものにも間違いはあるものだ」
ホノカはエジムードとの二人旅を続けます。
しだいにホノカは魔法を使いこなすようになりました。ショーマを探したいという彼女の頼みをエジムードは聞き入れてくれました。
おたずね者である身です。二人は変装しエジムードは女装を、ホノカは男装をして、女戦士と少年魔術師の冒険者コンビをよそおうことにしました。
「怪物が最近、狂暴さを増しているな」
エジムードが道中でそう呟いたとき、彼らの前に黒装束の集団が立ちはだかりました。
「それは魔王の器が第二の門を開いたからです」
「なんのことだ! 怪しいやつらめ」
「器の召喚が第一の門。魔力の覚醒が第二の門ですよ。第七の門が開いたとき魔王がこの世に復活するのです」
「魔王だと」
黒装束たちはエジムードを無視して、ホノカにむかいひざまずきます。
「お迎えにあがりました。どうか我々と御同行願います、魔王の器よ」