疲弊する疾走
頭が真っ白になった。
真杜が、男? 高壁、守?
どうして俺を騙してたんだ?
質の悪いドッキリだ、と言ってくれた方がいっそ気が楽だ。もちろんカミングアウトの方が。
「なんでかって思ってるだろうから、話してやる。
俺は、お前に恨みを持ってる奴から頼まれたんだよ。お前をボコボコにしてくれってな。
聞いたぞ? 何人も女を侍らせて、何股もしてるとか…まさかとは思ったが、本当みたいだな。」
恨み…
混乱している頭では全ての言葉を理解することが出来なかった。
「さて、呆然としてるところ悪いが…
俺も今までの演技で鬱憤が溜まってるんだ。せいぜいみっともなく逃げてみろよ。
じゃないと――」
ふと、彼は路地裏に置いてあったコンクリートブロックを一瞥する。
さらに足を上げたかと思うと。
バゴン!
「――死ぬかもしれないぞ?」
俺は必死に走った。
破砕されたコンクリートブロックが発泡スチロールの偽物だとかは疑わなかった。何故なら手に当たった破片がそれは本物だと知らせてきたから。
「そうだそうだ、走れ。もしかしたら、俺から逃げきれるかもしれないぞ?」
遠くなっていく声に少し安堵する。
しかしそれも束の間。後ろからの足音がどんどん近付いて来る。
「どうした? それくらいじゃ逃げきれないぞ?」
耳元でささやかれた声にゾッとした。
しかし、足を止めれば確実にやられる。俺の心は完全に彼という恐怖に支配されていた。
次の道は横に…
「おっと、行かせないぞ?」
と、横を見た時に彼は既にそこに居た。
音からして一度跳躍したと思われる。周りには民家を囲うブロック塀があるはずなのに…それを跳び越えたとでも言うのか。
「くそっ…!」
慌てて進路を直進へ変える。
すると、彼はまたゆっくりと、まるで俺をいたぶるかのように追ってきた。
「ハァ、ハァ、ハァ…」
いくら走ったかもわからない。
よく分からない進路妨害も、何度あったか数えていない。
どうにか振り切り、公衆トイレと植木の間に身を隠すことに成功した。
少し先には彼の姿がある。とりあえずここで待ってれば…
「もしかして今、安心でもしたか?」
ぐるり、と体の向きを変えて真っ直ぐにこちらに来る。
おかしい、俺は確実にアイツの死角に入っていたはずだ。なのに…
「俺さ、実は人の気配が分かるんだよ。よく漫画とかで見る気、みたいな感じのヤツな。
だから隠れても無駄なんだよ。ほら、休憩は終わりだ。早く走れ。」
「っ!」
情けないことに、俺はもう泣く寸前だった。
それでも俺は走り続けた。
「……ふ、振り…切れた?」
もう、彼の姿は見えない。
どこまで走って来たのか、どこで撒いたのかもわからなかった。
耳を澄ませても、足音一つ聞こえなかった。
「た……すかった…」
俺は、とうとう倒れ込んでしまった。
道端だとか、そういうことは全く気にしてられなかった。
全身がだるい。もう立ち上がれない気すらする。もう眠ってしまいそうだ。
過呼吸がかえって苦しいので、本当に寝ることは無いだろうが。
「…城津。」
声を掛けられた瞬間、びくりと体が震えた。
慌てて距離を取ろうとするが、うまく動けない。
「…何やってるんだお前は。
ほら、手を貸してやる。」
声の主は呆れたように手を差し伸べる。
そこでようやく、俺は声の主が彼ではないことに気付いた。
「…雲道、先輩?」
部活帰りだろうか。通りがかった雲道先輩は体操着のままだった。
「どうした? そんなところで寝て。熱中症か?」
「は、ははは…なんだ、先輩か…」
雲道先輩の手を借りてどうにか立ち上がる。
塀に手をついて立っているのがやっとだ。
「…大丈夫か? フラフラじゃないか。」
「ちょっと大丈夫じゃないかもしれないですね…」
「肩、貸してやろうか? それとも負ぶってやろうか?」
「おんぶは、さすがにちょっと…」
「別にいいぞ、お前もあの時はそうやって運んでくれたんだろう?」
「それは、先輩の意識がほぼなかったからですよ…
…肩、借りて良いですか?」
「ああ。」
しばらく肩を借りて歩き、ある程度歩いたら回復したのでそこで先輩と別れた。
流石に家まで一緒って訳にも行かないし…それも、肩を借りながらとか恥ずかしすぎる。
「……いたた…」
翌日。
俺は筋肉痛でベッドから動けなくなっていた。
無所属だと運動の機会がマジで体育くらいしかない。しかも夏休みだからその機会すら無くなってたわけだし…
命には代えがたいが、俺は一体どこまで走らされたのだろうか…町中全力疾走したんじゃない?
ポコポコ
スマホの着信音。腕を伸ばすのすらだるい。まあ取るんだけど。
着信を見てみると…………
「………?…?
?」
何度も何度も、視力が落ちそうなくらい目を擦って見直しても画面の内容は変わらなかった。
あ、そーか俺寝てるんだ。インザドリーム状態故の非現実的なヤーツか。はいはい。
「もっかい寝るか…」
寝ればこんな馬鹿げた夢から覚めてくれるかもしれない。ついでに筋肉痛にはそもそもなってなかったのかもしれない。
そう思って目を瞑ったのだが。
ポコポコ
…今度はなんだ。
[アンタにお客さん来てる。通しとく]
バイマイマザー。
…はいはい夢夢。
コンコン
……。
コンコンコン
………ぐー。
「入るぞ。」
まあ、どうせすぐに覚める夢だし…勝手にさせとこ。
「………」
ボスン!
「うおぅ!?」
顔面の横に衝撃。ベッドが短い悲鳴を上げる。
見てみるとそこには拳。そして。
「……来るって連絡したはずだけど?」
拳を振り下ろしていた高壁守が居た。




