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狼獣人になったが、俺以外の連中がまともじゃない  作者: 双六
バランスブレイカー  ー狼獣人とカードゲームー
7/33

バランスブレイカー(3/3)

 俺が対戦用の山札を作り上げた翌日の午後七時。

 とある高級ホテル最上階の部屋にて俺とミスターエースは対面していた。

 室内の中央部に設置されたテーブル。それを挟む形で俺たちは椅子に腰掛けている。


「悪役ってある程度人気もあるはずなんだけどな。ミスターエース。お前の場合はマジで嫌われているらしい。オンライン対戦で初心者狩りみたいなこともしているんだって?」

「いきなりお説教かよ。どう遊ぼうが俺の自由だ。弱い奴らが悪いんだろ」

「お前の場合は不幸にも強すぎたんだろうよ。並くらいの腕前で苦労して優勝でもすればまた違った価値観になっていただろうに。お前このクレイモアってゲームやっていて楽しんでいるのか?」

「変なこと聞いてくるんだな。弱い奴をボコるのも、調子乗った挑戦者を叩き潰すのも快感だぜ。もちろんこのゲームを楽しんでいるさ」

「日本語で『脳ある鷹は爪を隠す』って言葉があるが、そういう意味ではお前は常に爪を出し過ぎなんだよ。お前や俺みたいに存在そのものがルールから外れている様な存在は注意しないと周りをボロボロにする。やがては自分の首を締めるぞ」

「‥‥‥どっかの日本人が俺のことを『バランスブレイカー』だって言っていたな。けっ、くだらねぇ。俺は自分を改めるつもりなんかないぜ。弱者は弱者らしく強者の足元で震えてろよな」


 言葉を交わしながら俺たちは互いに山札を交換し合いシャッフルをした。

 所定の位置に山札を置きながら、ミスターエースが話しかける。


「確認するけど、俺がこのゲームに勝てばあの日本人の女の子は好きにさせてもらうぜ、犬っころ?」

「犬じゃねぇよ。狼だ」

「俺に勝てたら狼って呼んでやるよ」

「相変わらずイラっとさせる野郎だな。さくらのことなら問題ない。好きにしていいぜ。俺が勝った場合は」

「この俺はクレイモアから引退する、だろ? 分かってるって』


 ニタニタと嫌味ったらしい表情を浮かべるミスターエースに対し、俺はこの対戦のルールを説明した。

 勝負は三本勝負。先に二勝した方が勝ちというルールだ。クレイモアは引き分けになった場合その対戦をやり直すことになっている。どちらかが二勝するまでゲームは続くのだ。


「そして勝敗が決するまでこの部屋は封鎖するぜ。外部との接触もできない。部屋には俺とお前だけだ。存分にゲームに集中してもらう。ちなみに運営からの要望でこの対戦は非公式戦ながらネットで配信されることになっている。勝敗に関係なくな」

「OK。理解した。無様に負ける犬っころが世界中に配信されるわけだ。やべぇ、面白くなって来た」


 コイントスによって先攻後攻を判定した。結果はミスターエースが先攻。このゲームの性質上、先攻が有利とされている。流石の強運と言えるだろう。

 互いに最初の手札を五枚引きゲームが始まった。

 さくらの予想通りミスターエースはドラゴンカードを使ってきた。スペルカードによって強化されたドラゴンカードが最初のターンで場に三枚展開される。噂通りの速攻だ。

 一方の俺は『沼地の魔王』を場に出した。能力値ではまったく勝負にならないため、スペルカードで三ターンの時間稼ぎを俺は選択する。


「ああ、なるほどね。三王の特殊勝利条件を狙う戦方か。おおかた山札には『マーリンの特効薬』とか『同胞の呼び声』が入っているんだろうねぇ。それを早く展開するためにドローカードもあるだろうし、『マーリンの特効薬』を回すためにトラッシュから回収する手段もあるって感じ? あんたのキャラから予想するに『轟く餓狼』でも入れているんじゃない?」


 ミスターエースがさらりとそんなことを言ってみせた。あまりにも平然と放たれたその言葉に俺は不覚にも一瞬言葉を失った。驚く俺の顔を見て目の前の男は大きくニヤリと笑ってみせた。

 ミスターエースのターン。カードを引いたミスターエースは一枚のスペルカードを使った。


「神の指名」スペルカード

 自分の持ち点を半分にする。相手の場にあるカードを一枚選択し、トラッシュへ置く。お互いにこのゲーム中に選択したカードと同じカードを使うことはできない。


「もちろん『沼地の魔王』を選ぶぜ。これでお前の作戦は死んだ。残念だったな」


 ミスターエースの手は止まらない。続けざまに出されたモンスターカードの効果によって俺の時間稼ぎは無効にされてしまった。連続攻撃に晒された俺の持ち点はすでに10以下。新たに時間稼ぎをしてみたが、本当に時間稼ぎにしかならず結局俺は一戦目を敗北したのだった。

 沈黙する俺に対し、ミスターエースは余裕のニヤけ顔だ。山札をシャッフルする間も嗜虐的な笑みを絶やさない。完全にこちらを見下している態度だ。

 二戦目が始まり、俺はカードを使っていく。だが、ここで予想外のことが起きた。

 ミスターエースがカードを使わず自分のターンを終えたのだ。


「何のつもりだ? お前のターンだぜ?」

「俺は何もしない。とっとと勝てば? 犬っころ」


 相変わらずの笑みを浮かべてミスターエースはそう答えた。心底余裕ということか。

 結局二戦目は俺の勝利。ゲーム中、ついにミスターエースはカードを使わなかった。わざと負けやがった。


「チャンスをやったんだから三戦目は頑張ってくれよなぁ、犬っころ。へっへっへっ」


 再び山札をシャッフルさせ、三戦目が始まった。先攻はミスターエース。奴はいきなりとあるスペルカードを使って来た。


「天邪鬼の横槍」スペルカード

 互いに手札を見せ合う。コイントスし表なら自分の手札のモンスターカードを一枚選び場に出す。裏なら相手の手札にあるモンスターカードを一枚選び相手の場に出す。


 コイントスの結果は裏。俺の手札にある『天空の凶王』が場に出されることになった。


「そんでもってこれを使うぜ。『神の指名』。もちろん選ぶのは『天空の凶王』だ」


 ミスターエースが笑う。一戦目と同じく、これで三王の特殊勝利効果は発動不可となったわけだ。

 俺のターンに移る。俺は手札入れ替えを行う『天地創造』を使うと、一戦目と同じく時間稼ぎに入った。


「あはは。まぁ、特殊勝利条件のカードは使ってみたくなるよなぁ。でもド素人が手を出すには難しい戦法なんだぜ。思い知ったか? 犬っころ。にひひひっ」


 ミスターエースがカードを使う。あっという間に場に三枚のドラゴンカードが並べられた。


「お前の山札は三王の効果で勝つ手段しかないだろ? それを失った以上もうお前に勝ち目はねぇんだよ犬っころ。時間稼ぎくらしか出来ないだろ? ド素人の分際で世界チャンピオンの俺に刃向かったことを後悔するんだな」

「‥‥‥‥‥‥」

「へっ。何も言い返せないってか? さっきは説教じみたこと言ってくれたじゃん? あの調子はどうしたんだよ? ん? どうしちゃったのかなぁ〜狼く〜ん?」

「‥‥‥‥‥‥」

「ぷっ! 調子に乗るんじゃねぇよバ〜カ‼︎ にひひひっ‼︎」


 ミスターエースがターンを終了する。俺は山札からカードを引くと、モンスターカードを場に出しミスターエースへと話しかけた。


「お前がクレイモアを中心にゲームに強いことはよーく知っているさ」

「何だよ? 負ける言い訳でも始めるわけか? ダセェ犬だな」

「まぁ、聞けよ。ミスターエース。確かにお前はある種の天才なんだろうぜ。ホテルのスイートルームを連日借りたり、女をはべらせたりとその才能でお前は栄光を掴んでいる。大したもんだよ」

「何が言いたいんだよ、お前」

「いやいや、大したことを言うつもりはねぇよ。単に世の中には色々な強さや説得力があるって言いたいだけさ。お前は数ある強さの一つに過ぎない」


 そう言って俺はスペルカードを使用した。


「天地創造」スペルカード

お互いに手札をすべて山札に戻しシャッフルする。その後、お互いにカードを三枚引く。このターン、このカードの持ち主は攻撃できない。


 カードの効果通りに俺たちは互いに手札を山札へと戻し、新たにカードを引いた。そして俺は場に出ているあるモンスターカードの効果を使用した。


「轟く餓狼」モンスターカード

 レベル2 能力値20 自分のターン開始時に能力値に+5(最大+10)

カードの効果でプレイヤーがカードを引いた場合、トラッシュのスペルカードを一枚選択し効果を発動する。


「やっぱりそのカード入れてたか。自分が狼だからって狼のイラストカードを使うとか単細胞すぎない?」

「いいだろ別に。結構好きなデザインなんだぜこのカード。まぁ、いいや。俺はトラッシュから『天地創造』を選んで使うぜ」

「‥‥‥‥‥‥え?」

 

 ミスターエースの表情がこの対戦の中で初めて変わった。


「さてさて、また手札が入れ替わったな。そして『轟く餓狼』の効果がまた発動するぜ。俺は『天地創造』を選択する。というかトラッシュのスペルカードってこれしかないけどな」


 再び互いの手札が入れ替わる。そして再び『轟く餓狼』の効果によって『天地創造』の効果も再発動することとなった。

 カードを引きながらミスターエースの表情が固くなる。三回。四回。五回、と俺たちは何度も手札を山札に戻しては、新たにカードを引く作業を続けた。


「ちくしょう。また同じカードが来やがった。お前みたいな引きの良さを俺は持っていないみたいだな。さぁ、また『天地創造』の効果で手札を入れ替えようぜ。今度はいいカードがくるといいな」

「‥‥‥ちょ、おい、待て狼。これは」

「ああ? 何だよ? カードのテキスト通りに行動しているだけだぜ?」

「こ、これは遅延行為だ! 無限ループじゃないか‼︎」

「は? 誰がその判断をするんだよ。ここには俺とお前しかいないぜ。この対戦の場所や日時、細かいルールは俺たちが決めていいって話だろ。俺が遅延じゃないって判断しているんだからお前も付き合えよ」

「‥‥‥だ、だってこれじゃあゲームにならないじゃないか」

「ゲームになってるって。カードテキスト通りにゲームをしているだけだろ? 決着するまで続けるぜ。一時間でも、二十四時間でも、()()()()()()()()()()

「‥‥‥‥なっ!」

「補足だがこの部屋には通信機もない。ルームサービスも来ない。ネットで対戦を配信すると言ったが、対戦終了後に配信するって話だ。水は戸棚に1リットルのペットボトルがあるだけ。宿泊費は運営が払ってくれるから安心して長期滞在できるぜ。トイレはないけどな」

「しょ、食料は?」

「ねぇよ。まぁ、新鮮な肉ならあるだろ? お互いの目の前に」

「‥‥‥‥‥‥っ!」

「さぁ、遊ぼうぜ、世界チャンピオン。楽しい耐久ゲームの始まりだ!」

 

 山札からカードを引きながら俺は牙を見せつけるようにニヤリと笑って見せた。ミスターエースは信じられないと言った表情のまま固まっている。俺はやや強めにテーブルを叩いてみせた。体を震わせ、ミスターエースは慌ててカードを引き始める。その姿には先ほどまでの余裕は見られない。

 結局俺たちはカードテキストに導かれるままに手札を戻しては、山札から新たにカードを引く作業を繰り返した。

 何度も何度も何度も。

 最終的に八日と十七時間の間、ミスターエースが衰弱し敗北宣言するまで続いたのだった。



 ミスターエースとの対戦を終えた翌日。

 俺とさくらは空港へ向かうために再びキャンピングトレーラーに乗車していた。俺たちは備え付けのベッドの上でカードゲームをしながら時間を潰していた。


「相変わらず無茶苦茶な手段を使いますよね、大牙さんって。カードで勝てないからって耐久レースに持ち込むなんて。ミスターエースは入院。精神に相当のトラウマを植えつけられたらしいですよ。うわ言で『狼に食べられる』って言っているみたいですし、カードも触れなくなったそうです」

「ふん。結果的に引退させたんだから問題ないだろ。それに、普通にカードで勝っても奴が素直に引退するとは思えなかった。裏で悪さすることだって考えられるだろ。一度痛い思いをしないとあの手の人間は反省しない」

「そう言われるとそんな気もしますけど、でもちょっと可哀想ですね。バランス崩壊させるくらいに強すぎるせいで疎まれるなんて。才能に恵まれたせいで嫌われるなんて」

「俺はそうは思わないけどな。強者には強者の振る舞いが必要だろうぜ。周りのためにも、自分のためにもな。あいつは自分の強さを制御出来なかった。未熟者だったってことさ」


 山札からカードを引き、俺はモンスターカードを出す。スペルカードとの組み合わせで一気に勝敗は決した。


「ちょっと大牙さん! 少しは手加減してくださいよ」

「嫌だね。俺の狼カードは最強なんだよ。悔しかったら対策してみろよ」

「ふーんだ。余裕なのも今の内ですよ。だんだんコツが分かってきましたらね。次は勝ちますよ」

「んじゃあ、空港に着くまでもう少しやろうぜ。悔しいが段々このゲーム面白くなってきたところだ」

「やれやれ、大牙さんも所詮は男子ですねぇ」

「いいじゃあねぇか。健全に遊んでいるんだからよ。さぁ、楽しもうぜ」



<バランスブレイカー 完>

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