バランスブレイカー(2/3)
「へぇ〜、あんたが次のチャレンジャーなわけ?」
クレイモアのアメリカ大会決勝戦が終わってから二時間後。
俺の前で豪奢なソファに座りながら、ミスターエースと呼ばれる若造はニヤニヤと意地悪そうな笑みを浮かべていた。
場所は大会会場から少し離れた高級ホテルの一室。最高ランクのスイートルームだった。
夜景の見える窓を背にしながら座るミスターエースの周りには化粧の濃い、それでいて露出の高い服装をした金髪美女たちがいた。自らに纏わりつく美女たちの体を撫でながらミスターエースはスケベそうな笑みも浮かべる。
「まぁ、正直依頼する相手を間違えているんじゃないかと思うんだけどな。とにかくお前を『クレイモア』から引退させるっていうのが俺の仕事だ」
俺の言葉にミスターエースは愉快そうに笑って見せた。甲高い声だ。何と言うか動作の一つ一つが本当にイラっとさせてくるな、こいつ。
「今までも色んなチャレンジャーはいたけどさ。まさか狼から勝負を挑まれるとは夢にも思わなかったよ。オーケーオーケー。受けて立つぜ。負ければ俺は引退ってわけね。で? 俺があんたに勝ったら何してくれるわけ?」
「ん? そう言えばスタッフからは何も聞いていないな」
「まだ、決まっていないって言うのならさ。そこの日本人の女の子を好きにできる、じゃダメかな?」
ミスターエースは俺の隣に座るさくらへと指差しそう言った。
「ああ、いいぜ」
「ちょっ、大牙さん!」
「ああ? お前もMS機関のスタッフだろうが。景品になる覚悟くらいしろよな」
「いやいやいやいや、おかしいですって! 人権! 私にも人権が!」
「大丈夫だって。俺が勝てばこいつは引退。負けてもこいつはお前と言うハズレを手にする。どちらにせよミスターエースはダメージを受けるって寸法だ。ナイスアイディアだろ?」
「‥‥‥‥‥‥すごく失礼なことを言われている様な気がするんですけど」
俺とさくらがひそひそと会話を済ませると、ミスターエースは再びニヤニヤと腹ただしい笑みを浮かべながら、テーブルの上に置かれたグラスの中身を一気に飲み干した。
「ところで狼はクレイモア強いの?」
「いや、今日初めて知ったところだぜ。ルールも知らん」
「はぁ⁉︎ それで俺に挑戦するっていうの? ナメられてるなぁ俺」
「随分と自信があるみたいだな。俺はカードゲームなんてやったことはないけどよ、ある程度強いカードを持てば誰でも強くなるんじゃあねぇの? 体を鍛えるスポーツとは違って初心者と玄人の間に大きな差があるとは言えないだろ?」
俺の言葉にミスターエースがこれまた甲高い声で笑いやがった。
「あんたみたいなことを言う奴って結構いるんだよね。なぁ、狼ぃ。時間あるぅ? 何ならさ、ルールを覚えるついでに俺と模擬戦やろうよ」
ミスターエースが指を鳴らした。すると今まで纏わり付いていた女たちがミスターエースから離れ、隣の部屋へと移動をしていく。室内には俺とさくら、そしてミスターエースの三人だけ。
テーブルを挟み、俺とミスターエースは対面して座っている。ミスターエースはテーブルの引き出しを開けると、カードの束を三つ取り出した。テーブルの上にカードの束が置かれ、ミスターエースはどれか一つを俺に選ぶように促した。何となく俺が真ん中の束を選ぶと、ミスターエースは俺から見て右の束を選んだ。
「これが山札ね。四十枚以上六十枚以下で組まれている。ちなみに同じカードは四枚まで入れられる」
そう言ってミスターエースが山札をテーブルに置くと、今まで木目調だったテーブルの表面が変化した。テーブルには「山札」やら「トラッシュ」と書かれた文字とカードを置く場所を指示したマークが浮かんでいる。どうやらこのテーブルにはディスプレイが埋め込まれていたらしい。
俺も山札を所定の位置に置き、ゲームスタートとなった。説明を受けながら一通りプレイをしてみて大まかなルールは理解した。
このクレイモアというゲームは各プレイヤーの持ち点100をカードの攻防によって0にするのが目的らしい。カードには「モンスターカード」と「スペルカード」の二種類がある。各プレイヤーは自分のターンごとにモンスターカードを一枚出すことが許されている。スペルカードは何枚でも使っていいらしいが、基本的に使い切り。使い終えると「トラッシュ」という場に置かれ使えなくなる。戦闘で負けたモンスターカードもトラッシュに置かれるそうだ。
モンスターカードには能力値とレベルが振られている。能力値の差でモンスターカード同士の攻防は決着がつき、差額が負けたプレイヤーの持ち点から引かれる。相手プレイヤーの場にモンスターカードがいない場合は、自分のモンスターカードの能力値が攻撃宣言と同時に相手の持ち点から引かれるそうだ。
一方でレベルというのは各ターンが経過することに、モンスターカードの能力値の上昇を促す要素らしい。
「例えばここにダブルドラゴンってカードがあるだろ? 能力値は15。レベルは3。このカードを場に出す。今はレベル1だ。次の俺のターンが来た時にダブルドラゴンが場に残っていたら、レベル2になって能力値がプラス5されて20になる。このカードはレベル3と書かれているから、最大で25の能力値まで強化されるってわけ」
ミスターエースが説明する。このゲームはいかに自分のモンスターをレベルアップさせ、相手のモンスターの成長を妨害するかが鍵となるそうだ。説明を聞き終えた俺はミスターエースから五百枚近いカードを手渡された。
「とりあえずルールは覚えたろ? そのカード貸してやるから山札作って勝負しようぜ」
ミスターエースの提案を受け、俺は山札を何パターンか組んで十回ほど対戦をしてみた。
結果は全敗。
何度やっても勝てる気がしなかった。試しに俺の山札とミスターエースの山札を交換して勝負をしてもらったが、結果は一緒。カードの使い方や相手の手を予測する頭、そしてここ一番の引きの強さが違いすぎる。コイントスなどの運要素でも全てがミスターエースの有利に働くのだ。試しにクレイモアとは関係なくコイントスで勝負してみたが、表と裏をトスの前に予測するという単純ゲームでも全く俺は勝てなかった。
「きゃははっ! 狼獣人もゲームじゃあ俺には勝てないな! うーん、俺って強えええ! 自分の才能が恐ろしくなっちゃうぜ! おら、模擬戦は終わり! カード返せよな犬っころ。そんじゃあ、対戦楽しみにしてるよーん! あっ、そうそう。そこの女の子! ちゃんと体洗っといてよ! 俺臭い女の子とか嫌いだから。つーか、お前らさっさと部屋から出て行けよな。俺は今から女の子たちと話があるんだからよ。あはははは」
ミスターエースとの模擬戦から一時間後。
俺とさくらはMS機関に用意されたホテルの一室にいた。ミスターエースとは違いビジネスホテルのツインルーム。さほど広くもないその部屋のベッドの上には二千枚近いカードがバラバラに並べられている。『クレイモア』の運営側が用意してくれた品々だ。全種類のカードを用意してくれたらしい。
俺はベッドに腰掛けながらそれらのカードを一枚一枚眺める。こうして見るとイラストもなかなか魅力的なカードだと俺は思う様になっていた。カードテキストには世界観説明のフレーズがあり、それらを読むだけでもちょっとした小説を読んだ様な気分にさせられる。
さくらと言えば悲壮感漂う表情でタブレット端末を操作していた。何をしているのかと尋ねるとミスターエースのデータを収集しているらしい。過去の大会で使っていた山札と戦術をリストアップしているそうだ。
「おおよその傾向ですが、ミスターエースはドラゴンカードを中心としたカードを使い、速攻戦で勝つパターンが一番多いですね。ただ絡め手の類も得意としていて、例えば相手の山札切れを狙う持久戦で勝つこともあります。この『クレイモア』の大会ではプレイヤーはメインの山札以外にサブの山札二十枚を持つことが許されていて、対戦の合間に山札の組み合わせを変えることが許されているんですよ。対戦相手に合わせて、速攻型、持久戦型、妨害型、特殊勝利型という感じで柔軟に対応できるわけです。まぁ、認めたくはないけど上手いプレイヤーですね」
端末を見ながらさくらが忌々しそうに説明した。俺はカードを手にしながら聞き流す。
「ちょっと大牙さん聞いてますか? もし大牙さんが負けたら私あの男の好きな様にされるんですよ! ちゃんと責任持って勝利してくれないと困りますからね!」
「聞いてるって。ぎゃーぎゃー喚くなよ。今どういうカードがあるのかチェックしているんだからよ」
「正直勝ち目薄いですよ。経験や運、カードの知識が違いすぎます。おまけに今回の対戦は日時や場所、細かいルール判定こそ私たちに任されていますけど、トーナメント式の大会と違ってミスターエースがどんな山札を使ってくるか事前に予測できません。もう逃げたいくらいですよ、私」
うなだれるさくらを無視して俺はカードを見続ける。
「ブラッディドラゴン」モンスターカード
レベル5 能力値30 自分のターン開始時に能力値に+10(最大+50)
「荒野の銃戦士」モンスターカード
レベル3 能力値10 自分のターン開始時に能力値に+5(最大+15)
自分のターンに一度コイントスをしてもよい。表が出た場合、このカードの能力値分相手の持ち点を削る。
裏が出た場合、このカードの能力値分自分の持ち点を削る。
「天地創造」スペルカード
お互いに手札すべて山札に戻しシャッフルする。その後、お互いにカードを三枚引く。このターン、このカードの持ち主は攻撃できない。
「沼地の魔王」モンスターカード
レベル5 能力値10 自分のターン開始時に能力値に+3(最大+15)
自分の場に「沼地の魔王」「密林の覇王」「天空の凶王」が揃い、その全てがレベル5になった場合このカードの持ち主はゲームに勝利する
「時の歪み」スペルカード
自分の場にいるモンスターカードはレベルが2上がる。
「轟く餓狼」モンスターカード
レベル2 能力値20 自分のターン開始時に能力値に+5(最大+10)
カードの効果でプレイヤーがカードを引いた場合、トラッシュのスペルカードを一枚選択し効果を発動する。
「マーリンの特効薬」スペルカード
自分の場にいるモンスターカードを一枚選択する。そのモンスターのレベルを最大にする。ターン終了時に選択したモンスターカードをトラッシュに置く。
「同胞の呼び声」スペルカード
自分の場に「沼地の魔王」「密林の覇王」「天空の凶王」のいずれかがある場合、山札から「沼地の魔王」「密林の覇王」「天空の凶王」のうち二枚を場に出す。このターン終了時にこのカードの持ち主はこのゲームに敗北する。
ふむふむ。なるほどねぇ。
俺は全てのカードをチェックし終えると必要なカードをピックアップする作業を始めた。
「さくら、俺は山札を決めたぜ。ミスターエースに対戦を申し込む。明日の夜だ」
「‥‥‥‥大牙さん、どういう山札を作るつもりです? 絶対に勝てるんでしょうね?」
「さぁな」
「さぁなって‼︎ 負けたら私あのゲス顔男に何されるか分かったもんじゃないんですよ! マジでお願いしますよ!」
「落ち着けって。要はミスターエースを引退させれば良いんだろ?」
「それが難しいから不安なんじゃないですか。大牙さん以上に強くて経験がある人ですら簡単に負けてしまう様な相手ですよ。思いつきで勝てるほど甘くないですよ」
「まぁ、普通にやれば勝ち目なんてないだろうな。だから俺なりのプレイングで引退させてみせるさ」
次回は11/11(土)0時ごろに更新する予定です