バランスブレイカー(1/3)
「話は変わりますけど、大牙さんって子どもの頃はどういう物で遊んでいたんですか?」
フリーウェイを走行する一台のキャンピングトレーラー。
俺は車室に備え付けられたソファに腰掛けながらタブレット端末を操作していた。そんな俺へと声をかけてきたのはベッドに寝転び、子どものようにゴロゴロと寝転ぶ若い日本人女。
年齢は二十代中頃か。ふんわりとした茶髪にスーツ姿のその女ーー木下さくらは俺のお目付役だ。
「子どもの頃か? えーっと何してたっけな俺」
「やっぱり仕留めた子鹿をいたぶって遊んでいたんですか? そんな外見ですし」
「そんな外見ってお前な」
狼獣人。今の俺を説明するにはこの言葉で十分だろう。
狼の頭部に尻尾を有した人ならざる外見。上下黒のベストとズボンこそ身につけてはいるが、灰色の毛皮と二メートル半の体格が相手へと威圧感を与える。街中に現れたら間違いなく通報されるだろう。
「うーん、しかしそう言われると玩具って物で遊んだ記憶がないな。いつも拳銃とナイフを握っていたような覚えがあるぜ」
「ふーん。物騒なことには変わりないですね。子鹿でも拳銃でも」
「うるせぇ。だいたい子どものころはまだ人間だったつーの。お前らMS機関に出会っていなかったからな」
「まぁまぁ、MS機関に出会ったことで大牙さんが狼獣人になったのは事実。でもそのお陰でこうしてキャンピングトレーラーに乗って優雅にタダでアメリカを旅行出来ているのも事実じゃないですか」
俺は窓の外へと視線を向けた。
いつのまにかフリーウェイを降りたトレーラーは街中を走っていた。高層ビルが立ち並ぶそのエリアはアメリカの中でも歴史が古い都市部らしく、近代的な高層ビルに混じって歴史を感じさせる赤煉瓦で作られた建物をよく見かけた。犯罪大国などと呼ばれるアメリカだが、この都市は比較的治安が安定しているそうだ。
「しかしキャンピングトレーラーを用意してくれるとは流石アメリカ本部だな。思いっきり背も伸ばせるし、空調は効いているし最高だ。空港でのやりとりも快適だった。日本支部も見習って欲しいもんだぜ」
「それは私じゃなくてティーブレイクさんに言ってください。それよりも大牙さん。そろそろ目的地ですよ」
「ああ、そうらしいな。ところでよ。今回俺は何をすれば良いんだ? MS機関から仕事だって言われてアメリカまで来たけどよ。まだ何も詳しい話を聞いていないぞ」
「私もよく知らないんですけど、誰かと勝負して欲しいそうですよ」
トレーラーが到着したのは都内のとあるスタジアムだった。現地のスタッフが案内をするらしく、俺たちは関係者用の身分証明書を発行されてスタジアムへと入った。
てっきり何かのスポーツでも行われているかと思ったが、スタジアム内は熱烈な歓声などはない。そこには俺が初めて見る光景が広がっていた。
白いテーブルがスタジアムにびっしり並べられその全てに人が着席していた。テーブルの上に色とりどりのカードが束にされたり、一枚ずつ並べられている。座っている連中は必ずペアを組み対面して座っていた。
会場には大型モニターや中央部には箱型のボックスがあり、その内部にも黒いテーブルと椅子が設置されている。会場内にはダンスミュージックが流れていて、俺の知っている場所だとゲームセンターに近い雰囲気だ。
「ここは『クレイモア』のアメリカ大会会場なのデス」
と現地スタッフが説明してくれた。くれいもあ? 何だそりゃ?
首を傾げる俺を見てなぜか現地スタッフが悲しげな表情をしてみせる。あれ? 俺なんか失礼なことしたか?
「大牙さん、『クレイモア』っていうのはトレーディングカードゲームです。結構有名ですよ。ちなみにMS機関が運営と制作に関わっています」
「え? マジで?」
「大牙さん、機関に関連する人なら常識ですよ」
「いやいやいや。だってMS機関って生物学とか兵器開発とか、そういう研究をする場所だろ? カードゲームの運営とかは関係なくないか?」
「面白そうな事なら何でも関わって見るのがMS機関ですからね。主にオンライン対戦でのシステムサポートで協力しているんですよ。それに機関の中には『ギャンブルなどの勝率』などを研究する人もいるわけでして、カードゲームだってアプローチによってはちゃんとした学術の研究対象に成り得るんですよ」
改めて会場を見てみると、ある程度年齢層に別れて対戦してはいるみたいだが、基本的には老若男女問わず参加者は多い。観戦している連中もいて、よく見ればテレビ局の取材まで入っている。
「トレーディングカードゲームねぇ。聞いたことはあったがこんなに盛り上がっているとは知らなかったぜ。どいつもこいつも楽しそうにしちゃってよぉ」
「そうですねぇ。この国ではれっきとしたプロプレイヤーというのもたくさんいるんですよ。こういうイベントって賞金出るんじゃなかったかなぁ」
「え? カードゲームで勝つと賞金出るのかよ!」
「そういうこともありますよ。ちょっと聞いてみますね‥‥‥‥‥‥やっぱりそうです。賞金出るみたいですよ。この大会だと七万ドルだそうです」
「七万ドル‼︎ すげぇな」
会場では次々に対戦が組まれてはゲームが始まり、そして終わっていく。そういうことを何度も繰り返した結果、どうやら決勝戦まで大会は進んだ様だった。
会場中央に設置されたボックスへプレイヤーが二人案内されていた。一人は筋骨隆々で髭を蓄えたおっさんだ。カードよりも散弾銃を持っている方が似合いそうな外見。手元でシャッフルされるカードが小さく見える。
もう一人は二十代中頃の若い男だ。ドクロの描かれた服装に鼻ピアス。ニヤニヤと人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべた男だった。若造の態度が癪に触るらしく、おっさんの表情も堅い。
お互いがカードの束をテーブルに置くと、会場中から突如として歓声が上がった。湧き上がる熱烈なコール。驚いたことにそのほとんどがおっさんの味方をしているようだった。
「なんだこりゃ? なぁ、ガイドの兄ちゃんよ。あのおっさんってそんなに人気プレイヤーなのか?」
「いいえ。どちらかというと対戦相手のミスターエースが嫌われ者なのデス。彼はクレイモアの世界王者なのデス」
ミスターエースを呼ばれた若造がカードを引いた。ゲームが始まり、そして進んでいく。俺にはルールなんて分からないが大型モニターに映し出されたプレイの様子、そして観客のリアクションからおっさんの方が劣勢であることは何となく伝わった。会場の声援も徐々に小さくなっていく。
おっさんがガクッと肩を落とした。勝敗は決したらしい。会場からは大きなため息。それに呼応するかのようにモニターに映るミスターエースは下衆を体現したかの様なニヤケ顔を晒していた。
「この大会で負ければミスターエースは引退となるはずでシタ」
ガイドスタッフがぼそりと説明した。その口調は隠しようもないほどに落胆に満ちていた。
「ここだけではありまセン。ミスターエースは一年前から色々な大会で『負ければ即引退』と表明していマス。そして未だに敗北していまセン。クレイモアのプロとなってから七年間の通算賞金獲得数は全米トップ。無敗なのデス」
「無敗ねぇ。会場の様子を見るにかなり嫌われている様だな、ミスターエースとやらは」
「その通りデス、狼君。嫌われ者。ヒールなのデス。でも普通のヒールではなく、彼は本当に嫌われていマス。我々運営スタッフも危機感を覚えているのデス。あまりにも彼が強すぎるため、他の大会では参加者が三人しか来なかった例もありマス」
「なんだそりゃ」
「人格的にも粗暴、無神経。ドラッグや交通事故などはまだ可愛いもので、暴力事件や婦女暴行容疑などのトラブルを産出しているトラブルメーカーなのデス。報道のたびにクレイモアのイメージも悪くなりマス。実際にカードの売り上げも大きく下がり、新規ユーザーも増えていない現状デス」
「ふーん。迷惑なプレイヤーってわけね。まぁ、そういう奴とうまく折り合いつけるのも運営の腕の見せ所なんじゃあねぇの」
「それは仰る通りなのデス。しかし、ミスターエースは言うことを聞きまセン。挙げ句の果てに初心者狩りのような迷惑行為や偽造カードの作成などをしているという通報があとを絶たないのデス。大会への出入り禁止にしたこともありますが、そうすると報復として別の迷惑行為をして被害を出すのです。何とか交渉し、賞金額を少し上げる代わりに負ければ引退という状況にだけは持ち込むことが出来たのデス」
ガイド君が俺を真っ直ぐ俺を見る。その目は何か救世主でも降臨したかの様に希望に満ちていた。
「あっ、私何となく展開がわかりました」
さくらがそんなことを言った。ん? おい、まさか‥‥‥。
嫌な予感を感じる俺を他所にガイド君は口を開いた。
「狼獣人大牙。君は色々なトラブルを解決してきたと聞きマス。アメリカ本部からの指令デス。無敗のカードゲーム王者、ミスターエースを負かし引退させてほしいのデス」




