ヒーローテスト(3/3)
「いやぁ、よくやってくれたよ、狼君。これは報酬だ受け取ってくれ」
ヒーローテスト終了の翌々日。
俺とさくらはエルカルシティの市役所へとやってきていた。シティ中央に位置するこの市役所は地上五十階という場所にある。俺たちは市長室へと案内され、ハゲ頭の市長と対面することになったのだった。
「受け取るぜ市長さんよ。しっかし、酔狂なイベントだったな」
報酬の小切手を受け取りながら俺は市長へと話しかける。ハゲ頭は豪快に笑いながら、
「ははは。確かに酔狂だな。実際大変だったよ。腕自慢たちを集めるのも、舞台となる候補地と所有者との交渉やら、医療機関や警察組織との連携とかね。だが、にわかヒーローに辟易していた市民の協力が後押ししてくれた。今、このエルカルシティは正常に戻ったんだ。喜ばしい限りだよ」
「他の悪役さんたちはどうしたんですか?」
俺の手から小切手を奪い取りながらさくらが市長へと訪ねた。
「君らと違って昨日の早朝に報酬を受け取ってさっさとシティから出て行ったよ。何人かは一般市民に怪我をさせたから警察の世話になっているがね。まぁ、相手は軽症だったし悪役たちに感謝していたから穏便に解決するだろうね」
「へっ、悪役に感謝とかどんだけここのヒーローは嫌われていたんだかな」
俺の言葉に市長は愉快そうに笑ってみせた。
「まぁ、イベントは成功。一応表向きの企画としてヒーローの投票を行って一位のヒーローも決めた。そのヒーローにはこれから二百日間の奉仕活動をしてもらうよ。ボロ雑巾のように身も心もズタズタになるだろうね。その様は逐一放送する。子供達がヒーローに憧れることはなくなるだろうね。喜ばしいことだよ」
「しかし、市長さんよ。このシティはヒーロー人気で有名なんだろ? こんなネガキャンして大丈夫なのかよ?」
「別に問題ない。このシティの基幹産業は健在だ。観光客が少し減るくらいだろう。映画のロケ地としての需要は依然としてある。ヒーローグッズの店は潰れるだろうがね」
ヒーローなんていなくとも誰も困らないよ、と市長は愉快そうに言い放った。
市長室を出た俺とさくらは昼食を食べようと市役所内の食堂へと入店した。もっとも高層ビル内のワンフロアをまるごと使った店舗なため、ぱっと見は高級レストランに見える。
俺の姿を見て一瞬店員は顔をしかめたが、すぐに営業スマイルを取り戻すと店の一番奥のテーブルへと俺たちを案内した。観賞植物が仕切りとなり、俺の姿が他の客に見えにくくなる場所だった。俺への配慮なのか他の客への配慮なのかは分からないが騒がれにくくなるのは助かる。
注文を済ませたさくらはカバンからタブレット端末を取り出すと、画面を俺へと見せつけてきた。画面には折れ線グラフやらよく分からないカウンターのような物が表示されており、折れ線グラフはある点を境に急降下している。
「この一週間の間で投稿されたヒーローに関する動画再生数やSNSの反応をまとめたグラフです。大牙さん、見てください。ヒーローテストが始まってから動画の投稿数再生数ともに激減しています」
「ヒーローテストの効果が出た、ということか」
「大牙さんみたく悪役試験官の活躍もありますけど、同時に実行されていた反ヒーロー記事の効果も合間って効果覿面だったみたいですね」
「なんだその記事って?」
「シティがライターを雇ってですね、ヒーローのかっこ悪さを徹底的に押し出した記事を同時多発的にネットやテレビで拡散させているんですよ。『もっともモテない職種はヒーロー』とか。『ヒーローなんてダサい』みたいな感じの記事をです」
「無駄に金かけているなぁ。でもまぁ効果はあったわけか」
「前も言いましたけど、にわかヒーロー人気を支えているのは子供や若年層ですからね。子供はメディアの影響も受けやすいですし、すぐに目移りもします。小学生のコミュニティサイトをさっき覗いて見ましたけど、『お前まだヒーローとか見てんの?』『親戚の兄さんがヒーローなんだけど、もう僕あの人のこと見たくないや』『付き合うなら医者だよね。ヒーローとか前は良いかなぁとか思ったけど今は無いわww』とか書き込まれてましたよ。ちなみに子供たちの間では新しくブームとしてゲーム実況が流行っているとか」
「多少夢がないようにも見えるが、これでシティは平和になったわけだ。それにしてもヒーローごっこしていた連中はどうなるんだ?」
「聞いた話だとすでに職業安定所は若者で溢れているらしいですね。これでシティの人手不足も解消するでしょう」
馬鹿馬鹿しい企画だと思っていたが、俺の心配を他所にどうやら成功しているようだな。
運ばれてきた食事を頬張りながら俺とさくらは報酬の確認をした。俺が三日間で遭遇したヒーローの数は百二十人と試験官のなかでも断トツだったらしい。もっともこの内の百人は千獣戦隊を名乗るバカ一団であるためカウントとしては二十三組のヒーローと遭遇した計算となった。ちょっと損をしたような気分にはなったが、ヘリコプターの修理代にはなんとか足りそうだ。
それにしてもエルカルシティはこれだけの金を払って大丈夫なのだろうかと他人事ながら気になってくるぜ。さくらが言うには基幹産業である軍事産業が隣国の内戦で盛んだから大丈夫なのだそうだ。ヒーローで人気のシティが軍事産業で儲かっているとは何とも皮肉を感じる話だが、世の中なんてそんなものかもしれないな。
食事を終えた俺たちは取り敢えず今日は観光してから帰国することにした。昨日は疲れと面倒臭さから一日中ホテルで寝ていたからな。ゆっくりとさせてもらおう。
「そう言えばドローンの映像を見せてもらいましたけど、結構大牙さんもノリノリで悪役してましたよね?」
「あ? 俺はいつも通りクールだったぜ」
「そうですかぁ? 『おいおいそんなパンチじゃあ効かないぜぇ! 鍛え方が足りねぇんじゃねぇのかヒーロー様よぉ!』とか叫びながらバトルしていたじゃあないですか」
「‥‥‥そう言えばそんなことも言っていた気が‥‥」
「ばっちりMS機関に報告しておきました。貴重な戦闘シーンでしたから」
「‥‥‥‥」
「結構子供っぽいとこあるじゃないですか、大牙さん」
そんな会話をしながら俺とさくらはシティ内を観光した。たまにテストの影響で崩壊している建物を見かけるくらいで、シティ内は実に平和だった。さくらに引っ張られ雑貨店に連れられたが、店の入り口には『ヒーローお断り』のプラカードが掲げられている。店主によればシティから公式に発行されている防犯グッズの一つらしい。徹底してるな。
シティは実に平和で夕方にもなると電飾によって摩天楼がその存在感を増してきていた。
俺とさくらは川沿いのオープンテラスで夕食を取りながら帰国の手順を確認し合っていた。店内ではプロによるピアノの生演奏が流れており他の客も優雅に食事を楽しみ、平和を謳歌しているように見える。
俺が飛行機の貨物室に入れられるのは嫌だ、せめて船の貨物室にしろとさくらに抗議している時に、それは起きた。
対岸の建物が突如として爆発した。轟音とともに建物の窓ガラスが吹き飛び、同時に紅蓮の炎が飛び出す。通行人たちはガラスの破片に悲鳴をあげ、次に炎の熱さに逃げ惑い始めた。その間にも爆発は連鎖的に続き、恐る人々をあざ笑うかのごとく、破壊の限りを尽くしていた。
突然のことに俺たち以外のその場にいた全員が対岸へと目を向け固まった。ややあって短い悲鳴と動揺が店内へと広がっていく。
場がパニックに包まれる中、俺の目は対岸の建物から出てくる人影を捉えた。
不気味なマスクを身につけた集団が建物の一階から出てくると、手に持った拡声器のようなもので何かを喚いている。サイレンの音とともに警察が到着したが、謎の集団は銃をもっているらしく、警察との打ち合いが始まった。
「ありゃりゃ派手ですねぇ。テロでしょうか?」
「いや、テロにしてはなんだか様子がおかしいぞ? あんなコスプレ染みた格好のテロリストなんて聞いたことねぇしよ」
俺とさくらがそんなことを喋っていると、店の入り口からハゲ頭の男が数人の護衛を連れて入店してきた。ハゲ頭は混乱する店内をきょろきょろと探るように視線を動かせ、俺たちに気づいた。
「よかった。まだ帰国していなかったのだね。ようやく見つけたよ」
一直線に俺たちのテーブルへとやってきた市長が話しかけてきた
「なんですか、市長さん? ご覧の通り食事中なのですけどぉ」
「失礼を承知だよ、お嬢さん。しかし、だ。狼君に是非とも力を貸して欲しい」
「俺に? なんかあったのか?」
「ああ。若者たちが新しい仕事を見つけたようなんだ」
「良いことじゃないのか、それ?」
「とんでもない。対岸の爆発を見ただろう? あれだよ」
「あれが新しい仕事? 若い連中、テロリストでも目指し始めたのか?」
「似たようなもんだ。悪役にハマり始めたんだ」
「はぁ?」「はぁ?」
「つまりだ。ヒーローテストでヒーロー人気はなくなった。だがヒーローをボコボコにする悪役の方に人気が出てしまったんだよ。職安に来る若者たちが急に少なくなってね。気になって調べたら悪役として悪事を働いてそれを動画投稿しているようなんだよ! 再生数もすごいことになっているんだ!」
市長の説明を受け、ようやく俺にも事態が飲み込めてきた。ブームが変わってしまったわけか。しかも悪い方向に。
「シティのあちこちから警察に通報がきている。この一時間で百件だ。もう警察の対処能力を超えている。是非とも狼君、君にも治安維持のために力を貸して欲しいのだ」
「なんだそりゃ? 嫌だぜ面倒い」
「そう言わずに頼むよ。たぶん君なら彼らの暴走を止められると思うんだ。どうも君のヒーローテストでの活躍がネット上で話題になっているらしい。偽りの正義を倒した狼獣人としてね」
「え? 俺の動画が出回ってんの?」
「どうもそうらしい。動画視聴者たちの中で君が悪のカリスマ的存在として信奉されているようなんだ。頼む! 是非ともダークヒーローとして活動して欲しい」
「ふざけんなっ! 付き合ってられるか! 俺は帰る!」
しがみ付く市長を振りほどき俺はさくらを連れてレストランを飛び出た。その途端に停車していたバスがマスクを被った集団に襲撃されている光景が目に飛び込んできた。よく見ると撮影用ドローンが空中を漂っている。
俺はさくらを抱えて大通りを一気に駆け抜けた。
「悪のカリスマですか。大牙さん、やっぱり悪人の素質があるってことですよ。よかったですね」
「うるせぇ。そんな素質いらねぇよ。このまま空港に行って出国するぞ。付き合いきれん」
「このシティはどうなるんでしょうかね? 来月あたりにヴィランテストが開催されたりして。大牙さん、今度も参加しましょうね」
「冗談じゃねぇ。勝手にやってろ!」
<ヒーローテスト 完>