第一話 カタリナという少女
「ふわぁぁぁ」
大きなあくびとともにベッドから起き上がったのは黒髪黒眼を持つ少女、カタリナ・ベル・クライアス。彼女が目を覚ました場所はアストレア王国、王都セルシアに居を構えるクライアス公爵家の邸宅、から歩いて数分の別邸の一室。カタリナはこのアストレア王国の公爵家の長女として生を受けた。
そんないいところのご令嬢が朝から大きなあくびをしてもいいのかと問われると怪しいところではあるけれど、それも大目に見てほしい。なぜなら昨日は諜報機関『影』より与えられた任務である辺境の人攫いに関する調査を夜遅くまで行っていたのだから。お前は騎士団に丸投げして帰ったでしょって?確かに昨日は騎士団に犯人と被害者の村民をすべて丸投げして帰ってきたわけではあるが、そもそも人攫いの一団を発見できたのが日付が変わってから、さらに一刻ほど時間が経った頃だったから、帰ってくる時間が遅かったのだ。寝不足になるのも仕方のないこと。
そういうわけで、帰るのが遅くなると判断した私は上司のところへ寄らずに、直接屋敷へ帰ってきてしまった。つまり、昨夜の人攫いに関する報告がまだ、ということである。あまり気は乗らないが、今日は上司の所へ赴き報告を行わないといけない。だがしかし、
「もう少しぐらい寝てもばちは当たらないと思うんだよね。ということでおやすみなさい」
「失礼いたします。お嬢様」
「アリアさん、ノックはー?」
「お嬢様には必要ないかと」
「必要ないことはないと思うので、次からしっかりお願いしますねー」
彼女はアリア。皆が私を魔女の末裔として忌み嫌う世界の中で、私に普通に接してくれる物好きなメイドである。態度が悪めなのが玉に瑕ではあるけれど...。
「覚えておきます。それよりも、起きてくださいお嬢様。今日はコリック様の屋敷へ行かれるのでしょう?」
「えー?もう少し寝ててもいいでしょう?昨日は頑張ったんだから、少し休んだってばちは当たらないわよ」
「私といたしましてはそれでも一向にかまいませんが、少なくともコリック様から罰が与えられるかと」
「さてとっ、そろそろ起きますか!」
以前、仕事の報告を後回しにし続けた自分に対して向けられたあの上司の鬼の形相を思い出し、抵抗をやめることにした。次は殺すとでも言わんばかりのあの顔は好んで見たいものではない。
そう思いつつベッドから起き上がり、朝の支度を始める。アリアの持ってきたお湯で顔を洗い、髪をすいてもらう。今日は報告へ行くだけなので軽めの化粧もしてもらう。
「アリア、今日の朝食は?いつもと同じ?」
「はい。同じでございます。パンにスープにサラダ。......嫌われてるんじゃないですか?お嬢様」
「嫌われ者でも公爵令嬢なんだけどな......?」
私に対する差別は家の中でも例外ではない。私の父と母、祖父母、曾祖父母に至るまで金髪碧眼や、真っ赤に燃える炎のように赤い髪といった、黒からほど遠い色を持つ人々ばかりだった。過去には黒に近い茶色でさえもこの家には存在せず、黒髪黒眼をもって生まれた者はもちろん1人としていなかった。だから私の両親は生まれたばかりの私を目にして大層困惑したそうだ。国一番の医者や占い師、コネをフルに活用して原因を探ったようだが、結局原因不明。見かねた両親は公爵家から魔女の末裔が生まれたことを認めたくなかったのか、生まれてすぐの私を離れに移し、乳母を母替わりとした。そこからはまあ必死に生きてきた。必死に、生きて、生きようとして、なぜか、この国でトップクラスといわれるほどの実力者になっていた。
なぜか、というと少し語弊があるかもしれないけれど。私はその原因の一端を知っている、おそらく私の髪と眼が黒い理由も。私には前世の記憶がある。ここではない世界、地球の、日本。私は向こうで死んだ。なぜ死んだのかは思い出せないが、死んだ私が次に目を覚ました時、この世界で産声を上げていた。そんな私からすればこの世界は、物語の中にしかなかった魔法なんてものもあって最初はわくわくしたものだったけれど、それも魔女と蔑まれるようになってからは生き抜くための手段になり下がった。
家族の寵愛を受けれず、離れで孤独に過ごしていた私がこうして成長し、『影狼』と呼ばれるまで成長できたのは、前世の記憶とこの魔法があったからだ。魔女と蔑まれようが、私は生きている。こんな世界に負けてたまるかってんだ。
「元気を出してくださいお嬢様。お給金が支払われている限りは私はお嬢様を嫌いになりませんから」
「ありがとね、守銭奴メイド」
この本音駄々洩れメイドめ、私を魔女と呼ばないことと、いつも準備を手伝ってくれていることに免じて許してあげよう。
くだらない掛け合いをしている間にもアリアはてきぱきと私の支度を整えていく。私の背中までかかる黒髪をすいて動きやすいように編み込み、適当に化粧も済ます。そのあとはいつも通りの黒を基調としたワンピースを着るだけ。なんで黒かって?私が黒が好きだから。どうせ髪と眼だけで魔女扱いされるのだから服の色を変えたところで変わらないよ。
「できましたよ。今日もお美しいですね」
「ありがとうアリア。いつも通り、腕がいいわね。さぁ、朝食を食べに行きましょう」
身支度を整え、いつもと同じ朝食を終えた私は今、1人馬車に揺られ上司の屋敷へと向かっていた。この時間は言うまでもなく、憂鬱である。私は元来出不精である。できれば屋敷から出たくないし、一日中何もせずに過ごすことも苦と感じない人間だ。そんな人間が職場へと向かう馬車の中を楽しく感じる道理があろうか、いやない。
「行きたくないぃ。どうして直接面と向かって私が報告しないといけないんだ。あの場には他のメンバーもいたはずだし、私はただ敵を掃除しただけなんだから小難しいことは騎士団か何かが全部すればいいのに、なんで私が。やだなぁ、」
ごねたところで時間は止まらず、外の景色が見覚えのあるものに変わってきたかと思うと馬車が停止した。
「お嬢様。つきましたぞ」
「はぁ、ありがとう、グリス。いつも通りすぐに戻ると思うから、少し待っていて」
「かしこまりました」
長年仕えてくれている老齢の御者にお礼を伝え、私は目の前の屋敷へと歩を進める。
本当に、憂鬱だ。ここまで私が外へ出ることを嫌がる理由は単に私が出不精というだけではない。屋敷のドアを叩き、少し待つとドアが開かれた。笑顔で現れた執事が私を認識した瞬間に露骨に顔をゆがませる。
「カタリナ・ベル・クライアスよ。コリック殿にお目通し願えるかしら」
「......ちっ。コリック様より話は伺っている。いつもの応接室で待て。あまり屋敷をうろつくなよ、魔女の血で汚れる」
「...どうも」
開かれた豪華な玄関から屋敷へと入り、公爵家の本邸よりも見慣れた屋敷の中を迷うことなく進む、冷ややかな視線を浴びながら。
「魔女だ」
「また来たのか」
「見るな、不幸を移されるぞ」
これが、憂鬱の正体。屋敷の外へ出るとこうして悪意にさらされる。慣れたとはいえ流石に気持ちのいいものではない。絡みつく視線と悪意を振りほどくように歩くスピードを少し上げ、無視して応接室へと逃げ込む。バタンッ、と勢いよく扉を閉めてようやく一息つく。よくもまあ、飽きないものだなぁと、強がってみるが内心はうんざりだった。
「はっはっはっ、なんだ、魔女と呼ばれるお前にも人間の血が通っているのだな」
誰もいないと思った応接室には先客がいたようだった。これでも私はこの国でトップクラスの実力者。そんな私に気配を悟らせない人物というとこの国にはそういない。目の前の、いかにも座り心地のよさそうなソファに偉そうに腰かけている、スキンヘッドの快活そうなじじいはまさにその1人である。
「師匠。悪戯に気配を隠すのはおやめください。あと、私は魔女ではありません」
「お前の腕がなまらないようにチェックしているんだろうが」
コリック・ウィル・アンダーソン、それがこの男の名前。古来より王家の指南役として大成してきた由緒正しき武家の家柄、アンダーソン伯爵家の現当主、この屋敷の主だ。そして幼少期の私に目を付け、半ば無理やり私を『影狼』へと仕立て上げた張本人、私の師匠である。しかし同時に諜報機関『影』を裏で取りまとめるビッグボスでもある。彼は私の師匠であり、上司だ。
「御冗談を。師匠が本気で気配を消せば感じ取れるものなどこの世界に存在しません」
「それこそ冗談だろうが。この世界には俺なんかが足元にも及ばねえような強者がごまんといるんだ。それを知らない内はお前もまだまだ未熟だってことだな!がっはっはっはっ!」
この人の笑いのツボは10年以上一緒に居てもよくわからない。ただ、機嫌がよさそうなのは私にとっては好都合である。今日は早く済みそうだ。
「で、お前さん。なんで報告が遅れてんだ?」
フラグだったかッ、ちくせう。




