第1話 店長の代わりに出た娘さん
「えっウソ」
藤田周は目が丸くなったままスマホから目を離せなかった。周のスマホの画面にはバイト先の店長とのチャットが映っている。
『藤田ごめんね』
『ぎっくり腰になっちゃった』
『今日出られない』
店長の不在。周は目の前が真っ暗になった。
これじゃ、一人で店番するのか。
「ウソ。頼むから嘘だって言って」
周は目を擦ってメッセージを読み直してみたり、これ夢かと思って頬をつねってみた。だが、頬に残るヒリヒリとした感覚が、これが現実だと、夢でも嘘でもないと語っている。
周は机に突っ伏してため息をついた。
「一人は無理ですよ」
半年くらいあの店でバイトしたから仕事には完全に慣れている。だが、だからといって一人で店番できるほどではない。多分、店長だとしても一人で店番するのは難しいと思うが、たかが一介のバイトに過ぎない周一人で店番するなど、不可能に不可能に近いことだった。
「はあバイト行きたくないな」
普段からバイト行きたくないのに、一人だと思うと憂鬱になってますます出勤したくなくなった。
「よー周」
絶望してため息ばかりついている周のもとへ、一人の男子生徒が手を振りながら近づいてきた。クラスメイトの白石みなとだ。みなとは周の前の席に鞄を置き、後ろ向きに椅子に座った。
「お前なんでそんなに沈んでるんだ。なんかあった?」
「それが・・・今日、バイト一人でやることになりそうなんだ」
「ぷっ、はははっ! マジかよ」
何がそんなに面白いのか、みなとは大笑いした。周は眉間の皺を寄せた。
「笑うな。全然笑い事じゃないんだ」
「ごめんごめん。そんなことで落ち込んでるのがちょっとウケてさ」
みなとは必死に笑いを堪えながらそう言った。これを見て何か一言を言おうとすると、急にスマホが振動した。周は自分のスマホへ視線を移した。店長からメッセージが届いている。
『やっぱり一人はきついよね?』
はい。すごくきついです。一人で店番なんて絶対無理です。
と返事を打つ間もなく、続けてメッセージが届いた。
『そう思って娘に頼んおいた』
『代わりに娘が出るよ』
『素人だけど、一人よりマシだと思う』
『本当にごめんね』
周はメッセージを読んで首を傾げた。
「どうした?」
「いや、店長からメッセージが来たんだが。代わりに娘さんが出るらしい」
店長に娘がいたっけ。
よく考えてみると、以前面接のとき、店長に娘がいると聞いたことがあった。
『え、うちの娘と同じ学校だね。うちの娘と知り合いなのかしら』
『し、知りません』
『そう? まだ名前も言ってないのに』
初めてもバイト面接で緊張したため、記憶がぼんやりしているけれど、きっと娘さんと同じ学校だと聞いた。でも、名前も知らないし、同じ学校に通っているということ以外nは娘さんについて何も聞いたことないため、誰なのかわからない。
でも、一人じゃなくてよかった。と周が安堵していると、教室のドアがガラッと開いた。ドアの開く音に、周の視線は反射的にそちらへ向いた。開いたドアから、一人の少女が入ってくる。
茶色の髪は艶々にしている。青い血管が透けるような白い肌。大きな瞳と通った鼻筋。簡単に人を惑わす魅力的な美貌。その美貌に相応しい優しさ。クラスで一番の美少女で、学校内で彼女を知らない人はいないほどの人気者。学校のアイドルだと呼ばれている少女の名前は七瀬莉子だ。
「七瀬は今日もかわいいね」
「そうだな」
みなとの言葉に、周は思わず同意した。莉子の美貌にうっとり見惚れてしまった。
そういえば、七瀬さんの苗字も七瀬だね。店長と同じ。まさか七瀬さんが店長の娘・・・なわけないか。そんな偶然あるわけないだろ。
七瀬という苗字を使う人があの二人だけでもない。ただ偶然苗字が同じだけだ。と周は思った。
******
放課後。周はすぐにバイトするカフェへ向かった。カフェのドアを開けると、ドアベルがチリンと鳴った。コーヒーの香ばしい香りに満ちた店内では、客たちがテーブルに座っておしゃべりしたり、それぞれの時間を過ごしたりしている。なのに、レジには誰もいない。どうやら、娘さんはまだ来ていないようだ。
客が来るとき、レジに誰もいないと困るから。
周は更衣室へ向かった。さっさとユニフォームに着替えてレジに立つつもりだった。レジの裏手にある通路へ入ろうとした瞬間、更衣室のドアが開いた。そこからカフェのユニフォームを着た人が出てくるのが見えた。
その人が店長が言ってた娘さん?
と思った周は挨拶でもするつもりで彼女の方歩み寄った。向こうも同じことを考えているのか、ゆっくりとこっちへ歩いてきた。やがて距離が縮まり、二人は挨拶しようと軽く頭を下げた。
「初めましっ・・・あれ?」
「おはいようごっ・・・え?!」
お互いの顔を目にした瞬間、二人はお互いを指さしたまま凍りついた。
「な、七瀬さん!?」
間違いない。さっきは距離があって帽子をかぶっていたため、よく見えなかった。けど、この距離でははっきりわかる。この顔は同じクラスの一番の美少女、七瀬莉子だ。
莉子がここにいることがあまりにも信じられなくて、夢を見ているような気分だった。勘違いではないかと思って、何度も見直したが、目の前にいるのは間違いなく莉子だった。
「藤田くんだよね・・・? 同じクラスの。どうしてここに・・・」
莉子の声がかすかに震えている。莉子も周と同じくらい驚いたのか、指先も小刻みに震えている。
「店長が言ってた娘ってまさか七瀬さんだった!?」
「じゃママが言ったバイトって藤田くんってわけ?!」
二人はしばらくお互いを指さしたまま、開けた口を塞がらなかった。
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