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DMから始まる物語(3500文字)



 この間、私にDMをしてきた人に「その話が本当なら、1cmにつき1万円払います」と返信した。

 すると「分かりました。そちらの自宅でもいいですか?」と、すぐに返答があった。


 2日後、私は待ち合わせ場所に向かった。



 待ち合わせ場所に着くと、DMで伝えられていた服装をしたおじいさんがいた。


 公園のアーチに手を掛けて立っている。

 60代くらいだろうか。

 お腹が出ていて、やや小太りに見える。


 私はおじいさんに、「こんにちは。武部たけべさんですか?」と尋ねた。


 おじいさんに反応はなかった。


 スマホを取り出し、待ち合わせ場所を改めて確認しようとする。

 すると、「――あぁ、すいません、耳の聞こえも悪くてですね。」とおじいさんは答えた。


 誰もいない場所に向かって話している。


 おじいさんは、頭を振るような素振りをしたあと、私が立っている方にやっと向き直った。


 おじいさんには、白いヒゲが生えている。

 鼻下に生えたヒゲの色はほんの少し、緑色に変わっている。

 

 おじいさんは、「1cmにつき1万円ですか?」と尋ねてきた。

 私は「はい、そうです。今から私の家に行ったあと、少し準備をして、すぐに使わせて貰います。」と答えた。


 おじいさんは、「――はぁ〜よかった。もし話が違ったらどうしようかと思って⋯⋯。結構、不便な身体ですから、ここに来るまで大変でして、ほら、今日暑いでしょう。意外といい人でホッとしました。」と、1人で喋った。


 よく喋るおじいさんを車に乗せ、私は自宅へ向かった。



 私の自宅はロフト付きのマンションだ。

 広くもないし、グレードの高いマンションでもない。


 夏になると、ロフトの天窓には、たくさんの虫が張り付いているし、冬は冬で、使われていない管理人室のトイレのすき間から、山積みに耐えられなくなったチョウバエの死骸が、ポロポロ崩れ出てきて新しい山を作り始める。


 まったくいい部屋ではない。

 不満ばかりが募る。

 けど、私はこの部屋を離れるつもりはない。



 玄関を開け、1人で喋るおじいさんに適当な相槌を打ちながら、リビングへと案内する。


 おじいさんは、「1人暮らしは大変ですよね〜」と話している。

 私は戸締まりの確認をすると、「準備が終わるまで、何か飲みますか?」と、おじいさんに尋ねた。

 おじいさんは、「あー⋯⋯お酒とかありますか?」と聞いてきた。


 もちろん用意している。


 「それなら、日本酒の飲み比べとかしますか?」と私は呟いた。

 おじいさんは、「飲み比べはいいですね〜。それでお願いします。」と喋った。



 適当なツマミと日本酒を用意した私は、それをおじいさんの前に置くと、「ちょっとお風呂に入ってきますね。」と伝えた。


 おじいさんは、「――いや、お構いなく。」と呟いた。


 おじいさんの身体を思うと、私の身体も綺麗にする必要があるからだ。


 腕を洗い、胸も洗う。

 ピアスを外し、ピアスホールも念入りに洗う。


 お風呂を上がるとバスタオルが無かった。

 リビングに干したままだった。


 私は濡れた身体のまま、少し考えた。

 おじいさんのことを考えると、リビングにバスタオルを取りに行く必要は無さそうだ。


 私は戸棚から、脱脂綿と消毒用エタノール、それとメジャーを取り出した。

 化粧ポーチからは、眉バサミとコンシーラーブラシ、ピンセットを取り出した。


 それらを無印の箱に投げ込むと、私は箱を持ってリビングへ向かった。



 リビングの扉を少し開ける。

 「武部さん?起きてますか〜?」と尋ねてみる。


 何の反応もない。


 それはそうだ。 

 緊張してぐっすり寝ているだろうから。


 私はリビングに入ると、寝ている武部さんの隣に座った。

 床と触れるお尻が冷たい。


 武部さんの身体を観察する。


 武部さんの右腕には打撲や擦り傷、それに加え、変な赤みがある。

 左腕は綺麗だが、小指の爪だけが伸びている。


 ――ふと思いつき、お風呂場から持ってきた箱からコンシーラーブラシを手に取る。


 武部さんの右腕を、ブラシで軽く触れてみる。

 かなりくすぐったいはずだ。


 武部さんからは何の反応もない。


 次は左腕に触れてみる。

 小指が「ピクッピクピク」と動いている。

 

 それなら、顔は?

 武部さんは痒そうだ。

 顔の汗で、ブラシの毛が抜けてしまった。


 私は「武部さん?起きてくださいよ~?」と耳元でささやいた。


 まったく起きない。


 私は勢いよく立ち上がると、干してあったバスタオルを手に取り、髪の水気をぬぐった。

 キッチンに移動した私は、鍋を温めるために火をつけ、すき間から漏れている火でピンセットと眉バサミを熱した。


 あたりに焦げのようなニオイが漂う。


 火を止めた私は、武部さんを起こさないように、ゆっくりとロフトへ上がり、撥水はっすいスプレーを振りかけた洋服に着替えて、手袋をつけた。


 これで準備完了だ。



 私は寝ている武部さんの隣に座ると、ピンセットで脱脂綿をつまみ、消毒用エタノールをふくませた。


 エタノールを含んで冷たくなった脱脂綿を、武部さんの右前腕みぎぜんわんにつけてみる。


 問題は無さそうだ。

 そのまま消毒液を塗り広げる。


 打撲を押してみるが、武部さんから反応はない。

 本当に、感覚障害で右腕の感覚が無いようだ。


 消毒液で張り付いた武部さんの腕の毛を指先で束ねて、眉バサミで切る。

 「ジ⋯⋯チョキン」という音が聞こえた。 


 私はその音を境に我慢ができなくなって。


 眉バサミの尖った先端を、武部さんの手の甲にほんの少しだけ食い込ませ、それを一気に肘まで引き切った。

 老人のたるんだ皮膚は、何度もハサミにひっかかる。

 

 武部さんの腕には白い線が引かれ、その白線から、左右の皮膚を押しのけるように、ぷっくりとした血が実っていく。


 その血を指ですくって、武部さんの腕に塗り広げる。

 武部さんの右腕は、すぐに鉄のニオイを発し始めた。


 鼻の奥に留まっていく鉄のニオイ。

 昔、鼻血を出したときに、喉に流れてくる血を呑み込もうとして、何度もえづいたことを思い出す。

 

 ドMなのか、えづくたびに頭がジュルジュルと鳴って、フワっとした感覚がとても気持ちよかったのを覚えている。



 メジャーで傷の長さを測ってみる。


 25.3cm。

 1cmにつき1万円だから。

 武部さんに払う金額は25万円か。

 

 そんなことを考えていると、再度傷口に実った赤い血は固まり始めていて、血を包む膜ができていた。


 眉バサミの先端で膜を刺してみる。

 ドロっとした血の張力で、血は垂れたりせず、まったくつまらない。


 コンシーラーブラシをエタノールに浸し、塗り拡げた血を拭っていく。


 これは楽しい。

 まるで、化石を発掘しているみたいだ。

 血が掃除されていくたびに、傷口がはっきりと見えてくる。

 強いやりがいと充足を感じる。


 武部さんの右腕を綺麗に掃除したあと、傷口をブラシで擦ったり、叩いたりしてみた。

 打撲も体重をかけて、押してみたりもした。


 本当に感覚が無いみたい。


 私はお風呂場に向かった。

 


 しばらくして――。

 おじいさんは自分が落としたグラスの音に驚き、目を覚ました。 


 「あれ?私は寝てましたか?」と呟いている。

 「⋯⋯すみません、今から右腕に、あの⋯⋯お願いします。」とおじいさんは言っている。


 私は漫画を読んでいた。

 だから、部外者が私の部屋で喋っていることにイラッとした。


 「もう終わったので大丈夫ですよ。そこに25万とタクシーチケットがあるので、気にせず帰ってもらって大丈夫ですよ。」と、私は優しくさとした。


 おじいさんは自分の右腕を見て、「あ、」と声を発したあと、「分かりました。寝てしまってすみません。約束通り、警察とかには行きませんので。」と、1人で喋った。


 立ち上がるときに、おじいさんは足が痺れていたのか、ふらついて私の洗濯物に触れた。


 私はまたイラッとした。

 一刻も早く、出ていって欲しかった。


 おじいさんはリビングを出ていくとき、ロフトをチラッみた。

 「ロフトで寝てるのですか?」と1人で呟いている。


 靴を履いたおじいさんは、「あの⋯⋯またDMをしてもいいですか?」と私に聞いてきた。


 私は「もちろんいいですよ。傷口は大丈夫ですか?傷口の処置はしているので、あとはぐっすり寝てくださいね」と武部さんに伝えた。


 武部さんは、「⋯⋯いろいろすみませんでした。また何かあったら、たぶんDMします。おじゃましました。」と言って、私の家から去っていった。



 あの日以降、おじいさんからたまにDMが届く。


 脳梗塞で右腕の感覚が無くなった時から苦労している話や、次の脳梗塞で私は死ぬといった話。


 それから、「自分にできることを頑張って、お金を貯めたい。そのお金を孫に残したい」と話している。


 そんなん知らんわ。


 とりあえず。

 私は武部さんに、「長さではなく、深さでお金を払いますよ。」と提案し続けるしかないかな〜。


 ロフトもあるしね。



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