DMから始まる物語(3500文字)
この間、私にDMをしてきた人に「その話が本当なら、1cmにつき1万円払います」と返信した。
すると「分かりました。そちらの自宅でもいいですか?」と、すぐに返答があった。
2日後、私は待ち合わせ場所に向かった。
◇
待ち合わせ場所に着くと、DMで伝えられていた服装をしたおじいさんがいた。
公園のアーチに手を掛けて立っている。
60代くらいだろうか。
お腹が出ていて、やや小太りに見える。
私はおじいさんに、「こんにちは。武部さんですか?」と尋ねた。
おじいさんに反応はなかった。
スマホを取り出し、待ち合わせ場所を改めて確認しようとする。
すると、「――あぁ、すいません、耳の聞こえも悪くてですね。」とおじいさんは答えた。
誰もいない場所に向かって話している。
おじいさんは、頭を振るような素振りをしたあと、私が立っている方にやっと向き直った。
おじいさんには、白いヒゲが生えている。
鼻下に生えたヒゲの色はほんの少し、緑色に変わっている。
おじいさんは、「1cmにつき1万円ですか?」と尋ねてきた。
私は「はい、そうです。今から私の家に行ったあと、少し準備をして、すぐに使わせて貰います。」と答えた。
おじいさんは、「――はぁ〜よかった。もし話が違ったらどうしようかと思って⋯⋯。結構、不便な身体ですから、ここに来るまで大変でして、ほら、今日暑いでしょう。意外といい人でホッとしました。」と、1人で喋った。
よく喋るおじいさんを車に乗せ、私は自宅へ向かった。
◇
私の自宅はロフト付きのマンションだ。
広くもないし、グレードの高いマンションでもない。
夏になると、ロフトの天窓には、たくさんの虫が張り付いているし、冬は冬で、使われていない管理人室のトイレのすき間から、山積みに耐えられなくなったチョウバエの死骸が、ポロポロ崩れ出てきて新しい山を作り始める。
まったくいい部屋ではない。
不満ばかりが募る。
けど、私はこの部屋を離れるつもりはない。
玄関を開け、1人で喋るおじいさんに適当な相槌を打ちながら、リビングへと案内する。
おじいさんは、「1人暮らしは大変ですよね〜」と話している。
私は戸締まりの確認をすると、「準備が終わるまで、何か飲みますか?」と、おじいさんに尋ねた。
おじいさんは、「あー⋯⋯お酒とかありますか?」と聞いてきた。
もちろん用意している。
「それなら、日本酒の飲み比べとかしますか?」と私は呟いた。
おじいさんは、「飲み比べはいいですね〜。それでお願いします。」と喋った。
◇
適当なツマミと日本酒を用意した私は、それをおじいさんの前に置くと、「ちょっとお風呂に入ってきますね。」と伝えた。
おじいさんは、「――いや、お構いなく。」と呟いた。
おじいさんの身体を思うと、私の身体も綺麗にする必要があるからだ。
腕を洗い、胸も洗う。
ピアスを外し、ピアスホールも念入りに洗う。
お風呂を上がるとバスタオルが無かった。
リビングに干したままだった。
私は濡れた身体のまま、少し考えた。
おじいさんのことを考えると、リビングにバスタオルを取りに行く必要は無さそうだ。
私は戸棚から、脱脂綿と消毒用エタノール、それとメジャーを取り出した。
化粧ポーチからは、眉バサミとコンシーラーブラシ、ピンセットを取り出した。
それらを無印の箱に投げ込むと、私は箱を持ってリビングへ向かった。
◇
リビングの扉を少し開ける。
「武部さん?起きてますか〜?」と尋ねてみる。
何の反応もない。
それはそうだ。
緊張してぐっすり寝ているだろうから。
私はリビングに入ると、寝ている武部さんの隣に座った。
床と触れるお尻が冷たい。
武部さんの身体を観察する。
武部さんの右腕には打撲や擦り傷、それに加え、変な赤みがある。
左腕は綺麗だが、小指の爪だけが伸びている。
――ふと思いつき、お風呂場から持ってきた箱からコンシーラーブラシを手に取る。
武部さんの右腕を、ブラシで軽く触れてみる。
かなりくすぐったいはずだ。
武部さんからは何の反応もない。
次は左腕に触れてみる。
小指が「ピクッピクピク」と動いている。
それなら、顔は?
武部さんは痒そうだ。
顔の汗で、ブラシの毛が抜けてしまった。
私は「武部さん?起きてくださいよ~?」と耳元で囁いた。
まったく起きない。
私は勢いよく立ち上がると、干してあったバスタオルを手に取り、髪の水気を拭った。
キッチンに移動した私は、鍋を温めるために火をつけ、すき間から漏れている火でピンセットと眉バサミを熱した。
あたりに焦げのようなニオイが漂う。
火を止めた私は、武部さんを起こさないように、ゆっくりとロフトへ上がり、撥水スプレーを振りかけた洋服に着替えて、手袋をつけた。
これで準備完了だ。
◇
私は寝ている武部さんの隣に座ると、ピンセットで脱脂綿をつまみ、消毒用エタノールをふくませた。
エタノールを含んで冷たくなった脱脂綿を、武部さんの右前腕につけてみる。
問題は無さそうだ。
そのまま消毒液を塗り広げる。
打撲を押してみるが、武部さんから反応はない。
本当に、感覚障害で右腕の感覚が無いようだ。
消毒液で張り付いた武部さんの腕の毛を指先で束ねて、眉バサミで切る。
「ジ⋯⋯チョキン」という音が聞こえた。
私はその音を境に我慢ができなくなって。
眉バサミの尖った先端を、武部さんの手の甲にほんの少しだけ食い込ませ、それを一気に肘まで引き切った。
老人のたるんだ皮膚は、何度もハサミにひっかかる。
武部さんの腕には白い線が引かれ、その白線から、左右の皮膚を押しのけるように、ぷっくりとした血が実っていく。
その血を指ですくって、武部さんの腕に塗り広げる。
武部さんの右腕は、すぐに鉄のニオイを発し始めた。
鼻の奥に留まっていく鉄のニオイ。
昔、鼻血を出したときに、喉に流れてくる血を呑み込もうとして、何度もえづいたことを思い出す。
ドMなのか、えづくたびに頭がジュルジュルと鳴って、フワっとした感覚がとても気持ちよかったのを覚えている。
メジャーで傷の長さを測ってみる。
25.3cm。
1cmにつき1万円だから。
武部さんに払う金額は25万円か。
そんなことを考えていると、再度傷口に実った赤い血は固まり始めていて、血を包む膜ができていた。
眉バサミの先端で膜を刺してみる。
ドロっとした血の張力で、血は垂れたりせず、まったくつまらない。
コンシーラーブラシをエタノールに浸し、塗り拡げた血を拭っていく。
これは楽しい。
まるで、化石を発掘しているみたいだ。
血が掃除されていくたびに、傷口がはっきりと見えてくる。
強いやりがいと充足を感じる。
武部さんの右腕を綺麗に掃除したあと、傷口をブラシで擦ったり、叩いたりしてみた。
打撲も体重をかけて、押してみたりもした。
本当に感覚が無いみたい。
私はお風呂場に向かった。
◇
しばらくして――。
おじいさんは自分が落としたグラスの音に驚き、目を覚ました。
「あれ?私は寝てましたか?」と呟いている。
「⋯⋯すみません、今から右腕に、あの⋯⋯お願いします。」とおじいさんは言っている。
私は漫画を読んでいた。
だから、部外者が私の部屋で喋っていることにイラッとした。
「もう終わったので大丈夫ですよ。そこに25万とタクシーチケットがあるので、気にせず帰ってもらって大丈夫ですよ。」と、私は優しく諭した。
おじいさんは自分の右腕を見て、「あ、」と声を発したあと、「分かりました。寝てしまってすみません。約束通り、警察とかには行きませんので。」と、1人で喋った。
立ち上がるときに、おじいさんは足が痺れていたのか、ふらついて私の洗濯物に触れた。
私はまたイラッとした。
一刻も早く、出ていって欲しかった。
おじいさんはリビングを出ていくとき、ロフトをチラッみた。
「ロフトで寝てるのですか?」と1人で呟いている。
靴を履いたおじいさんは、「あの⋯⋯またDMをしてもいいですか?」と私に聞いてきた。
私は「もちろんいいですよ。傷口は大丈夫ですか?傷口の処置はしているので、あとはぐっすり寝てくださいね」と武部さんに伝えた。
武部さんは、「⋯⋯いろいろすみませんでした。また何かあったら、たぶんDMします。おじゃましました。」と言って、私の家から去っていった。
◇
あの日以降、おじいさんからたまにDMが届く。
脳梗塞で右腕の感覚が無くなった時から苦労している話や、次の脳梗塞で私は死ぬといった話。
それから、「自分にできることを頑張って、お金を貯めたい。そのお金を孫に残したい」と話している。
そんなん知らんわ。
とりあえず。
私は武部さんに、「長さではなく、深さでお金を払いますよ。」と提案し続けるしかないかな〜。
ロフトもあるしね。




