♪ Nostalgia 4 ♪
「思い出したね? そう。マミが居なかったら、シホは此処には居ない。マミは小さい頃、シホを助けてくれたんだよ」
「えっ、でもおかしい。私が夢を見たのは昨夜だよ」
「おかしくないよ。セカイって、時間や空間って、そんなカンジなんだよ。フツーじゃ、ないんだよ。フツーの時間と空間で生きていたら、シホとか、マミのようには、なれないよ?」
「私……?」
「マミが教えてくれたんだよ。マミはずっとシホのヒーローだよ? ううん、ヒロインかな? ちがうな……、そう……、『アイドル』なんだよね」
「『アイドル』」
私は復唱した。
アイドルに、アイドルって、言われるとは。
「変わってないなぁ。あの時からずっと、マミはマミのまま。シホは今日を夢見てたの。もっと思い出させてあげるね?」
志保は腰を下ろして、私にやわらかく、身体をよせた。空気が、ほどける。かぐわしい、けど、きつい匂いじゃない。私は緊張で硬まるけど、それすら、リラックスに取り込まれたみたいに、くつろげた。私は心地よく、上半身がクラッと脱力した。
天球にちりばめられた星のギラつきが眩しかった。プラネタリウムみたいだ……。
私は、自然と吸い込まれたのか、志保が観せているのか、夢の中に意識が入って行った。
子供部屋で泣いている志保が居た。
そう、思い出した! 加速度的に思い出した。昨夜の夢は、こんなだった。知らない少女が泣いていた。心から困っていた。
私は少女の処に居る。困っている少女の相談に乗っている。
部屋の鏡には、私が映っている。メガネは付けていない。コンタクトもしていないけど、目はよく見える。夢の中だからか。
現実世界の私と外見は変わらない。髪留めの色が黒じゃなく赤になっているくらいか。スタイルも変わっていなかった。ただ、夢の中の私は、何となくいいじゃん、と思った。心も身体も軽いし、自信が静かに湧いて来るし、いいじゃん、と思った。
私はパーフェクトで、それは当たり前で、むしろ欠点という概念を知りたいとさえ、何となく思った。夢だからか。夢ではよくある事だ。
私は、心地よいデザインの服を着ていた。渋いパールの光沢がある生地で、ビビッドな赤や、メロウなグリーンのラインが入って、肉体が強調されるジャケットや、ミニスカートをはいていた。現実世界で私が着ていたら、周りの人達から頭がおかしいと言われるような服だ。けれど私は、この衣装を着ているのは当然だと思ったし、いつもの高校の制服なんて重くて着てられないよ、って思った。
「ねえ、どうしたの?」
私は少女の頭を撫でた。
そう、撫でたんだ。夢を思い出したから、この先を知っている。「お姉ちゃん、誰?」とか、「何処から来たの?」とか、「なんでシホのこと知ってるの?」とか訊かれる。私の夢の登場人物だから、知らないわけないでしょう、と思いながらも、私は会話をして、泣いている理由を聴く。
この子は、十一歳の志保だ。志保は昔からいじめられていた。純粋な日本人ではないし、髪の色もだし、スタイルや顔が良すぎて女子から嫌われ、何より生来の才気と輝きが凡人の目を潰すのはどうしようもなかった。凡人は志保の存在をハラスメント認定した。
志保はいじめを受ける理由が分からなかった。いじめる人間にとって、いじめる快感の前では、理由はあってない物。志保は凡人達の言い分を聴いて、改善しようとした。しかし、才気はまだ芽を出したばかりで、心も肉体もまだ子供そのもの。どうしても冷静さを欠きもする。なぜ自分が? 感情的な怒りが湧いた。怒りの感情に呼応するように、いじめは重いものになった。
志保はいじめから逃れたかった。いじめを無くそう、やめさせようとした。もがけばもがくほど、いじめる側もムキになり、いじめは強烈になった。心は疲弊するばかりだったし、肉体的な苦痛も辛かった。「自分は悪くない……」と思っていたけれど、とにかく疲弊した。「自分のどこかに悪い所があるのかな……?」と志保は初めて思った。頭の重さが増した。頭痛がした。才気と光で、自動で生きて来た志保は、初めて自分を疑った。闇が入り込み、絶望に向かった。顔はやつれ、体は暗がりに包まれた。光は志保の奥で、風前の灯だった。
明日の放課後、志保はいじめの主犯格たちに、通学路を逸れた廃屋へ連れて行かれる。
そこには、いじめメンバーの兄や、その仲間の中学生達が居て、レイプされてしまう。その後、放心の志保は、廃屋近くの荒れ地に引っ張って行かれ、ちょっとした崖から落とされ、打ち所が悪く意識を失う……。
要するに、明日の夕方頃、志保は死ぬ。
もちろん、今、部屋にいる志保は、それは知らない。大人のようにも見えるだろう、中学生の暴虐が待っている事も知らない。しかし、いじめはいつしか、命に達する深さに突っ込んでしまっていた。
「あらあら、やっちゃったねー」
そんないきさつは、一瞬で分かった。なにしろ私の夢だから。けどまさか、「イハルカ」にそんな時代があったとは。いや、あるから、ああいう切れ味の本も書けたわけだよねー。
さらに私は、志保の世界の絡んだ糸が全部、そして、どうほどけばパーフェクトなのか、はっきり観えていた。だって私の夢だから。
それに誰でも、いい夢を一生のうちで数えるほど観るものでしょう。其処では、自分でありながらデウスエクスマキナでもあるように、全てが観えたりするのです。何でそれを現実に持ち込めないんだろうね? ←そうそう、こういう事も思ったんだよ。
「おいで」
さて、どうしようか、そう考え始める前に、私は動いている。志保に手を差し伸べた。今の私は完璧だ。考えるまでもない。最高の言動が自動で出る。それを判っていたからだ。
そして、私の意識は離れて、いつのまにか私自身を観ていた。
高校生の私が会った「イハルカ」のように、今の私はどことなく、輝いているように観えた。私は驚いた。そして驚かなかった。
「私について来ると言えば、あなたは私の処に来れるわ。来る? とどまる?」
志保は、泣き止んだ。
私は、私の声を聴いている。なんて気持ちのいい声。鼓舞して、落ち着かせる。
「あなたは明日死ぬ。このままだと避けられない。あなたが死んでもいいなら、私は去る。もう人生を味わい尽くしたのなら、何もしない。でも、違うなら、やり残しがあるなら、どうしようもなく悲しいなら、悲しさの淵に堕ちてはいけない。あなたがあなたで居たいなら、闇に吸われてはいけない。思い出しなさい。あなたを。そして、思い出したなら、私の手をとりなさい」
自分自身にビックリする。私はこんな命令口調で喋るのか。空から言葉が降って来たように感じた。
それに身を任せるしかないと、私は判っていた。
志保は、吸い込まれるように、私に視線を注いだ。
「――そしたら、私が完璧に処理してあげる。あなたが危機を切り抜け、独り立ちして、自分だけでパフォーマンスできるようになる時まで、私はあなたを導く。其処に行くまでには、痛みもある。苦しみもある。其処に行きたいなら、応えなさい。伊覇・ルカ・志保」
私の口調は厳しかった。でも、内面は優しかった。愛に溢れていた。現実世界では感じた事がない、この全面的な穏やかさ、たぶんこれが、愛。夢の中だから分かる、言葉になる。
志保は、名前を知られていることに、驚いたようだった。
けれど、さすが子供、そして元々の才気。大きな瞳に生命力の火が燃え上がった。志保は笑った。笑顔を取り戻した。私も笑った。私、こんな綺麗な顔で笑うんだ。神がかってるねー。さすが私だなー。
「ついて行く。お姉ちゃんについて行く!」
志保は私の手を取った。
「いい子だわ。さすが私が見込んだ子ね。先刻の内容を果たす事を約束するわ」
私達は笑顔で通じ合った。もう言葉は要らなかった。先刻とか現実世界で言った事ないな。冴えすぎてやばい。
「名前は、お姉ちゃん、何て言うの?」
「麻美よ。三界麻美」
「お姉ちゃん、かわいいし、かっこいい……! アイドルみたい……!」
「あなたもなれるよ? 私みたいな『アイドル』にね」
え。
私はアイドルを自認しているのか。
あぁー、まあね。
アイドル願望が無かったかっていうと、あったよね。正直、なってみたいさー。なれるもんならねー。中学の時、なれないと思ったから、口に出さなかったけどねー。此処は自分に素直になれる処だから、このまま、行ってみよーかー。
「でもね、歌って踊るだけのパフォーマーやエンターテイナーなら、やめなさい。シホはもっと大きな存在だよ。世界や宇宙や過去や未来を股に掛け、人間の理解を超えて行く、超時空間の、スペシャルヒロインだよ。人間のように、考えたり、悩んだりしないよ。『考えない』って自分に言い聞かせる事さえ、必要ないよ。『アイドル』の魂を持った人だけが、『アイドル』になれるよ。シホは生まれつき、そんな『アイドル』の魂を持ってる人だよ」
そうなのかー。ステージで歌って踊るのは活動の一部。むしろ『アイドル』の仕事の大半は、ステージの外にある。自分や、人々や、世界や、宇宙のために、あらゆる配役を引き受け、あらあゆる筋書きを生きて、あらゆる活動ができる、宇宙的叙事詩の大きさの人物。それが私の思う『アイドル』だったのかー。時代にも、一国の経済にも、地球にも、縛られない。そいつは、愉しそうだね!
志保は一心に私を観ていた。私に憧れる目だ。頭の中まで読める。「すごいなぁ! キラキラしてるなぁ! シホもなりたい!」みたいなコトを思ってる。
まあ、当然だよねー。私も今知って、納得もしたけど、『超時空間スペシャルヒロイン』なら、憧れるくらいするよね!
「じゃあ、急がなきゃね。さっそく今から『アイドル』の仕事を見せてあげる。おいで、シホ」
「うん……! マミ!」