4.考察
ピアが去った研究室で、リナルドはぐっと伸びをした。肩を揉みながら、隣のとまり木にいるカラスに目だけ向ける。
「じゃあ、報告を聞こうか」
「まったく、この精霊様にコムスメの監視をさせるなんてありえないわよ! アンタたちはワタシの扱いが雑すぎる!」
「お礼に大好きなお肉を頼んでおいたよ」
「ハンバーグってアンタの好物でしょ。しかも加工肉! ワタシは生肉がいいんだけど!」
大きな羽を羽ばたかせ、コルヴァはリナルドの肩をバシバシと叩く。そうされても、リナルドは軽く笑うだけだ。
コルヴァが羽を収めて一度足踏する。
「仕方ないわね、教えてやるわ。ワタシと話した後、あのコムスメはまっすぐに、食べ物売ってるバアさんとコドモに会いにいってた。喜んで抱きついてたわね」
「ベルタさんとメリッサちゃんかな。なるほどね」
「その後もいろんな街の人間に会ってたけど、コムスメは笑顔で機嫌が良さそうだったわ。ただ、帰りにコゾウに絡まれていて、機嫌最悪だったけど。仕方ないから助けてやったわ」
「ああ、ティート君。彼と、会ったんだ」
リナルドの口元が、うっすら弧を描く。
コルヴァは試作置き場にある眼鏡のそばに飛び、リナルドに首を傾げてみせた。
「なんだっけ、この『相手が好きかわかる眼鏡』? あのコムスメにダメ出しされてたけど、効果あったの?」
リナルドが何も言わずに、コルヴァのそばから眼鏡を取り上げた。つるを開いて、両手で持ち上げる。
「確かにピアの言う通り、人の気持ちなんてその人以外にわからないから、確かめられないね。これが、相手が自分を好きかわかる魔導具ならね」
「どういうこと?」
リナルドが、にっこりと笑う。
「ピアは勝手に勘違いしたみたいだね。この眼鏡は、かけた本人視点の名称なんだよ。いうなれば、『私は、相手が好きかわかる眼鏡』。自分の相手への好意が見えるんだ」
「……勝手に勘違いした、ねえ。それなら、『相手を好きかわかる眼鏡』と言えばよかったでしょ」
リナルドは何も言わずに微笑んでいる。コルヴァは、ピアが拾い上げた紙の束に目を向けた。
床に散らかっていたその紙は、「相手の気持ちとは?」「好意の仕草」など恋愛ものの記事ばかりだ。
「そもそも、ちゃんと魔導具が目的通りに働くか試す必要があるのに、試すこともできないものなんて作らない。自分の気持ちなら、確認することは簡単だ」
リナルドは自らがかけている眼鏡を指でつつく。そして外して、コルヴァに見せるよう前に置いた。
「いやあ、我ながらしっかり効果あったみたいで、もうピアが無数の真っ赤なハートに埋もれてよく見えなくなってきているんだ。ピアを見るたびに増えるし、なるべく見えないように前髪まで伸ばしたけれど、もう潮時だね」
「アンタって本当……」
コルヴァがため息をついて、リナルドがかけていた眼鏡をくちばしで突く。ピアの使っていた眼鏡と、つるの部分だけが違った。
「それでわざと、コムスメに眼鏡で外に行かせたってこと?」
「ピアから試験したいって言ったんだよ。今日外で誰に会うかなんて予想つかないよ」
「あのコムスメの性格ならそう言うし、誰と会うかも予想つくでしょ。特にあのコゾウは、いつも街をフラフラして、コムスメを探してるし」
「ティート君? ああ、ピアって彼のこと嫌いなんだよね。自業自得だね、お気の毒に」
ははは、と声を上げてリナルドが笑う。
「まあ、本当に人の気持ちがわかる魔導具なんて作れたら、すぐさま宮廷魔導師としてしょっぴかれてしまうよ」
「自分の気持ちを可視化できるのもたいした能力よ」
「ただ、この魔導具は世の中に出ようものならいろんな問題を生みそうだから、実用化はなしだね。目的は達成できたことだし、もういらないかな」
リナルドは頬杖をついて、研究所に戻ってきたピアを思い出した。
眼鏡をかけてリナルドを見たピアは、瞬間落ち込んだ。そのまま落胆を顔ににじませて、眼鏡を外した。
「コルもピアの反応見ていたよね。結構、脈はありそうかな」
「どうかしら。どれだけ頼まれても弟子は絶対に一人しかとらないって言い張って、宮廷魔導師でも理解不能な教科書で教えて、わざと貧乏してるってバレたら、愛想尽かされるんじゃない」
「だって、ピアにはずっと弟子でいてもらわなきゃ」
長い前髪をいじるリナルドは、嬉しそうに琥珀色の目を細めた。そして机の上に置いてある分厚い術の本を開いて、ぱらぱらと片手でめくっていく。
「さあ、次は何を開発しようかな。もっとピアの気を引くものでないとね」
「まわりくどいわね。さっさと好きと言ってしまえばいいでしょ」
「まだまだ。目的の結果を得るためには、研究実験を繰り返していろんな面からアプローチしなきゃいけない。魔導具と一緒だ、ちゃんと間違いない効果が確認できない限りは、実用化なんてできないよ」
「アンタ……それじゃあ、いつになるのよ」
コルヴァが呆れて呟くが、すでにリナルドはいつもの通り集中しはじめ、聞こえていないようだった。
窓から見える外はもう暗い。そろそろピアが帰路についているころだろう。
ただ、リナルドがこの状態では、ピアが夕飯を作ったところで食べることはない。そうなると、ピアは間違いなくリナルドに怒るはずだと、コルヴァは思う。
「まったく、世話の焼ける!」
コルヴァは羽を広げ、開いていた窓から夜色の空へ飛び立った。