昇級した、と思ったら
ニコニコしていたエミリアさんは、ぐるりと回ってカウンターから出てこちらへ歩いてきた。
手を後ろに回して何かを隠しているようだ。
あ、もしかして。
エミリアさんは嬉しそうな笑みのまま歩み寄り、後ろに隠した何か――紙面を僕の前に掲げた。
「じゃじゃん! クリスさん、Cランクの等級審査の準備が終わりました!」
やっぱりそうか。
レイラが押しかけたり魔界門を消したりで忘れてたよ。
掲げた紙は等級審査の申請書らしい。それにしても、
「話があったのは一昨日なのに、もう受けられるんですか?」
「ふふふ、ご安心ください。昨日のアルラウネ討伐……ではなく、使役ですね。そちらの件が評価されまして、このように申請書類はギルド長のところも通過しています♪」
エミリアさんが得意げに紙の一部を指し示す。なんだか派手なハンコが押してあった。
等級審査は自分から手を挙げて受理される場合と、ギルド職員の推薦で行われる場合とがある。
自薦ではその後にギルド職員の審査があり、そこからギルド長の承諾を経るのだけど、職員推薦の場合はそこら辺がすでに終わっている状態だとエミリアさんが説明する。
書類の右上には三つのハンコが押してあった。ギルド長以外では職員二人のものだ。
「クリスさんは実績が申し分ありませんから、今回はギルド長との面接のみとなります」
それは楽だな。まあ、気難しそうな人だから何かしら苦言なりお小言なりがありそうだけど。
なんてことを思っていたら――。
「君をCランクに認定する。今後も精進するように」
応接室に入るなりギルド長さんがピンと伸びた口ひげを撫でつけながら、赤いプレートを僕に渡してきた。
「……どうもありがとうございます。えっと、まさかこれで審査は終わりですか?」
Dランクの冒険者証を返しながら訊くと、ギルド長は受け取って答える。
「君の場合は審査も何もない。だがまあ、掛けたまえ」
促されてソファーに座る。
審査担当官のゲイズさんが正面に座っていた。つるりとした頭を手で撫でながら、部屋の隅で立ち尽くすアウラを眺めている。
ギルド長が彼の隣に腰かけた。
ファルは僕の頭の上だ。居心地がいいのかな?
「いちおう経緯を伝えておこう。職員から強い推薦があってね。私もまあ、君の実績を見る限り問題なかろう、と判断したのだよ」
「おいおい、んなわかりきった前置きはいいんだよ」
ゲイズさんが呆れたように言う。
「クリス、貴様の実力はギルド長も認めている。もちろん俺もな。だからCランクは当然として、だ」
真剣な眼差しで僕を見据え、ひと呼吸置いて告げた。
「続けてBランクの等級審査も受けてみないか?」
これはまた、予想外な展開だな。
ギルド長が黙っているところから彼も反対していないのか。
「いくらなんでも早すぎませんか? 客観的に見てBランクを安売りしているように思います」
レイナークの街の冒険者ギルドで審査できるランクはBまでだ。
A以上は王都の本部で審査が行われ、Sともなればギルド制度のある諸外国とも協議し、最終的には王家の承認が必須となる、らしい。
実質この街で最高位のランクを与えるのは当事者の僕でも早計だと感じた。
ギルド長が応じる。
「むろん特例中の特例ではある。が、現状がそれを許しているとも言えるのだよ。ちなみに君だけでなくもう一人、最近登録したばかりの新人をBランクに昇級させたよ」
「それってレイラおね――レイラさんですか?」
危ない。本人がいないのに『お姉ちゃん』って言いそうになった。人前だとやっぱりちょっと恥ずかしい。
「そうだ。彼女は素行の面で問題がなくはないのだが……昨日突如として現れたアルラウネを撃破したのだから誰も文句は言えないだろう」
ギルド長はちらりと、部屋の隅に佇むアウラを見やった。
僕の報告が認められたみたいだね。ま、彼女ならやってもおかしくない空気があるのだろう。
ゲイズさんが言葉を継ぐ。
「そのアルラウネの出現が、ギルド長が言った『現状』というやつだ。実はここ最近、強力な魔物が棲息地でもないのに現れるようになってな。レイナーク近辺に限らずだ」
他にも大きめの魔界門が開いているとみて間違いないだろう。
アウラが出てきた穴も、魔界から作為的に開けられたものだし。
今度はギルド長が話す。
「依頼も難度の高いものが集まり始めた。ゆえにギルドでも実力に見合った者は積極的に昇級させようとの方針になったのだよ」
なるほど。その象徴がレイラであり、僕ってわけか。
「でもレイラさんはともかく、僕がCからすぐさまBになるのに納得できない人はいるんじゃないですか?」
「君は死にかけた新人冒険者を二人、無傷にまで治療したではないか」
レイラは自分以外の治癒はできないので、彼ら二人を治療したのは僕(というかファル)だと話しておいた。さすがに死から蘇生させた事実は伏せているけど、死にかけるほどの大ケガだったとの自覚はあったのだろう。
「だが貴様の危惧も理解できる。そこでBランクの等級審査は依頼形式で行いたい」
Bランク相当の依頼を受けて成功させるのが条件のようだ。
正直、急いでBランクになりたいとは思わないけど、断れる雰囲気でもないな。
いつも通り一人で気楽に挑めば問題はないだろうし。
「わかりました。やってみます」
「そうか、やってくれるか」
ゲイズさんはお願いする立場みたいに嬉しそうだ。けど、次の言葉に僕は目をぱちくりさせた。
「審査担当として俺も一緒に行かせてもらう。準備があるので明日の朝、もう一度来てくれ」
あれ? 僕一人じゃダメなの?
どんな依頼内容かわからないけど、うまく立ち回らないとだね。
ギルドの受付ロビーに戻ると、エミリアさんが目をキラキラさせて待ち構えていた。
「どうでしたか!? クリスさんなら文句なくCランクに昇級できたはずです。ええ、そうでなければ許しません!」
「はい、おかげさまで。それから――」
明日Bランクの等級審査を受ける予定だと告げる。
「へ?」
エミリアさんは予想外だったのか目が点になった。
聞き耳を立てていたのか周囲がざわつく。
「あのテイマー、冒険者になりたてだよな?」
「それがCになった翌日にBの審査を受けるだって?」
「いくらなんでも早すぎねえか?」
「でも実績はすごいわよ」
「アルラウネも使役したしな」
「戦力がさらに上がったってわけか」
半分は彼らに向け、エミリアさんに続きを話す。
「明日はクエスト形式ですから、失敗すれば昇級は無理でしょうね」
「な、なるほど。クリスさんならBランクの依頼でも大丈夫だと思いますけど、油断は禁物ですね」
「はい。精いっぱいがんばります」
「クエッ」
「明日までに準備は万全にしておいたほうがいいですよね。クリスさん用に依頼は見繕っていたのですけど、今日はやめたほうがいいでしょうか? ケガでもしたら大変ですし」
なんだか僕以上におろおろと落ち着かない。
「そうですね。今日は準備に当ててゆっくり休もうと思います」
エミリアさんに別れを告げ、冒険者ギルドから出ようとしたところ。
「クェ~」
ファルがふらふらと飛んでいく。建物の裏手に通じるドアを器用に開けて奥へ進んでいった。
なんだろう?
あの子は突然ふらりと移動することがあるのだけど、たいていは美味しそうな草を目掛けてだ。素材関係を勝手に食べてもらっては困る。
僕は慌てて追いかけた――。
次回は若者を指導します。




