お供が増えた
僕が近寄ると、アルラウネはびくっとした。
怖くないよと微笑んで緊張を解す。
「君はどこから来たの?」
「ゥ、ァァゥゥ……」
アルラウネはずりずりと巨体を横にずらす。元いた場所を見て、やっぱりかと納得。
「やはり『魔界門』が開いていましたか」
レイラのつぶやきのとおり、さっきまでアルラウネが立っていた場所に、直径二メートルほどの黒く円形をした霧が蠢いている。
さっそく『深層解析』を発動。
ふむふむ、なるほどー。
「この巨体が出てくるには小さいですね」
「こちらへ現れたあとに門から魔力を吸い上げていたんだよね?」
アルラウネの女性の半身部分がこくこくうなずく。
「だから穴が小さくなったんだね」
「となれば放置しても問題ないでしょうか」
「いや、これはまだ成長途中だ。魔力を吸い出すのがいなくなったら、また大きくなるよ」
だからすぐにでも閉じるべきなんだけど……。
「君は魔界へ帰りたい?」
女性の半身部分が腕を組んで何やら考えている様子。あの女性型上半身は飾りのはずなんだけどな……。
やがて顔を上げ、ふるふると首を横に振った。さんざん悩んで帰りたくないとの結論に達したらしい。
「でも君、ここだと快適には暮らせないよ?」
もともと深い森に棲む魔物だ。岩だらけのここでは生活環境が違い過ぎる。
とはいえ植物種なのにあちこち移動できる。この辺りは大型の魔物がいるから食事には困らないだろう。
けれど彼女(と言っていいのかな?)がこの場所にいると知られれば、当然のように討伐隊が派遣される。
「この際ですから使役すればよろしいのでは?」
「人も襲うアルラウネが人に使役されるなんてプライドが――」
許さないと思ったのだけど、すごい勢いでこくこくとうなずいている。
「いいの? ホントに?」
「ァ、ァゥ……」
なにやらこんこんと語り始めた。
魔界は彼女(?)にとって居心地のよい場所ではあったけど、強い魔物がたくさんいて競争が激しく疲れたそうだ。
こちらの環境にはまだ慣れないものの、美味しいご飯(たぶんアサルト・ボアー)がとても気に入ったとのこと。
さらに自分を一撃で殺しかけたレイラが仕えているらしい僕は、傷を一瞬で直したところからも相当な実力者に違いないから、使役されれば安全が保障されると考えているらしい。
「ずいぶんと正直者ですね」
「魔物って一部を除いて純粋だからね。とはいえ――」
見上げるほどの大きさの彼女に、思わずため息が漏れた。
使役しても連れ回せないし、生活させる場所もない。
「ああ、でもそうか」
相手がアルラウネなら、やりようはあるな。
僕は詠唱して、告げる。
「――我が声、我が心に従え。『魔物使役』!」
アルラウネの巨体が光に包まれた。
それが消えると、たしかに僕と彼女はつながったと実感する。
「僕の魔力をすこし分けるから――」
説明をすると、アルラウネはこくこくとうなずいて。
再び巨躯が光に包まれる。
その体が女性の上半身をそのままにしてしゅるしゅると縮んでいき、完全なる女性の姿になった。わりと小柄なので『少女』のほうが合ってるかな。
ただ髪と肌は薄緑一色だけど。
アルラウネは長く生きると、こんな感じで人型に小さく変化できる。
そうして人を襲うような大型の魔物を引きつけ、油断した彼らを逆に襲って食べるのだ。
この個体はそこまで長くは生きていなかったようだけど、僕の魔力を分けたことで変化できるようになった。
「あ、でも服がない」
「お任せあれ!」
レイラは虚空からメイド服を引っ張り出した。素早くアルラウネにメイド服を着せる。ブーツはぶかぶかなのに小柄な彼女にもぴったりだった。
「サイズ違いをどうして用意してたの?」
「ぴっちんぱっつんの衣装で悩殺できるかと考えまして」
誰を? とは訊かないでおく。
「髪の色は変えようかな?」
肌とまったく同じなので変化があったほうがよさそうだ。アルラウネはこくこくとうなずいた。
「赤一択ですね」
ものすごく嫌そうに首を横に振る。まあ、さっき燃やされてたしね。火をイメージする色は嫌だよね。
と、彼女は宙に浮くファルを指差した。
「ピンクがいいの?」
こくこく。
魔力を流し、髪だけ色素をピンクにする。なんだか派手になったな。でも本人は指先でピンクの髪をくるくる回して気に入った様子。
「それじゃあ最後に一番重要な……名前を決めよう」
魔物使役魔法では使役される側の名前は重要だ。早く決めなくちゃ僕の命令に逆らって使役状態が解けてしまう危険があった。この子はそんなことしないだろうけど。
ファルのときはかなり苦労した。
僕は考えに考えて……。
「アウラ、でどうかな?」
種族名をもじったものだ。彼女の声も似た響きが多かったので。
しばらくぽかんとしていた彼女に、気に入らなかったかなと不安になったものの。
「アゥ、ラ」
たどたどしくもその名を口にし、にぱっと笑った。
「気に入ったようですね。さすがはご主じげふんげふん、クリスです」
うん、ホッとした。
ファルも新しい仲間を歓迎しているのか、「クエー♪」と楽しげに鳴きながらアウラの周りをパタパタ飛ぶ。
さて、テイマーとしてのパートナーが増えたところで、やることをやってしまおう。
僕は左目に魔力をこめる。
黒い穴の真上に呪印と似た模様が浮かび上がった。それを魔界門に重ねると、呪印が妖しく光を湛え、黒い穴が小さくなって消え去った。
『抑止の魔眼』――これはもともと魔界門を閉じるために開発したものだ。
その後に改良を重ねて『魔力を封じる』機能を付け加えた。
「クリス、けっきょくこの魔界門は自然発生したものなのですか?」
「いや、誰かが開けたものだよ」
「……何者でしょうか?」
「魔界側からだから、そこまでは読み取れなかったよ」
どうやら魔界から干渉しようとしている者がいるようだ。
今のところ特定はできないけど、こうして開いた魔界門をつぶしていけば、向こうからなんらかのアクションを起こさざるを得ないだろう。
網を張って待っていよう。
「さて、それじゃあ依頼を終わらせて帰ろうか。三人を送って行かなくちゃいけないし」
「そちらはもう完了しております」
レイラの眼前に魔法陣が浮かび上がり、ガランガランとウィップ・ラットの尻尾が大量に落ちてきた。
切り口がものすごくきれいだ。痛みを感じる間もなく尻尾だけ斬り落とされたのが容易に想像できた。
「ありがとう、レイラ……お姉ちゃん」
途中でどんよりしかけたレイラがにんまり笑う。
「それじゃあファル、アウラ、帰ろうか」
魔界門から得た情報は帰って吟味しよう。
意識を失った三人の新米冒険者を連れて、僕たちはレイナークの街へ帰るのだった――。
次回、アウラちゃんをみんなに紹介。
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