第九話 クラリスの願い
山の頂上から温泉が出た翌日、村人たちは朝から忙しくしていた。地震によって壊れたものを片付けたり、直したり、温泉を見に行ったり、頂上にいた真っ白いドラゴンに驚いたり。
クラリスの家でも、棚から落ちた物を拾い上げて片付けて回っていた。
クラリス「紙とペンとインクは…………よかった無事だわ。以前本を木箱にしまったままだったのも正解ね、大切な本がバラけずに済んだ」
リサ「ほらおばあちゃん、済んだのだからドラゴンのとこに行こう」
クラリス「ええ、そうね」
ドラゴンの怪我を治したということで彼からの信頼を受けたリサとクラリスは先日約束した通り温泉山の頂上で待つドラゴンの元へと向かった。
リサ「またゴーレムが増えたみたい」
いつものより一回り大きい固体がゴロゴロ鳴りながら進んで行く。
クラリス「よいっ、しょ! あら、悪くないわね」
村人たちはすっかりゴーレムに慣れてしまって、それどころか乗り物や荷物運びとして利用するようにまでなっていた。
リサ「そんなのより歩いた方が速いわよ」
欠点は遅いことだ。ただ、揺れは少なく、ほどよい大きさの者を選べば乗り心地もそこそこよかった。
リサ「もうっ、先に行くからね!」
温泉山からはお湯が溢れ続けてはいるが、硫黄の嫌な臭いはしない。すでに自然の水路ができあがって流れており、その水はそのまま飲むこともできる。
リサ「おはよう!」
山頂にひょっこり顔を出してきたリサを見つけ、ドラゴンはそちらに振り返った。
『リサ』
てててっと走ってそのままの勢いで抱きついてくる彼女を、ドラゴンは動かずに受け止めた。
リサ「すごいサラサラ! それに、いい匂いがするのね。なんの匂いかしら」
クゥー ゴロゴロゴロ
エイサ「あっ、リサだ。白いのもいる」
「「きゃーーっ」」
後から来た子供たちがわっと駆けよってきても、ドラゴンは嫌な顔はせず好きにさせてやった。だいたいみんな抱きついて匂いを嗅いでいく。
クラリス「到着ね。ありがとう」
クラリスが降りると、比較的体の大きなゴーレムは山頂をぐるりと一周して麓へと下りていった。
クラリス「あらあら、みんな抱きついちゃって。おはようございます、白いドラゴン様。」
『クラリス、来てくれたか』
クラリス「さあ、あなたたち、しばらく大事な話があるから……そうね、少し離れたところに居てちょうだい」
子供一同「はあい」
エイサ「おい、反対側行こう!」
子供たちがパタパタ走って行ってしまうと、ドラゴン、クラリス、リサは向き直って対面し、改めて挨拶していった。
クラリス「改めまして、私はこの村の治癒師クラリス・ダーン・ブリストル。ほらリサ、あなたの名前は、ちゃんと言えるわね?」
リサ「こんにちは、わたしはエリザベート。みんなは短くリサって呼ぶの。わたしの仕事は…………料理人?」
クラリス「ふふ、あなたは確かに料理が上手よ」
『友よ、名乗りたいところだが、我が名を声にしても人間がそれを聞くことは出来ぬらしい。月白、この地の言葉ではホワイトムーンとなるだろうか、そのような意味あいになる。なにか、呼びやすい名でも付けてくれればよい』
リサ「いいのっ!?」
『ああ』
リサ「じゃあねじゃあね…………」
リサはドラゴンをじっくり観察していくが、出てくるのは白、純白、キラキラくらいだ。何せ全身白い。
リサ「やっぱり……白ね。わたしが好きな色よ。」
『白か、的確に私を示している。そう呼んでくれ』
クラリス「では、ホワイト様、さっそくですがお話があるとのことで参りました。一体なにがあったのでしょう?」
『うむ…………』
ホワイトドラゴンは、まず自分が龍の息子であることから語り始めた。
彼は母親の愛と、父親の怒りを貰って産まれ、永劫孤独という呪いを父親から受けた。
そうして独りで生きてきたが、あるとき大きなダメージを受けて苦しんでいた自分に、リサとクラリスが現れて慈悲をよこした。同時に、父の呪いを解いてくれたのだ。
永く忘れていた感情を受け、解放の悦びに浸っているのも束の間、この地を古くから護る大地の精霊と契約を交わした。
自分の持つ多大な魔力を与え、いくらかの任務をこなして勇者に声を届ける代わりに、人の言葉を話せるようになる知性を獲た。
『知性、実に素晴らしい。頭が晴れ渡るようだ。しかし同時に、新たな孤独を感じるようになった』
クラリス「新たな孤独?」
『我が龍族は、この世に3匹しか見ておらぬ。私と、父と母。彼らとも、産まれてからしばらく翔んできたが会うことはなかった。今は、この世にたった一匹なのではと不安を感じている。何故不安なのかもわからぬ。体のどこも悪くないのに、苦しいと感じている』
クラリス「ふふふ、ではもう大丈夫ですね」
『なに?』
リサ「おばあちゃん?」
クラリスの予想はかなり大胆なものだ。ほとんど憶測に過ぎないものだが、何故か自信満々に説明した。予言するように言った、といったほうが正確かもしれない。
クラリス「ドラゴンの伝説は、世界各地で勇者と共に語られています。あなたは産まれたばかりで、この地を出たことが無いのでしょう」
『どういうことだ?』
クラリス「海を、渡ったことはありますか?」
『…………大きな川なら何度か渡ったが、海?』
クラリス「ふふふふ」
クラリスは優しく笑ったあと、いつも子供たちに教えるように言った。ドラゴンは注意深く、一字一句逃さぬようにとクラリスを見つめている。
クラリス「いいですか? 世界はもっととてつもなく広く、様々な土地があります。ホワイト様、あなたの仲間は世界のどこかに必ずいます。
孤独を恐れるなら、この地を出て、もっと遠くを目指しなさい。知らない土地をじっくりと見てきなさい。あなたの翼はそのためにあるのです」
白いドラゴンの瞳は、青と緑の混じった清んだ宝石のようにキラキラ輝いている。興奮して鼻息を鳴らした。
ふしゅーーーっ!
『世界』
ドラゴンはまた頭が晴れ渡っていくのを感じた。先程まであった不安が吹き飛んでいった。
クラリス「それに、私たちはこの地にずっと居ます。寂しくなったなら会いにくればいいし、もしも本当にあなた一匹しかいないなら、そのときは我々と共に生きましょう。ですから、あなたはもう孤独ではありません」
クラリスが優しく顔を包む。
クゥー ゴロゴロ
リサ「ねぇ、それじゃあ旅に行っちゃうの?」
クラリス「ええ、あなたもよ」
リサは戸惑った。
クラリス「ホワイト様、私の願いを聞いて下さい」
『おお、友よ。喜んで願いを聞き入れよう』
クラリス「エリザベート、彼女にも世界を見せてあげてください」




