第七話 大地の精霊
開拓者の村ドンのそばには小高い山がある。坂は比較的緩やかで、真っ直ぐに山頂を目指していける。その山頂を目指すゴーレムで溢れていた。ドンの村人たち全員は酔った勢いでゴーレムに掴まって一緒に山頂へと向かって行った。満月の夜、真っ青な満月に照らされ、夕方ごろと変わらないくらいの明るさだった。山頂に真っ先にたどり着いたのは宴会から抜け出してきた子供たちだ。子供たちを探してついてきた青年たちも遅れてやってきた。
セシル「良かった、みんな無事で。ダメじゃないか! 勝手に抜け出して夜の森に来ちゃ」
リサ「だって宴会ってつまらないんだもん。わたしたちにお酒を飲ませてくれないし、臭いし、うるさいし」
コナン「セシルやめてやれ、今はこの時を楽しもう。見ろ! なんと美しい満月だ!」
海と大地と雲が見える美しい月が夜空に大きく写っている。表面の雲がぐるぐる渦巻いていて面白い。ぐるぐる回る雲を見たセシルは、さすがに走って酔いが回ってきたせいで座り込んでしまった。
そして、あとからあとから村人たち全員が到着した。みんなが乗ってきたゴーレムはどんどん山頂の中央に集まって小さな山を作っていき、あるものは輪を作って囲んでいった。なにかしら規則的に並んでいく。
クラリス「まさか魔方陣? みんな! 輪の外に出て!」
酔っぱらいたちは夜風に当たって休んでいた。クラリスの言葉通りにしなくても全員が輪の外で座り込んでいて、誰かが持ってきた酒樽からまた飲み始めていた。ジョッキを掲げて乾杯の音頭を取り始める。
ドン「あの美しく青い月に!!」
村人「我らに祈りを捧げる健気な月の民に!」
エイブ「死に損ねた老人に!」
(一同笑い)
乾杯の合図とともに、ゴロゴロと地面が鳴った。
ドン「見ろ! 大地も俺たちと盃を交わしたいとさ!」
コゥーーーッ!!
ドンの洒落が途切れると同時、甲高い鳴き声が響いた。遠い空から、暗闇でも真っ白に光るそれが頂上に舞い降りた。
リサ「帰ってきたのね!?」
純白のドラゴンは満月の光で反射して、わずかに青みがかっている。両方の翼を大きく広げ、全身で満月のエネルギーを吸収していった。キラキラ輝いて、シルクのカーテンだってこんなに美しくは無い。
一拍置いて、ドラゴンは集まった村人たちを見つめる。
≪よくぞ、我が願いを聞き届けてくださった。天の王と森の民よ≫
中央に固まったゴーレムの群れの上に立つドラゴンの口が開かれ、人の声を発した。村人たち全員の体からは酒気がいっせいに抜け、口をあんぐり開けてそれを見た。
≪我が求むるはただその一撃。勇者よ! 出でよ!≫
翼を広げたまま止まるドラゴン。子供たちが騒ぎ始めた。いよいよだ。
アーチー「ほら! リサの持ってる杖だよ! お前のそれ、祭壇から取ってきたやつだろ?」
リサ「通りで光らないと思った! これがハンマーだったのね。ようし!」
リサは立ち上がって杖を構えた。杖の先に透明で青白いハンマーヘッドが浮かび上がってくる。
エイサ「おいおいリサ、お前が勇者なわけないだろ」
リサ「やってみなきゃわからないじゃない! へへへっ、この模様の中央を叩くんでしょ。せぇ~のっ……それっ!!」
コチン
じぃ~~~んと響く両手からハンマーがズリ落ちた。ドラゴンは痛がるリサを見つめたまま動かない。
アーチー「だからリサ、子供じゃないんだってば。夢に出てたのは大人の男だろう?」
アーチーは杖を拾い上げながら言った。
リサ「きゅう~~~っ」
『リサ』
白いドラゴンはゆっくりと話しかけてきた。さっきまでと声色が違う。
リサ「えっ?」
『ハンマーを、彼に』
奥にいたコナンがドラゴンに見つめられた。彼こそ選ばれた勇者だったのだ。アーチーからリサへ、リサからセシルへ、セシルからコナンへと魔法のハンマーが手渡された。
セシル「コナン、なんだかわからないが頼むよ。村一番の力持ちはキミだろうから」
コナン「う、うむ。」
アーチー「いいぞコナン! ぶちかましてやれ!」
マリー「にいちゃん格好いいー!」
ポリー「早く聞かせて!」
イートン「どんって!」
『勇者コナン、夢の言葉を思い出せ。それが貴様の願いでもある』
そう、コナンはずいぶん前からこの夢を毎晩のように見続けていた。自分が光るハンマーで勇者の証明を行う夢を。
ドン「なんだかわからないが、とにかく頼むぞ!」
村人たちも彼を鼓舞した。寡黙なコナンだが、確かに村一番の勇者は彼だ。彼にしかできないことだと皆が確信し、彼に注目した。
コナンは今までこんなにたくさんの人から注目されたことはない。気恥ずかしさやプレッシャーを圧し殺すため、すうっと深呼吸して精神統一していった。すると、魔法のハンマーヘッドはリサのときとは比べ物にならないほど大きくなった。中央の模様の前で仁王立ちになり、ハンマーを大きく振りかぶる。
コナン「大地の鼓動を聴かせよう!
我が故郷に、土の香りを届けよう!
番人よ! 貴様の願いを聞き入れよう!
打たれ! 揺らぎ! 震えよ!」
ブンッ! カツッ
振り下ろされたハンマーは、ほんのわずかな音しか響かなかった。村人たちの誰もが失敗したと思った。
≪おぉぉおお…………≫
しゅわしゅわいいながら、ドラゴンの全身から蒸気が吹き上がっていくように光が蒸発していった。
コナン「なんと…………」
セシル「ど、どうなったんだ? ダメだったのか? ああっ!? ドラゴンが消えてく!」
……ゴゴゴゴゴゴ……グラグラグラグラ……ガダガダガダガダ……ガゴゴゴゴン!!
強烈な地震と共に、中央にあったゴーレムの群れがどんどん地面に吸い込まれていった。魔方陣の内側の地形がみるみる変わっていく。
ドン「じっ、地震だ! みんな伏せろ!っとっおわっ!」
村人たちから悲鳴があがる。誰も動けるような状態ではなくなった。
ドドドドドド!!
ドン「つっ、この音はなんだ!? 次はなんだ!?」
ブシューーーッ!!
変形して円錐の筒状になった山のてっぺんから、天高くお湯が噴き出してきた。もうもうと湯気を立たせ、月夜に照らされて青白い柱が立った。
地面はまた変形し、吹き出していた温泉の真ん中には石でできた池と、内部に紋章が浮かび上がる。それは下の遺跡にあった紋章と酷似していた。
そしてその池から、巨大なゴーレムが立ち上がって出てきた。全身に温泉を浴びて白い湯気を立たせている。彼は温泉の縁に佇むドラゴンと対峙した。
≪天の王よ、我らの契約は果たされた≫
それだけ言って、ゴーレムは温泉の中に戻っていった。彼は温泉を両手両足で包み込むように座ると、そのまま固まって動かなくなった。温泉の前には小さくなった魔方陣と、ハンマーを打ち付ける一枚岩だけが残った。
ドン「なんてことだ。温泉だ。我が村に温泉が出た。ハハッ、ハッ、ハッ」
みんな唖然としてへたりこんでいる。勇者に選ばれたコナンだけはずっと立ち尽くしていた。
全てが収まると、今度は白いドラゴンがゆっくりと話しかけてきた。
『森の民よ、我が言葉が届いているか』
村人たちが次の異変にざわめき始めた。真っ白いドラゴンがまた喋ったのだ。
『勇者よ、満月の夜にはそのハンマーで大地の精霊を悦ばせてやれ』
コナン「ああ、わかった」
『祭壇の世話もするといい。あそこにも大地の恵みが行き渡っている』
彼の話が区切れたところで、村長は恐る恐る近付いて話をしてきた。
ドン「しっ、失礼ですが、私はこの村の長、ドンと申します。一体今のがなんだったのか、教えて頂きたい」
ドラゴンはギロリとドンのことを睨んだ。
ドン「ひっ!」
『怯えずとも良い。貴様の働きがあってこそ今日こうして知性を獲たのだ』
ドラゴンは話しの続きをしようとしたのだが、その足元を溢れた温泉が伝って濡らしてきた。山の頂上から出た温泉は麓まで届き、ドンの村まで続いていった。村人は一部始終をただ黙って見ているしかなかった。
青い月が、ずっと彼らを見守っていた。




