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浮き島  作者: 塩辛
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第四話 ゴーレム

 白いドラゴンが現れた。そんな一文から始まる手紙をクラリスは領主であるズウリエル公爵に宛てて書いた。

 配達人が辺境の村に来るのは一ヶ月に1~2度、開拓者用の支援物資とともに運搬されてくるのが常だ。急いで手紙を届けようとなると自分で近場の街に行くしかないのだが、初老のクラリスや子供たちでは危険な旅になる。当然、手の空いている村人もいない。

 幸いにも、ドラゴンはどこかへ翔んでいってしまったから村には何事も起こっていなかった。

 クラリスは、無茶をする必要もないし、発見の報告だけなのだからと配達人が来る日を待つことにした。


クラリス「みんな無事で何よりさ」


 それによくよく冷静に考えてみると、あれがドラゴンかどうかを判断していいのか迷ってもいた。

 大きさから言えば中型モンスターと大して変わらない。ドラゴンはまず間違いなく大型に分類されるものだし、あんなに真っ白いドラゴンの報告は聞いたことも無い。

 真っ白いモンスターなら普通は雪国に出るもので、そこには全身白い鳥もたくさんいると聞く。


クラリス「コトゥーカだったかしら? 白い中型級のモンスターで渡り鳥のように暮らす鳥獣型がいたはずね」


 クラリスが本棚からモンスター図鑑を取り出したとき、しょげた顔のリサが部屋に入ってきた。


クラリス「あらあら、随分早いじゃない。薬草は採ってきてくれた?」


 リサは何も言わずに(かご)を置いて近寄ると、全身の力が抜けたようにクラリスの膝に垂れかかった。


リサ「ねぇおばあちゃん、わたしまた使役者になれなかった。あの子は絶対わたしのだって思ったのに。あんなに綺麗な子、他には絶対いないわ」


クラリス「やれやれ…………いいかいリサ、使役者になりたいならせめて治癒魔法と契約魔法は覚えなきゃいけないって言ったろう? 次にいつ機会があるかわからないんだ。魔法の修行を疎かにしてたら、その機会をまた逃してしまうよ」


リサ「うう……だって……わたし一つも魔法覚えられないもん……」


クラリス「違うわリサ。魔法は覚えるものではない、イメージするものよ。想像力さえあれば誰だってどんな魔法でも使えるんだから。言葉はいらない、イメージよ。その…………」


リサ「そのイメージをより鮮明にするために知識を身に付けてるだけ、でしょ。何度も聞いたわ。でもできないもの」


クラリス「ハァ…………そうねぇ、きっとあなたの頭の中にはお邪魔虫がいるんだわ。固定観念っていうお邪魔虫。できないって感情に全てを支配されて、本当に何もできなくなってしまうの。けど本当は、あなたはなんでも出来るのよ。本当になんだってできる。ほら、お料理出来るでしょう?」


リサ「うん…………けどお料理と魔法は違うわ」


クラリス「いいえ、おんなじよ! 切って、焼いて、炒めて、煮て、味付けも飾り付けもして。あんなに複雑なことができて魔法ができないなんてことないもの。

 ほらリサ、立ち上がって。お夕食作ってみなさい。魔法のヒントはそこかしこにあるんだから。あなたが見付けるの。あなたが見出だしてあげるの。魔法はこの世の全てに宿っているのだから。あなた自身にもよ」


 ダルい頭と重たい体を起こして、リサはしぶしぶ調理場へと向かって行った。

 おばあちゃんの言葉はいつも抽象的でよくわからない。それに少しばかり長い。だが、自分を元気付けてくれているのはよくわかっている。リサはぼーっとしながら夕食の支度を初めていった。


クラリス「ハァ、一体あの子は魔法を使うときに何を考えてしまっているのかしら」


 この日はこうして過ぎ去っていった。村に白いドラゴンが現れたというのは子供たちから出た話なので、はじめ大人は誰も信用しなかったが、クラリスも見ていたというのが翌日から噂になった。

 クラリスは村長にはそのことを伝えていたのだがみんなが心配しはじめたので事の真相を説明することとなった。






 村長のドンは、朝から全員を集めて話をした。


ドン「皆集まったな。先日、村の上流にある川辺で“全身真っ白いドラゴンらしきもの”が発見された。4名の子供たちとクラリスだけがそれを見ている。怪我をしているモンスターをリサが見つけ、クラリスが治療して、その後は飛び去っていったそうだ」


 村人から安堵や不安のざわめきが起こる。村人の一人が声をあげた。


村人「ドン! ドラゴンらしきものとはどういうことなんだ?」


ドン「文献で知る限りの知識から照らし合わせただけだ。ドラゴンなんてのは【勇者】くらいしか実物は見てないんだからな、特定はできない。それに大きさが4~5mのドラゴンなど聞いたこともないだろう」


 村人がまたざわめくのを、村長は大きい声で遮った。


ドン「ともかく! 中型級の鳥類型とのことなので、舞い戻ってきてもこちらから刺激しないように!

 それと、縄張りになっているかもしれない場所を今から探し、巣があれば破壊しにいく。2名でよい。私と、誰か…………エイブ? 足は大丈夫なのか?」


 手を挙げたのはエイブという村一番の老人だった。


エイブ「なに、もしドラゴンがいて食べられるなら、わしが先に食われておこうと思ってな」


ドン「…………いいだろう。あとはリサ、お前も来なさい。巣穴を案内するんだ」


リサ「はあい」


村人「たった二人で子供も連れて行くのか? 危険じゃあないか」


ドン「少ないほうが行動が早くていい。リサは村一番の駆け足を持つし、私もまだ走れる歳だ。エイブを餌にして逃げてくるから安心しろ」


エイブ「ひぇっへへ、ありがてぇことだ」


ドン「すぐ終わるが、巣の破壊が終わるまで上流には近付かないように。では解散」


 一応、村人は納得して仕事に戻っていった。クラリスの処置についても文句はなかった。自分がその場にいたら同じことをするとわかっていたからだ。

 みんなエイブにひと声掛けていく。


村人「よおエイブ、葬式は派手なのがいいんだろう?」


エイブ「ああ、みんなでわしの家をぶっ壊して火をつけてくれ。火事には気を付けてな」


村人「まったく、変わった爺さんだよ」


ドン「さ、すぐ行こう。む? どうしたクラリス」


クラリス「少し気になるの、私も行かせてちょうだい」


ドン「…………よかろう。だが本当にエイブを餌にする覚悟があるか?」


クラリス「そうね、エイブは肉付きがいいからドラゴンも食らいつくはずよ。エイブを食べさせたいなら、あの子がお腹を空かせてることを祈りましょう」


エイブ「ハッハッハッハ! ジャムでも塗っておくか」


ドン「ともかくさっさと済ませよう。リサ、道案内を」


 リサを先頭にして、探索隊は山へと向かった。




 緩やかな山を登り、川伝いに上流を目指す。野生の花畑を過ぎて、その先の茂みのいくつかを探して巣を見付けた。まだ昨日の足跡が残っている。


リサ「ここよ。この木をどけたら居たの」


ドン「待て。エイブ、開けてくれ」


 エイブは戸惑うことなくよっこいせと木の茂みを持ち上げた。何もいない。

 巣穴では白い羽根だけが見つかった。確かにそれは昨日のドラゴンのものだ。他には無いかと探し、同じような羽根をいくつか見付けると、4人は巣を破壊していった。

 鉈で木枝を全て切り取り、油を撒いて火を放ち、燃えカスになったのをさらに踏み潰して跡形もなくした。


ドン「ふうっ、こんなもんか。他に形跡がないか一回りしよう」


 エイブやクラリスも巣の回りを歩き始める。リサはしばらく焼け焦げた巣を見ていた。

 クラリスが心配していたのはドラゴンよりリサのほうだった。巣を破壊されることを嫌がってグズるのではないかと思ったのだが、意外にも終始静かに佇んで様子を見ていた。


リサ「わたしのことご主人様(マスター)って呼んだのにな…………。」


 他の形跡も見当たらず、彼らはすぐに村へと戻った。リサはその後、巣穴のあった場所に近付くことはなかった。

 こうして小さな事件は解決し、ドンの村に平穏で静かな日々が戻った。






──かと思われたその日あたりから、村で変なことが起こるようになっていった。


 ゴーレムの出現。


 高さ50~100cm、幅30~100cm前後と大きさばまばらだが、人よりは小さいゴーレムが各所に現れ始めたのだ。

 体のほとんどは川原の石で出来ているらしく、丸い石ころがいくつも連なって体を形成していた。

 ズリズリ、ゴロゴロといった石の擦れる音を立てながら、あっちへ行ったりこっちへ行ったりを繰り返すだけ。あてもなくさ迷っているような、けれど何かを目指すように歩いていた。

 そして、太陽が沈む頃には全部が川原に戻りバラバラになって消えてしまう。翌朝になるとまたどこからともなく現れる。


 このミニゴーレムたちは攻撃をしてくるでもなく、敵意もなければ意思も感じない。ただ、いくつかは畑の中にまで入り込んでしまうので困り果てていた。


ドン「黄金を見つけて、ドラゴンが現れて、ゴーレムが歩き出す。次はなんだ?」


 どうにかしたいのだが、彼らは叩いても焼いても水をかけても意味がなく、元通りになってまた歩き出していく。粉々にしてみると消えはしたが、翌日になるとまた別のゴーレムが現れて同じ道を通るのだった。

 落とし穴に落としても、その道の先にあった小石が集まってさらに小さなゴーレムになることすらあった。そうして復活すると、また同じように歩き出すのだ。

 村人たちは最初は気味悪がったが、すっかりその存在に慣れてきて気にしなくなった。畑も、ゴーレムが通るところだけ道を作ることで解決させた。


 子供たちにはいい遊び相手だった。こん棒を持ってきて派手に打ち壊すと爽快だ。何度も復活するので、何度も壊して遊んだ。

 いつも同じ道を通るのでしがみついて何処まで行くかを見ることもあったが、あまり遠くまでは行かずに戻ってきたり、途中で崩れてバラバラになってしまうのだった。


クラリス「あらリサ、使役者や操者ならゴーレムだって操れるのよ?」


リサ「やだ。あの子たちのろまだし、硬いし、冷たいし、それに喋れないじゃない。壊して遊ぶのは楽しいけどさ」


クラリス「やれやれ、ところで雨が降りそうだ。洗濯を取り込んで、それが終わったらエイブのとこもやってあげて」


リサ「はあい」


 真っ白いドラゴンが飛び去ってからというもの、リサは急にしおらしくなってしまった。いつもならグスるのに、クラリスの言うことを素直に聞いている。

 村はというと、ゴーレムがいる以外はとくに何も起こっていなかった。それどころか、モンスターや動物たちはゴーレムを嫌がって畑を荒らさなくなっていた。そのことに気付いた村人からの報告を聞いて、村長はこの村が発展するのを神が祝福しているのだと信じて疑わなくなった。


 今日は昼過ぎから強い雨が降り出そうとしていた。

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