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浮き島  作者: 塩辛
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第五話 恐怖の一分

 ここは森の中にある開拓者の村ドン。小さなゴーレムが徘徊する小さな村だ。お昼を過ぎたあたりから強い雨が降り出した。みんな慌てて作業を中断し、近所の家に飛び込んでいく。クラリスとリサの住む家にも近くで作業をしていた村人二人が押しかける。クラリスたちはすぐさま彼らにタオルと暖かいお茶を渡してやった。


セシル「ふう、助かったよクラリス。リサもありがとう」


 セシルは最近ブリストルから来た開拓者だ。移住者の中でも若くはつらつとした好青年。遊び盛りのリサにとっても頼りになるお兄さんなのだが、いかんせん彼は仕事ばかりに熱中していて子供たちと遊んでくれることは無い。こうしてたまに会って軽く話すくらいがせいぜいだった。


クラリス「それにしても、ずいぶん酷い雨ね。洪水でも起こらないといいけど」


セシル「ああ、また決壊するとも限らない。クラリス、今のうちにこの家のものも包んでおいたほうがいいぞ。大事な本がたくさんあるだろう? 手伝うよ」


クラリス「そうね。それと、エイブが心配だわ。誰か人が行っていればいいんだけど」


コナン「おれが見てこよう。傘を貸してくれ」


 彼はコナン。セシルと同時期にきた開拓者の一人で、歳も一つしか違わないためすぐに気が合って親友になった。開拓精神に溢れ村一番の力持ちでもある彼は外見に違わぬ胆力を持っている。


クラリス「この雨じゃあ役に立たないわ。厚手の布に魔術をかけるから、それを使って頂戴」


 クラリスは魔術書の一部から撥水魔法を毛布にかけて渡した。コナンはすぐさまそれを頭から被ると、大雨の中を走っていった。


セシル「この村にもでっかい建物があればみんな集まれるのに。建築家の一人もいればな…………。」


クラリス「そんなのは王都に行かないと見つからないさ。それに、木しかないこの村で、どうやってみんなを入れられるほど大きくて頑丈な建物を建てれるっていうんだい?」


 彼らの家はほとんどが木製である。その造りは甘く、隙間風やガタが酷い。今でこそ新たな移住者たちが最新技術を使ったロッジを作り続けてはいるが村人全員分を作るには人手が足りない。それに、とてもじゃないがそこまで立派な家を造るほどの技能は持ち合わせていない。


ピッシャーン!!!


 話しながら木箱に本を詰めている最中だった。すぐ近くにカミナリが落ちてすごい音を出す。その衝撃が空間を押しのけてガタつく家を揺らした。


リサ「きゃーーっ!!」


クラリス「きゃっ…………ふぅ、肝が冷えたよ」


 その一撃を合図に、空は異様に荒れ狂い始めた。


ゴロロロン ッピシャーン!! パンパン! パァーン! ボウッ! ゴバーッ!


セシル「い、いったいなんなんだ? 雷雨にしたっておかしいぞ!」


 この世の最終戦争でも起きているかのような音が鳴り続ける中、小さな窓から空を見てセシルは息を飲んだ。雨雲から紫色の火柱があがり、青い稲妻が走り、雨の塊がありえない方向へと吹き付けていた。まるで、何者かを追いかけているようにそれぞれが真っ直ぐ空の向こうへと降り注いでいく。


セシル「どうなってるんだ?! ……まさか浮き島の伝説か! クラリスまずいぞ、神が暴れてる!」


クラリス「はわわわ、地上にいる者じゃあどうしようもないよ。祈るしかないんだ。ああっ、リサ。可哀相に、こっちへおいで」


 震えて小さくなるリサを毛布で包んで、クラリスは強く抱きしめた。こうしていれば怖くない。


クラリス「ホクスポクス・フィジブス、ホクスポクス・フィジブス、ホクスポクス・フィジブス…………」


グロロロォォアアア!!!!


 全ての音をかき消すような鳴き声がする。確かに何者かの鳴き声だ。その声は地上の全てを震わせた。家の中で震える村人全員がその叫びを確かに聴いた。どこかで石垣の崩れる音がする。


──恐怖の1分


 浮き島の下に居たものが囚われるという恐ろしい伝承を静かな村ドンの住民全員が体験した。昼間だというのに外は真っ暗で、激しい音が鳴り続け、空気が震えていた。死が、すぐそばに居た。


セシル「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……終わったのか?」


 セシルは雨に濡れたよりも酷い汗を全身からかいていた。まだ生きた心地がせず、足元がおぼつかない。リサはあまりの恐怖に冷たくなり、脱水症状を起こしている。クラリスも動こうとしない。セシルは必死に体を動かし二人を介抱していった。コップに水を入れてばちゃばちゃこぼしながら運んで飲ませる。クラリスはまだなんとか自分で水を飲めていたが、リサは全身が真っ青になるほど冷たい。氷の女王だってこんなに青白くは無いだろう。服を全て脱がせて熱いタオルをあて、モミこんでいった。


セシル「リサ! しっかりしろ! 目を覚ませ!!」


 必死の呼びかけにも応じず、リサから血の色が消えていく。


クラリス「ハァ、ハァ、お風呂を沸かした。あとは私がやるから、もっと村人たちを見てやっておくれ」


 セシルはこの頃にはいつも通りの動きを取り戻していた。全身痺れた感覚は残っているが、体は動く。すぐさま部屋を出ていこうとするのをクラリスは止めた。


クラリス「セシル! この魔石を持っていきな!! 子供の居るとこからだよ!!」


 ひとつあたり人間の拳ふたつ分はあろうかという巨大な魔石だ。そんなのが4個も手渡された。とてつもない高級品。考える暇など微塵もない。セシルは村中を駆け回っていった。全ての雲が消えた快晴の空。その空の下でドンの村人たちは必死の形相で安否の確認に回っている。

 村人は全員が無事だった。村一番年寄りのエイブもしぶとく生き残っていたし、村一番歳下のイートンや他の子供たちもリサと同じようになっていたがクラリスの魔石のおかげで一命を取りとめた。

 この日のことを、村長ドンは村を興して最初に起きた最悪のことだと記した。


──自分がまだ生きているのが不思議だ。魂と体が完全にくっついていない感覚を今まさに味わっている。ペンを握る手が別人の物のようだ。だが、みんな無事だった。危険な状態だったが生き延びた。ドンの村はまた奇跡に護られた──。


 その体験記が貴重な資料となったことをドンの村人が知ることはなかったが、クラリスのドラゴンの報告と共に、『静かな村ドンに起きた恐怖の1分』はブリストルへと配達されていった。

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