第二十話 ブリストルの白き友
ズウリエル公爵がドンの村へ視察に向かった日のこと。暁のブリストル騎士団は、湖の西側に生息しているメガロサウルスの群れを討伐するという任務を開始した。
討伐に参加したのは400人(小隊8個)の騎士団と、傭兵・冒険者を合わせた混成チームは50人ほどが集まった。
早朝から斥候が送り込まれ、おおよその敵数と地形の情報が入ってきていた。
騎士団長のアイアンサイドとヒューは、どちらも暁のブリストルのメンバー。それぞれで中隊を指揮して、湖の北と南に配置していった。挟み撃ちにしようという魂胆だ。
傭兵と冒険者には逃げ道になる西側に罠を仕掛けさせ、彼らにはそこから湖に向かって追い込むように指示している。
連絡要員「港のほうにもヘンリー卿が向かいました。ブランチ前にはあちらも展開していると」
アイアンサイド「またあいつらの肉を食べれるのはティータイムの頃か」
ヒュー「ふっ、紅茶で肉をつまみたくはないな」
アイアンサイド「贅沢を言うならやつらの革で防具を新調したいものだが…………」
そういって二人は別れた。
──1時間後。
展開完了の合図と共に、作戦が開始された。騎士団がゆっくりゆっくりと草を刈りながら進んでいく。
異変に気付いたメガロサウルスたちが続々と巣の周辺に集まっていき、けたたましく鳴き始めた。
カウッ カウッ カウッ カウッ
ギィーキャーッ
コァーーーゥッ!
──メガロサウルス
総全長6~10m、幅1.5m、重さ8000kg前後の中型モンスター。
移動速度は高いが機敏さには欠け、真っ直ぐ突進して噛みつくくらいしか攻撃手段がないものの、こう筋力が高く、群れて敵を襲うため凶悪。
ボスは通常の2倍以上になるオスだが、それはホワイトによって狩られた。マイブームは湖で魚を追いかけること。
──────
メガロサウルスの巣は野晒しで、一部だけ土の盛り上がった高台に位置している。
10分ほどの長い緊張状態が続いたが、人間が何もしてこないので次第に巣を降りて湖のほうで水を飲み始める個体が出てきた。
それに続くように次々にメガロサウルスの群れが水場へと走っていく。警戒心の強い何匹かは顔をあげて回りをキョロキョロしていた。
「放てーっ!!」
声と同時にファイヤーボール群が空から降ってきて、彼らの逃げ道に小さい火をつけた。
パーーーポーーー
戦いを報せるラッパの音と同時に、騎兵隊が襲いかかって一撃目の魔法を当てて去っていく。見事なヒット&アウェイ戦法だが、火力がてんで足りない。
メガロサウルスの一匹が飛び出して騎兵隊を追いかけて森に消えていった。
ギャァーーーッ!!
森に潜んでいた騎士団の一斉攻撃を浴び、一匹目が始末される。
騎兵隊長「ちっ、思った以上にスピードがあるな。もっと弱らせないと逃げられるぞ」
騎兵隊が下がると同時に火魔法が連続して飛んでくる。当たりはしたもののてんで火力が足らない。
アイアンサイド「さっきから魔法がおかしいな…………。」
ガァーーーッ!!
群れの中でも大きめの個体が先頭になって突っ走ってくると、それに続いて群れが移動を始めた。南西の方角に走っていく。
ヒュー「うまいこと罠に誘導しろよ」
南側に陣取る騎士団は、突撃してくるメガロサウルスの前へ馬を走らせ挑発した。動物の追いかける習性を利用した誘導方法だ。
群れがそれに釣られるようにして西側へ向きを変えると、森の中で構えていた騎士団による近接風魔法・風槍が発動され、十何匹かの横っ腹を貫いた。
ヒュー「むう、数が多い。罠も足りそうにないな。とりあえずは移動の合図がくるか」
群れの数は72匹が観測されている。まだ残り60数匹。やつらの足を止めるのが優先された。
アイアンサイド「森では魔力が正常らしいな? ……っと、各小隊長! 布陣を森側へ移す、また湖に押し込むぞ」
パパパパーーーッ…………パパパパーーー
布陣移動の合図。向こう側も汲み取って返事をした。
全軍を森の中へとスライドさせて西側に集め、メガロサウルスの群れを押し返して湖に戻らせるつもりだ。
森の中では、西側にいた傭兵と冒険者集団が応戦していた。ロープを操って引っ掻けようとしている集団や、木から降りて取り付き肉弾戦を仕掛ける猛者もいた。怒号が飛び交っている。
ヒュー「近接戦闘になると逃げずに戦うようだ…………近接戦闘用意! 援護せよ!」
ポポポポポポポポッポーーーーッ!
ラッパは短い音の連続音を鳴らした。騎士団員が声を上げて突撃していく。
傭兵「くそっ! てめぇらぁ! オレ様の獲物を横取りする気かぁっ!!」
一匹に取り付いて肉弾戦をしていた猛者が叫んでいる。彼は口から炎を吐いて援護に来た騎士のほうを蹴散らした。
騎士「うわっち! 仕方ない、他へ当たるぞ」
勇ましく突っ込んできた騎士たちがすごすご去って行く。その目の前では傭兵がたった一人でメガロサウルスに取り付いて武器を振り回していた。
傭兵「うぇあっ!!」
彼の振り下ろした斧がメガロサウルスの喉を裂く。
ヒュー「なかなかの猛者がいるようだな。それにしても、やはり数匹には逃げられたか。仕方ない。 集合! ここの処理は2分隊と傭兵に任せる! また布陣を湖に戻すぞ!」
ポーーーーッ
土埃の立つ森の中で騎士団は再度集まり、元の陣形へと戻っていった。
ここに残った分隊と傭兵たちは罠にかかった獲物を回収して回っている。倒した獲物は魔石が何より重要だ。腹だけ開けられたメガロサウルスの死体がそこかしこに転がった。
アイアンサイド「向こうも戦闘が終わったか。湖に戻るぞ!」
パパパパーーー!…………パパパパーーー
しばらくして──、湖の縁に押し込まれ集まったメガロサウルスは20匹にまで数を減らしていた。急におろおろして落ち着きがなくなっている。
ヒュー「少しばかり逃げられたが……詰めだな。大魔法はアイアンサイドが持ってる、合図が来るぞ」
騎士団はその準備をしようと身構えた。
アイアンサイド「ほら、何してる。大魔法の用意だろうが」
魔術者「ダメです! この地域の魔素が薄くなってます」
アイアンサイド「むう、ボスもいないのに何故…………」
ヒュー「アイアンサイドめ、何をしている。大魔法が使えないなら早く切り替えろ」
アイアンサイド「ふぅ、ヒューが焦らされて怒ってる顔がここからでも見えるな……。近接戦闘だ! 歩いていくぞ」
ポポポポポポポポッ
ヒュー「ようし、それでいい。これで昼飯には間に合うな」
騎士団はメガロサウルスの小さくなった群れを取り囲み、先頭集団がジリジリと近付いていった。
全員が勝利を確信している。これが終わったら森へ逃げたやつらを探す仕事が待ってるな、などと考え始めていた。
ドッパァーーーン!!
ブリストル湖の伝説、首長竜エラスモサウルスが登場する。
大口を広げたそれは、湖の縁に集まるメガロサウルスの群れに噛みついて2匹を咥え、さらに巨体と勢いを使って他のほとんどを押し潰した。
──ブリストル・エラスモサウルス
全長40m、首の長さ20m、体重不明。水の中で暮らす首長竜の一種。
首長竜はいわゆるネッシーのようなやつ。ブリストル湖に棲むユニークモンスターであり、体はとてつもなく大きい。マイブームは湖の底に落ちてるゴミ集め。
──────
湖からのボスモンスターの登場には、さすがの騎士団も全員呆気にとられた。
アイアンサイド「くそっ! 魔素が薄くなったのはこいつのせいか。後退! 距離を取れ!」
ヒュー「全体後退せよ! ぼーっとするなぁ!!」
慌てて後退した一部の隙間を通ってメガロサウルスの残り5匹ほどが逃げてしまったが、今はそれどころではない。
アイアンサイド「弓兵構え!!」
アイアンサイドは後退しながらも後方の弓兵部隊に攻撃指示を出す。
ヒューも細く長く息を吐いて冷静さを取り戻した。
ヒュー「ふぅーーーっ! ようし、落ち着いた…………体がでかいだけあって遅いな。湖に戻られる前に仕留めるぞ!!」
しかし、彼らが陣形をさらに後退させるより早く、エラスモサウルスは首を引っ込めて前に突き出してきた。
長い首がまるで腕のように動いた。鋭いストレートパンチのような頭突きが飛んでくる。
ズドォッ!!
騎士団の一部が吹き飛び、重たい鎧をつけた騎士の数名が宙を舞った。
ズリリッ……ブオゥーン!
二撃目は伸ばした首を振り回しての横凪ぎ。ギリギリで隊列には届かなかった。それでも、地面に当たった衝撃で小隊は尻餅をつかされた。
アイアンサイド「なんて器用な首だ。もっと距離を取れ!」
ヒュー「ええい、詰めすぎていたのが仇になってる。後方の小隊ももっと下がれ!! 森まで走れ!」
くにゃり ぺたん
エラスモサウルスは首を仰向けにして真後ろに倒していく。生物としてあり得ない方向に曲がるのは恐怖でしかなかった。誰かが打った矢が首に当たるが、刺さりもしない。
首を折り曲げたまま湖の水を飲み込みはじめる。
アイアンサイド「まさか水鉄砲か!? 魔法防御ーーーっ!!」
ヒュー「魔法防御! 姿勢を低くしろォ!」
エラスモサウルスの首がまたぐにゃんと曲がって元に戻り、横に凪ぎながら水鉄砲を吹き付けてきた。
ドビシュッーーーー!!
鋭い放水は魔法防御壁をやぶり、騎士の持つ鋼鉄の盾をひしゃげてしまった。
鎧をつけた人も、馬も、水圧で後方へと吹き飛ばされていった。
ぐんにゃり
また給水を始める。異様に曲がるその首はぬめぬめと光って気味が悪い。
アイアンサイド「ぐう…………森までこれたのはいいが…………魔術師は」
魔術師「生きてます。奴には雷が必ず利くはずです。もうしばらく逃げきれば大魔法も使えます」
水鉄砲に巻き込まれたアイアンサイドはもろもろの衝撃で肩が外れてしまっている。
アイアンサイド「木を盾にできる。全員を森の中へ……くうう。」
攻撃は免れたがヒューの陣営も混乱しかけている。
ヒュー「森まで退け! ……アイアンサイドめ、兵が動かないようだが死んでないだろうな。こちらも反撃するぞ!! 弓兵、3射!」
森まで退いた軍勢は、その位置から矢を放った。しかし、首に当たった矢は浅く刺さるだけで、エラスモサウルスが軽く首を降ったら全て抜け落ちてしまった。
ヒュー「むうう、遠い。まだ魔法は撃てんか!? ったく、どうしたものか」
アイアンサイドは救護兵に手当てを受けるまえに自分で肩を繋げた。
アイアンサイド「うっ、がぁはっ! はっ、はっ、はっ」
救護兵「お見事です。外傷も少ないですから支障ありません」
アイアンサイド「ヒューめ、反撃に出たな。だがこの距離じゃ無理だ…………いっそ近接でやつの胴体を狙うか? むっ!?」
ヒュー「二撃目くるぞ!! 魔法防御!!」
ドビシュッーーーーッ!!
距離もあるためか威力が弱い。それでも木の数本が薙ぎ倒され、隙間にいた騎士も押し流されていく。
ヒュー「反撃だッ!! 投石でもなんでもいいから反撃して挑発しろ! 奴を湖に帰したらせっかく手に入れたここに住めなくなるぞ!」
半ば発狂したまま、騎士たちは弓矢を引いたり、石ころを投げ始めて時間を稼いだ。
そばにいた魔術師がアイアンサイドに何か言うと、彼の表情は険しいまま明るくなった。
アイアンサイド「…………そうか、ようし大魔法準備しろ。ヒューに報せ!」
パポーーーッ パポーーーッ パポーーーッ
ラッパの音と共に、アイアンサイド陣営の光の杖がピカピカと光りだした。
ヒュー「ようやくか! なに? 光サイン? ……次を防いでからだな。 よし、立て直せ!! 次の一撃を防いで注意をそらせる! 南側にいる小隊に集中攻撃させろ!! 我々も移動するぞ!」
ポゥポーッ ポゥポーッ ポゥポーッ
ヒューの中隊は南へと移り、アイアンサイドは大魔法の詠唱を北側で行わせようと動き出す。
アイアンサイド「まだ使える馬を集めろ! 魔術師、タイミングを間違えるなよ」
魔術師「もちろんです」
アイアンサイド「まだ機能してる隊を集めろ! 大魔法の発動とともに突撃する!」
エラスモサウルスは給水し終わると、のしのしと陸地のほうへ進んできた。距離を縮めるつもりだ。
ズッシ……ズッシ……ズリ……ズリ……
そうして三撃目の水鉄砲が飛んでくる。
ドピシューーーッ!
だがそれは体勢と気力を完全に整えて張られた魔法防御壁によって強力に塞がれた。それでも、漏れでた水の勢いは彼らの体勢を崩していった。
ヒュー「攻撃始め! 魔法も、それで倒す勢いで放て!」
一時は混乱したが、空間の魔素も戻り、統一感を取り戻した彼らは本来もつ火力を見せつけていった。
人間たちの放つ魔法は一つ一つは小さいが、それがまとまると中級魔法クラスの威力を発揮する。火魔法がエラスモサウルスに当たると、確かに表面を焦がしてダメージを与えたのがわかった。胴体のほうには矢の何本かが深く刺さっている。
ヒュー「手を緩めるな!」
ドビシュッ!!
まだわずかに体内に残る水を利用した水鉄砲が飛んでくる。大きな水滴がヒューの近くで爆発した。
ドゴッ びしゃっ
また何名か騎士が吹き飛び、ヒューに被さってきた。
ヒュー「くうっ! こ、これで反撃だ」
向かって真っ直ぐ、エラスモサウルスの反対側で魔術師が詠唱を終えた。
魔術師「ストーム・コール」
ビリリッ バリバリバリ
エラスモサウルスの頭上よりわずか上に黒い雨雲が立ち込めて停滞すると、それは青筋を帯び、魔術師の合図とともに稲妻を落とした。
パァーーンッ!!
青白く光る雷撃はエラスモサウルスの頭から体へかけて伝わり、体の動きを止めさせる。
ポポポポポポポッポーーーーッ!
「「「ワァーッ!」」」
ラッパの音と共に、騎士団が近接戦闘に切り替えて突撃する。ありったけのロープも運ばれ、首と体を縛ろうと取り付いていった。
アイアンサイド「すぐに手足を切り落とせ!」
勝利を確信したヒューは、事後処理をしようと指示していった。
ヒュー「ふう、全員で行っても仕方ない。俺たちは救護に回る。それと、後方で待機してる小隊にあの後ろで潰れてるメガロサウルスの死体を処理させろ」
エラスモサウルスの登場時に潰された10数匹のメガロサウルスは、潰れてぐちゃぐちゃになったまま放置されていた。
各小隊はそれぞれの命令通りに動き出していった。
…………ぐにゃっ
エラスモサウルスの首が回る。取り囲んでいた全員の背筋が凍った。
ヒィーーーーーーーッ!!!
エラスモサウルスの怒りの咆哮は甲高く、その高周波は取りついていた人間の耳から血を垂れさせた。
アイアンサイド「まだ動けるのか」
近くにいた50名ほどが死を意識したそのとき──。
ブチッ
エラスモサウルスの長い長い首が噛み落とされる音は小さく、森のほうで隠れて見ていた傭兵団どころか、30~50m前後に居たヒューたちの陣営にも聞こえなかったという。そもそもその範囲にいたものはほとんど耳をやられて何も聞こえてはいなかった。
何より、あまりにも一瞬の出来事だったので、それがいつ現れたのかを正確に知るものすらいなかった。
べっ!! べちゃっ
エラスモサウルスの首は無造作に吐き出され、不機嫌そうな顔の主は一言放った。
『不味い』
そのときにエラスモサウルスのそばにいた大半は耳が聞こえなくなっていたが、数名だけは確かに彼が「まずい」と言ったのを聞いたらしい。
『むむむ、貴様らの獲物だったか』
バササッ
何か言い放って森のほうへ飛び立っていき、しばらくすると7匹ほどメガロサウルスの死体を次々運んできて積み上げた。騎士団の戦闘開始から森の中へ逃げ出してしまったいくつかの個体だった。
『これしかいなかった。その人数だと足りるとは思えぬが、許せ。』
それだけ言うと、大きいメガロサウルスの一匹を持ち上げて物凄い速さで飛んで消えていった。
青空の下で真っ白いドラゴンが獲物を掴んで飛んでいくのを、ブリストルの町民たちも目撃していた。
アイアンサイド「…………俺たちは、助かったのか?」
ヒュー「は、ハハッ、ははは…………。朝食で見たあの白いドラゴンか」
かくして、暁のブリストル騎士団によるメガロサウルスの群れとブリストル・エラスモサウルス討伐は終わり、“ブリストルの白き友”はピンチにあった騎士団を救ったのだった。




