第十六話 星空の下で、
白いドラゴンのホワイトは、ベランダに来た騎士チャーリーに問い掛けた。
『…………チャーリー』
チャーリー「はい?」
『私は、群れているから人間は孤独ではないと思っていた。だが、それだけではない気がするのだ』
チャーリー「?」
突然の問いにチャーリーは疑問符を浮かべたが、話を聞こうと体を改めた。
『孤独でなくすために、相手を想う。その想いが強ければ強いほど、知らない者同士でも友になれるのではないか?』
チャーリー「……それは……その通りです。しかし、人間は少し複雑なのです。」
『なんだと?』
チャーリー「相手のことを強く想っても、それが伝わらずに逆に嫌われてしまうことがあります。こちらは善かれと思っていたのに、相手にはそう伝わらないこともあります」
『ふむ』
チャーリー「それに、どんなにお互いが深く想い合っていても一緒にいられない、そうしてはならない場合があります」
『そんな馬鹿なことがあるか』
夜風がチャーリーを拭う。少し間を空けて続けた。
チャーリー「たくさんの人間で集まると、その暮らしは窮屈になるのです。我々は生きるために仕事をしなければならない。あなたで言えば狩りですが、それをしないわけにはいかないでしょう?」
『…………確かに、食わねば死ぬ気がする。あまり飢えたことはないが。』
チャーリー「私たちは弱いのです。狩りをするのには時間も労力もチームワークも必要です。そうするためには、想い人と過ごす時間を減らさざるをえません」
『なるほど…………』
チャーリー「身分もあります。こちらは一介の騎士、相手は城のお姫様。とても、私などが手にしていいものでは…………」
ホワイトは今までの話には納得していたのに、途端に彼のその言動を聞いて呆れた。
『チャーリー、貴様を勇者と見込んでいたが、見込み違いだったな。貴様は臆病だ。心が震えているのがよく見えるぞ』
実際、ホワイトの目にはチャーリーの心の色が見えている。淀んだ薄暗い緑と紫の入り混じった色。恐怖・羨望・嫉妬といった色。
チャーリー「くっ」
『身分というのが何かを知らんが、同じ人ではないか。私を見ろ、ドラゴンだ。人は誰しもが恐れるドラゴンだ。
リサはそのドラゴンを相手に愛を与えたのだ。私を手に入れたいと思ったからやったのだ。あんなに小さい者にもできることが、貴様にはできないのか。ここから飛び降りられはするくせに』
チャーリー「私だって! 彼女を愛してるんだ!!」
チャーリーは声を荒げた。ドラゴンは彼を睨んで黙らせ、続けた。
『私は、欲しいものは奪う。強いからではない、欲望が抑えきれないからだ。危険を省みず雨雲に入り込んででも欲するものがあったからだ』
チャーリー「雨雲……?」
『人の知性も理性も素晴らしいとは思うが、欲望のない者に興味は無い。奪おうとも思えないとはな』
チャーリー「いつだって思ってるさ! 奪ってでも欲しいと思っている! 彼女の全てを!」
エリザベス「本当?」
チャーリーの後ろに人影があることを、ホワイトはずっと黙っていた。チャーリーとの問答に夢中で、それどころではなかったからだ。
チャーリー「リサ!? いつから!」
まだ濡れた髪が、月明かりによってキラキラと光っている。頬を伝う涙は青白い宝石のようだ。
その問答を陰ながら見ていたエリザベスは涙を流し、彼に抱き付いて離れなかった。見たことの無い感情が彼女に渦巻いていた。
ホワイトとしては、彼を激昂させるつもりも、ずっと後ろで聞いていたエリザベスが涙を流す意味もわからなかったが、全て成り行きのことだ。
そして、彼らの心の色が変わっていくのが目に見える。
『(そうか、奪えずとも奪われることはあるのか。ん? では想い合っているのなら奪い合うことになるのか? そもそも何の話だったか…………)』
ホワイトは頭を混乱させていた。知性とはときに呪いの効果があると知ったのはこの時だった。
ぷしゅーーーっ!
大きく息を吐いて冷静になったホワイトは、後ろで見ていた彼女を怖がらせてしまったのだと思って謝った。
『許せチャーリー。貴様を怒らせるつもりはなかった』
チャーリーはその言葉にハッとして、とたんに冷静さを取り戻した。エリザベスの両肩を抑えて振り返る。
チャーリー「そんな! こちらのほうがとんでもない失礼を。未熟なのに偉そうに喋りすぎました」
『失礼? いいや、実に面白かった。しかし頭が混乱してな。なんというか、熱いのだ。少しばかり翔んでくる』
翼を広げ、ベランダの舳先で器用にバランスを取りながらくるっと向きを変えていく。
チャーリー「お待ちください!」
『む?』
チャーリー「少しだけ、彼女と一緒に空を」
月明かりを反射する湖の上で、青白いドラゴンが旋回する風景をブリストルの町民は見ていた。
a whole new worldが耳障りなほどうるさい夜だった。
軽く一周して戻ると、彼らをベランダに降ろした。
『私はもう少し飛んでくる』
チャーリー「ありがとうございますホワイト様。我が人生で一番の思い出です」
コゥーーーッ!
大きく翼を広げて、自分たちを乗せていたときとは比べ物にならない速さで彼は行ってしまった。
エリザベスは彼を真っ直ぐ見つめて言った。
エリザベス「白い奇跡をありがとう、チャーリー」