第118話 現実逃避、だったのだろう。
「ふぉふぉふぉ、ならば儂がひとつ知恵を出して進ぜようか」
「「は?」」
いきなり口を挟んできたキッポンに、キュティとキアサージが揃って間抜けな声を洩らした。
せっかくの義兄弟が桃園に誓って織田信長が野望に燃えそうなシチュエーションである。キッポンが黙っていられるはずもなかった。前世では歴史戦略シミュレーションもちょくちょく遊んだのである。
「キ、キッポン殿、知恵とは何でしょうか?」
キュティが恐る恐る尋ねる。
キッポンはふさふさの扇を形成すると、ちょび髭の生えた人面をあおいだ。諸葛孔明である。なお、何か考えがあったわけではない。とりあえず反射的に口を挟んでしまったので、考える間を稼いでいるのだ。
計算通りと言うべきか、キアサージはその異様な動きに気を取られ、やけに長い間があることに気付いていない。
「こほん」
とりあえず言うことを思いついたので、キッポンが咳払いをした。
「どうせ我らはもともと大フソウ龍帝国へと向かうつもりだったのです。我らが行って、龍帝国の真意を確かめてくるというのはいかがか?」
「何を言っている。貴様らが密使や間諜であれば、わざわざ取り逃がすのと一緒ではないか」
「貴殿らが恐れていたのは挟撃でありましょう。船一隻を逃したところで大した意味などありますまい」
(意味があるに決まっているだろう……)
あまりに粗雑な反論に、キアサージは絶句する。
密使にせよ間諜にせよ戻って成果を伝える必要があるのだ。
そして戦力面でもたかが一隻などと言えるものでもない。
この目の前の怪物は、たった一匹でも第三艦隊を……いや、諸島連合の艦隊すべてを沈めるだけの力を秘めている。
「……あ」
キアサージは思わず口元を押さえた。
(私は何をしている……! 尋問にかまけてこいつの力を失念していた……)
現実逃避、だったのだろう。
冷静に考えて、この怪物が暴れ出したらキアサージに……いや、諸島連合に対抗する手段はない。いまでこそ言葉のやり取りで済んでいるが、実力行使となれば打つ手なしだ。
結局のところ、
――龍帝国の思惑などとは無関係に、この怪物を敵に回せば国は滅ぶ……ということではないか。
「くくく……ふははは……はははははははは!」
身も蓋もない結論に、笑いがこぼれる。
あまりにも単純すぎて、それでいて突拍子もなさすぎて、目を背けたくなってしまう現実。
「むっ、どうなされましたかな?」
生真面目を煮詰めて固めたようなキアサージがいきなり笑い出したものだから、キッポンは思わずびくっとしてしまった。前世のSNSなどでしばしば見かけたことだが、正論で言い負かされると突然ブチキレる人は一定数存在するのだ。もしやキアサージはそのタイプなのではないかと不安になったのである。
「いや、失敬。あまりにも見事な弁舌。至極もっともと思いましてな。自らの愚かさに笑いがこらえられなかったのですよ」
「そ、そう?」
先程の意見が思った以上に刺さったらしい。
ひょっとして俺には軍師の才能のあるんじゃないか、進化のフラグもそっちの方面なんじゃないかとか妄想を始めてぐふぐふと忍び笑いをする。
「無用な疑いをかけて申し訳なかった。せめてのも詫びに、今宵は存分にもてなしたいのだがよいだろうか? 龍帝国の件もご協力いただけるのならばありがたい。詳しい話は宴席でできればと思うのだが」
「うむ、よかろう!」
無論、これはキアサージがキッポンを味方に抱き込むための計略である。が、キッポンはそんなことにはまるで気が付かず、上機嫌に提案を受け入れた。
(このキアサージという男……。どこか小生と似た匂いを感じるのですが気のせいでしょうか?)
一方、キュティは妙なところで勘の良さを発揮していた。
もう少し別方向に勘が働けば余計な気苦労もなくなるのだが、頭が良すぎて責任感が強い彼女に、享楽的で思いつきだけで動くキッポンの思考を読めという方が酷な話なのであった。




