第1話 スライム、地上に立つ
一人の男が異世界に転生した。
転生した身体はスライム。不定形で半透明。
地球の生き物で言うと、粘菌やアメーバに近い。
ただし大きさだけはケタ外れで、男が前世の記憶を思い出したときには、人間の脳みそのほどの大きさに育っていた。
男が生前何をしていたのか。なぜ死んだのか。なぜ転生したのか――それらはすべてどうでもよい。生前で関係のある事柄と言えばひとつだけ。スライムが大活躍するとあるラノベの大ファンだった、ということくらいだ。
(やった! 念願のスライムに転生したぞ! あの作品みたいに進化しまくって無双してやる!!)
そう決意した男は、あらゆるものを食べた。食べた。食べた。
苔を食み、虫を食み、小魚や両生類を食べ続けた。
もっと色々なものを食べたかったが、男が生まれた地下空洞にはそれ以上大きな生物が存在しなかった。
いつか強大な敵――とくにドラゴンを想定していた――と戦うことに備え、暇さえあれば筋肉も存在しない身体を鍛え、技を工夫した。
広大な洞窟の中で、食べ、鍛え、さすらうこと百年。
男はついに、地上に到達した。
(強い光圧を感じる。どうやら地上に出たらしい)
長年の鍛錬によって、視覚器官を持たない身体に生まれた男は視力に相当する感覚を得ていた。光が発するわずかな圧力を感知し、それにより外界の形状を探知するのだ。
陽の届かない地底洞窟で鍛え続けた男にとって、地上の明るさはまさに衝撃。
周囲に生える豊富な下草。生い茂る木々。樹液に集う昆虫や、それを狙って空を舞う鳥の姿まではっきりと「視覚」に捉えていた。
(新しい食べ物が一気に増えたな。これでどんどん進化できるぞ!)
喜び勇んで手近な草から捕食を始める男。
百年にわたって鍛え上げられた消化力は凄まじく、半透明の身体に取り込まれた雑草が見る間に形を失っていく。ついに百年間起こらなかった、【おめでとうございます。ハイパースライムに進化しました】的な脳内ナレーションを期待し、一心不乱に食べまくっている。
そんなことが起きる可能性など、絶無なのだが。
男の身体は純然たるスライムのものであり、そこにサポートAI的な超自我など宿る可能性はひとつもない。もし何か声が聞こえたとしたら、それは妄想の産物であって、いよいよ男の正気が失われた証明に他ならない。
魔物転生、それも最弱のスライムともなれば、様々な食べ物や魔物を食べることによって進化し、強力になっていく――という流れがお約束である。
男もまた「スライムと言えば捕食によってレベルアップや進化をするものだろう」と勝手に思い込んでいる。
が、現実は非情である。
繰り返すが、このスライムにそういった可能性は金輪際ない。
しかし、これは当然のことだ。考えてみてほしい。どこの世界に、捕食対象の遺伝子を取り込んで一代で進化する生物がいるというのか。そんな生物がいたとして、どうやって種としての連続性を保つのか。同種間の有性生殖すらおぼつかなくなってしまうというのに。
が、男にそんなアドバイスをしてくれる者などいない。
己の思い込みのまま、身体に触れる雑草や腐葉土、それに混ざった小虫のたぐいを喰らい続けるのみである。
――霑大ッ?k縺ェッ! 霑代▼縺?◆閠?°繧牙ー?ョコ縺励※繧?k縺?ッ!!
そのときだった。
男の体表が特徴的な大気振動を感知。
虫や動物の鳴き声とは違う規則的な音――
(これは、人の声!?)
男は、声のした方向へ全力で動き出した。




