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ココロの謎解き、ご用意します。  作者: ミラ
第四章 迷子のココロのカフェ巡り謎解き

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6

 翌日の午前、澄み切った青色の空が見えるリビングで、僕は七瀬さんと瑞葉さんのチェックアウト作業をしていた。荷物を持った七瀬さんの前で、瑞葉さんがチェックアウトの書類にサインする。

「瑞葉さん、昨日は本当にお世話になりました」

「いえいえ、一ヶ月も滞在させてもらって。仲直りも手伝ってもらいましたし、それはこっちの台詞ですよ」

 サインを終えた瑞葉さんと七瀬さんが互いに目配せし合う。二人の仲が安定していると、僕も安心する。

「僕の謎解きを用意するために、たくさん準備してくれたんですよね。瑞葉さんが、瀬戸さんに話を聞いてくれたと、彼女から聞きました」

 七瀬さんは初対面の人とうまくコミュニケーションが取れないと、予想がついていた。瀬戸さんはやわらかく言っていたが、僕の友人だと名乗ったという七瀬さんに戸惑ったことだろう。

 瑞葉さんが通訳のように、瀬戸さんと七瀬さんの間に入って話してくれたそうだ。

 瀬戸さんに会いに来た七瀬さんが「心くんはあの日、どこに行っていたかあなたに話しましたか? 心くんからこの近くのローカル名所のような場所を聞いたことがありますか?」と矢継ぎ早に質問して困惑させたという話も彼女から聞いた。

 だが、瑞葉さんは苦労の欠片も見せずに微笑む。

「私は七瀬さんの言う通りにしただけですよ」

 謙遜する彼女だが、七瀬さんの言う通りにしていただけならば、きっと話は進まなかった。彼女の包容力に満ちた人柄のおかげで、瀬戸さんが話をする気になったことは容易に想像がつく。

 七瀬さんはそんなことはもう忘れたように真顔で立っている。僕は彼に謎解きの中で唯一残った疑問を投げかけた。

「七瀬さん、瀬戸さんに僕の事故のことを伏せたまま、どうやってあの店に誘導したんですか」

 彼はなんでもないことのように答える。

「心くんの謎解きをする予定日を彼女に伝えました。そして、あの日と同じように行動すれば、あの日の謎が解けますよと言っただけです」

「あの日と、同じように……?」

「あ、昨日はシフトが違ったようなので『仕事後』の行動ですが」

 瀬戸さんが山の上のカフェに走り込んできた様子を思い返す。

 僕が事故で行けなかった日に、彼女は走ってあの店を訪れた。

 だから、「あの日と同じように」と言われて、昨日も彼女はわざわざ走ってきたのか。歩いてきても問題なかったはずなのに、きちんと走ってきた彼女を思うと口元が緩みそうだった。七瀬さんの無機質な声が続ける。

「彼女が未練たっぷりなのは、心くんの名前を出したときの反応で十分見て取れましたから。そう言っておけば動くだろうと踏みました」

 あんなに健気に走ってきてくれた彼女に対して失礼な物言いにも感じるが、七瀬さんの中ではただ適切な行動なのだろう。

「その察しの良さは、これから瑞葉さんに向けて使ってくださいね」

 七瀬さんの視線が瑞葉さんに寄る。瑞葉さんはにこにこしている。

「努力します」

 七瀬さんがさっぱり言うので、三人で笑った。

 僕は彼らを玄関前まで見送りに出た。

 タクシーに乗った七瀬さんが窓を開けて、声をかけてくれる。

「岡山に引っ越してくる予定です。また戻ってきたら連絡します」

「待っていますね。それに、チェスの腕も磨いておきます」

「期待しています」

 全く期待していない声で言ってから、七瀬さんはそっぽ向いた。僕は屈んで奥から手を振る瑞葉さんにも会釈する。

 出発かと思ったが、七瀬さんがぽつりと言った。

「あなたが上と下だけを買ったあの本ですが」

 なんの話かと小首を傾げる。

「あれ、私が書いたものです。お買い上げありがとうございます」

「え?」

「今度は新刊を買ってくださると助かります。英字ですが」

 あまりに驚き、不覚にも言葉を失った。

 瑞葉さんが奥で楽しそうに笑って、「出世作でーす」と軽くつけ足す。

「では、また」

 七瀬さんが無情にも窓を閉めて、タクシーは出発していった。タクシーが見えなくなるまで見送っても、僕はまだ呆然としていた。

 彼はイギリスで活動しているのだ。翻訳本が日本で発売されているなんて、思ったよりずっと有名な作家だったようだ。

 土壇場で言い残していくなんて彼らしいなと思いながら、タクシーが走って行った方向に深く一礼する。

「またのお越しをお待ちしております」

 アクアマリンのリビングに戻り、空っぽになったゲストハウスを見回してから掃除を始める。

 真っ白の布で、受付に置いた小さな立て看板を磨く。

  『謎解き、ご用意します。』

 次のお客様を待つその言葉が、陽に反射して光っていた。



〈了〉


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