第四話
ロメオ・フォン・バルダザール。
公爵家の一人息子で時期当主の彼は、社交界でも人気者らしい。
こうして遠目に見ているだけでも、どの女にも分け隔てなく紳士的に振る舞い、同性相手だからとその態度が変わることはない。
まるで花に引き寄せられる蜜蜂みたいに、彼の周りは常に色彩豊かだ。
──────さあ、どう攻めようか。
餌を狙い姿勢を低くする猫のように、今か今かと喉元に喰らいつく隙を窺う。
一瞬、彼の視線が蜜蜂達から逸れた。
その視線を掻っ攫おうと、踵を鳴らしたそのとき。
「おひとりですか?」
不意に眼前を遮る燕尾服。の、白い蝶ネクタイ。
視線を少し上にずらせば肉の余った顎が映りこむ。
ちっ。邪魔が入った。
内心で舌打ちをし、殺したくなる衝動をなんとか飼い慣らすことができた私は、わざとか細い音を溢す。
「ええ。少し人に酔ってしまって」
「それはいけない。テラスで夜風にあたったほうがいい」
男は大げさに焦った素振りを見せ、当然のように右腕を差しだしてくる。私がそこに手を回すことが決まっているみたいに。
「そんな、私に構わずパーティをお楽しみになってください」
「いえいえ、貴方のような可憐な花を放っておくなんてできませんよ」
「本当に、大丈夫ですから」
「そう遠慮なさらずに、さあお手を」
しつこい男だ。
一度飼い慣らしたはずの殺意がまた顔をだし、思わず急所を見てしまった。──────もちろん、蹴り飛ばしたくて。
だけど男はなにを勘違いしたのか、「テラスなら二人きりになれますよ」声を落として私の耳元で早口に告げれば、もう我慢できないといった様子で手を掴んでくる。
貴族といえどもただの男だ。身分が違うというだけで、貧民街で転がっている連中とそう変わらない。
二人きりになれるのならむしろちょうどいいかもしれない。
そのお口を閉じてもらうには。
痛いくらいに強く握られ、エスコートというより横に大きな体に引っ張られていく。
一歩、二歩、三歩、と。私の伸びた腕を引き、早足でテラスへ向かう男。
ため息が洩れた。──────そのときだった。
「⎯⎯⎯⎯⎯⎯失礼」
一直線に突き進んでいく男の前に、背の高い男が颯爽と立ち塞がり、ちらりとエメラルドグリーンの瞳で私を見たあと、柔和な微笑をなまじ整った顔に浮かべた。
「ごきげんよう、フォーゲル卿。パーティーは楽しんでおられますか?」
掴まれていた手が落ちる。
「え、ええ、もちろんです。バルダザール閣下」
「そちらのご婦人はお連れの方ですか?」
「あ、いや、それは、」
分かりやすほど動揺する男は、バツが悪そうにロメオから視線をはずし、俯いてしまう。
ロメオはその後頭部をニコニコと眺めている。
「お連れの方にご挨拶させていただいても?」
「あ、挨拶ですか。ど、どうぞ。私は少し失礼させていただきます」
最後まで言い終わる前に、逃げるように去っていく後ろ姿を見て、綺麗に整えられた銀髪のその人は、ハテナと小首を傾げた。
「あんなに焦って、どうしたんだろう」
不思議そうに一人呟き、ふと視線が戻ってくる。
虫も殺さないような笑みと一緒に。
それが素なのか、わざとなのか。まだ測り知れない。
ただ、あの男には感謝しなくちゃ。
結果的には獲物がうまく釣れたのだから。
私はご令嬢らしく、カーテーシをした。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私はイザベル・クックと申します。………それから、ありがとうございました」
何を、とは言わななかった。
それでもロメオはふふっと軽く笑い、緩く首を左右に振る。
「それよりも、クック嬢とは驚きました。社交場には姿を現さない、ミステリアスなご令嬢だと聞いていましたから。来てくださってとても嬉しいです」
「ありがとうございます。私こそ、お会いできて嬉しいです。今夜は勇気をだしてよかったわ」
一度、気恥しそうに視線を逸らす。それから遠慮がちにエメラルドグリーンの瞳を見上げ、とびきり甘ったるく笑うのだ。
「だって、こうしてロメオ様とお話ができたんですもの」
「………っ!」
ほんの一瞬だったけど、私は見逃さなかった。ロメオは確かに息を呑み、目を見張った。
だけどこういった誘いには慣れているんだろう。すぐに、香りはじめた空気を笑い飛ばしてしまう。
やっぱりそう簡単にはいかないか。
「それでは、私はこれで失礼させていただきます。お話できてよかっ──────」
た。
きっと、ロメオはそう続けるはずだった。
だけどそう言えなかったのは、私が思いきり急所を、今度こそ蹴りあげたからだった。




