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第三話


 いつも仕事に行くときは普段より時間をかける。リップの色も明るいものを選ぶ。

 自分に魔法をかけるみたいに髪を梳かし、透明なマニュキアを塗り、自然と鼻歌を鳴らしながらナイフの手入れも忘れない。

 バースデーケーキに刺さったロウソクみたいな明かりのシャンデリアにドレッサー。天蓋付きのベッド。

 好きなものを好きなだけ詰めこんだワンルーム。壁はツギハギだらけで狭いけど、私だけの城だ。

 鏡越しに時間を確認する。

 もうそろそろお迎えがくるころだ。

 誰もパニエで膨らませたスカートの下に凶器を隠しているなんて思わないだろう。立ち上がり、姿見の前で体を捻るようにして左右に振れば、ドレスの裾が花びらみたく揺れる。

 ニコが選んでくれたものは私によく似合う。

 絶対に解けない魔法は、どこから見ても舞踏会へ出かける前のお嬢様そのもの。

 ドレスと同じブルーの靴を履き、招待状を手にドアへ向かう。

 少しだけ高い踵で床を踏むたび軋んだ悲鳴が聞こえてきた。



 中心地から離れたこの場所は、貧民街に近い。

 それほど貧しいわけでも裕福なわけでもないけど、あの場所でもやっていけない頭のおかしな………こほん。他人のことより自分のことで必死な人達ばかりなため、みんな隣人には興味がない。

 治安がいいとは言いきれないし、騒音トラブルはつきもの。それでも慣れてしまえば住み心地はそう悪くない。

 たとえば突然、通りの道に馬車が停まっていても、ドレス姿の女が現れても、誰も見向きもしない。

 そんなことよりも、みんな自分の人生について考えてみたり、過去を振り返って走り回ることに忙しいのだ。

 馬車の扉を開けて待っていた御者の男がちらりと横目で私を見た。

 背は低く、まだ若そう。不自然なほど姿勢がいい。

 こういう仕事に慣れていないのか。緊張しているんだろう。無理もないか。金で雇われただけの男なんだから。

 だけどその姿は私と同じ。なかなかサマになっている。

 御者の男が扉を閉めた。

 イザベル・クック。

 今から私はクック伯爵の一人娘だ。

 もうお姫様になれない彼女は、今まで一度も社交場に現れたことがない。だから彼女がうってつけだったんだろう。

 彼女は今、ニコと一緒にいる。

 貴族達が暮らす地区には、贅の限りを尽くした邸宅が並ぶ。

 どこの屋敷も明かりがぎらぎらとしていていっそ眩しいくらい。

 土地の無駄づかいじゃないかと思うような広大な敷地は、だけど食べてばかりのあの人達には必要なものなのかもしれない。

 だって、貴族の屋敷がみんな私の城みたいだったら、いくらコルセットをきつく締めてもすぐにドレスを着られなくなると思う。


「招待状はお持ちですか?」


 門番の一人に尋ねられ、招待状を手渡す。

 数秒、厚い紙と見つめあったあと、「ようこそ、イザベル様」目の前を塞いでいた二人が道を開ける。

 屋敷の扉の前で待っていた執事に案内され広間へ行くと、視界に飛びこんできたのは太陽みたいに眩しい煌びやかな空間と人達。

 おもわず目眩がしそうなその場所では、おほほ、うふふと鳴り渡る笑い声に、黒の燕尾服と色とりどりのドレスでほぼ埋め尽くされている。

 そのなかで一際目立つ集団があった。

 広間の隅のほうで女達に囲まれている男が一人。

 ずいぶん背が高い。

 ここからでもその柔和な顔立ちが確認できる。

 ──────見つけた。

 あれが今夜のターゲットだ。



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